月の裏側シリーズ番外編

            愛は時を超えて

                

                 プロローグ

 

 

        自分は死ぬのだろうか・・・・・。
        混沌とする意識の中、ホーエンハイムは、ぼんやりと思った。
        周囲は、容態の急変した自分を助けようと、大勢の人間が
        バタバタと動き回っている。
        「ホーエンハイム!しっかりするんだ!!」
        耳元では、旧友でもある、医師のティム・マルコーが、必死の
        形相で叫びながら、手早く処置を行っている。
        そんな必死の友の様子を、ぼんやりとみつめながら、
        ホーエンハイムは死を覚悟していた。
        「すま・・・ない・・・・。」
        こんな異国の地で死ぬ事となるとは、全く予想していなかった
        だけに、残された最愛の子供達の事を思うと、胸が張り裂けるように
        辛い。だが、父は最期の最期まで、お前達を思っていたと
        そう伝えてもらいたいのだが、既に言葉を話すことすら出来ず、
        ホーエンハイムは、更なる絶望を味わう。
        ”ああ・・・アルフォンスは、しっかりしているので、あまり心配は
        ないのだが・・・・・。”
        脳裏に浮かぶのは、娘のエドワード。
        【鋼姫】という過酷な運命の元に生まれた、最愛の娘。
        出来る事なら、その【運命】に打ち勝ち、幸せになる姿を一目見たい。
        いや!絶対に見る!!
        クワッと見開かれるホーエンハイムの瞳に、見る見るうちに生気が溢れ出す。
        そうだ!何を弱気になっているのだ!!
        ホーエンハイムは自分で自分を叱咤する。
        自分が諦めてどうする?
        自分が絶対に子供達を守るのだっ!!
        自分の中のどこにこれだけの力が残っているのか不思議なくらい、
        ホーエンハイムは、自分の中に湧き上がってくる力を感じ、不敵な
        笑みを浮かべる。
        「ホ・・・ホーエンハイム・・・?」
        その事に気づいたマルコーが、恐る恐る声をかけるが、ホーエンハイムは
        宙を睨みつけたまま、微動だにしない。
        ホーエンハイムは、昂揚する気持ちを抑えきれず、大きく息を吸い込むと、
        力の限り叫んだ。

               

        「こんなところで、
  死んでたまるかーーーーっ!!」

                   

       「うわぁああああああ。」
       フルメタル王国国王、ホーエンハイム・エルリックが、渾身の力で起き上がったのと
       同時に、子供の悲鳴が響き渡った。




       「・・・・・・・エドワー・・・・ド・・・・?」
       コロンと自分の傍らで転がっているのは、自分の愛しい娘のエドワード。
       なのだが、どうも様子がおかしい。
       ホーエンハイムは、マジマジと転がっている子供を凝視する。
       いくら豆、もとい、小柄とは言え、そろそろ14歳になる娘にしては、
       目の前の子供は小さすぎる。どう見ても、5・6歳にしか見えない。
       いや、それよりも、いつ愛娘は髪を黒く染めたのだろうか。
       それに、あの長く美しい髪を切ってしまうとは!!
       国家の損失。いや、全世界にとっても多大なる損害だっ!!
       何故こんなことになったのかと、青褪めた顔で頭を掻き毟るホーエンハイム。
       「・・・そう言えば、ここは一体どこなんだ?」
       ハッと我に返り、ぐるりと辺りを見回せば、どこかの庭のようだ。
       燦燦と輝く太陽が眩しく、ホーエンハイムは思わず目を細める。
       確か自分は幽閉先のフレイム王国の離宮で、病に臥せっていたはずなのに。
       そして、つい先ほどまで、生死の境を彷徨っていたのだ。
       それが、そんな事があったとは思えないほど、身体の調子がいい。
       「カイル!!無事かっ!!」
       状況が飲み込めず、ボーっとしていたホーエンハイムの耳に、今一番
       聞きたくない男の声が飛びこんできた。
       「なっ!?ロイ・マスタングか!!」
       驚いて後ろを振り向くと、汗だくになりながら、フレイム国国王である、
       ロイ・マスタングが、必死の形相で藪を掻き分けて姿を現した。
       「カイル!!」
       ロイは、唖然となっているホーエンハイムに気付かず、今だコロンと
       転がったままの子供の姿を見るなり、慌てて抱き起こす。
       「しっかりしろ!!カイル!!」
       「ん・・・・父上・・・・?」
       ぼんやりと目を開ける子供に、ロイは泣きながらきつく抱きしめる。
       「カイル!良かった!!心配したぞ!!どこか怪我はないのかっ?」
       「いえ・・・・でも、あのおじさんが・・・・・。」
       「おじさん?」
       何の事だと、子供が指し示す方向に目をやると、そこには、ポカンと口を
       開けている男の姿があった。その、良く知る顔を見るなり、ロイの顔に
       驚愕が走る。
       「まさ・・か・・・。ありえ・・・ない。」
       青褪めた表情のロイに、それまで惚けていたホーエンハイムは、
       ゆっくりと立ち上がると、目の前のロイの顔面に渾身の力で拳を叩きつける。
       「貴様!!汚い手で私の娘に触るなーっ!!」
       「うぎゃああああああああ
   あああああ!!

       本日二度目。
       先程よりも悲惨な絶叫が辺りに響き渡った。