第3話

 

  

 

           「ここまで・・・くれば・・・大丈夫だ。おーい、大丈夫か?
           エド。」
           「なんと・・・・か・・・・・。」
           中庭まで一気に駆け抜けたエドとハボックは、並んで肩で息を整える。
           「あの・・・・さ・・・・。少尉・・・・。その・・・ごめん・・・な・・・・。」
           悲しそうな顔で俯くエドに、ハボックは首を傾げる。
           「何がだ?」
           「だって、俺が変な事頼んじゃったから、少尉、大佐に嫌味
           言われただろう?」
           本当に巻き込んでごめん!!と頭を下げるエドに、ハボックは
           苦笑する。
           「エドが悪い訳じゃねーよ。」
           ハボックはポンポンと軽く頭を叩く。
           「でもさ、やっぱ俺と少尉じゃ駄目だよ。大佐、全然本気にしなかった
           じゃん。」
           「あー、そのこと。別に信じなくってもいいじゃねぇ?」
           ハボックはニヤリと笑う。
           「・・・・・だって・・・・。」
           一週間以内に恋人が出来なかったら、何でもロイの言う事を
           聞かなければならない。エドは眉間に皺を寄せる。
           「周りに俺達が付き合っていると認識させるだけで、条件はクリアー
           したことになるだろう。深刻に考えんなよ。」
           ハボックは、ニヤリと笑う。
           「それに、エドは大佐が好きなんだろ?他の人間と噂にでも
           なったら、それこそ大佐の傍にはいられないぞ?」
           途端、エドの顔が真っ赤になる。ロイがエドを好きな事は、
           本人は隠しているらしいが、周りの人間にはバレバレである。
           気がつかないのは、エド本人のみであろう。
           ところが、エドがロイを好きな事は、ハボックのみが知っている
           ことである。弟のアルフォンスすらそのような事実は、夢にも
           思っていない。
           「でも・・・・大佐は俺なんか眼中にないっていうか・・・・・。」
           しゅんとなるエドに、ハボックは苦笑する。
           ”あの大佐の嫉妬丸出しの顔を見ても、全く気づかないんだからな。
           相当の鈍感だ。”
           妹のように可愛がっているエドの幸せの為、エドの恋人役を
           了承したハボックだったが、どうやって二人をくっつけようかと、
           頭を悩ませる。ホークアイの兄、フレデリックの出現により、
           適当にロイの嫉妬心を煽ろうという、当初のハボックの計画は
           泡と化す。一歩間違えば、待っているのは、昼メロも真っ青の
           ドロドロの愛憎劇だろう。
           「少尉・・・・?」
           溜息をつくハボックに、エドは恐る恐る声をかける。
           「やっぱ、こんなの迷惑だよな!!俺、他当たるから!!」
           それじゃあと駆け去ろうとするエドのフードをバシッと掴む。
           「コラ。勝手に話を決めるな。今、溜息をついたのは、ランチを
           どこにしようかって思っただけだから。」
           「へっ?ランチ?」
           キョトンとなるエドに、ハボックは苦笑する。
           「ああ。エドはどこに行きたい?」
           「お・・・俺?」
           驚くエドに、ハボックは大きく頷く。
           「当たり前だろ?俺達は【恋人同士】。ランチを一緒に
           取っても、おかしくない。」
           「え・・・あの・・・その・・・・。」
           慣れない恋人という言葉に、エドは真っ赤になって俯く。
           そんなエドをハボックは優しく見つめる。
           「そんなに深刻に考えるなって言ったばかりだろ?
           まぁ、恋人は無理でも、兄と妹には、なれるんじゃないか?」
           「兄と妹・・・・?」
           ハボックはエドの肩を抱きながら、門へと歩き始める。
           「お前、性別を偽って旅してるだろ?相当ストレス溜まって
           るんじゃねぇか?」
           「そ・・・そうでもないよ。」
           誤魔化すかのようににっこりと笑うエドの目元を、ハボックは指差す。
           「目の下の隈。また徹夜したな。」
           ウッと言葉につまるエドに、ハボックは笑う。
           「だからさ、兄としては妹が心配な訳。ここにいる間くらい、俺に
           妹として甘えて欲しいんだよ。」
           「甘えるって・・・・。」
           困惑するエドに、ハボックは上機嫌で笑いかける。
           「そうだ。アルも誘って三人で遊びに行こう。」
           「えっ!?えっ!?」
           いきなり話が飛ぶハボックについていけず、エドは目を白黒させながら、
           ハボックに引きづられるように、歩いていく。
           「ふーん。なるほど・・・。そういう訳か・・・・。」
           ハボックとエドの後姿を眺めながら、木の陰から、フレデリックが、
           ゆっくりと現れる。
           「まさか、エドちゃんがあいつの事をねぇ・・・・・・・。」
           ギリッと奥歯を噛み締める。
           「でも、俺は絶対に諦めないよ。あいつのように。」
           フレデリックは、そうエドの後姿に呟くと、クルリと二人に背を向ける。
           最強の協力者になるであろう、妹のリザ・ホークアイの元へ、
           フレデリックはゆっくりと歩き出した。








           「それで、どういう事か、説明してもらいたいのですが。」
           ホークアイは、ヒューズに銃を突きつけながら、鋭い眼光を
           向ける。
           「説明もなにも、俺達はロイの【命令】に従っただけだもーん。」
           「【命令】?」
           一体、いつロイがエドとハボックを恋人にするように命令を
           出したというのか?第一、ロイがエドに惚れているのは、周知の事実で
           ある。そのロイが自分以外の男をエドの恋人にするように
           命令するはずがない。
           「正確には、ロイがエドに命令した内容と、ロイがファルマン准尉に
           命令した内容を一緒にしたってやつ?」
           ニヤリと笑うヒューズに、ホークアイは、溜息をつく。
           「一緒にすればいいって訳ではありませんが。」
           「まぁ、ハボックなら後で笑い話になるだろ?要するに、
           エドを泣かせたロイに、お仕置きってとこかな?」
           「・・・・・ハボック少尉が憐れですが。」
           ホークアイの言葉に、ヒューズはゲラゲラ笑う。
           「大丈夫!ハボックは全て了承済みだ。それに、ハボックが傷ついたら、
           リザちゃんが、慰めてやってくれよ。」
           「私が・・・・?」
           意味が分からず、ホークアイはキョトンとなる。
           その顔に、ヒューズは内心ハボックに同情する。
           ”エドも鈍いが、ホークアイ中尉も相当鈍い。憐れハボック・・・・。”
           「ところで、フレデリックは本気なのか?」
           ふと真顔になるヒューズにホークアイは頷く。
           「そうみたいですね。私もつい最近まで兄がエドワードちゃんを
           好きだとは思いもよりませんでしたが。」
           一体、いつの間に知り合ったのか。兄の手の早さに、妹である
           ホークアイは苦笑する。
           「・・・・・・・・ちなみに、中尉は、どちらの味方?」
           上司と兄、どちらの恋を応援するのかと問うヒューズに、ホークアイは
           暫く考えてにっこりと微笑む。
           「私は、勿論エドワードちゃんの味方です。ただ、応援するのは、
           兄ですが。」
           「肉親の情ってやつか・・・・。」
           やっかいな人物が敵に回ったものだと苦笑するヒューズに、ホークアイは
           首を横に振る。
           「違います。兄がエドワードちゃんと結婚してくれれば、私たちは義理の
           姉妹になります。そうなれば、自動的にエドワードちゃんは、私のもの。」
           ニッコリとホークアイは微笑む。兄のものは自分のもの。自分のものは
           自分のもの。きっぱりと言い切るホークアイに、エドワード・エルリック
           ファンクラブ会長の肩書きは、伊達ではない所を見せる。
           「そうか。奇遇だな。実は俺も似たような事を考えていたんだ。」
           フフフとヒューズは不敵な笑みを浮かべる。自分と接点がまるでない
           フレデリックとエドがくっつくより、自分の親友がエドとくっついてくれた
           ほうが、ヒューズには都合が良かった。親友の妻となれば、
           今までより一層エドと家族ぐるみの付き合いが出来る。自分も
           そうだが、妻のグレイシアもエドを実の娘、アルを実の息子のように
           可愛がっている。愛娘であるエリシアも、エドとアルには特に懐いている。
           可愛いエドを親友に取られるのははっきり言って嫌だが、長い目で
           見ると、エルリック姉弟を自分達の傍近くに置いておくには、これ以上の
           条件はない。ここは是非ともロイに頑張ってもらうしかない。
           ヒューズの目がキラリと光った。
           「ハハハハハ・・・・・・。」
           「フフフフフフ・・・・・・。」
           エドのあずかり知らないところで、エドワード争奪戦の戦いは、こうして
           切って落とされたのである。