それはまだ神話と呼ばれるほど遠い遠い昔のお話です。
年に一度出会えれば、それで良かった。
自分を見て欲しいなんて、
そんな浅ましい考えなど持っていなかった。
ただひっそりと遠くから見ているだけで、
それだけで良かったのに・・・・・・。
常春の国、リゼンブール。
広大なる豊かな土地に善良なる国民。
地上最後の楽園と名高いリゼンブールは、
国を治める王と、民を纏める巫女によって、
支配されていた。
その巫女の中でも最高位である、【巫女姫】を
与えられた、エドワード・エルリックは、
先程から、ぼんやりと椅子に座って窓の外を
眺めていた。
あと数時間後に、この国の王は【婚約の儀】を
行う。その儀式を取り仕切るのが、最高位である
【巫女姫】の役目。
エドはそっと目を閉じると、深く溜息をつく。
29歳にもなって、未だ妃を娶らないロイ・マスタング王の、
突然の【婚約の儀】に、国中は沸き返っていた。それとは
対照的に、エドの心はどんどんと沈み込む。
何が悲しくて、ずっと憧れてきた人の【婚約の儀】を、
自分が執り行わなければならないのか。
ジワリと涙が流れそうになって、エドは慌てて拭う。
こういう時に、巫女姫の正装を着ていてて良かったと
エドワードは思った。
頭からすっぽりとヴェールを被っている為、泣き腫らした
顔を誰かに見咎められる事はない。
「巫女姫様、儀式のお時間です・・・・。」
側近の言葉に、エドワードはピクリと身体を反応させた。
チラリと時計を見れば、まだ儀式まで2時間以上ある。
不信に思い、側近に声をかける。
「まだ、儀式まで2時間以上あるようだけど?」
「準備がございますので・・・・。」
「準備?」
エドは、壁に掛けられている鏡で素早く全身をチェックする。
「準備なら出来ている。」
これ以上、一体何を準備するのだろうと、訝しげに
問いかける前に、ゆっくりと扉が開かれ、数人の
男女が静かに入ってくる。
「エドワード様。こちらへ。」
その中の1人が、ゆっくりとエドの前に立つと、そっと手を
差し出す。
「えっと・・・・。あなた・・・は?」
神殿の者ではない女性に困惑するエドに、女性はにっこりと
微笑む。
「初めまして。エドワード様。私は近衛隊隊長、
リザ・ホークアイです。」
「近衛隊隊長?」
何故、王の側近が来るのか、訳が分からずに首を傾げる
エドに、ホークアイは穏やかに微笑みながら、エドの手を取り、
ゆっくりとエスコートする。
「あの・・・どこへ・・・?」
【婚約の儀】を執り行う大聖堂とは逆の方向へ向かうホークアイに、
エドは恐る恐る声をかける。
「王がエドワード様をお待ちです。」
「はっ?何で?」
一年に一度、国の安寧を祈る儀式でのみ顔を会わせる程度で、
親しくない自分を、何故王は呼んでいるのか、半分パニック
状態のエドに、ホークアイはクスリと笑う。
「そんなに心配なさらなくても、大丈夫ですよ。」
「でも・・・・・。」
もしも、召された先で、王の婚約者も同席していたら、自分を
冷静に保てる自信は、エドには全くなかった。
”まだ、心の準備が出来ていないのに!!”
何とか逃れようと口を開きかけるエドだったが、無情にも、王の
控えの間まできてしまっている事に気づき、そっと唇を噛み締める。
”もう、逃れられない・・・・・。”
「マスタング王、エドワード様をお連れしました。」
ホークアイの言葉に、部屋の中から、入室を促す声が聞こえる。
「失礼します・・・・・。」
エドは覚悟を決めてゆっくりと入室する。
「一年ぶりだね。姫・・・・・。」
窓から降り注ぐ明るい日差しを背に受け、この国の王、
ロイ・マスタングが、微笑んで立っていた。