Stay by my side 〜陽だまりの中で〜
第45話 女王対決
何故こんなことになっているんでしょうか・・・・。
ハボックは、ロイ個人の執務室に流れる、
険悪な空気に、ガックリと肩を落とす。
チラリと壁際を見ると、いつの間にか、
ロイと双子の兄のライは、
青褪めた顔で避難している。しかも、ロイの
腕の中には、黒猫と猫エドを腕に抱いて、
呆然としているエドワードがいるのだから、
この非常事態でも、ちゃっかりしていると、
現実逃避したハボックは、妙に感心していた。
そして、次にハボックは、部屋の中央、
ソファーへと眼を向ける。
そこには、先程ハボックが知り合ったばかりの、
将軍の娘で、自称ロイ・マスタング大佐の
婚約者という、女性と軍の影の支配者と
恐れられている、リザ・ホークアイ中尉が
火花を散らしていた。
何故、この二人がいがみ合っているのか。
答えは、数分前に遡る。
最初ハボックは、将軍の娘を、ロイに
恋焦がれるあまり、自分を婚約者だと
勝手に勘違いしているのだと思っていた。
ロイが東方司令部に赴任した当初、
パーティとかで、ロイに優しい言葉をかけてもらった事に、
勘違いした女性が後を絶たなかったからである。
だが、女性はそんなハボックの態度に、
腹を立てて、驚くべき事に、ハボックを
殴り飛ばしたのである。
これには、ハボックが一番ビックリした。
これでも現役の軍人。毎日訓練を欠かさない
自分が、油断していたとはいえ、
一般人の、それも甘やかされて育てられたであろう、
将軍の娘に、殴り飛ばされたのが、
相当ショックで、将軍の娘に命じられるまま、
ロイの執務室へと案内したわけなのだが、
そこで、ハボックは更なる不幸を体験する事になる。
執務室には、マスタング兄弟とエド、そしてホークアイの
他に、なんと、あれほどハボックが必死に探し回っていた
大総統がいるではないか!ハボックがへなへなと
その場に座り込んでいると、後ろから、蹴られて、
ゴロゴロと部屋に転がり込む。
一同、何事かと呆然としている中、
将軍の娘は何事もなかったように、
悠然と部屋の中に入る。
その時に、ハボックの背中を踏むのを忘れない。
その様子に、ホークアイの形の良い眉が潜められる。
自分の恋人を足蹴にする女に、警戒心も
露な眼を向ける。そんなホークアイの様子に、
将軍の娘は馬鹿にしたように、チラリと
横目で見ながら、命じた。
「そこのあなた。飲み物を持って来なさい、」
命令しなれている将軍の娘の態度に、何かを
感じ取ったのか、ホークアイは無言で
頭を下げると、そのまま部屋を退室しようと
したが、続く将軍の娘の言葉に、ピタリと
その歩みを止めた。
「お久しぶりですわ。大総統閣下。この
人が、私のエドワードちゃんですわね!!」
嬉々として、エドの手を握る将軍の娘に、
ホークアイから、ブリザートが吹き荒れる。
”私のエドワードちゃんですってぇええええ!!”
ギギギギギギ・・・・。
ホークアイは、ゆっくりと振り返ると、
まるで射殺さんばかりに、将軍の娘を
睨みつけるが、将軍の娘は、その視線に気付かないのか、
それとも、わざとなのか、見せ付けるように、エドを、
ギュッと抱き締める。
「うふふふ。あなたのように可愛らしい人とお仕事が
出来るなんて、これも私の日頃の行いが良いからよね!」
将軍の娘は、視線を大総統に向けると、ニッコリと微笑む。
「東方司令部のどこを使っても宜しいんですよね?」
「ああ、かまわな・・・・・。」
「いいえ!!勝手なことをされては困ります。」
大総統の言葉を遮って、キッパリ、ハッキリと
ホークアイは、言い切る。
「・・・・・あなたは、飲み物を持ってくれば
それで良いの。余計な口出しをしないで頂戴。
ハッキリ言って、邪魔なのよ。」
ピキーーーーン。
”言ったよ!言ってしまったよ!この人!!”
ホークアイに向かって、邪魔と言い切った
将軍の娘の度胸に、ハボックは、あちゃーと
頭を抱える。知らないとは恐ろしい。
あのホークアイに逆らうなんて!
ハボックは、同情を込めた眼で将軍の娘を見るが、
その時、将軍の娘が勝ち誇った笑みを浮かべている事に
気付く。
”あれ?”
もしかして、わざとなのか?
そんな疑問を含んだ眼でハボックが眺めていると、
将軍の娘は、ニッと口の端を上げる。
「銃をぶっ放すしか脳のない人間には、
分からないでしょうけど、今回のプロジェクトは、
大総統閣下直々のご命令であるだけでなく、
高尚なものなの。あなたも軍人なら、
大総統のご命令には、従いなさい。」
「理不尽なご命令には、従いません。」
部屋の温度が10度は下がったと思われるほど、
緊迫した空気が流れる中、ソファーで
寛いでお茶を飲んでいる大総統に、
ついついハボックは恨めしそうな眼を向ける。
この一触即発の事態を招いた、張本人が、
優雅にお茶を飲んでいるのだ。
ハボックでなくても、不満が出るのは当然の事である。
”誰がこの事態を収集するんですか!!”
エドをギュッと腕に抱き締めたまま、固まっている
ロイに、最初からハボックは期待していない。
ならば、元凶に何とかしてもらおうとばかりに、
ハボックが大総統に口を開く前に、将軍の娘の
口が開かれる。
「・・・・いい加減にして下さらない?
誰もあなたなんかの意見など聞いていないの。」
わかった?と勝ち誇った笑みを浮かべる将軍の娘に、
ホークアイのブチ切れる音がしたと、ハボックは
後に語る。
「・・・お言葉を返すようですが、この東方司令部の
責任者として、また、エドワードちゃんと懇意にしている
者と致しましても、承服できることと出来ない事が
ございます。」
東方司令部の責任者は一応ロイなのだが、実質
東方司令部を動かしているホークアイの言葉に
嘘はない。ないのだが、それをこの目の前の
将軍の娘に通用するかと言えば、否である。
案の定、訝しげに将軍の娘は、ロイを
振り返る。
「この人は、一体何を言っているの?
あなたが大人しいから、こんな人に舐められるのよ。
それに、この私の婚約者なのだから、これからは
ちゃんとしてもらわなければ。ちょっと!
聞いているの!?」
将軍の娘の口から婚約者という言葉が出て、
エドがビクンと泣きそうに肩を揺らす。
「待ちたまえ!誰が婚約者だ!!」
青褪めていた顔が、更に青くさせたロイが、
エドをギュッと抱き締めながら、将軍の娘に、
猛然と抗議する。
「クレア様から、是非にと言われているの。
まぁ、私の隣に立つには、役不足だけれども、
まぁ、クレア様に頭を下げられてはねぇ・・・。」
そう言って、意味ありげにロイを見つめる将軍の娘に、
ロイはスッと冷めた眼で睨みつける。
「私はそんな事を了承した覚えはない。」
「あなたの意思なんか、関係ないわ。」
将軍の娘は、ニヤリと笑いながら、じっと
エドを見つめる。
「私も、あなたとの結婚なんてごめんだけど、
エドワードちゃんを手に入れる為ですもの。
仕方ないわ。」
将軍の娘は、そこで言葉を切ると、
ゆっくりとロイ、正確には、エドに近づいていく。
「さぁ、エドワードちゃん。これから義理の
姉妹になるのですもの!外のカフェで、今後の
事を含めて、お茶でも・・・・・・。」
バキューーーーーン
皆まで言わせずに、執務室の中で銃声が
響き渡る。
ひぇええええええええええええ。
ハボック、ロイ、ライの三人は、
恐怖のあまり顔面蒼白になる。
この事態に、相変わらず取り乱さないのは、
大総統と将軍の娘、そして、未だによく
分かっていないエドくらいのものだ。
「・・・・・聞き捨てなりませんね。
誰と誰が義理の姉妹だと?」
フフフ・・・と冷笑を浮かべるホークアイに、
将軍の娘は、スッと眼を細める。
「一般人に向かって発砲?ここは、
どういう教育をしているの?ロイ?」
ギロリと横目でロイを睨む将軍の娘に、
ホークアイは、悠然と微笑む。
「勘違いなさらないで下さい。
今の発砲は、上官の躾けの為です。
決して、あなたに向けての事ではありません。」
それにこの事は、大総統閣下もご了承済みですので。
サラリと言うホークアイに、将軍の娘は、
口元を綻ばせる。
「この私に喧嘩を売るとは、いい度胸と褒めるべきかしら?
それとも、ただの馬鹿と言うべきなのかしら?」
「その言葉、そっくりそのままお返しします。」
ウフフフフ。
フフフフフ。
途端、執務室の中に吹き荒れるブリザート中で、
漸く我に返ったエドは、キョトンと首を傾げる。
「ところで、あの人は誰なんだ?」
エドの言葉は、小さすぎて、誰の耳にも届かなかった。
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