「ああ!エドワード!もう大丈夫だ!父様が
わるぅうううううい男を退治したからな!!」
ホーエンハイムは、子どもを抱き上げると、そのプニプニした
頬に、頬擦りする。
「あ・・・あの・・・おじさん・・・・。」
困惑する子どもに、ホーエンハイムは、まるでこの世の地獄のような
悲壮感漂う顔で、泣き始めた。
「おじさん?」
これには、流石の子どもも驚いた。訳が分からないが、泣いている人間を
放っておけず、ヨシヨシと頭を撫でる。
「おじさんだなんて!おじさんだなんて!!父様の事を忘れて
しまったのかい?」
あんまりだぁあああ!!とエグエグと泣くホーエンハイムの頭を
撫でていた小さな手が、ピクリと止まる。
「父・・・・様・・・?」
唖然となる子どもに、ホーエンハイムは優しく微笑む。
「そうだよ!父様だよ!!」
もう離さないぞ〜!!ときつく子どもを抱きしめると、何故か子どもが
盛大に泣きだしてしまった。
「エ・・・エドワード?」
何故子どもが泣いてしまったのか、分からずオロオロするホーエンハイムだったが、
それまで地面に倒れていたロイが、ユラリと起き上がった事に気づき、
慌てて子どもを守ろうと身構える。
「私の息子を返してもらおうか・・・・・。」
低く呟くロイに、ホーエンハイムは、ギュッと子どもを抱きしめる腕に力を込める。
「さぁ、カイル。おいで?」
ロイは優しく手を差し伸べるが、当の子どもは、困惑気にロイとホーエンハイムの
顔を交互に見比べる。
「カイル?」
戸惑う子どもに、ロイの眉が顰められる。いつもなら、真っ先に飛んでくるのに、
と、戸惑うロイに、子どもも戸惑った顔で尋ねる。
「ボ・・・ボク・・・・父上の子じゃない・・・・の?」
ボワッと目にいっぱい涙を溜める子どもに、ロイは慌てて首を横に振る。
「誰がそんな嘘を!!カイルは、私とエディとの間に生まれた、大切な息子だ!!」
「うわあああああん。父上〜!!」
ロイの言葉に、とうとう我慢できずに、子どもは盛大に泣き出してしまう。
そんな子どもの様子に、ホーエンハイムは怒り出す。
「何を言う!エドワードは私の娘だ!!」
「カイルは私の息子です!!」
ふざけるなっ!!と一喝するロイに、漸く自分の過ちに気づいたホーエンハイムは、
恐る恐る腕の中の子どもの顔を見る。
「エドワードじゃないのか?」
ホーエンハイムの言葉に、子どもはフルフルと首を横に振る。
「ボク、カイル。カイル・マスタング。」
エグエグと泣いている子どもに、ホーエンハイムは、すまなそうな顔で謝る。
「すまん!娘に良く似ていたから!!間違えてしまった!」
すまないね。と、シュンとなるホーエンハイムに、カイルは、慌てて涙を拭うを、
フルフルと頭を振る。
「ボクも、泣いちゃってごめんなさい。でも、エドワードって、ボクの母上の事?」
首を傾げるカイルに、ホーエンハイムは苦笑する。
「まさか!!違うよ〜。そうか〜。君の母君も【エドワード】って言うんだ。」
「うん!!エドワード・マスタングって言うの!」
大きく頷くカイルに、ホーエンハイムは目を細める。
「そうかそうか。いい名前だな〜。でも、おじさんの娘は、エドワード・エルリックと
言うから、君の母君とは全くの別人なんだよ。」
ホーエンハイムの言葉に、カイルはキョトンとなる。
「母上は、結婚する前、エドワード・エルリックだったよ?」
「そーか。そーか。私の娘と同姓同名なのか〜。」
ハハハと豪快に笑うホーエンハイムに、ロイは冷や汗をダラダラ流しながら、
話に割って入る。
「その・・・・義父君。お話が・・・・。」
「・・・・・私は君の父になった覚えはないが?」
いや、関係大有りなんですと、神妙な顔をするロイに、ホーエンハイムは訝しげに見る。
「・・・・・私はトリィ一筋だ。隠し子など・・・・・。」
「誰があなたの隠し子ですかっ!!
そうじゃなくってですね!」
コホンと咳払いすると、ロイはツカツカとホーエンハイムに歩み寄る。
「な・・・何だね?」
じっと真剣な目で見つめられ、ホーエンハイムは居心地が悪そうに
視線を彷徨わせるが、ふと腕の中の子どもと目が合い、そう言えば、
この子どもは、目の前の男の子どもだったと、漸く思い出したので、
オズオズと子どもをロイに差し出す。
下手すると誘拐犯人にでも間違えられたら、大変とばかりに、
ホーエンハイムは、口早に捲くし立てた。
「ちょっと間違えただけで、私は誘拐しようなどとは、これっぽっちも
思っては・・・・・・。」
「義父君!!」
ガシッと腕を掴まれ、ホーエンハイムは、困惑する。
「いや、だからね。私と君とは赤の他人で・・・・・。」
「あなたのお嬢様を
頂きました!!」
腰を直角に折り曲げて頭を下げるロイの後頭部を、茫然と見つめながら、
ホーエンハイムは、たった今告げられた言葉を、頭の中で反芻する。
「お嬢様・・・?頂いた・・・?」
「は・・・はい!実は・・・・。」
茫然と呟くホーエンハイムに、ロイは頭を上げると、頬を紅く染めた。
「・・・・・我が国の名産物に、【お嬢様】というものはないが・・・・。」
はて?と首を傾げるホーエンハイムに、ロイはその場にへたり込んだが、
直ぐにこれでは駄目だと気合を入れると、立ち上がる。
「ホーエンハイム王!!」
「うわっ!いきなり大声を出すな。」
子どもを落とすところだったぞ!と眉を顰めるホーエンハイムに、ロイは
真剣な眼差しを向ける。
「落ち着いて聞いて下さい。」
「私は落ち着いているが?」
何を言っているんだこいつ・・・と、胡散臭そうな目を向けるホーエンハイムに
対して、ロイは大きく息を吸い込むと、声の限りに叫ぶ。
「あなたの娘のエドワードと
結婚しました!!」
「・・・・・・は?決闘?」
「違います!け・っ・こ・んです!!エドワードは私の妻です!彼女と
夫婦になったんです!!」
次の瞬間、ロイの顔面にホーエンハイムは拳を繰り出すが、紙一重で
ロイは避ける。
「貴様!!まだ14歳の私のエドワードと結婚だと!?こんな大きな子どもの
いる、お前の元にか!?ふざけるな!!」
「落ち着いて下さい!義父君!!」
子どもを抱えているとは思えないほど、怒りに我を忘れたホーエンハイムは、
素早い動きでロイに攻撃をしかけるが、伊達に修羅場を潜り抜けてはいない
ロイは、全て紙一重の差で避け続ける。攻撃しようにも、カイルにもしも
当たっては!!と、防戦一方に成らざるを得なかった。
「うわぁ〜!父上がっ!!やめて!やめて!!」
父親の現状に、カイルは涙を流しながら、ホーエンハイムの首に抱きつく。
「父上を苛めるなぁあああああああ!!」
うわああああああんと盛大に泣き出すカイルに、流石のホーエンハイムも
我に返り、子どもの前で自分は何て事をと、反省する。
「父上ぇええええええええ!!」
ゆっくりとカイルを下ろすと、カイルは泣きながらロイへと駆け出していく。
「カイル!!」
「父上!!」
固く抱き合う父子に、ホーエンハイムは、今すぐエドワードの事を問質したいが、
子どものいる前で争ってはと、困惑気に立ち尽くす。そんなホーエンハイムに、
ロイはカイルを抱き上げると、真剣な表情で告げる。
「私とエドワードは、6年前に結婚しました。そして、このカイルは、エドワードとの
間に生まれた息子・・・・あなたの孫です。」
「な・・・・何言っているんだ・・・。娘はまだ14・・・・・。」
茫然となるホーエンハイムに、ロイは首を横に振る。
「エドワードは22歳です。ここは、あなたがいた時代から8年後の未来
なんです。」
その言葉に、ホーエンハイムは、スッと意識を失った。
ここは・・・どこだ?
ホーエンハイムは、ぼんやりと目を開けると、深い息を吐く。
目の前には、見慣れた天井が広がっており、自分はベットに寝かされて
いる事に気づく。
どうやら眠ってしまったようだ。
それにしても、嫌な夢だった。
よりにもよって、何であんな夢を見たのだろう。
私の可愛い可愛い可愛い可愛い大事なエドワードが、
よりにもよって、あのロイ・マスタングの妻だと!?
まぁ、子どもはエドワードに似て可愛かったが・・・・。
いかん!いかん!そうじゃない!
あんな【未来】など、絶対に認めん!!
ああ、夢で良かった・・・・。
今度こそ幸せな夢を・・・・・。
「起きたの?お祖父様?」
再び眠ろうとするホーエンハイムだったが、ヒョッコリと夢の中に
出てきた子どもが目の前に現れ、大きく目を見開いて固まってしまった。
「父上〜。お祖父様が起きた〜。」
振り返って呼ぶカイルの後ろから、ゆっくりとロイが現れ、ホーエンハイムは、
反射的に、毛布を頭から被る。
「お祖父様?」
「義父君?」
キョトンとなるマスタング親子。そんな親子を無視する形で、布団の中に
閉じ篭ったホーエンハイムは、「これは夢だ〜。夢だ〜。」と唱え始めた。
「義父君!いい加減、現実を見据えて下さい!」
頑なな態度のホーエンハイムに、ロイはムッとすると、毛布を剥がす。
「うるさい!これは夢だ!悪夢だ!!」
ホーエンハイムは、負けじと、ロイから毛布を取り返すと、再び毛布を
頭から被り直す。
「夢ではありません!!それに、何ですか!悪夢とは!!
私とエディが夫婦で、どうして悪夢になるんですか!!」
グイッと毛布を引っ張るロイ。
「悪夢に決まっておろう!!貴様のような冷酷無比の男に嫁いで、
エドワードが幸せになるわけがない!!」
今度はホーエンハイムが毛布を引っ張る。
「幸せです!!毎日、毎日、【俺、ロイのお嫁さんになれて、幸せ〜】と
エディは言ってくれます!」
ふふん!どうだ!とばかりに、毛布を引っ張りながら、胸を張るロイに、
ホーエンハイムは、ギギギギと毛布を引っ張りながら反論する。
「何がお嫁さんだっ!!第一、エドワードは、【将来、父様の
お嫁さんになるの〜。】と言っていたのだぞ!それが何でお前と
夫婦になっているんだ!」
「父と娘は結婚できません!!」
「うるさい!エドワードの好みが私だと言っているんだ!それぐらい
分かれ!馬鹿者!!」
ホーエンハイムは、毛布から手を離すと、ベットの上に仁王立ちになる。
「馬鹿者とは何ですか!!それから!エディの好みは、私です!!
そっちこそ、何も分かっていないじゃないですか!!」
ロイは、手にした毛布を床に投げ捨てると、腕を組んでホーエンハイムを
睨みつける。お互い一歩も引かず、緊迫した空気の中、バタンと
扉が開かれた。
「ロイ義兄さん!父さんが現れたって!?」
顔色を青くさせて飛び込んできたのは、アルフォンス。その後ろでは、
同じように青褪めたハボックが続き、更にその後ろからは、満面の笑みを
浮かべたキング・ブラッドレイが続く。
「おお!本当にホーエンハイムだ。よく出来ている。」
パタンと扉を閉めたキングは、ベットの上で仁王立ちになっている
ホーエンハイムを繁々と見つめながら言った。
「え?じゃあ、この人、偽者?」
訳が判らず困惑気味にハボックと顔を見合わせるアルだったが、
次の瞬間、物凄い勢いで抱きつかれる。
「ぐえっ!!」
「アルフォンス〜〜〜〜〜〜!!父は逢いたかったぞぉぉぉおおおおお!!」
「どうやら、本物のホーエンハイムのようだ。」
アルフォンスに、グリグリと頬を摺り寄せているホーエンハイムの姿に、
キングは、うんうんと満足そうに頷く。