第9話

 

 

  

               「ありがとう・・・・。リック・・・・・。」
               そう言うと、エドは嬉しそうな顔で微笑んだ。






               中央司令部の軍法会議所の資料室を、
               ロイは先程から1人篭っていた。
               「おい!いきなり説明もなしに篭られても、
               こっちも困るんだがな・・・・・。」
               ヒューズが大量の書類を両手で抱えるように
               資料室へと入っていくと、ロイは読んでいた
               資料から視線を上げると、ヒューズが持って来た
               資料に、手を伸ばす。
               「すまないな。事は緊急を要するんだ。」
               ヒューズから受け取った資料に素早く目を
               走らせると、眉を顰める。
               「やはり・・・な・・・・。」
               「例のテロ事件、裏があるってか?」
               考え込むロイに、ヒューズも眉を顰める。
               先日エドが解決したテロ未遂事件には、
               腑に落ちない点が幾つかあった。
               まず第一に、大量の銃器類が何故テロ組織の
               手にあり、なおかつ、何事もなく駅構内まで持ち込め
               たのか。そして、事件発覚後、准将クラスの人間から
               今回の事件に対して、圧力を受けた。実際、本来ならば
               事後処理をするはずのロイから、その権利を奪い取った
               グノー准将は、何故か簡単な調書を提出しただけで、それが
               上に通ってしまった。今現在逃亡中の首謀者に関しても、
               形式上は逮捕命令が出されているが、既に近日それも
               解除される事になっている。つまり、実質闇から闇へと
               葬られたのだ。ロイは、ギリリと唇を噛み締める。
               軍の腐りきった上層部の思惑に、愛しいエドワードが怪我を
               したと思うと、ロイは全員を骨まで残さず燃やしたいと、本気で
               思った。
               「で?お前、どうするつもりだ?」
               ヒューズは声を潜めてロイに尋ねる。実際、准将以上のクラス
               であろう黒幕に、大佐という地位でしかないロイは、不正を
               正す術がない。下手をすれば、ロイの方は消されるだろう。
               「勿論、不正を正すまでだ!」
               「ロイ!!」
               慌てるヒューズに、ロイは冷たい視線を向ける。
               「エディが危ないんだ。」
               「どう言う事だ?」
               何故そこにエドの名前が出てくるのか分からず、ヒューズは
               首を傾げる。
               「昨日、エディの病室を、テロの首謀者、ブリック・ソードが、様子を
               伺っていた。」
               「何だと!!何故捕まえん!!」
               起こるヒューズに、ロイは溜息をつく。
               「言っただろ?今回の件には上層部が深く関与している。
               ブリックだけを捕まえても、結局はうやむやになってしまう。
               だから、証拠を掴む為に、奴の後をつけてみたのだよ。
               そしたら、面白い事が分かった。」
               ロイは数枚の資料をヒューズに見せる。
               「ブリックが場末のバーで会っていた人物は、タスクス中佐だった。」
               「タスクス中佐だと!?」
               驚くヒューズに、ロイは頷く。
               「ああ。そして、資料を見てわかった事なんだが、ブリックも以前は
               軍人だった。しかも、タスクス中佐の直属のな。」
               ヒューズは慌てて資料を捲ると、ブリックの顔写真がついた書類に
               目を走らせる。
               「・・・・そして、タスクス中佐の上司は、グノー中将だ。グノー准将の
               兄である。」
               「ロイ・・・・。グノー家を敵に回すつもりか?アームストロング家と
               並び称されるほど、名門の一族だぞ!?」
               幾分青ざめた表情のヒューズに、ロイは不敵な笑みを向ける。
               「私のエディの命を狙う奴に、容赦はしないさ。」
               「・・・・何故、エドが狙われているんだ?」
               溜息をつきながらヒューズは尋ねる。いくらテロを未然に
               防いだとしても、捕まる危険を冒してまでも、報復するだろうか?
               その疑問は、ロイも感じたのだろう。
               ロイは眉間に皺を寄せながら、考え込む。
               「それはわからん。だが、嫌な予感がするんだ。とりあえず、彼女の
               護衛には、ホークアイ中尉についてもらっている。」
               「・・・やつらの真の狙いは、エドワード自身なんだよ。そして、
               マスタング大佐、あんたの命もね。」
               いきなり掛けられた声に、ロイとヒューズは慌てて入り口を
               振り返る。そこには、不敵な笑みを浮かべたリックの姿が
               あった。
               「どう言う事だ?何故エディが・・・・・。」
               自分を睨み付けるロイに、リックはゆっくりと視線を向けると、
               ニヤリと笑う。
               「彼らはエドの全てが欲しいのさ。錬金術師としての
               技量。そして、あの美貌・・・・・。」
               途端、ロイの目が鋭くなる。
               「何だと・・・・。」
               「彼女は旅に都合が良いから男装をしているが、別に性別を
               偽っている訳ではない。軍の資料を見れば、一発で分かる
               事だ。グノー中将は、末の息子を殊の外可愛がっていてね。
               そいつが、エドを愛人にしたいと言い出したのさ。」
               リックの言葉に、ロイは目の前が真っ暗になるほどのショックを
               受ける。
               「エドを愛人にするには、後見人であるあんたが邪魔だ。
               グノー中将自身、あんたを快く思っていなかった事もあり、
               今回テロに乗じて、あんたの暗殺を計画したって訳さ。」
               「何故、そんなに詳しく知っているんだ・・・・・。」
               掠れるような声で呟くロイに、リックはニヤリと笑う。
               「この件は、もともと俺が追っていた事件なんだ。大総統の
               勅命で、軍内部を探っていた。今回大佐に昇進したのも、
               その為だ。中佐のままでは、あまり権限がないのでね。」
               そこで、言葉を区切ると、ロイに鋭い視線を向ける。
               「だが、エドを愛しているのは本当だ。」
               その言葉にピクリとロイが反応する。
               「彼女を初めて見たときから魅かれた。だから、昨日彼女に
               告白したよ。そしたら、彼女は微笑んでくれた。『ありがとう』と
               ね・・・・・。」
               脳裏に、昨日のエドとリックが抱き合っている姿が浮かび上がり、
               ギリリとロイは唇を噛み締める。だが、リックは自嘲した笑みを
               浮かべる。
               「だが、直ぐに断られたよ。自分には好きな人がいるって。」
               ハッとなって顔を上げるロイに、リックは憎しみを込めた目を
               向ける。
               「そいつは、自分より年上で、おまけに自分をからかう事しかしない。
               いつも綺麗な女の人といて、自分を恋愛対象に見てくれていない。
               でも、どうしようもなく好きなのだと言っていた。」
               リックはふと視線を反らすと、溜息をつく。
               「俺は言ったさ。そんな奴なんかやめて、俺の恋人になってほしい
               と。だが、彼女は穏やかに微笑むだけで、とうとう首を縦には
               振ってくれなかった・・・・・。」
               リックの脳裏には、昨日のエドの顔が浮かび上がった。
               どこまでも透明で、儚い笑みに、リックは彼女の心に自分の
               入り込む余地はない事を悟った。
               「この件は俺に任せて、アンタはエドを抱き締めてやりに、
               病院へ行ってくれ。」
               そう言って、クルリと背を向けるリックに、ロイの制止の声が
               かかる。
               「待て!この件は私に任せてくれないか。」
               「お前、何言って!!」
               慌てるヒューズを、ロイは目で制すると、リックに歩み寄る。
               「お願いだ。私は自分の手で決着をつけたいんだ。」
               頭を下げるロイに、リックは笑い出す。
               「全く・・・あんたは、妹の言った通り、エドが絡むと
               やる事がムチャクチャだな・・・・。」
               リックは、一瞬考え込むと、ニヤリと笑う。
               「事後処理は俺に任せてくれること。そして、今回の手柄は
               全て俺になる事を了承出来るか?」
               「ああ。十分だ。」
               エドを狙う輩への報復の権利を得られただけで、ロイは満足
               だった。
               「とりあえず、死人だけは出すなよ。」
               多分無駄だと知りつつ、リックは念を押す。
               「・・・・善処しよう。」
               ニヤリと不敵に笑うロイは、既に消し炭にする気満々のようで、
               禍々しい気を発していた。
               「大変です!!大佐!エドワード君に逃げられました!!」
               そこへ、青ざめた顔のホークアイ中尉が、扉を蹴破らん
               ばかりに、荒々しく入ってきた。
               「何だと!!」
               ロイは舌打ちすると、慌てて資料室を飛び出していった。








               「で?俺に何の用?」
               町外れの空き地では、エドワードとブリックが対峙していた。
               エドワードは、肩に羽織っただけの赤いコートを風に靡かせ、
               怒りに震える黄金の瞳を、ブリックに向ける。
               ブリックはゴクリと唾を飲むこむと、後ろの車を顎で指す。
               「車に乗んな。黒幕の所に案内するぜ。」
               チラリとエドはブリックの背後にある軍用車を見ると、一瞬眉を
               顰めたが、直ぐに何事もなかったかのように、車へと向かう。
               「・・・・俺を怒らせた事、絶対に後悔させてやる・・・・。」
               ポツリと呟かれたエドの言葉は、幸いにも誰の耳にも届かなかった。