「一体、どこまで行く気かね?ホークアイ大佐。」
憮然としたロイに、リックはにっこりと微笑むと、
くるりとロイに向き直った。
「・・・・・ホークアイ大佐、私は君に言った事を
撤回する。」
先手必勝とばかりに、ロイはリックに真剣な表情で
口を開く。
「エドワードは、絶対に君には渡さない。」
「なるほど。漸くその気になったという訳ですね。」
リックはニヤリと笑う。その挑発的な笑みに、ロイも
同じくニヤリと笑い返す。
「ああ。随分遠回りしたがね・・・・・。これで話は
終わったな。失礼するよ。」
クルリと背を向けるロイに、リックはクスクス笑いながら
肩を竦ませる。
「まだ話は終わっていませんよ。マスタング大佐。」
「何だと?」
振り返るロイに、リックは大げさに額に手を当てる。
「ああ、すみません。言葉が足りなかったようですね。
あなたに話があるのは、俺ではなくて、彼女なんですよ。」
クイと顎で差すリックの視線の先を辿って見れば、
銃をこちらに向けている、副官のホークアイ中尉の
姿があった。
「・・・・ちゅ・・・ちゅうい・・・・・。」
冷や汗ダラダラのロイに、ホークアイはゆっくりと近づくと、
ロイに冷たい一瞥を与える。
「・・・・大佐。随分と休憩時間が長いようですが?」
「いや・・・それはだね・・・・。今から戻るところ・・・・。」
ホークアイは引鉄を引くと、躊躇することなく、ロイの
足元に向けて銃を撃つ。
「危ないじゃないか!何をするんだね!君は!!」
半分涙目のロイに、ホークアイはしれっと答えた。
「申し訳ありません。犬が粗相をしたように見えた
ものですから。」
「どこに、犬がいるというのだ!」
ホークアイは、ニヤリと笑う。
「どうやら見間違えたみたいですね。」
では、参りましょう。と、ロイを銃で脅しつつ、
にこやかに言うホークアイの背中に向かって、リックが
声を掛ける。
「あぁ、リザ。俺、これからエドワードちゃんを、
デートに誘うんだけど、夕食を一緒にどうだい?勿論、
アルフォンス君も一緒に。」
「嬉しいわ兄さん。では、いつもの店に6時でどうかしら?」
ニコニコと上機嫌の妹に、兄は蕩ける笑みを浮かべる。
「わかった。店の前で待ち合わせようか。定時に司令部へ
行くように、アルフォンス君には言っておくから、一緒に
店まで来てくれ。」
では、とロイに向かって勝ち誇った笑みを浮かべて去っていく
リックの後姿に、ロイは慌てて追いかけようとするが、その前に、
ロイの背中には、ホークアイの銃口が突きつけられる。
「どちらへ?」
目だけが笑っていないホークアイに、ロイは恐る恐る首だけを
後ろに向ける。
「頼む。見逃してくれ。エディが・・・・!!」
「大佐。こうなるようにしたのは、あなただという事を、お忘れですか?」
ホークアイの冷たい言葉に、ロイの動きが止まる。
「さぁ、早く戻ってください。今日は徹夜ですよ。」
フフフと不敵に笑うホークアイに、ロイが有能な部下が敵に
回った事を悟り、大人しく司令部へと連行されていく。
”こうなったら、何が何でも仕事を定時で終わらせる!!”
決意を新たに、嫌がらせで増やした書類の山を前に、
猛然としたやる気を出し、ロイは瞬く間に書類の山を
無くしていく。
「ホークアイ中尉、電話ですよ。」
普段、これだけやる気を出せば、こっちは苦労しないのに・・・・。
と呆れてロイの仕事振りを監視していたホークアイに、ブレタ
少尉が電話を持ち上げて上官を呼ぶ。
「もしもし?ホークアイですが・・・・。」
誰だろうと、首を傾げつつ、電話に出ると、切羽詰った
兄の声が聞こえてきた。
「大変だ!!リザ!エドワードちゃんが誘拐された!!」
「なんですてぇえええええええ!!」
ホークアイの絶叫に、その場にいた面々は、ホークアイ
に注目する。だが、ホークアイは周囲の目を気にせずに、
兄に、詳しい事を説明するように命じる。
「一体、どうい事なの?」
一体、傍にいたくせに、何やっているのよ!!とばかりに、
ホークアイは低い声で呟く。
「そうは言っても、図書館に行ったら、二人がいなくてさ、
辺りを散々探し回ったら、二人を見たって人にあって
話を聞いてみたら、黒髪にメガネを掛けた、どことなく
借金取りのようなチンピラ風の男に、引き摺られるように、
連れ去られたって・・・・・・・。」
「黒髪・・・メガネ・・・?借金取りのような・・・・?」
その特徴に、ある1人の人物が浮かび上がり、ホークアイは
舌打ちをする。
「兄さん、それは多分ヒューズ中佐だわ・・・・・。」
「何!?ってことは・・・・・・。」
思わぬ伏兵の登場に、リックも舌打ちする。妹を仲間に
引き込む事に成功しているが、ロイにはまだまだ油断のならない
人物が着いていることを失念しいた。
「リザ、君はとにかくマスタングを司令室から一歩も出すな。」
「わかったわ。兄さんは早くエドワードちゃん達を確保して!!」
ホークアイは受話器を戻すと、さらにロイに仕事を押し付けようと、
書類を作成すべく、自分の席につく。チラリと時計を見ると、
既に就業時間が3分過ぎていた。本当ならば、これからエルリック
姉弟との楽しい夕食だったのに!!と、収まりきれない怒りを
ロイにぶつけるべく、書類を書いていると、ふと気になって、
ロイの机を見ると、いるべき人物がいない。慌ててホークアイは
立ち上がると、処理済の書類を運び出そうとしている、フュリー
曹長に声をかける。
「大佐は?」
「大佐ですか?さっき大佐にヒューズ中佐からお電話が
ありまして、2・3話し込んでいたのですが、いきなり「直ぐ行く」と
慌てて部屋を飛び出していきましたが?」
それにしても、大佐って凄いですよね〜。あれだけの仕事を
全部終わらせたんですよ!!と、目を輝かせて言うフュリーに、
ホークアイは、相槌を打つ気にもなれず、それよりも早く
次の手を打たなければと、慌てて受話器を手に取って、
ダイヤルを回すが、いきなり伸びてきた手に、ホークアイは
驚いて顔を上げる。
「中尉、ちょっといいですか?」
トレードマークの咥えタバコをピコピコ動かしながら、いつもとは
違う真剣な表情のハボックに、ホークアイは茫然としながらも、
コクリと頷いた。
「すまん!!ロイ!逃げられた。」
土下座せんばかりの親友の姿に、ロイは一瞬茫然と
なるが、直ぐに踵を返してエドを探しに行こうとするロイの
後姿に、アルは底冷えするような声をかける。
「大佐、お話があるんですが・・・・・・。」
黒いオーラを纏ったアルが、仁王立ちしていた。
「アルフォンス君・・・・・・。」
温厚な彼からは、考えられないほど怒りに満ちている
姿に、ロイは表情を引き締めると、ゆっくりと頷く。
「わかった。話を聞こう・・・・・。」
ロイはゆっくりとヒューズ邸に足を踏み入れた。
「探したよ。エド!!」
泣きながらトボトボと歩くエドを、後ろから抱き締める腕に、
反射的にエドは、慌てて腕を振り払う。
「離せよ!!」
「嫌だ。離さない!!」
その聞き覚えのある声に、エドは顔を上げると、そこに
リックの姿があり、思わず動きが止まるエドを見逃さず、
リックは穏やかに笑うと、そっとその華奢な身体を引き寄せると、
優しく自分の腕の中へ囲う。
「エド、付き合ってくれないか?」
リックの申し出に、茫然としながらも、エドはゆっくりと頷く。
「いいぜ・・・・・。」
その言葉に、リックは幸せそうに微笑んだ。