「な・・・・なんなんだっ!!
この書類の山はっ!!」
朝、執務室に訪れたロイは、部屋中に溢れかえっている書類の山、山、山に
唖然と立ち尽くす。
「フフフ・・・・。遅かったな。ロイ・マスタング!!」
部屋の中央で仁王立ちしているのは、ホーエンハイム。
「寝坊か?いい若い者が、情けない。」
備え付けのテーブルについて、コーヒーを啜っているのは、
キング・ブラッドレイ。その横では、国に帰るに帰れなくなった
アルとハボックが、げっそりと面やつれした様子で、席に着いている。
「ロイ義兄さん。おはようございます・・・・。」
「マスタング王、おはようございます。こっちは徹夜ですよ・・・。」
恨みがましい目で見つめられ、ロイは眉を顰める。
「もしかして、これは・・・・。」
引き攣った顔のロイに、ホーエンハイムは胸を張る。
「これくらいの仕事を午前中に処理できないような無能に、
エドワードをやれないな!降参するなら今のうちだぞ!!」
ハッハッハッと高笑いをするホーエンハイムに、ロイは不敵に笑う。
「フッ・・・・。これしきの事で私が降参するとでも?甘いですね。」
そう言ってロイは机に座ると、ペンを2本取り出す。
「?」
一体何をするのかと、首を傾げながらジッとロイを見つめるホーエンハイムに、
ロイはククク・・・と笑う。
「秘儀!速書き!!」
両手にペンを持つと、目にも留まらぬ速さで書類を捌いていく。
「奴は左右両方とも使えるのかっ!!」
クーッ!!とハンカチを噛み締めて悔しがるホーエンハイムに、ハボックが
げんなりとした顔を向ける。
「だから言ったでしょう!マスタング王を書類責めにしても、無駄ですって!
これくらいの事は、うちの奥さんが散々やって、耐久性がついているんです。
あの両手で書く技も、その時に編み出したって話ですよ。」
「グググ・・・・おのれ、マスタング・・・・。」
光速の動きだが、ちゃんと書類の内容を読んでいるようで、サインを書くと、
素早く回す部署ごとへ分けていく。
「噂には聞いていたけど、実際に見てみると、すごいですねぇ・・・・。」
ボクには出来ないやと、感心したように言うのはアルフォンス。先ほどまでの
ぐったりとした様子から一転、まるで子どものようにロイの動きを魅入っている。
「人間の手って二本だよなぁ・・・・・。」
相変わらずバケモノだとハボックが呟くと、べチッと書類が一枚ハボックの
顔にへばり付く。
「なっ!!何すんですかっ!!」
「その書類、お前が作成しただろ。誤字脱字が多い!書き直せ!!」
ギロリとロイに睨まれ、ハボックがうわぁ〜と顔を顰める。
「よくわかりましたねぇ。」
しげしげと自分が作成した書類とロイを交互に見つめながら、ハボックは
不思議そうに言う。
「わからいでかっ!お前が作成した書類は、いっつも曲がっているんだからな!
それから、アルフォンス!」
「は!!はいっ!!」
いきなり名前を呼ばれて、アルフォンスは姿勢を正す。
「この報告書だが、明らかに水増し請求をされている。担当者に午後に直接
ここに来るようと言ってもらえるか?」
書類を突きつけられて、アルは慌てて引っ手繰るように手に取ると、
そのまま部屋を飛び出していく。
「そして、父上に、ホーエンハイム王!!」
ロイはそこで手の動きを止めると、処理が終わった書類の山のうち、
二つをバシッと手で叩く。
「同じ書類を何十枚も書いて、さぞお疲れでしょう。」
ギロリとロイに睨まれ、ホーエンハイムとキングはバツが悪そうに
視線を泳がせる。
「罰として、処理済の書類を各部署へ届けてもらいます。」
「なっ!!横暴なっ!!」
「そうだ!そうだ!!」
文句を言う二人に、ロイの鋭い眼光が射抜く。
「・・・・・資源を無駄にした償いをして頂きます。」
「「・・・・・・はい。」」
ロイの冷たい視線に、ホーエンハイムとキングはスゴスゴと言う通りに、
処理済の書類を運び出した。
転んでも只では起きない男、ロイ・マスタング。
しっかりホーンハイム達にも仕事を手伝わせているロイの姿に、
ハボックは、書類を作成し直しながら、早く国に帰りたいと
涙を流した。
仕事が3/4程終わろうかという時間、人使いの荒いロイのお陰で、
ホーエンハイム達は、ゼエゼエと息を吐きながら、床に座り込んでいた。
そんなホーエンハイム達の様子に、ロイはクスリと笑うと、徐に
動かしていた手を止める。
「そろそろ10時。ここら辺で休憩を取りましょうか。」
ロイは、ゆっくりと椅子から立ち上がると、ニッコリと邪気がありまくりの
笑みをホーエンハイムに向ける。
「さぁ、エディとカイルがお茶の準備をして待っています。参りましょう。」
「へっ!?」
ロイの言葉に、ホーエンハイムは唖然となる。
「エ・・・エドワードに逢っても良いのか・・・?」
オドオドと尋ねるホーエンハイムに、それはそれは清清しい笑みを
向けるロイ。
「勿論ですとも!義父君はエディの父親。父親が娘に逢えないなど、
そんな馬鹿な話はありませんよ。エディも義父君に逢いたいと
朝から楽しみにしています。」
「な・・・なんと!エドワードが!!そうか!!」
感動して滂沱の涙を流すホーエンハイムに、ロイはニヤリと笑う。
「さぁ、義父君、参りましょう!」
ホーエンハイムの腕を取って、ロイは誘う。
その後ろでは、ハボックとアルフォンスがコソコソと耳打ちする。
「もしかして、マスタング王は・・・・。」
「絶対に、反撃を仕掛けてきます。」
一緒に行くのが嫌だなぁと顔を顰めるハボックとアルに、ロイは
ギロリと睨みつけると、余計な事は言うなよと目で脅す。
「ああ・・・早く国に帰りたい。」
「どーかんッス。」
どうあっても逃れられない運命に、アルとハボックは深いため息を
つきながら、肩を落とした。
「ロ〜イ〜。はい!あ〜んして?」
パクッ。
エドにケーキを食べさせてもらい、ロイは幸せ一杯の
笑顔をエドに向ける。
「ああ!おいしいよ。エディ。さぁ、今度はカイルの番だ。
どれが食べたい?」
自分の膝の上に乗せている息子に、ロイは目の前に
並べられている数種類のケーキを見せる。
「ボクは・・・・あの、大きいプリン!!」
「ああ、これだね?」
ロイはプリンをスプーンで一口掬って、カイルの口に持っていく。
パク。
大きな口を開けて、プリンを食べるカイルに、ロイは笑いかける。
「おいしいかい?」
「うん!!じゃあ、今度は母上の番〜!!どれがい〜い?」
目をキラキラ輝かせて問いかけるカイルに、エドは首を傾げる。
「う〜ん。どれも美味しそうだからな〜。それじゃあ、その
レアチーズケーキにしようかな?」
カイルの手元にあるレアチーズケーキを、ロイは一口サイズに
してフォークに刺すと、それをカイルに渡す。
「はい!母上〜!!」
カイルは受け取ったフォークをエドに差し出すと、ニッコリと笑う。
パク。
カイルに差し出されたケーキを口に入れると、エドはほにゃあ〜と
笑う。
「おいし〜!!」
モグモグと口を動かすエドに、ロイはクスリと笑うと、エドの口の端に
突いているクリームをペロリと舐める。
「!!」
途端に真っ赤になるエドに、ロイはもう一度口付ける。
「ああ!本当に美味しいな。」
ご馳走様と、耳元で囁くと、エドは更に顔を赤くさせる。
「もう!ロイったら!」
照れるエドに、ロイは幸せそうに微笑む。
「だーっ!!一体、
なんなんだ!!
お前たち!!」
幸せオーラを撒き散らすロイ達に、それまでテーブルを挟んだ
真正面で見せ付けられたホーエンハイムは、テーブルを
ダンと叩きながら立ち上がる。
「父さん、言うだけ無駄。」
その隣では、アルフォンスが、悟りきった顔で、紅茶を飲んでいた。
「アルフォンス!お前は、この光景を見て、何とも思わないのかっ!?」
この怒りを分かち合おう!とばかりに、アルフォンスに同意を求めるが、
アルはチラリとホーエンハイムを見、ついで、勝ち誇った笑みを浮かべる
ロイを見ると、はぁあああああああと深いため息をつく。
「父さん。この馬鹿ップルに何を言っても無駄だって、いい加減
悟った方が身のためだよ。そのうち、あまりの甘さに、砂吐くから。」
ああ、このベリータルトは美味しいなぁと、黙々と姉夫婦を見ないように
しながら、目の前のケーキに舌鼓を打っている息子に、ホーエンハイムは
ムーッと頬を膨らませる。
「どうしたんだ?急に立ち上がって?」
キョトンと首を傾げるエドに、ホーエンハイムは、泣きながら懇願する。
「エドワード!その男から離れなさい!」
「やだっ!!」
プイと首を横に振ると、エドは先ほどからロイに食べさせている
モンブランを一口掬う。
「ロイ!あ〜ん。」
「あ〜ん。」
パク。
再び始まる馬鹿ップルのイチャイチャに、ホーエンハイムは怒りの為に
ブルブルと震える。大体おかしいと思ったのだ。昨日あれだけ
エドには逢わせないの一点張りだったロイが、一夜明けて、手のひらを
返したようにエドに逢わせると言った時点で、警戒をするべきだったのだ。
「まさか、こんな嫌がらせを仕掛けるとは・・・・・こうなったら!」
コソコソと懐から例の手帳を取り出すと、ロイに気づかれないように書こうと
するが、タイミングを計ったように、ロイがエドに話しかける。
「エディ。君は幸せかい?」
「勿論!!」
へへっとロイにベッタリと張り付くエドを、ロイは優しく抱きしめながら、
チロリとホーエンハイムを見つめる。
「義父君が、君が幸せかどうか心配で、蘇ってこられたそうだが・・・・。
義父君に君が幸せだという事が、十分知って
頂けて、私は嬉しいよ。」
ロイの言葉に、エドは幸せ一杯の笑顔をホーエンハイムに向ける。
「父さん!俺すごく幸せだよ!だから心配すんなって!!」
スリスリとロイに甘えるエドの姿に、ホーエンハイムは
ダーッと滝のような涙を流す。
「おのれ・・・・ロイ・マスタング・・・・許せん!!」
悔しがるホーエンハイムの様子に、ロイはますます見せ付けるように、
エドを抱き寄せた。
「約束を破ったな!マスタング王!!」
休憩が終わり、執務室に戻ったホーエンハイムは、ロイに食って掛かる。
「破っていませんよ。言い掛かりは止して頂こうか。」
フッと笑うロイに、ホーエンハイムの怒りが爆発する。
「あれほどエドワードにチクるなと言っただろうが!!もう貴様は
マイナス2万・・・・。」
「私は、エドワードに【試練】の事を話していません。」
ホーエンハイムの言葉を、ロイは静かに遮る。
「嘘をつくな!では何でエドワードが・・・・。」
「エディの行く末が心配で蘇ったと言っただけです。」
ロイはニヤリと笑う。
「第一、私がエディを幸せに出来る男かどうかを見極める為の
【試練】なのでしょう?ですから、私はあなたにエドワードを幸せに
出来る男というのをアピールしたまでのこと。」
何か間違っていますか?問うロイに、ホーエンハイムは黙り込む。
【試練】云々は只の口実で、要は婿イビリだと認めるわけにはいかないのだ。
「【試練】をクリアーしただけでは、所詮、【幸せに出来るかもしれない男】
という認識しかして頂けないでしょう。それだけで私が満足するとでも?」
ロイは真剣な目をホーエンハイムに向ける。
「あなたの【試練】とは別に、あなたには、私がエディを【幸せにする男】という
認識を、骨の髄まで思い知って頂くつもりです。お覚悟を。」
「・・・・なるほど、更に上を目指すか。良かろう!受けて立ってやる!!」
バチバチバチ・・・・・。
ホーエンハイムとロイの間で激しい火花が散った。