ハボックとの恋人宣言をした次の日、エドは
図書館でアルと共に文献を漁っていたが、
アルのお昼を食べてきてね♪の一言で、図書館を追い出され、
仕方なく、セントラルでも有名なオープンカフェへと
入った。運良く混む前に店に入った為、大通りに面した
席を確保できたエドは、ぼんやりと人の流れを
眺めながら、すっかり冷めてしまったチキンドリアを
スプーンで突っついていた。
「はぁああああ。何でこんなことになったんだろう・・・・。」
エドはカランとスプーンを離すと、肩肘をついて、オレンジジュースに
手を伸ばす。
「ボク、ハボック少尉なら、【義兄さん】って呼んでもいいかも・・・。」
うっとりと夢見る声で呟く弟の声が、脳裏に蘇る。
恋人役をハボックに頼んだ時、アルはそう嬉しそうに言った。
「いっその事、本当にしちゃえば?」
そう言って、アルは事あるごとに、自分とハボックをくっ付け様と
している。その事に、エドは深い溜息をつく。
確かに、ハボックは優しいし、好きだ。でも、その好きという感情は、
男女の仲ではなく、もっと家族的な意味合いである。第一、自分が
好きなのは、ロイ・マスタングなのだ。いくら振り向いてくれないからと
言って、ハボックを身代わりにすることは出来ない。
ふと視線を上げると、エドは心臓が鷲掴みにされたような衝撃を受け、
知らず、唇を噛み締める。
大通りを挟んで向こう側の歩道では、ロイが美しい女性と、仲良く
腕を組んで歩いているのを、見つけたのだった。
”やっぱり・・・・・大佐の隣には、綺麗な人が・・・・・。”
見ていられなくて、エドはそっと席を立つ。
クルリと歩き出そうとして、いきなり掴まれた腕に、驚いて
顔を上げると、そこには、トレーを片手に微笑んでいる、リックの
姿があった。
「やぁ!奇遇だね。エド。ご一緒してもいいかい?」
そう言うと、リックはトレーをテーブルに置いた後、エドを無理矢理
席につかせる。
「あの・・・俺、そろそろ・・・・・。」
帰るところだと、再び席を立とうとするが、リックはにっこりと微笑み
ながら、エドの腕を掴んだまま離さない。
「まだ、全然食べていないじゃないか。」
そう言って、空いている手で、エドのトレーを指差す。
「ちょっと・・・・食欲がなくて・・・・・。」
自然俯くエドに、リックはふと大通りに目をやり、そこに歩いている
人物に気づくと、厳しい目を向ける。その視線に気づいたのか、
相手も自分に視線を向け、そして、自分の隣に座っている人物が
誰だか分かった瞬間、凄まじい殺気を込めた目を自分に向けてきた。
”君にとやかく言われる筋合いはない!”
相手を焼き殺さんばかりに、自分を睨む【焔の錬金術師】こと、
ロイ・マスタングに、リックは不敵な笑みを向けると、わざと
エドの左手を掴むと、軽く手の甲に口付ける。
「リ・・・リック!!」
真っ赤になって慌てて手を引っ込めるエドに、リックは真顔になると、
じっとエドの目を見つめながら言った。
「初めて君と出会ったときから、君を愛している。」
「えっ!?えっ!?えーっ!!」
真っ赤になってパニックになるエドに、リックはエドの両手を
握り締めるとその左薬指にキスを贈る。
「どうか。結婚を前提に、俺と付き合って・・・・・・。」
「鋼の!!」
リックの言葉を遮るように、ロイは通りの向こうから叫ぶ。
驚いてエドがロイの方を見ると、ロイが怖い顔でこちらを
睨んでおり、そのあまりの怖さに、エドは身体を竦ませる。
”何なんだよ〜。俺、大佐の気に障るような事をした
のかよぉ〜!!”
半分泣き顔になりながら、エドは半ば逃げるように
半分腰を浮かせたが、リックに手を握られているため、
その場から逃げることができない。
そんなエドに、ロイは不機嫌も露な顔で、大股で二人に近づく。
後ろで今までデートしていた女が何か騒いでいるが、そんな事は、
ロイにはどうでも良かった。
「一体、ここで何をしているのかね?」
ロイの言葉に、反射的にビクリと身体を竦ませるエドを庇うように、
リックが立ち上がると、にっこりと微笑んだ。
「見てわからないのか?二人でお昼を食べていたんだ。」
ロイはジロリと横目でリックを睨むと、視線をエドに向けて
冷たく言い放つ。
「君には、失望したよ。鋼の。」
「失・・・・望・・・・・?」
いきなり言われた言葉に、エドは訳が分からず首を傾げるが、
怒りの収まらないロイは、苛立ちをエドにぶつけるかのように、
わざと溜息をつく。
「君に、今立ち止まっている時間はあるのかね?」
「そ・・・それは・・・・・。」
ロイが言いたい事が分かり、エドは俯く。
「私もこんな無粋な事は言いたくないのだが、君には、他に
なすべき事があるだろう?」
ロイの言葉に、ますます俯くエドに、リックは黙っていられずに、
二人の間に割って入る。
「マスタング!いくら何でも言いすぎだ。彼女にお昼さえ食べさせない
気なのか?」
リックの言葉に、ロイは馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「ほう?私にはお昼を食べているようには見えなかったのだが?」
ロイは再びエドに視線を向けると、突き放すように言う。
「鋼の。いつまで遊んでいるつもりだ?アルフォンス君を
待たせているのではないのかね?」
その言葉に、ハッと顔を上げると、エドはリックに別れを告げて、
慌てて店から飛び出す。
「ちょっと待ちたまえ。」
店から出てきたエドを、ロイは呼び止めると、エドの腕を掴んで、
図書館へ戻る道とは、反対の方向へと歩き出す。
「ちょっと!離せ〜。大佐〜。」
ジタバタと暴れるエドを引き摺るように、ロイは通りを歩いていく。
「離せよ!アルが待っているんだから!!」
ロイは、ある一軒の店まで来ると、有無を言わさずエドをテーブルに
着かせると、自分はカウンターの方へと歩いていく。
「何なんだよ〜。一体〜。」
このまま店を飛び出そうと、椅子から立ち上がるのと同時に、
ロイが店の奥から戻ってきた。
「座っていなさい。鋼の。」
そう言って、ロイはエドの前に、サラダや飲み物、スープ、パスタ
など、栄養のバランスが取れた食べ物を、次々に置いていく。
「な・・・何だよ・・・・・・。」
目の前に置かれた食事に、困惑気味にロイを見るエドに、ロイは
苦笑すると、自分の分を食べ始める。
「私もお昼がまだなのだよ。付き合いたまえ。」
唖然とするエドだったが、徐々に怒りがこみ上げてきて、店の中
だと言うのに、思わず叫びだす。
「アンタ、さっき俺に何を言った?」
「何とは?」
サラダを口に運びながら、ロイはチラリとエドを見る。
「立ち止まっている暇はないって、言ったじゃんか!!」
「言ったな。」
ロイは、真っ直ぐにエドの目を見て頷いた。
「だが、人間は食べなくては死んでしまう。」
ロイは、再び食事を再開させると、チラリと横目でエドを見る。
「食べなさい。」
有無を言わせない口調のロイに、エドはしぶしぶ腰を降ろすと、
不貞腐れた顔で、サラダにフォークを突き刺す。
そんなエドに、ロイは苦笑すると、籠からパンを取り出すと、
エドに薦める。
「ここのパンはすごく美味しいんだ。」
エドはキッとロイを睨むと、奪い去る勢いでパンを受け取ると、
一口千切って、口の中に放り込む。
「お・・・おいしい・・・・・。」
驚くエドに、穏やかにロイは微笑むと、スープを口にする。
「・・・あの・・さ・・・・。」
遠慮がちに言うエドに、ロイは目だけをエドに向ける。
「か・・・彼女とデート中じゃあ・・・・・。」
「・・・・・鋼の。早く食べなさい。」
急に不機嫌になるロイに、エドは一瞬何か言いかけたが、
唇を噛み締めると、食事を再開させた。
暫く会話もなく、黙々と食事をしていた二人だったが、
食後のコーヒーを飲みながら、ロイはポツリと呟いた。
「・・・・・・旅は辛いか・・・・?」
「大佐?」
キョトンとなるエドに、ロイは一瞬辛そうな顔を向けるが、
直ぐに表情を消し去ると、コーヒーをじっと見据えたまま、
エドに尋ねる。
「私は、君を追い詰める事しかできないのか?」
「追い詰めるって?」
一体何を言っているのかと困惑するエドに、ロイは重ねて
言った。
「私は【可能性】だけを示唆する事によって、君達を
更なる過酷な運命に導いただけなのかもしれん・・・。」
「大佐?」
ロイは溜息をつくと、じっとエドを見つめた。
「すまなかった。君の幸せを邪魔して。」
「邪魔って?」
首を傾げるエドに、ロイは顔を歪ませる。
「さっき、フレデリック・ホークアイ大佐とのデートを
邪魔してしまった。」
「デート!?違うって!!」
慌ててエドは首を横に振る。
「とても、親密そうに見えたが?」
ロイの言葉に、エドは真っ赤になって否定する。
「勘違いすんな!!たまたま店で一緒になっただけだ!!」
第一、俺が好きなのは、アンタ・・・・・・。」
最後まで言いかけて、慌ててエドは口を塞ぐ。
「鋼の・・・・?」
ポカンとした顔で自分を見つめるロイに、エドは真っ赤な顔で
椅子から立ち上がる。
「お・・・俺!アルを待たせてたんだ!!じゃあ、大佐、
俺、帰るから!!!」
そう早口で捲くし立てると、エドは真っ赤な顔のまま、店を
飛び出していく。その後姿を、ぼんやりと眺めていたロイ
だったが、やがてクククと笑い出す。
「エディ・・・・・。私は自惚れてもいいのかい?」
ロイは上機嫌で椅子から立ち上がると、愛しい少女を
追いかけるべく、店を後にしようとしたが、店の前に
佇む男に気づき、ロイは立ち止まった。
「ちょっと話があるんだけど?」
そう不敵な笑みを浮かべて、フレデリック・ホークアイは
ロイの前に立ちはだかっていた。