月の裏側シリーズ番外編

        愛は時を超えて

                

                  第2話

 

 

            テーブルを挟んで、ホーエンハイムとロイは険悪な雰囲気で
            お互いを睨みつけていた。
            その間に挟まれる形で、ホーエンハイムの横には、
            アルフォンスが、アルフォンスとロイの間にハボックが
            それぞれ居心地の悪そうな顔で、チョコンと長いすに座っている。
            その四人から少し離れた位置にある、ベットには、カイルを
            膝に乗せて、キングが腰を降ろしている。4人、特にロイと
            ホーエンハイムから放たれる殺気など、全く頓着せず、キングは
            にこやかにカイルを抱きしめているが、反対に、膝の上に
            乗せられているカイルは、緊迫した空気に、泣きそうな顔をしている。
            「ロイ、ホーエンハイム。もっとにこやかに笑え。カイルが
            怯えているぞ。可哀想に。」
            そう言って、カイルをギュッと抱きしめながら、頭をナデナデする。
            その様子に、人一倍独占欲の強いロイは、慌てて椅子から
            立ち上がると、ツカツカとキングに近寄り、膝の上のカイルを
            奪い取る。
            「カイル。もう何も心配する事はないぞ?」
            父がいるからな!!とギュッと可愛い息子を抱きしめる。
            「父上、お祖父様は、どうして怒っているの?」
            不安そうな顔で見上げるカイルに、ロイは蕩けるような笑みを浮かべる。
            「それはね。自分がエディの好みの男じゃなかったのが、
            ショックだったんだよ。」
            「ちっがーう!!
            ロイの言葉に、ホーエンハイムはガタンと椅子から立ち上がると叫ぶ。
            「何度言ったら分かるのだ!!ロイ・マスタング!!
             お前がエドの好みだと!?馬鹿も休み休み言え!いいか!!
            エドワードの好みの男は、わ・た・しだっ!!」
            「いいえ!!わ・た・しです!!だからこそ、私と
            エディは結婚したのです!それに、全ての人間が認めていますよ。
            私とエディが大陸、いえ、世界で一番の
    ベストカップル
だと!!」
            胸を張るロイに、アルとハボックとキングは同時に、「世界一の馬鹿ップル
            だろ?」と突っ込みを入れるが、ロイに黙殺される。
            「誰が何と言おうと!エドワードの好みは、私に決まっているのだ!!」
            「自称は、やめて頂こうか。私は公認です!今では、マスタング夫婦は、
            理想の夫婦の代名詞となっているのですよ!」
            マスタング夫妻は【万年新婚馬鹿ップル夫婦】の代名詞ですという
            ハボックの突っ込みは、先ほどと同じようにロイに無視された。
            両者一歩も引かず。
            火花が飛び散る中、ハボックは、ウンザリした顔で隣に座っている
            アルに小声で話しかける。
            「なぁ、何で、問題点はそこなんだ?普通は、何故8年前に死んだはずの
            ホーエンハイム王がここにいるかってトコを問題にするんじゃねーの?」
            ハボックの言葉に、アルはため息をつく。
            「父さん、昔から、姉さんが絡むと、人が変わったから・・・・。」
            先ほどから、どちらがエドの好みのタイプかで、争っている義理の親子に、
            アルはウンザリした顔で二人を見ているが、その横では、ハボックが、
            心の中で、「お前も人の事言えないじゃねーか。」と突っ込みを入れていた
            のには、気づかなかった。
            「・・・・ところで、お祖父様はどこから来たの?」
            不毛な争いに、痺れを切らせたのか、カイルは困惑気味に尋ねる。
            「私か?私は・・・・・・そーいえば、何で8年後の未来に来たのだ?」
            ウーンと考え込むホーエンハイムに、やっと本題に入ったかと、
            ほっとする一同だったが、次に出たホーエンハイムの言葉に、固まって
            しまった。
            「ところで、8年後の私は今どうしているんだ?何故ここにいない?」
            「それは・・・その・・・・。」
            まさか、あなたは8年前に亡くなっていますなど、本人を目の前に言える
            訳がない。どうしたら良いかと眉間に皺を寄せる、ロイとアルとハボックの
            三人だったが、キングが豪快に笑いながら、あっさりと真実を告げてしまう。
            「お前は8年前に亡くなったから、ここには、いないんだよ。」
            「ばっ!!父上!!」
            そんなあっさりとと、ロイは咎めるが、言われた本人は、気にした風でなく、
            ポンと手を打つ。
            「なるほど!道理で!」
            「義・・・父君?」
            そんなあっさりと納得して良いのか?と茫然としているロイに、ホーエンハイムは
            ニヤリと笑う。
            「自分の身体だからね。遅かれ早かれ死ぬ事は分かっていたよ。」
            フッと自嘲した笑みを浮かべるホーエンハイムに、一同シンとなる。
            いくら死期を予期していたとは言え、すんなりと受け入れるホーエンハイムの
            器の大きさに、ロイは感動を覚えるが、次の瞬間、こめかみを引き攣らせる。
            「きっと、私が蘇ったのは、エドワードをマスタング王から救え!という神の
            啓示に違いない!!」
            「そんな訳ないでしょぉ
    ぉぉぉぉおおおおお!!

            叫ぶロイに、ホーエンハイムは勝ち誇った顔を向ける。
            「だって〜。蘇っちゃったんだもーん!!」
            「もーんじゃありません!!なんですかっ!!いい年をした大人がっ!!」
            頭が痛いと額に手を当てるロイに、ホーエンハイムはニヤリと笑う。
            「私が蘇ったからには、もう貴様の好き勝手にはさせん!」
            「なんの!返り討ちにしてさしあげますよ!!」
            フフフフフ・・・・と笑いあうホーエンハイムとロイの頭を、アルはスパーンと
            叩く。
            「もう!いい加減にして下さい!話が進まないでしょう!!父さんも、
            姉さんは幸せにやっているんだから、波風立てない!」
            「ほう?幸せ?だったら、何故ここにエドがいないのかね?」
            腰に手を当てるアルに、ホーエンハイムは不貞腐れたような顔で文句を言う。
            「大方、マスタング王に愛想を尽かして・・・・・。」
            「エディなら!」
            ホーエンハイムの言葉を遮るように、ロイはニヤリと笑いながら間に割って入る。
            「大事を取って、別室で休んでいます。」
            「何!?病気なのかっ!?」
            慌てるホーエンハイムに、ロイは勝ち誇った顔で告げる。
            「いいえ。病気ではありません。エディのお腹の中には、私との
    【愛の結晶】が宿っています
    ので。

            ハハハハと、高笑いするロイに、ホーエンハイムは猛然と抗議する。
            「貴〜様〜!!エドワードを汚したのかっ!!
            「私達は夫婦ですので、子どもが出来るのは、当然です。
            何か問題でも?」
            現にここにも、私とエディの愛の結晶がいますと、腕の中のカイルに頬擦りする。
            「父さん、諦めなよ。」
            負けた〜とガックリと肩を落とすホーエンハイムに、アルはやれやれと声を掛ける。
            「アル。お前は悔しくないのか?私達の大事なエドワードが、こーんな男に
            取られて!」
            ウルウルと瞳を潤ませるホーエンハイムに、アルは肩を竦ませる。
            「そりゃあ、最初は邪魔をしたけど、でも結局は姉さんがロイ義兄さんじゃないと
            嫌だって言って聞かないんだもの。」
            諦めるしかないじゃないかというアルに、ホーエンハイムはブンブンと首を横に振る。
            「何を気弱な!それでもお前はフルメタル国の王族かっ!!」
            「なっ!ボクが悪いっていうの!?第一、肝心な時にいなかった父さんに
            とやかく言われる筋合いはないね!!」
            フンと顔を背けるアルに、ホーエンハイムは我が意を得たりと大きく頷いた。
            「そうだ!つまり、私がここにいるのは、ロイ・マスタング王の魔の手から、
            エドワードを救えという・・・・。」
            結局そこに話が戻るのかと、アルはガックリと肩を落とす。
            「いい加減にしろ!って言ってるでしょう!!第一、ロイ義兄さんは、姉さんの
            【鋼姫】の呪いを解いてくれたんだよ?」
            その言葉に、ホーエンハイムはアングリと口を開ける。
            「何!?それは本当なのかっ!!」
            アルの両肩をガシッと掴んで、ガクガク揺さぶる。
            「本当だよ!だから、姉さんは今も生きているんだろ!!」
            今まで気づかなかったの?と呆れるアルに、ホーエンハイムは大声で
            泣き出す。
            「そうか。呪いが解けたか・・・・・。良かった・・・・。マスタング王。」
            ホーエンハイムは、涙を腕で拭うと、ロイの手をガシッと掴む。
            「ありがとう!娘の呪いを解いてくれて!本当にありがとう!!」
            「いいえ。義父君。愛するエディの為ですから!!」
            何度も泣きながら頭を下げるホーエンハイムに、ロイは穏やかな笑みを
            浮かべる。
            「ロイ君!!」
            「義父君!!」
            このまま、義理の親子は分かり合えたのかと、一瞬和みかけたが、
            次の瞬間、ホーエンハイムはぶち壊す。
            「で・も、これとそれは話は別だよ〜ん。」
            「・・・・・は?」
            言っている意味が分からず、ロイはポカンと口を開ける。
            「【鋼姫】の呪いを解いてくれたのは、感謝する。
             だがしかし!!
            ホーエンハイムは、掴んでいたロイの手を力一杯握り締める。
            「っ!!」
            痛みに顔を歪めるロイに、ホーエンハイムはニヤリと笑う。
            「エドワードとの婚儀を認める訳にはいかんのだ!」
            「父さん!いい加減に・・・・。」
            しろという、アルの言葉は、振り返ったホーエンハイムの真剣な
            表情に失っていく。
            「アル、仕方がないのだ。これはエルリック王家のしきたりなのだから。」
            ホーエンハイムの言葉に、ゲゲッと反応したのはハボックだった。
            「?ハボック?」
            顔色を悪くさせるハボックに、ロイは訝しげに眉を顰める。
            「ロイ、エルリック王家の姫を娶るには、王より試練を受けねば
            ならぬのだ。」
            そこへ、神妙な顔をしたキングが説明する。
            「私もエレナを妻に迎える時、過酷な試練を受けた。何度も、もう
            駄目だと弱気になった事もある。」
            キングは昔に想いを馳せるように、そっと目を閉じたが、直ぐに
            目をカッと見開く。
            「しかし!!その試練を無事終えた時、漸く姫を手にする事が
            出来るのだ!!それほどの価値が、エルリック王家の姫には
            ある!!」
            拳を握って力説するキングに、ロイも神妙な顔で頷く。
            「確かに、私のエディは何物にも替え難い至高の宝。」
            考え込むロイに、ホーエンハイムはジッと何かを見定めるかのように、
            見つめながら尋ねる。
            「受けるか?」
            「・・・・・エディへの私の【愛】を見事示してご覧に入れよう。」
            バチバチバチ
            ホーエンハイムとロイの間で、激しい火花が散った。