第10話

 

 



             「よく来た!エドワード!!」
             エドが連れてこられた場所は、外観はアームストロング家と
             同じくらいの大きな館なのだが、その壮大な外見とは
             反比例するほど、通された部屋は、部屋の主の趣味を
             疑いたくなるほどとても悪く、エドは先程から練成して
             直したい衝動を必死に押さえていた。
             そこへ、この屋敷の主人なのだろう。
             脂ぎった身体をバスローブに包んだ、中年の男が、
             イヤラシイ笑いを口元に浮かべながら、部屋の中へと
             入ってきた。いくら名門の人間だろうが、エドは国家錬金術師。
             それなりに、敬意を払うべき人間に、男はただ無遠慮な
             絡み付くような視線で、エドの身体をまるで撫で回すかのように、
             じっと見つめては、忍び笑いをしている。
             その態度に、エドは生理的嫌悪を感じ、問答無用に攻撃を
             しようかと一瞬思ったが、攻撃はいつでも出来ると思い直し、
             本当は手にするもの穢わらしいメモを、男に突きつけた。
             内容は、恋人の命が惜しければ、俺のモノになれ。今夜6時に
             病院裏の空き地へ来い。迎えを寄越す。という、
             今時こんな手紙を書く人間がいるのか?と疑いたくなるような、
             フザケタ内容に、エドはまさに切れる直前だった。
             「このフザけた内容は、お前が書いたのか?」
             男はチラリとメモを見ると、ニヤリと笑った。
             「ああ。それがどうした。」
             ふんぞり返っている男に、エドはパンと両手を合わせると、
             両手を床につけ、槍を練成する。そのエドの様子に、男は
             引きつった表情で、オタオタとし始める。
             「・・・・あんまり、人を舐めんじゃねぇ・・・・・。」
             エドは手にしたメモをクシャリと丸めると、男に放り投げた。
             そして、丸めた紙が男の顔に当たる直前に、持っている槍で
             紙を串刺しにする。槍の先と顔面蒼白になっている男の鼻先の間、
             僅か数ミリ。エドは冷たい表情で、恐怖のあまり失禁している男の
             スレスレの床に槍を力一杯突き刺すと、クルリと背を向ける。
             「これ以上俺を怒らせたら、これだけでは済まさない。
             用は、それだけだ。」
             スタスタと扉へ向かうと、エドはドアノブに手をかける。
             だが、鍵をかけられたのか、ガチャガチャとした音を
             響かせるだけで、扉は開かない。エドは溜息をつくと、
             両手を合わせて扉に手をつく。
             「!?」
             練成の光が出ず、エドは驚愕したように、己の両手を眺める。
             「はははは!!この部屋にはな、お前がここに入ってから
             5分後に、練成を無効にする錬成陣が扉の外に書かれている
             んだ!!」
             高笑いする男に、エドは舌打ちをすると、窓から出ようと、
             踵を返すが、その前に、男がエドの前に回りこむ。手には、
             先程エドが練成した槍を持って。
             「お前さえ大人しくしていれば、お前の恋人には、手を出さないぞ。」
             はぁはぁと鼻息を荒く、男は卑下た笑みを浮かべながら、エドに
             槍を向けつつ、近寄ってくる。
             「なんだよ!!恋人って!!俺にそんな奴はいねー!!」
             男の言葉に、エドは逆切れ状態で、手近にあった時計とかを手に
             持ち、男に投げつけるが、槍でそれらを払い落とした男は、
             ますます凶悪な笑みを浮かべながら、一歩エドに近づく。
             「嘘つくな!!お前とあの咥えタバコの金髪男が、恋仲だと知ってんだ!!
             俺の父親はグノー中将だぞ!!あんな男の1人や2人、いくらでも
             消す事が出来るんだからな!!」
             男の言葉に、エドの怒りは更に爆発する。
             「なんだと!!ハボック少尉は関係ねー!!第一、何だお前は!
             いい歳をして!!オヤジがいなければ何も出来ないのかよ!!」
             このサイテー男!!とエドが男を詰ると、男の顔から笑みを消える。
             「・・・・・・な・・・なら、あの後見人の男がどうなってもいいんだな?」
             その言葉に、エドの動きが止まる。それに気を良くした男は
             さらに言葉を繋げる。
             「今頃、オヤジが奴を最前線へ送る書類を作成している頃だろうよ。」
             「・・・どういうことだ?」
             顔面蒼白で尋ねるエドに、男はニヤリと笑う。
             「お前さえ俺のモノになれば、その命令を取り消してやっていいぞ。」
             男の言葉に、エドはギリリと唇を噛み締める。
             「ほら。大人しく言う事を聞け。」
             急に大人しくなったエドに気を良くした男は、ニヤニヤと笑いながら、
             エドの腕を掴むと、引き摺るように隣の寝室へと向かう。
             「な・・・何!!この部屋!!」
             天蓋付きのキングサイズのベットが部屋の中央に置かれてあり、壁と
             いう壁や床という床には、エドの隠し撮りした写真が所狭しと
             貼られており、その異常なまでの光景に、エドはガクガクと震え出す。
             「良く撮れているだろ?」
             男はエドの耳に息を吹きかけるように囁く。その気味の悪さに、
             エドは暴れるが、男に腕を取られている為、うまく逃げられない。
             そうこうしているうちに、エドは乱暴にベットの上に倒される。
             「へへへ・・・・。もう逃げられないな・・・・・。」
             男は舌なめずりをしながら、エドに襲い掛かろうと、ゆっくりと
             着ていたバスローブを脱ぎ捨てようとしたが、その前に、
             部屋の入り口から、物凄い爆発音が響き渡る。
             いきなりの事に、固まる2人の前に、濛々と立ち込める煙の中から、
             1人の男がゆっくりと現われた。まるで焔を従えて現われた男は、
             ロイ・マスタング。その名の通り、【焔の錬金術師】だった。
             「大佐!!」
             安堵の為か、ポロポロと涙を流しながら、ベットの上で座り込んでいる
             エドの状況に、ロイの目がベットの脇で、バスローブの前を肌蹴させている
             男に移る。
             「貴様・・・・・・。私のエディに・・・・何をした・・・・・・・。」
             目で人が殺せるのならば、まさに今のロイの目がそうだろう。
             ロイは発火布の手袋を男の前に突き出す。
             「・・・・き・・貴様・・・・・。お・・・俺を、グノー中将の・・む・・息子だと・・・
             知っての・・・・ろ・・ろ・・・狼藉かっ!!」
             恐怖のあまり、ブルブル震える男に、ロイは壮絶な笑みを浮かべる。
             「それがどうした?」
             「なっ!!!」
             パクパクと口を開けたり閉じたりしている男に、ロイはさらに一歩近づく。
             「中将の息子がなんだ!!私のエディを傷つけるものは、誰であっても、
             許さん!!エディは・・・・私のモノだっ!!!」
             ロイは明確な殺意を持って、ゆっくりと右手を男に向ける。
             「そこまでです!!大佐!!」
             まさに指が擦りあわそうとした瞬間、いつの間に来たのか、ホークアイが
             ロイに銃を突きつけながら、ロイを止める。
             「・・・・・中尉。邪魔をするなっ!!」
             振り払おうとするロイの腕を、さっと避けると、ホークアイは銃を
             ロイの額に突きつける。
             「!!」
             「・・・・・落ち着いてください。大佐。仮にも中将の息子。後は私達に
             お任せを。それよりも、大佐はエドワードちゃんをお願いします。」
             存外に、エドの前で殺人を犯すつもりかと言われ、ロイはハッとして
             後ろを振り返ると、エドがガタガタ震えながら、ベットに座り込んでいる。
             普段の気丈なエドからは、想像できないくらい怯えたエドの様子に、
             少しロイは冷静になる。
             「・・・・・・後は任せた。」
             ロイは震えているエドを怖がらせないように、優しく抱き上げると、
             そっと部屋を出て行く。
             コツコツと足音が遠ざかると、ホークアイはクルリと男に視線を移す。
             彼女の背後には、大勢の兵士が控えており、その中には、エドの
             弟のアルフォンスの姿ばかりか、何故か大総統の姿まである。
             そして、皆は一様に腕にEEFCの腕章を付けていた。
             その腕章を目にした男は、目に見えて、ガタガタと震え出す。
             「さて・・・・・。元エドワード・エルリックファンクラブ、会員ナンバー
             374287263437827。ビル・グノー。あなたは、以前からの
             エドワードちゃんに対して、行き過ぎたストーカー行為によって、
             今から二週間前に、会員資格を剥奪。そして、今回、エドワード
             ちゃんを拉致したばかりか、あの可憐なエドワードちゃんへ
             淫らな行為を強要した罪が問われていますが、何か反論は?」
             銃を突きつけながら、事務的に言うホークアイ会長に、ビルが
             恐怖のあまり、ガクガクと横に振り続ける。
             「待ってください!会長。テロを計画して、その結果、姉さんが
             傷を負いましたし、今回の事でかなりの精神的ショックも
             受けています!その罪もお願いします。」
             アルの言葉に、兵士達が一斉にビルに銃を向ける。
             「す・・・すみません!!もう二度とこんなことはしません!!」
             真っ青になって土下座するビルに、ホークアイは後ろに控えている
             兵士達に命じる。
             「彼を独房に。沙汰は追って伝えます。」
             「イエッサー!!」
             引き立てられるビルをチラリと見やると、ホークアイは傍らに控えている
             キング・ブラットレイ副会長へ視線を向ける。
             「グノー一族の処分は、私が・・・・・・。」
             「・・・・お願いします。大総統。」
             満足そうに微笑むホークアイに、ブラットレイは一礼すると、静かに部屋を
             出て行く。
             「あとの者は、このエドワードちゃんの写真等を押収!さぁ、行きましょうか。
             アルフォンス君。」
             「はい!!」
             ホークアイは、またエドワードのコレクションが増えたと、内心喜び
             ながら、アルフォンスを従えて、グノー邸を後にした。








             「大丈夫か!!大将!!」
             運転席でロイを待っていたハボックは、ロイに抱き抱えられたエドを
             一目見るなり、心配そうに声をかける。だが、ロイはそんなハボックの
             視線にすらエドを守るかのようにすると、さっさとハボックが開けたドア
             から後部座席へとエドを抱えたまま乗り込む。
             「・・・・私の屋敷へ。」
             「・・・・イエッサー。」
             ハボックは後部のドアを閉めると、流れるような動作で運転席へ
             戻ると、車を発進させた。
             「エディ・・・・。エディ・・・・。もう、大丈夫だよ・・・・・。」
             焦点の合っていない瞳で、ガタガタ震えているエドの身体を優しく
             抱きしめると、髪を梳きながら、何度も何度もエドの耳元で
             優しく囁いた。まるで子守唄のようなロイの言葉に、次第に
             目をトロンとさせたエドは、やがてロイの腕の中で、スヤスヤと
             眠りにつく。そんなエドを起こさないように、ロイは細心の注意を
             払いながら、ギュッと抱きしめる腕に力を込める。
             「・・・・・君が無事で良かった・・・・・・・。」
             ロイはそっとエドの髪に口付けると、背凭れに身体を預けて、
             安堵の溜息をついた。
             そんな2人の様子を、ハボックはルームミラーで、見守るように
             見つめていた。








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今回も、最強ホークアイです。
きっとビルは、ホークアイによって、生まれてきた事を後悔するような目に
合うことでしょう。
さて次回は、いよいよクライマックス!!
もしかしたら、後半部分は、【隠れ月】行きになりそうな気配・・・・。