Stay by my side 〜陽だまりの中で〜
第41話 幸せの定義
そこは、緊迫した空気が支配していた。
いつもは明るいリビングが、その時ばかりは、
暗く重い雰囲気に包まれている。
理由は簡単だ。
テーブルに向かい合わせに座っている、
イズミ、トリシャ姉妹が、一歩もひかず、
お互い睨み合っているからだ。
普段は笑顔を絶やさないトリシャの、
滅多に見られない怒りの表情に、
アルは戸惑いを隠しきれない。
そっとキッチンから、リビングの
方を窺っていると、トリシャの
エプロンを身に着けたホーエンハイムが、
お茶の準備をしながら、
アルに微笑みかける。
「心配しなくても大丈夫だ。」
「でも・・・・。」
自分がイズミを呼び出したから、
こんな事になってしまったと、
かなり責任を感じているアルは、
シュンとなる。ションボリとする
アルの肩を、ポンと叩くと、
紅茶を載せたトレイを手に、
リビングへと足を踏み入れた。
「お・・・お茶をどうぞ・・・・・。」
フリルの可愛らしい白いエプロンをつけた、ホーエンハイムは、
恐る恐るイズミに紅茶を差し出す。
「・・・・・頂く。」
ギロリとイズミに睨まれ、ホーエンハイムは、ひぇええええええと
内心絶叫しながら、そのままそそくさとキッチンへと
逃げ込もうとしたが、その前に、トリシャに呼び止められる。
「ホーエンハイム。それに、アル、ここにいらっしゃい。」
「いや、私達は遠慮・・・・・。」
ブンブンと首を横に振るホーエンハイムに、トリシャは
顔を上げると、ニッコリと微笑む。
「ここにお座りなさい。」
「はい・・・。」
有無を言わせないトリシャの言葉に、スゴスゴとホーエンハイムは、
トリシャの隣に腰を下ろす。
「アルも、ここにいらっしゃい。」
再三のトリシャの言葉に、渋々キッチンから出てくると、
アルはイズミの隣でホーエンハイムの向かい側の椅子に座る。
「・・・・・私は、あの軍人とエドが交際するのは、大反対だ。」
気まずい雰囲気の中、一番先に口を開いたのは、憮然とした表情の
イズミだった。イズミは、ティーカップをテーブルに戻すと、
腕を組んで、トリシャを見据える。
「エドはまだ15歳だ。」
イズミの言葉に、トリシャもカップをテーブルに戻すと、
厳しい表情でイズミを真正面から見据える。
「来年には16歳。そうなれば、結婚も出来る大人だわ。」
その言葉にギョッとなったのは、アルだった。
「か・・母さん!?け・・け・・・・結婚って!?」
青褪めるアルに、トリシャはニッコリと微笑む。
「何かおかしなことを言ったかしら?」
「言ったかしらって・・・・・。」
絶句するアルに、トリシャはクスリと笑うと、スッと
視線をイズミに戻す。
「あの子は、マスタングさんに恋をしているわ。」
そこで言葉を切ると、トリシャは目を細める。
「例えイズミ姉さんでも、エドの恋の邪魔を
させないわ。」
キッパリと言い切るトリシャに、イズミは
溜息をつく。
「私は何も恋することがいけないと言っているのでは
ない。」
「同じことだわ。現に今、姉さんはエドとマスタングさんを
引き離そうとしている。」
どうして?と訊ねるトリシャに、イズミはチラリと
ホーエンハイムに視線を向けながら答える。
「年が違いすぎだ。」
「私とホーエンハイムも20歳も年が違うけど、
上手く言っているわ。」
ね?とトリシャに微笑まれて、ホーエンハイムは鼻を
ビヨーンと伸ばして、コクコクと頷く。そんな馬鹿ップルの
様子に、イズミのこめかみがピクリと動く。
「それに、国家錬金術師と言うではないか。」
「ホーエンハイムも国家錬金術師だわ。でも、それが
何だと言うの?」
バンとテーブルを叩くトリシャに、イズミも負けじとバンと
テーブルを叩く。
「だからだ!!おまえに続いて可愛い姪が、ロリコンの
餌食にされてたまるかっ!!」
ロリコンという言葉が、ホーエンハイムを直撃し、
ソファーに撃沈する。だが、そんなホーエンハイムに
気付かず、トリシャは、姉に食って掛かる。
「ロリコン!?ホーエンハイムを侮辱する気?
いくら姉さんでも、言っていいことと悪いことがあるわ!」
悔しそうに唇を噛み締めるトリシャに、イズミは
キッと睨みつける。
「20歳も年下の女性と結婚する男は、世間には、
ロリコンと・・・・。」
「世間なんて関係ないわ!!」
イズミの言葉を遮ると、トリシャはイズミをジッと見つめる。
「姉さん個人の意見を聞きたいの。」
「トリシャ・・・?」
いつもと違うトリシャの態度に、イズミは戸惑いを
隠し切れない。そんなイズミに、トリシャは
フッと表情を和らげると、優しく微笑む。
「姉さんから見て、そんなに私が不幸そうに見えるの?」
「それは・・・・・。」
逢う度に幸せオーラを撒き散らす妹を、誰が不幸と言えるのか。
イズミが何も言えずに俯くと、トリシャは更に言葉を重ねる。
「確かに、結婚当初、私たちの結婚を快く思わない人たちから
色々な中傷を受けたわ。でもね。」
トリシャは、そっと隣のホーエンハイムに微笑みかける。
「そのたびに、私はこの人と乗り越えてきたの。私は、
この人に出会えて、エドやアルを産んで、幸せなの。」
「トリィ・・・・。」
トリシャの言葉に、ホーエンハイムは穏やかに微笑み返すと、
そっと力づけるように、トリシャの手を握る。
「姉さんが私を心配している事は良く分かっているわ。でもね、
姉さんは最初からホーエンハイム自身を見てくれなかった。」
トリシャはそっと目を伏せると、唇を噛み締める。
「世間の噂だけで、この人を判断した。それが私には
許せない事だったの。」
「トリシャ・・・・。」
唖然となるイズミに、トリシャは、真剣な目で訴える。
「今だってそう。マスタングさんの事を知ろうともしないで、
どうしてエドが不幸になると決めつめるの?」
「そ・・それは・・・・。」
うろたえるイズミからアルに視線を移すと、トリシャは
優しくアルに語りかける。
「アルがエドを心配する気持ちも分かるわ。でも、だからと
言って、マスタングさんの全てを否定するのは、どうかしら?」
「母さん。ボクはただ、マスタングさんは、姉さんに相応しいとは、
どうしても思えないんだ。」
思いつめたアルの言葉に、トリシャはどうして?と
優しく訊ねる。
「だって、あの人、馬鹿みたいに不器用なんだよ?
あんなんで、軍人としてやっていけるの?
戦争が起こったら、真っ先に部下を庇って早死にするタイプだよ!!
それに、女の人にモテルし・・・・それで姉さんが傷つくの、
ボク嫌だよ!!」
ポロポロと泣き出すアルに、トリシャはクスリと笑う。
「確かにマスタングさんは、不器用だわ。ホーエンハイムと
同じくらいに。」
私は不器用じゃないぞ!というホーエンハイムの言葉を無視して、
トリシャは、アルに語りかける。
「でも、マスタングさんは、エドを愛している。
だから、例え戦争が起こっても、マスタングさんは絶対に生き延びるわ。
愛する人がいるというだけで、人に力を与えるもの。エドにしたってそうだわ。
マスタングさんを愛しているから、どんな事でも乗り越えられる。」
どんなに自分が傷つこうが、愛する人のためならば、それすらも
愛おしいものとなると言い切るトリシャに、アルは考え込むように、
俯く。
「・・・・・一ヶ月だ。」
イズミの言葉に、トリシャは視線をイズミに戻す。
「一ヶ月、マスタング大佐が本当にエドを幸せに出来るか、見届ける。」
もしも、エドを幸せに出来ないと判断すれば、容赦しないと言うイズミに、
トリシャはニッコリと微笑む。
「エドが選んだ人ですもの。大丈夫。」
ニコニコと微笑むトリシャに、イズミはフッと表情を和らげると、
ホーエンハイムに頭を下げる。
「今まで八つ当たりしてすまなかった。」
「イ・・・イズミさん!?」
驚くホーエンハイムに、イズミは苦笑する。
「今まで姉妹二人きりだったのが、急に妹を取られて、アンタに嫉妬していた。」
本当に済まなかったというイズミに、ホーエンハイムは嬉しそうに首を横に振る。
「いえ・・私は別に・・・。」
「だが!!」
ホーエンハイムの言葉を遮ると、イズミはボキボキと指を鳴らす。
「トリシャを悲しませる事になったら・・・・・わかっているな?」
「ハ・・・ハイ!!」
ピンと背筋を正すホーエンハイムに、トリシャはクスクス笑う。
「大丈夫よ。ホーエンハイムは、私が選んだ人ですもの!!」
だから、エドも大丈夫。
トリシャの揺ぎ無い自信に満ちた目に、イズミは眩しそうに目を細めた。
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