Stay by my side 〜陽だまりの中で〜
第44話 招かれざる客
「まずい!!ぜってー、まずい!!」
東方司令部の中を、ハボックは走り回っていた。
「どこに行ったんですよ!!」
半べそをかきながら、青い顔して司令部内を走り
回っているハボックを、皆は遠巻きに眺めている。
いつもは、飄々とした態度を崩さないハボックが、
まるでこの世の終わりだというように、
死にそうな顔で、何かを探し回っている姿に
最初人々は、我らがアイドル、猫エドが、
また何かの事件に巻き込まれたのかっ!!と
騒然となったのだが、その度に、ハボックは、
青い顔をさらに青くさせて、猫エドは無事だ、
だから、心配するなと訂正する事になる。
だが、明らかに大丈夫じゃない顔色のハボックに、
手伝うと食い下がろうものなら、ハボックは、
俺を助けると思って、放っておいてくれ!と
泣きながら懇願する。そこまで言われては、
強引に手伝うとも言えず、引き下がるのだが、
ハボックが心配で、皆心配そうにハボックを
見送るのだった。
そんな周囲の困惑に気づかず、ハボックは、
ブツブツと文句を言いながら、悲壮な表情で
辺りをキョロキョロ見回す。
「猫エドが行方不明だったら、苦労はしないのに・・・。」
猫エドが行方不明ならば、東方司令部はもとより、
近隣住人まで探すのを手伝ってくれる。
しかし、今ハボックが探しているものは、
猫エドのように愛らしくもなければ、
人を気遣う可愛い性格でもない。
むしろ、絶対にお近づきになりたくない
タイプの筆頭に上げられる。
「どこ行ったッスか〜。大総統〜。」
そう、ハボックが今必死になって
探しているのは、この国の最高責任者、
キング・ブラッドレイ、その人である。
セントラルにいるはずの大総統が、
ここ、イーストシティにいる事だけで、
東方司令部の軍人達は、みなパニックに
なるのに、ましてや、その大総統が
行方不明と聞けば、どうなることか・・・。
ハボックは、恐ろしい考えに、頭を振る。
「ああ・・・。なんであの時、大総統に
気づいたんだか・・・・。」
ハボックは、己の運の悪さに、深い
ため息をつく。
エルリック家にイズミがいる事に、
ハボックは、思い出すのもおぞましい、
昨年のイズミの東方司令部襲撃事件が
鮮やかに蘇り、恐怖のあまり、車に
飛び乗ると、思いっきりアクセルを
踏んで、その場から逃げ出したのだった。
いや、そろそろ勤務時間になる頃だ。
だから、俺は今職場に向かっている。
決して、イズミさんが恐いから逃げている
訳じゃない!!
車の中で、そのように、うわ言のように呟いても、
他に誰もいないので、ツッコム人間が
いない。ハボックは焦る気持ちを
何とか押さえながら、気分を落ち着かせようと、
ふと何気なく見た窓の外の景色に、
アングリと口を開けた。
真っ赤な原色のアロハシャツを身に纏い、
手には、メロンが握られて、メインストリートを
颯爽と歩く男が一人。
ちなみに、今は1月。
まだまだ冬の気配が強く、春なんて当分先。
それなのに、何故アロハ?
寒くないのか?
そんな当然の疑問を持ちながらも、本人が
それで良いのだから、他人が口を挟む
事ではないだろうと、どうせ俺には全く
関係ねーし!!と、結論付けた訳なのだが、
ハボックは直ぐにそれが間違いであると思い知った。
車で追い越しながら、どこの馬鹿かと、好奇心も
露に、視線だけを男に向ける。だが、その
顔を見た瞬間、ハボックはコンマ一秒の
速さでブレーキを踏むと、慌てて
車から飛び出していく。
「大総統!!」
何故此処に!?という疑問の声は、ブラッドレイが
差し出したメロンのお陰で声にならなかった。
「いつもうちのロイが世話になっているね。
ああ、これは差し入れだ。皆で食べなさい。」
そう言って差し出されるメロンを、ハボックは
反射的に受け取るが、直ぐに我に返る。
「ありがとうございます・・・・って、
そうじゃないでしょう!?」
髪の毛を掻き毟るハボックだったが、次の
瞬間には、目の前にいた大総統が
忽然と姿を消した事に気づき、あわてて
辺りを見回す。
「ああ、何をしているのだね?早く東方司令部へ
向かいなさい。」
いつの間にか、ちゃっかり車の後部座席に
座っている大総統に、ハボックは
ガックリその場に蹲った。
そんなやり取りのあと、いつまでも
こうしてはいられないと、大総統を
乗せて、何時もより100倍は丁寧な
運転で、ハボックは東方司令部に
向かったわけなのだが、車を
車庫へ戻している間、またしても
大総統の姿が見えなくなったのである。
これには、流石のハボックも生きた心地が
しなかった。
「ちょっと目を離した隙にいなくなるなんて、
小さなガキですかっ!!他人を気にしない
トコなんて、うちの大佐と血が繋がっている
だけはありますね!!」
誰も聞いていないからこそ、ハボックの悪態は
ドンドンとエスカレートしていく。もしも、
聞かれていたら、忽ち反逆者の汚名を着て、
行き着く先は軍法会議所だ。
「きゃあ!」
「うわっ!すみません!!」
悪態に神経を集中させていたため、ハボックは
角を曲がってきた人物に気づかず、そのまま
ぶつかって、相手を転ばせてしまう。反射的に謝った
ハボックは、ぶつかった人物を見て、
驚きに目を見張る。
軽くウェーブ掛かった黒髪は、腰まであり、
地面に座り込んで、ハボックを見上げる
黒曜石の瞳は、怒りに彩られてはいるものの、
とても美しい。その上、ハボック好みの
胸の大きさに、ハボックは、思わず
頬を緩ませる。そんなハボックに、
女性は、嫌悪を露に、手を差し出す。
「いつまで女性を転ばせたままにさせておくの?
これだから、田舎者は・・・・。」
心底馬鹿にしきった女性の言葉に、
ハボックの表情が強張る。確かに、
女性を転ばせて、直ぐに助け起さない
ハボックに非はある。しかし、それ以前に、
女性の人を馬鹿にしきった態度に、ハボックは
眉を顰める。
「すみませんでした。」
ぶっきら棒にそう言うと、ハボックは乱暴に
女性を助け起す。
「痛いじゃない!!」
案の定、女性は文句を言ったが、これ以上
この女性と一緒にいたくないハボックは、
失礼しますと頭を下げて、さっさと
踵を返した。
「お待ちなさい。」
だが、以外にも女性の方がハボックを
呼び止める。
「・・・何か?」
ウンザリした顔で、ハボックが振り返ると、
女性は、挑発的な笑みを浮かべて
ハボックを見つめる。
「将軍の娘でもあり、ロイ・マスタング大佐の婚約者でも
ある私に対して、随分と酷い態度ね。所属と階級、そして
名前を名乗りなさい!ロイに言って、処罰してもらうわ!!」
勝ち誇った女性の言葉に、ハボックは、大総統に引き続き、
自分は招かれざる客をまたしても見つけてしまったのかと、
思わず天を仰ぎ、深いため息をついた。
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