「ふふふ・・・・これならばどうだ!!」
「フッ。甘いですね!それならば、こうです!!」
バチバチバチと火花を散らせているロイとホーエンハイムの間には、
チェス盤。そんな二人の様子を、編み物をしながら、ニコニコと笑って
見つめているエドワードを、カイルが沈んだ顔で見つめていた。
「ん?どうかしたのか?カイル?」
ここ数日、様子のおかしい息子に、エドは心配そうに顔を覗き込む。
「いえ!何でもないんです!と・・ところで母上!!」
母を心配させている事に気づいたカイルは、慌てて顔を上げると、
父と祖父に視線を向ける。
「父上とお祖父様、まだ続ける気ですか?」
「う〜ん。二人とも、勝負に熱くなるからなぁ・・・。納得するまで
終わらないんじゃないかなぁ・・・・。」
本当に二人仲良しさんだなぁと、能天気に微笑む母の姿に、
カイルは泣きそうな顔を下に向ける。
「カイル?どうしたんだ?」
フワリと身体を抱き上げられ、カイルは驚いて顔を上げると、
そこには、優しい笑みを浮かべたロイの顔があった。
「父上・・・・。僕・・・・・。」
ギュッとロイの首に腕を回すカイルに、エドはどうしたのかと
驚いた顔で椅子から立ち上がる。
「カイル?どこか具合でも!?」
オロオロするエドに、ロイは眼で制すると、静かにカイルを
床に下ろす。
「カイル。いつも私は言っているな?」
ロイの厳しい声に、カイルはビクリと身体を揺らす。
「王太子たるもの、常に平常心を持つようにと。」
ロイの言葉に、カイルはますます顔を下に向ける。
そんなカイルに、ロイは視線を合わせるように、片膝をつく。
そして、顎を取ると、優しく微笑む。
「私は、お前になら出来ると思っている。」
「父上・・・・。ハイ!!」
力強く頷く息子に、ロイは満足そうに笑うと、まだ心配げなエドに
視線を向けると、安心させるように頷く。
「さぁ、カイル、そろそろ勉強の時間だ。」
ロイは、ポンとカイルの肩を叩くと立ち上がる。
「ハイ。では、父上、母上、失礼します。」
カイルは、ペコリと頭を下げると、今だチェス盤を睨みつけている
ホーエンハイムへと駆け寄る。
「お祖父様、ボク、勉強ですので、これで失礼します。」
そう言ってペコリと頭を下げるカイルに、ホーエンハイムは、
相好を崩す。
「カイル〜!では、ジージも一緒に行くぞ♪カイルlが勉強をしている
ところが見たいからな!」
カイルを抱き上げるホーエンハイムに、慌てたのはロイだった。
独占欲の塊のロイは、最愛の息子が例え祖父であっても、
自分以外に懐く事が許せない。
「カイル!!父もカイルが勉強している姿を見たいぞ!!」
そう言って、ホーエンハイムから息子を奪い取ろうとするが、
以外にも、カイルがそれを制止する。
「父上は、母上と一緒にいてください!ボクはもう直ぐお兄ちゃんに
なるんですから、大丈夫です!」
にっこりと微笑まれて、ロイはまるで捨てられた犬のように、
情けない顔になる。
「では!行くぞ!!」
カイルに手を伸ばしたまま固まるロイに、勝ち誇ったように鼻を鳴らすと、
ホーエンハイムは意気揚々と、カイルを抱き上げたまま、部屋を出て行く。
「ま・・・・お待ち下さい!!」
慌てて後を追おうとするロイだったが、ツンと服を引っ張られ、ロイは
驚いて振り返る。
「エディ・・・?」
どこか悲しそうな顔で自分を見つめる最愛の妻の姿に、ロイは穏やかに
微笑むと、ギュッと抱きしめる。
「すまない。君を置いていく所だった・・・・。」
そのまま、抱き上げようとするロイに、エドはフルフルと首を横に振る。
「違う!そうじゃないんだ・・・。なぁ、本当の事を教えてくれないか?
どうして、父さんが蘇ったのか。」
誤魔化しは許さない、エドの目はそう語っていた。
「・・・・・・寂しかったんじゃないのかな。」
真剣な表情のエドに、ロイは優しく微笑みながら言う。
「ロイ!!真剣に・・・・・。」
「・・・正直、何故ホーエンハイム王が蘇ったのかは、
私にも分からないんだ。」
エドの言葉を遮り、ロイは静かに告げる。
「え?」
眼を瞠るエドを、ロイは優しく抱きしめる。
「最初は、君に逢わせようとは思わなかった。身重の君に何かあっては
大変だと思ったのだが・・・・・・。暫く様子をみていくうちに、君にどうしても
逢わせたくなったんだ。贖罪の意味を込めてね。」
「ロイ?」
悲しげなロイの声に、エドは困惑気味に顔を上げる。
「・・・・・・私が、ホーエンハイム王を・・・・殺したようなものだ・・・・。」
「ロイ!?それは違う!!」
慌てて首を横に振るエドに、ロイは弱々しく微笑む。
「違わない。私さえ君の国に攻め込まなければ、ホーエンハイム王は・・・。」
パシッ!!
「エ・・・エディ・・・?」
頬に鋭い痛みを感じ、ハッと我に返ったロイが見たものは、涙をポロポロ流す
エドだった。
「ロイの馬鹿!!どーしてそんな事言うんだよ!!」
「エ・・・エディ・・・・。」
激昂したエドは、惚けているロイの胸倉を掴む。
「ぜーんぶ、リザ姉様や、マルコーさんから聞いて知ってるんだ!ロイが
父さんを助けようとしてくれたのを!!」
エドはポロポロ涙を流しながら、ロイの胸に顔を寄せる。
「父さんの病気を治そうとしてくれたんだろ?大陸でも最高峰の医者達を
呼んでくれたって。」
「・・・・・エディ。当時の私は、ホーエンハイム王を利用する為に・・・・。」
「違う!違う!違うもん!!」
うわあああああんと泣き出すエドを、ロイは途方に暮れた顔で、ギュッと
抱きしめる。
「ロイは・・・・とって・・・も・・・・優しいもん!!冷酷非情だ・・・なんて・・・
言われていたけど!本当は・・・誰よりも・・・・傷付きやすくって・・・・
ヒック・・・・ウッ・・・クッ・・・。」
「エディ・・・・・。ありがとう・・・・・。」
ロイは優しいもんと泣きじゃくるエドに、ロイの心はホンワカと温かくなる。
「エディ・・・・。でも、本当に私が優しくなれたのは、君と出会えたから
なんだよ?わかっているかい?」
ロイの言葉に、フルフルとエドは首を横に振る。
「ううん。ロイは最初からずっと優しいよ。俺、賢者の石を取り戻す為、
フレイム王国へ来た時の、衝撃を今でも忘れないんだ・・・・。」
「衝撃・・・・?」
何かあっただろうかと、悩むロイに、エドはギュッと抱きつく。
「政権が変わった直後って、どうしても国は荒れてしまう。でも、
王都から離れた国境近くの村でもそうだったけど、城下町のみんな、
みんな口々に王を・・・・ロイを尊敬していた。だって、ロイはいつも
国民の事を第一に考えてたからだよ。実際、政権が変わった
直後とは思えないくらい、国政は安定していて、俺はすごく
驚いた。だからかな・・・・国に侵略してきた敵国の王なのに、
憎しみよりも、尊敬の念を覚えたんだ・・・・。」
「・・・・エディ。嬉しいよ。そう言ってもらえて・・・・・。」
憎まれても当然の事をした自分を、責めるのではなく、尊敬していたと
言うエドの言葉に、ロイは感極まって、ポロポロと涙を流す。
エドは、ロイの涙を拭きながら、ニッコリと微笑む。
「俺、ロイに出会えて良かった。ロイが俺を選んでくれて、とても
幸せだよ。」
「エディ・・・・・。愛している。私こそ、君に出会えて、そして、君が
私を選んでくれた事を、感謝している。」
ロイは、エドの身体をギュッと抱きしめると、その肩口に顔を埋める。
”でも・・・私の罪は消えない・・・・。”
エドとアルフォンスに、辛い思いをさせたのは、変えようもない事実だ。
だが、その罪によって、最愛の人を手に入れられたのだから、皮肉だ。
”絶対に幸せにする・・・・。”
過去は変えられない。しかし、それ以上の幸福をエドに与えよう。
ロイは改めて心に誓うのだった。
ガチャン!!
何かが割れる音に、抱き合っていたロイとエドは、ハッと我に返る。
「ロイ・・・・・?今のは・・・・・。」
カイルの部屋のある方から聞こえてきた音に、エドは真っ青な顔で
ロイを見上げる。そして、騒がしくなっていく外の様子に、エドは
震える手で、ロイに抱きつく。
「大丈夫だ。私が見てくるから、君はここにいるんだ。」
「ロイ!?俺も一緒に!!」
懇願する妻に、ロイは首を横に振る。
「エディ。カイルは大丈夫だ。私が絶対に守る。だから君は、お腹の子を
守って欲しい。」
それでも不安を隠しきれないエドに、ロイは安心させるように、こめかみに
軽く口付ける。
「・・・・心配しなくても大丈夫。いいね、ここで待っているんだよ。」
「ロイ!!」
エドに口付けると、ロイは踵を返し、部屋を飛び出していく。
「ロイ・・・カイル・・・・無事で・・・・・。」
エドはキュッと両手を握り締めると、不安そうにロイが飛び出していった
扉を見つめた。