戦う、大佐さん!

                   第1話

 

  

          

            「俺だってなぁ、その気になれば、彼氏の1人や2人、
            すぐ出来る!!」
            真っ赤になって怒鳴るエドワードに、ロイはニヤニヤと
            人の悪い笑みを浮かべると、鼻で笑う。
            「フッ。あまり見栄を張るものではないよ、鋼の。」
            「見栄じゃねー!!」
            ダンと机を叩くと、エドはビシッと人差し指をロイに
            向けると、宣戦布告をする。
            「よし!そんなに人を馬鹿にするなら、こっちに
            だって、考えがある!絶対に一週間以内に彼氏を
            作って見せる!!」
            その言葉に、一瞬不快そうな顔をするロイだったが、
            直ぐにニヤリと笑う。
            「ほほう。一週間以内とは、すごい自信だな。」
            「俺様にかかれば、彼氏なんてすぐに出来るぜ!」
            高らかに笑うエドに、ロイは苦笑する。
            「今の君の姿でもかい?」
            「へっ?」
            途端、エドの笑い声がピタリと止まる。
            「今の君は男装しているだろう?その姿で一週間
            以内で彼氏が出来るのかい?」
            まぁ、無理だろうねと、笑うロイに、エドはカチンと
            くる。
            「ふ・・・ふん!この姿だって、彼氏くらい作れる!」
            「ほほう。では、もしも一週間以内に作れなかったら?」
            ニヤリと笑うロイに、エドは内心しまったと思ったが、
            生来の負けん気の強さのためか、ここまできたら
            後には引けない。エドはキッとロイを睨みつける。
            「何でもアンタのいう事を聞くぜ!」
            「・・・・・その言葉に、偽りはないな?」
            キラリと目が光るロイに、エドは一瞬早まったかも?と
            顔を引きつらせる。
            「お・・・・おう。」
            「一週間後が楽しみだな。鋼の。」
            さて、何を命じるかなと、笑うロイに、エドの怒りが
            爆発する。
            「絶対に彼氏作る!!じゃあな、大佐!!」
            エドはそう叫ぶと、足音も荒く、執務室を後にする。
            ご丁寧に扉を叩き付ける様にして、閉めることを忘れずに。
            「ククク・・・・。」
            ドアが閉じられた瞬間、ロイは大声で笑い出す。
            「全く、君は飽きないね。エディ・・・。」
            ロイはふと、せつない表情で、エドが出て行った扉を見つめる。
            「『何でも言う事を聞く』か・・・・・。もしも、私が君に恋人に
            なってくれと言っても、君は私の願いを叶えてくれるのかね・・・・。」
            初めて会った瞬間、ロイはエドに恋をした。少女の華奢な身体には、
            背負いきれない過酷な運命を、必死に耐えている姿に、
            何度この腕の中に閉じ込めて、守ってやりたいと思ったことか。
            「だが、君は大人しく守られる存在ではない。」
            閉じ込められても、自力で脱出する少女。それがエドワード・エル
            リック。そうでなければ、自分は決して愛したりはしなかっただろう。
            「失礼します。大佐。」
            その時、ノックの音がしてホークアイ中尉が入ってくる。
            「追加の書類をお持ちしました。」
            「あぁ、ご苦労。」
            ホークアイは、書類をロイの机の上に置くと、ジッと冷たい視線を
            ロイに向ける。
            「な・・・なんだね?」
            即発砲されるのではないかと疑いたくもなる、怒りのオーラを
            纏ったホークアイに、ロイは顔を引きつらせる。
            「大佐、エドワードちゃんに、何を言ったんですか?」
            「鋼のがどうかしたかね?」
            先程怒らせたりはしたが、それはいつもの事で、ここまで
            ホークアイ中尉を怒らせる事をした覚えはない。
            「先程、エドワードちゃんとすれ違った時、彼女が泣いていた
            ようなので。」
            「鋼のが、泣いた?」
            慌てて椅子から立ち上がるロイに、ホークアイは、醒めた目で
            拳銃をロイに向ける。
            「何を言ったんですか。」
            「言う!言うから、銃を下ろしたまえ!!」
            しぶしぶ銃を下ろすホークアイに、ロイは安堵の溜息と共に、
            事の顛末を語って聞かせる。
            「最初は、別に他愛もない話だったんだ・・・・・・。」
            ただ、女の子なのだから、自分の前だけでも、女の子らしい
            言葉遣いをして欲しかった。だから何の気なしに言ったのだ。
            「そんなに言葉遣いが悪ければ、元の身体に戻ったときに、
            彼氏の1人も出来ないぞ。」と。それが、まさかあんなに怒るとは
            思わなかった。
            「つい、売り言葉に買い言葉で、鋼のが、一週間以内に
            彼氏を作るという宣言をしたんだ・・・・・。」
            「大佐・・・・・あなたは馬鹿ですか・・・。」
            額に手を当てて、ホークアイは溜息をつく。上司のエドワードに
            対する不器用な愛情表現に、ホークアイは、今すぐ銃をぶっ放し
            たい誘惑にかられる。
            「何のためにエドワードちゃんは性別を偽っていると思って
            いるんですか?全てを取り戻す為とはいえ、年頃の女の子
            らしい心を持っているんです。それなのに、傷口を思いっきり
            開いて、塩をすりつけて、どうするんですか!!」
            無能の上に馬鹿だったとは、情けないと、怒り心頭のホークアイの
            言葉に、自分が取り返しのつかない失態を犯したことに気づき、
            ロイの顔が強張る。
            「でも、これはこれでいい傾向になるかも・・・・・・。」
            だが、ホークアイは次の瞬間、ふと思い直したかのように、
            表情を和らげる。
            「ホークアイ中尉?」
            てっきり鉛玉が飛んでくると思い、身構えていたロイだったが、
            急に怒りを解いたホークアイに、訝しげに声をかける。
            「中央(セントラル)にいる間くらい、普通の女の子に、戻って
            欲しいですから。」
            にっこりと微笑むホークアイに、ロイは苦笑する。
            「しかしだね、男装で彼氏が出来るとは・・・・・。」
            「あら、知らなかったんですか?大佐?」
            きょとんとするホークアイの言葉に、ロイは嫌な予感を覚える。
            「何がだね?」
            「エドワード・エルリックファンクラブのことを。」
            その言葉に、ロイの絶叫が響き渡る。
            「エドワード・エルリックファンクラブだとぉおおおお!!
            「うるさいです。大佐。」
            耳に手を当てるホークアイに、興奮したロイが詰め寄る。
            「なんだ!それは!!」
            「言葉どおりですが。」
            しれっと言うホークアイに、ロイは怒りに任せて、バンと机を叩く。
            「そんな事を言っているんじゃない!一体何時の間に・・・・・。」
            「正確に申し上げれば、エドワードちゃんが、国家資格を取った
            時点でです。さらに付け加えるのであれば、今現在、大総統を始め
            軍のほとんどの人間が会員です。」
            もちろん、自分がファンクラブ会長であることは、ロイには黙っている。
            「そんな前から・・・・・・。」
            茫然と呟くロイに、ホークアイは淡々と事実を言う。
            「つまり、エドワードちゃんが本気にならなくても、彼氏候補に
            立候補する人数が、何百という数になると言う事です。」
            茫然となるロイに、ニヤリとホークアイは笑うと、処理済の書類を持って
            さっさと部屋を後にする。
            「まさか・・・・いや、あきらめては駄目だ。まだ、最後の砦、
            アルフォンス君がいる。」
            乾いた笑いをするロイの脳裏には、エドの弟のアルフォンスの
            姿が浮かび上がる。
            いつもは自分とエドの愛のコミュニケーション(とロイ本人だけが思っている)
            に、これでもかっ!!とばかりに邪魔をする目障りな存在だが、
            超シスコンのアルフォンスの事、エドに恋人が出来る事を、
            快く思わず片っ端から邪魔をするだろうと予想して、安堵の溜息を
            洩らす。
            「アルフォンス君、頑張ってくれたまえ。」
            祈るような気持ちで、ロイはアルに激励の念を飛ばす。
            だが、ロイは知らない。アルフォンスは、まず第一に姉の事を
            最優先に考えることを。特に、賭けに負けた場合、エドがロイの
            言う事を聞かなければならないと聞けば、妨害するどころか、
            率先して彼氏作りに協力することに。
            






            「うわあああああん、アルゥ〜!!」
            軍法会議所、シェスカの所で手伝いをしているアルの元へ、
            エドが泣きながら入ってきた。
            「ね・・姉さん!?どうしたのさ!!誰かに苛められたの!?」
            慌てる弟に、エドはただ泣きながらギュッとしがみ付く。
            「どうしたの?エドワードちゃん!!」
            「どうした!エド!!」
            それぞれ仕事をしていた、シェスカとヒューズが、慌ててエドの
            元へと駆け寄る。
            「ヒック。ヒック・・・・。大佐がぁあああ〜。」
            その言葉に、ヒューズは、イライラして頭を掻く。
            「ったく、またあいつかぁ。しょうがねぇなぁ・・・・。なぁ、エド。
            俺が奴をキツク叱っておくから、機嫌直せ。なっ?」
            「そうよ。可愛い顔が台無しよ?機嫌直しに、ドーナツでも
            食べる?」
            代わる代わるに、エドを宥める二人に、エドは泣きながら
            首を横に振る。
            「違う〜。大佐じゃなくって、自分が情けないから・・・・。」
            泣きながらエドは事の顛末を話し出す。
            「大佐が俺を馬鹿にするから、つい一週間以内に彼氏を
            作るって、宣言しちゃったんだ・・・・・。負けたら、俺
            大佐の言う事を何でも聞かなくっちゃならない・・・・。」
            エドはゴシゴシ目を擦りながら、だんだんと俯く。
            「でも、俺、自信ない・・・・・。こんな俺を、誰か好きになって
            くれるのかなぁ・・・・・。」
            しかも、一週間以内に・・・・・と、再び泣き出すエドに、
            アルは、そんなことはないと反論する。
            「なに弱気になってるのさ。姉さんらしくないよ!
            姉さんさえその気になれば、彼氏の1000人や2000人、
            今日中にだって、集まるよ!!」
            ”大佐〜。ボクの姉さんを泣かせるとは・・・・。許さない!!”
            ロイへの怒りに震える、エドワード・エルリックファンクラブ
            事務局長、アルフォンスだった。
            「そうよ!エドちゃんなら、大丈夫。そうだ、これから服とか
            買いに行きましょう!!」
            ”こんな可愛いエドちゃんを泣かせるなんて、やはり大佐は
            冷たい人なんですね!!”
            心の中で憤慨する、エドワード・エルリックファンクラブ会員の
            シェスカは、エドの肩をそっと抱き締める。
            「ホークアイさんやロスさんも誘って。ね?」
            ”ついでに、それとなくホークアイさんにチクッて、大佐に
            嫌がらせをしてもらおう。”
            ね?と笑うシェスカに、エドは悲しそうにフルフルと首を横に振る。
            「駄目なんだ。この格好でって、条件で・・・・・。」
            しゅんとなるエドに、ヒューズは苦笑する。
            ”ったく、ロイの奴にも困ったものだな。好きな子を苛めたいって
            気も分からなくもないが、泣かせてどうするつもりだ?”
            しかも、彼氏を作るように薦めるとは、呆れて物が言えない。
            いくらロイの親友とはいえ、家族ぐるみでエドワード・エルリック
            ファンクラブの会員であるヒューズは、目の前でエドに泣かれ、
            いかに効果的にロイに思い知らせてやろうかと思いを巡らせる。
            そして、ある事を思い出し、ニヤリと笑う。
            「シェスカ、ファルマン准尉に連絡。」
            「ヒューズさん?」
            何でここにファルマンが出てくるのかと、シェスカは、首を傾げる。
            「例のお探しの人物が見つかったと。」
            「例の・・・・・?あっ、わかりました!!今すぐに!!」
            ヒューズの言わんとする事を、察したシェスカは、嬉々として
            内線をかけるべく、電話へと向かう。
            「ヒューズ中佐・・・?」
            キョトンとなるエドワードとアルフォンスに、ヒューズは
            ニヤリと笑う。
            「エドに、素敵な彼氏を紹介してやるよ。」
            フフフと笑うヒューズの顔に、エドは困惑気に、アルと顔を見合わせた。