第8話     







   
   そもそも、エドが犯人達を見つけたのは、偶然だった。
   リックにキスされそうになり、パニック状態になったエドは、
   助けに来たハボックとホークアイを振り切るように店を
   後にした。そして、ついいつもの習慣で、駅の中へと
   入っていったのだ。改札を入って、数歩行きかけた時に、
   1人の人物にぶつかり、相手の荷物をばら撒いてしまった。
   だが、その荷物が問題だった。大量の武器にいち早く
   気づいたエドは、エドに見られた事に気づいた数人が
   襲ってくるのを、冷静な判断で鉄製の檻を練成すると、
   犯人をその中に閉じ込める事に成功した。
   それで全てが終わるはずだったのだが、どうやら首謀者と
   何人かは、別の場所に居たらしく、檻の前に立って少し気の
   緩んだエドの背後から、発砲してきた。その際に、左腕に
   銃弾が当たったのだ。その時は、無我夢中で怪我の事など
   考えていなかったのだが、だんだんと痛みが増してきて、
   気がついた時には、腕から血が滴り落ちていた。
   「どうりで、痛いと思った・・・・・。」
   エドは慌てて騒がず壁を練成して身を隠すと、着ている
   コートの端を引き裂いて、簡易包帯を作る。
   「あと・・・犯人は2人か・・・。持つかなぁ・・・。」  
   エドは、左腕を止血しながら、そっと自分が練成した壁から、   
   辺りを伺うべく、顔を出す。
   ざっと確認した敵の数は、15人。そのうちの13人は、
   鉄製の檻を練成して閉じ込めてある。
   「でも、肝心の首謀者を閉じ込めなければ、意味がない。」
   エドは、ゆっくりと立ち上がると、辺りを伺いながら、
   壁伝いに走り出した。
   「罠は張ってあるから、後はそこに追い込むだけなんだ
   けど・・・・・。」
   エドは、やはり自分が囮になるしかないと、練成した壁
   に手を当てた瞬間、それは起こった。
   「そこまでだ。お嬢ちゃん。」
   いきなり後頭部に当たる、冷たい金属の感触に、エドは
   咄嗟に腰を落とすと、後ろに立っている人物に、足払いを
   かける。
   「おっと。あぶねぇ。」
   済んでのところで、エドの攻撃を避けた男は、ニヤニヤ笑い
   ながら、キツイ目で自分を睨みつけているエドを、じっと
   眺める。まるで値踏みするような男の視線に耐えられなく
   なった、エドは、両手を合わせると自分の右腕を鋭い
   刃物に練成して、男に切りかかる。
   「ほう。練成陣なしか。すげぇな。」
   エドの攻撃を余裕でかわす男に、エドは冷静な判断を
   失っていく。
   「どうした。もう終わりか?」
   「くそっ!!」
   男の顔を目掛けて、右腕を繰り出すが、男は難なくエドの
   右腕を捕らえると、自分の方へと引き寄せる。
   「うわああああ!!」
   勢い、男の腕の中へ飛び込む形となったエドは、それでも、
   男をきつい目で睨みつける。
   「へへっ。良い瞳だねぇ。」
   男は、エドの右腕をねじ上げる。
   「痛い!!」
   痛がるエドに、男は嬉しそうに笑う。
   「全く、こんなガキに俺達の計画を邪魔されるとはな・・・・。」
   男は、乱暴にエドの両手を後ろで縛ると、床に転がす。
   「錬金術がお前の専売特許だと思うなよ。俺だって、
   多少は使えるんだよ。」
   男は、ニヤリと笑うと、エドの顔を思いっきり叩く。
   その時に、口の中を切ったらしく、エドの口元から血が
   流れるのを、男は狂気の瞳で見ながら笑い続ける。
   「こんな貧相なガキに欲情できねぇが・・・・。見せしめ
   だからな。」
   ニタニタと笑う男に、エドは本能的な恐怖を味わい、
   転がされたまま、じりじりと後ろに下がろうとするが、
   丁度停車していた列車がその進路を妨害していた。
   「お前も馬鹿だな。大方、駅を巨大迷路にして、俺達を
   檻の中へ誘い込もうとしたみたいだが、それが仇に
   なったな。お前はもう逃げられん。覚悟しな。」
   クククと笑いながら、男はエドの胸倉を掴むと、
   服に手をかけ、一気に引き裂いた。
   「やめろおおおおおおお!!」
   露になる胸を、男は無遠慮に掴む。
   「右が機械鎧か・・・・。ますます抱く気がしないが・・・。」
   男の言葉が、エドの心に深く突き刺さる。
   「まっ、いいか。」
   男は、エドの身体を乱暴に床に叩きつけると、
   覆い被さろうとした。
   「やめろ!やめて!!助けて!!大佐!大佐〜!!」
   必死に暴れだすエドに、男は容赦ない平手を
   エドの両頬に打ち込む。
   「黙れ!助けなんぞ、こねぇよ!」
   吐き捨てるように言う男は、次の瞬間、焔に包まれ、
   そのあまりの熱さに、男は床に転げ回る。
   「・・・・・・何・・・?」
   茫然としながら、エドが何とか身を起こすと、前方から
   青い軍服を着た、青年将校が、怒りのオーラを纏い、
   ゆっくりとこちらに歩いてくる。
   「大佐・・・・・。」
   「・・・・・・・・。」
   エドは涙で濡れた顔をロイに向けると、ロイは怒りを
   隠そうともせずに、着ていた軍服の上着を脱ぐと、
   そっとエドの肩にかける。そして、床に座り込んでいる
   エドを抱き上げると、自分が入ってきた駅の入り口へと
   歩き出す。
   「エド!!」
   「エドワード!!」
   駅から出てきた二人に、周囲は歓声に沸いた。そんな
   中、ロイは無言のままホークアイ達の元へ向かう。
   「・・・・・大佐・・・・その・・・・。」
   ありがとうという言葉は、ロイの冷たい言葉に
   遮られた。
   「鋼の。これは一体どういうことだ?」
   「それは・・・・・。」
   言いよどむエドに、ロイはイライラとしながら、乱暴に、
   近くにいたハボックにエドを渡すと、その頬を思い切り
   叩いた。
   「!!」
   驚くエドに、ロイは容赦のない言葉を浴びせる。
   「テロを未然に防いで、犯人グループを捕獲した
   事は、感謝しよう。一般人を安全に逃がしつつ、
   犯人グループを捕まえる為に、駅を巨大迷路に
   したことも、大目に見よう。だが、何故そこに
   君が残ったんだ!!犯人だけを閉じ込める事が、
   君には出来たはずだろう!!」
   真剣な表情で、怒りを露にするロイに、エドは
   何も言えずに唇を噛み締めて俯く。そんなエドを
   ロイは一瞬痛ましい目で見つめるが、直ぐに視線を
   反らす。
   「ハボック、鋼のを直ぐに病院へ連れて行け。私は
   事後処理をする。」
   ロイはそうハボックに命じると、クルリとエドに背を向け、
   スタスタと現場へと戻っていく。その後を、慌てて
   ホークアイが追う。
   「大丈夫か・・・?エド・・・・。」
   両目に涙を浮かべつつ、じっとロイの後姿をエドに、
   ハボックは心配そうに声をかける。
   「ん・・・・。大丈夫・・・・。心配かけて・・・ごめん・・・。」
   声を忍ばせて泣き出すエドに、ハボックは、エドに負担を
   かけないように、ゆっくりとした足取りで、待機させていた
   救急車へとエドを運んでいった。
   「エド・・・・・・。」
   その一連のやり取りを、リックは燃えるような瞳で、
   一部始終見ていた。







    「・・・・・リック・・・・。」
    「久し振り。エド。その・・・怪我の具合はどうだ?」
    左腕に受けた銃弾の摘出手術は、無事に終わり、
    エドは全治4ヶ月の診断を受けて、入院していた。
    手術が終わって三日後に、リックが花束を持って
    見舞いに来たときは、いつも姉にベッタリの
    アルフォンスの姿がなく、キスの一件もあり、
    エドとリックはお互いに気まずい思いをしていた。
    「あの・・・アルフォンス君は・・・?」
    せめて、アルが早く帰って来ないかと、エドに尋ねるが、
    エドは困惑したように、肩を竦ませる。
    「アルは午前中に見舞いに来て、今は図書館へ
    姿調べ物をしている・・・・。やっと今日読みたかった文献
    が戻ってきたから・・・・さ・・・・。」
    「そっか・・・・・。」
    再び気まずい雰囲気に、2人は同時に溜息をつく。
    その、あまりのタイミングの良さに、2人は同時に噴出す。
    「・・・・エド。」
    すっかり和んだ雰囲気に、リックは思い切って、エドに
    話しかける。
    「何?」
    キョトンと首を傾げるエドを、リックは真剣な表情で
    見つめた。
    「君にキスをしようとしたことは、謝らないよ。」
    その言葉に、エドの身体はピクリと跳ねる。
    「リック・・・俺・・・・・。」
    悲しそうな顔のエドに、リックは溜まらずエドの身体を
    抱き締めた。
    「俺は、君を愛しているんだ!!」







    「俺は、君を愛しているんだ!!」
    ドアの隙間の向こう側で、愛しい少女が、
    自分ではない男の腕の中にいる光景に、
    ロイは目の前が真っ暗になるのを感じた。
    そして、気がつくと、彼女の病室が見える、
    中庭のベンチに、力なく座っている事に気づいた。
    「エディ・・・・・。」
    ロイはぼんやりとした目を、最上階にある少女の  
    病室へと向けた。
    「もう・・・手遅れなのだろうか・・・・・。」
    三日前、自分はエドを労わるどころか、怒りをぶつけて
    しまった。それほどまでに、悔しかったのだ。エドが
    自分を頼ってくれない事に。エドには、犯人グループ
    だけを駅に閉じ込める事が出来た。ところが、彼女は
    それだけで満足せずに、自ら犯人を捕らえようとした。
    何故、1人でやろうとしてしまうのか。
    何故、もっと自分を頼ってくれないのか。
    そんなに自分は情けない男なのか。
    ありとあらゆる感情が犇めき合い、気がつくと
    自分はエドの頬を思い切り叩いていた。
    犯人の1人に殴られて、痛々しく腫れ上がった
    顔を・・・・。
    「これで、好きになって欲しいと願うのは、傲慢だ
    な・・・・・。」
    切なそうにエドの病室を見上げていると、ふと
    視界の端に、なにやら蠢く物を見つけ、ロイは
    顔を上に向けたまま。目だけをそっと横に動かす。
    この暑いのに、黒い帽子を目深に被り、人目を
    気にしてエドの病室を見上げては、何やら手帳に
    書き込んでいる。
    ”何者だ・・・・?”
    幸い今自分は私服だ。向こうもまさかここに軍人が
    いるとは思っていないのだろう。ロイは不審にならない
    程度に、そっと不審人物の観察を行う。
    「あの男は!!」
    ふと自分の方に向けられた顔を一目見て、ロイは
    危うく叫びだしそうになって、慌てて口を噤む。
    三日前、捕獲されたテロ組織の、唯一まだ捕まって
    いない、組織のリーダーだったのだ。
    「何をする気だ・・・・・。」
    ロイは険悪な目を男に向けると、ゆっくりと立ち上がった。





                    

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漸く第8話です!!本当はもう少し続けたかったのですが、
区切りが良いところだったので、今回は短いです。
今回、折角、進展がありそうだったのに、
甲斐性なしのロイのせいで、再び振り出しに戻って
しまいました。
なんで、1歩進んで2歩下がるカップルなんでしょうか。
せめて、3歩進んでくれれば、例え2歩下がっても、1歩は
確実に進んでいくのに、後ろ向きになってどうする!!
予定としては、次回あたりに、どどん!と100歩くらい
進んでくれるはず!・・・・多分。
感想などを頂けると、本当に嬉しいです!