「・・・・それで、試練とは・・・・。」
ゴクリとロイは唾を飲み込む。
「・・・試練は・・・・まだ考えとらん!」
踏ん反り返るホーエンハイムに、緊張した分、ロイはへなへなと
床に座り込む。
「・・・父さん。なーんにも考えてないの?だったら、無理に
試練なんかしなくても・・・・。第一、もう結婚しているんだし・・・。」
今更じゃないかと呆れた顔のアルフォンスに、ホーエンハイムは
とんでもない!と首をブンブン横に振る。
「婿に試練を与えないとは、ご先祖様に顔向けできんぞ!!」
「その通りだ!わしも過酷な試練を受けたと言うのに、ロイが免除だと
いうのが、納得いかん!」
ホーエンハイムだけでなく、キングまで不満げな顔でウンウンと頷く。
「・・・参考までに、キング様は、どういった試練を?」
興味津々のアルに、キングは神妙な顔で答える。
「背筋100回。」
「・・・・は?腹筋?」
ポカンと口を開けるロイとアルフォンスに、キングは重々しく頷く。
「ああ。その他に、腕立て伏せ100回に腹筋100回、懸垂100回を
休みなしで行った。」
「・・・・・それが・・・・試練?」
ロイのこめかみがピクリと引きつる。
「何が過酷な試練ですか!!そんなものは、あなたの毎日のトレーニングで
あって、ちっとも過酷ではないじゃないですかっ!!」
どういうことですかと、詰め寄るロイに、ホーエンハイムはニヤリと笑う。
「キングと私は親友だぞ?彼の人間性は十分わかっておる。妹を
託するのに、相応しいと分かっているのだから、試練も形式的なものと
なるのは、当然であろう。」
ふふんと笑うホーエンハイムに、ならばと、ロイは更に詰め寄る。
「では、エディと結婚した私も、形式的なものとなるんでしょうね?」
「まさか!」
ハッとホーエンハイムは鼻で笑う。
「私は君の人間性を認めた訳ではない。エドワードを幸せに出来る男か、
じっくりと見定める必要がある!」
「だからさっきから言っているでしょ!!
エドワードは幸せだと!!」
分からず屋!!と叫ぶロイに、ホーエンハイムも負けずに言い返す。
「幸せというのは、人それぞれだっ!!お前の独りよがりでないと、
どうして言い切れる!」
「その言葉、そっくりそのままお返ししましょう。」
スッとロイの目が細められる。
「エドワードの幸せは、エドワードしか分かりません。それなのに、
何故あなたが決めるのです?」
「親ならば当然だ!君も親になってみれば分かる!」
ホーエンハイムの言葉に、ロイは腕の中のカイルをギュッと抱きしめる。
「私は既に親です。私なら、この子が好きになった子を、否定などしない!」
「フッ!何も分かっておらんようだな!マスタング王!!」
勝ち誇った笑みを浮かべるホーエンハイムに、ロイの眉が顰められる。
「カイルは男の子だ。例え結婚したとしても、手元において置ける。
しかぁああし!!」
そこで言葉を切ると、ホーエンハイムは目をクワッと見開く。
「それが娘なら?」
「・・・・娘?」
怪訝な顔をするロイに、ホーエンハイムは大きく頷く。
「想像してみなさい。今、エドワードのお腹の中にいる子が、
女の子だと。」
その言葉通り、ロイは娘が生まれたらと想像してみる。
「きっとエディに似たとても可愛い子が生まれます。」
うっとりとした表情のロイに、ホーエンハイムは耳元で囁く。
「うむ。最愛の妻との間に出来た可愛い娘。その娘の将来は、
常に輝かしいものでなくてはならん!可愛い顔に涙は
似合わん!そうは思わないかね?」
「思います!思います!!」
うんうんと何度もロイは頷く。
「そうだろう。そうだろう。だが、ここで考えてみなさい。
大切に大切に育てた最愛の娘が、年頃になり、どこぞの
馬の骨が結婚と称して、自分の元から連れ去ろうとするのだぞ?」
「な・・・なんて恐ろしい!!」
嫌だ嫌だと首をブンブン横に振るロイに、我が意を得たりと
ホーエンハイムはニヤリと笑う。
「許せるか?許せないだろ?ならば、どうする?」
「・・・・馬の骨を排除します。」
ピカリンとロイの目が光る。その様子に、ハボックが後ろで、
アチャ〜と顔を引き攣らせる。
「そうだ!!だから、君は試練を受けねばならんのだ!」
バンと両肩を叩かれ、漸くロイは我に返る。
「へ!?」
ポカンと口を開けるロイに、ホーエンハイムはガハハハと
大声で笑う。
「君も納得したようだし、明日から試練を受けてもらうか!」
「ちょっ!それとこれとは・・・・・。」
違うと言いかけるが、ホーエンハイムは無視してキングとアルの
腕をガシッと掴む。
「さぁ、今から作戦会議だ!マスタング王!明日を楽しみになっ!!」
そのまま、二人を引き摺るように部屋を出て行くホーエンハイムの
背中に、ロイの絶叫が響き渡る。
「だーかーら!!
エディは幸せだと
言っているんです〜!!」
話を聞け〜と手を伸ばすロイに、ハボックは、哀れんだ目を向ける。
「もう遅いッス。明日から婿イビリが始まりますよ。」
「・・・なんだ、婿イビリというのは。お前、何を知っている?」
のろのろと顔を上げるロイに、ハボックは肩を竦ませる。
「ハボック家は、王家との婚儀を繰り返していますからね、
試練について、誰よりも知っていますよ。口では、姫を託するのに
相応しい男かどうか見極めるとか言っていますが、本当は、
娘を取られたくない父親のただの苛めです。我侭です!
意味なんかないですよ。」
ハボックは、フーッと深いため息をつく。
「早食い競争だの、大食い競争だの、王から無理難題を吹っかけられた
だの・・・そういった話が伝わっています。元々エルリック王家の男達は、
身内の女性に、異常なまでに執着してますからねぇ・・・・。」
アルがいい例だったでしょ?とハボックは引き攣った顔で笑う。
「俺も、最初のうちは、アルに嫌がらせを受けたからなぁ・・・・。」
その言葉に、ロイは、認めたくないが、目の前の男は、エドの
婚約者だったと思い出す。
「貴様の時はどうだったのだ?その・・・エディと・・・・。」
婚約という言葉を言いたくないため、ロイは言い澱む。
「俺ッスか?俺は免除でしたよ。」
「何だと!どうしてだっ!!」
胸倉を掴むロイに、ハボックは引き攣った笑みを浮かべる。
「だってほら、俺は【鋼姫の夫】だったから。」
「エディの夫は、私だ!!」
ムキーッと怒り出すロイに、ハボックは、真っ青な顔でブンブンと
首を横に振る。
「違いますって!【鋼姫】って言ったんですよ!落ち着いて下さい!!」
「【鋼姫】だろうと何だろうと、エディの【夫】という地位は、私以外に
絶対に認めん!!」
全く聞き耳を持たないロイに、ハボックは、ガックリと肩を落とす。
「ったく!独占欲も大概になさって下さい。話を元に戻しますよ!」
ハボックは、頭をガシガシと掻く。
「知っているでしょう?【鋼姫の夫】というのは、要するに、墓守の事
なんだって。」
「墓守?」
キョトンとした顔で首を傾げるカイルに気づき、ロイはハッと我に返る。
まだ幼い息子に聞かせる内容でないと判断し、ロイは腕の中の
カイルに、蕩けるような笑みを浮かべながら、そっと床に下ろす。
「カイル。父上はまだハボックおじさんとお話があるんだ。だから、
カイルは先に母上のところへ行ってくれないか?母上は一人で寂しがって
いると思うから。」
「わかりまし・・・た。ボク、母上の所に行っています。」
カイルは、ギュッとロイの服を掴むと、不安そうな顔を向ける。
「直ぐに父上も来るよね?どこへも行ったりしない?」
「勿論だとも!カイルや母上を置いて、どこへ行くというのだね?」
カイルの不安を取り除こうと、ロイはきつくカイルの身体を抱きしめる。
「さぁ、行きなさい。私も直ぐに行くから。それから、お祖父様の事は
まだ母上には内緒だ。」
内緒?と首を傾げるカイルに、ロイは大きく頷く。
「母上は今は大事な時期なんだ。カイルの弟か妹を守ろうと、必死に
頑張っているんだよ。その母上に心配を掛けたくないだろう?」
コクンと頷くカイルに、ロイは優しく頭を撫でる。
「さぁ、行きなさい。」
「はい。父上も早く来てね?」
何度も振り返りながら、部屋を出て行くカイルに、ロイは手を振って
見送る。
「で?本当のところ、ホーエンハイム王をどうするつもりですか?」
パタパタと足音が遠ざかると、ハボックは真剣な目をロイに向ける。
「何故、ホーエンハイム王が蘇ったのか。その原因がはっきりするまでは、
エディには逢わせられん。母体に影響が出ないとも限らないからな。」
ロイの言葉に、ハボックは神妙に頷く。
「じゃあ、ホーエンハイム王の面倒は、陛下が見るということで!」
「ちょっと待て!!何故そういう話になるのだ!貴様私の話を聞いて
いなかったのか!?」
ハボックの胸倉を掴んで、ロイはガクガクと揺さぶる。
「私は、エディとホーエンハイム王を逢わせないと言ったんだ!」
「そりゃあ、分かってますよ!逢わせなければいいでしょうがっ!!」
舌を噛みそうになりながら、ハボックは必死に訴えるが、
ロイは聞く耳を持たない。
「だから!ホーエンハイム王をフルメタル王国へ連れて帰れと
言っているのだ!」
「そりゃ無理ですって!明日からホーエンハイム王の婿イビリが
始まるんですよ!?」
分からない人だなぁとハボックが眉を顰めると、ロイは壮絶なる
笑みを浮かべる。
「分からないのはどっちだ!!幸いここは私の国だ。私が法律!よって、
ホーエンハイム王の滞在を許可・・・・・。」
「ほほう・・・・。そういう事か。マスタング王・・・・・。」
低く呟かれる声に、ロイとハボックは慌てて背後を振り返る。
「言い忘れていた事があったから戻ったのだが・・・・・。」
ゆっくりと部屋に入ってくるホーエンハイムのオドロオドロしい
黒いオーラに、ハボックとロイは手を取り合って、震え上がる。
「ち・・・義父君、忘れ物とは・・・・?」
引き攣るロイに、ホーエンハイムは懐から手帳を取り出すと、
何やら書き込みを始める。
「義父に対して、反抗的である。マイナス1000点。」
さらさらと手帳に書き始めるホーエンハイムに、ロイは怪訝そうな
顔をする。
「それは?」
「貴様の【試練】が決まった!」
ホーエンハイムはロイの問いに、手帳をバンと閉じると、ビシッと
指をつきつける。
「今日から1ヶ月貴様に張り付いて、査定を行う!」
「はっ!?査定!?」
訳が判らないロイに、ホーエンハイムはニヤリと笑う。
「貴様がエドワードに相応しい男か見極めるのだ!マイナス1万点に
なったら、エドワードと別れてもらう。」
「なっ!!」
絶句するロイに、ハボックは、同情を込めた目を向ける。
「スタートラインがマイナス1000点ッスか・・・。ご愁傷様です。」
「うるさいぞ!ハボック!!義父君・・・・その事ですが・・・。」
ロイの言葉を無視して、ホーエンハイムは、再び手帳を開く。
「・・・先ほど、執務室を覗いたら、仕事が一杯溜っているよう
だったな・・・・。仕事も出来んような男はエドワードに相応しく
な・・・・・。」
「今!たった今片付けます!!」
慌てて部屋から飛び出そうとするロイに、ホーエンハイムは
声を掛ける。
「そうだ。言い忘れていたが、【試練】の事をエドワードに
チクるんじゃないぞ!チクったら、即マイナス1万点だからな!!」
その言葉に、ロイは忌々しく舌打ちすると、足音も荒く
部屋を出て行く。
「・・・・短気な奴だ。ところでハボック。」
ホーエンハイムはハボックに視線を向けると、真剣な眼差しを向ける。
「お前に、大事な話があるのだが・・・・・・。」
常にないほどの真面目な表情のホーエンハイムに、ハボックは
嫌な予感を覚え、顔を引き攣らせた。
「くそっ!!なんて忌々しい!!」
足音も荒く廊下を歩いていると、向こうから、カイルを連れた
最愛の妻の姿を見つけ、ロイは慌てて走り寄る。
「エディ!!」
「ロイ!遅い!!」
ムーッと頬を膨らませて拗ねるエドに、ロイは蕩けるような
笑みを浮かべる。
「もしかして、迎えに来てくれたのかい?」
「だって・・・遅いから、何かあったのかと・・・・。」
心配したというエドに、ロイは幸せに微笑む。
「ああ、すまない。」
ロイはエドワードの身体を負担にならないように、そっと
抱きしめる。
「ロイ?どうかしたのか?」
いつもと違い、まるで縋りつくように自分を抱きしめるロイの
態度に、何かあったのかと、エドは心配そうにロイの顔を
覗きこむ。
「私は、君と結婚できて幸せだよ・・・・。」
ロイは、ゆっくりと顔を上げると、自分の顔を覗き込むエドに
視線を合わせる。
「君も幸せだと思っても・・・・・?」
「ロイ!?」
不安そうなロイに、エドは驚く。いつも自信満々なロイが
鳴りを潜め、目の前の男はまるで小さな子どもが迷子になった
ようだ。
「ロイ?どうしたんだ?誰かに苛められたのか?」
ギュッとロイを抱きしめると、エドはニッコリと微笑んだ。
「俺、ロイと結婚できて幸せだよ?俺の言う事、信じられない?」
「エディィィィィィィィ!!」
ロイは感極まって、エドを思わず強く抱きしめる。
「ちょっ!!苦しいって!ロイ!!」
苦しそうなエドに気づき、ロイは慌てて腕の力を緩める。
勿論、離すなんて事は絶対にしない。
「どうしたんだよ!一体!!」
困った顔のエドに、ロイは苦笑する。
「すまない。ちょっと弱気になっていた。だが、君のお陰で
元気が出たよ!」
「?何かよく分かんないけど、ロイが元気になって良かった!」
ほにゃあ〜んと蕩ける笑みを浮かべるエドに、ロイも蕩けきった
笑みを向ける。
「ボクも!ボクも!!」
見詰め合う両親に、自分が仲間外れにされたと感じたカイルは、
ロイの服を掴んで、ピョンピョンと飛び跳ねる。
「ああ!勿論、カイルも私に元気を与えてくれたよ!」
ロイはカイルを抱き上げると、カイルごとエドの身体を抱きしめる。
”ホーエンハイム王が何を企んでいようと、私は絶対に負けん!!”
腕の中の宝物をギュッと抱きしめながら、ロイはニヤリと笑う。
”それに、良く考えれば、私とエディが世界で一番の理想的な
夫婦だと、ホーエンハイム王に思い知らせる、絶好の機会ではないかっ!!”
「私は必ず勝つ!!」
ロイの目に、メラメラと闘志の焔が燃えた。
こうして、ロイとホーエンハイムの本人達にとっては超真面目だが、
傍から見れば下らない、エドワード争奪戦の火蓋が、切って落とされたので
ある。