第1話

 

 

             腕の中の暖かい小さな生き物。
             邪気のない笑みを向けられ、
             柄にもなく、真っ赤になった事を覚えている。
             これがきっかけ。


             それから、十数年後、再び出会って
             私は君に恋をした。
             これが私たちの始まり。
             

 

 

             「そろそろかな・・・・?」
             リゼンブール国において、代々宰相を務める、ホーエンハイム・
             エルリック公爵の跡取り息子である、アルフォンス・エルリックが、
             読んでいた本をパタンと閉じるのと同時に、扉からノックの音がした。
             「失礼致します。ご到着になられました。」
             恭しく部屋に入ってくるのは、この家の執事である、ティム・マルコー。
             現公爵のホーエンハイムが幼少の頃から、この屋敷に勤めている、
             古株で、アルフォンスを実の孫のようにも、慈しんできた。そのマルコーは、
             どこか悪戯っぽい目でアルフォンスを見つめながら、ニコニコと微笑んでいる。
             「わかりました。今すぐに。」
             行きますという言葉は、いきなり聞こえてきた怒鳴り声によって、
             遮られた。
             「こんのおぉぉぉぉぉおおお!!誰がミニマムどちび巫女だぁあああああ!!」
             その声に、アルフォンスは、がっくりと肩を落とすと、肩を震わせて笑いを
             堪えているマルコーに、引きつった顔で尋ねる。
             「ま・・・まさか・・・とは思うけど・・・・。今の声って・・・・・。」
             「はい。紛れもなく、あなた様の姉上であり、当エルリック公爵家の
             エドワード・エルリック姫様でございます。」 
             ニコニコと上機嫌で答えるマルコーに、アルフォンスは、やっぱりと、
             溜息をつく。
             「全く、全然変わっていないんだね・・・・。姉さん・・・・・。」
             アルは、がっくりと肩を落としながら、のろのろと部屋を出る。
             部屋を出ると、エドワードの怒鳴り声が更に大きく聞こえ、
             アルフォンスは、回れ右をして部屋に戻ろうかと真剣に思ったが、
             それよりも早くマルコーによって退路を絶たれてしまう。
             「ささ、アルフォンス様、陛下と姉上がお待ちですぞ。」
             明らかに面白がっているマルコーに、アルはギロリと横目で睨むと、
             背筋を真っ直ぐにして、貴族の子弟らしく、優雅な足取りで、階段を
             降りる。
             「もう!いい加減に、下ろせ!!この誘拐犯!!」
             「エディ。誘拐犯はないんじゃないかね?」
             巫女姫の正装をした、小柄な少女を、嬉々として抱き上げているのは、
             この国の王、ロイ・マスタング。アルは内心溜息をつきつつ、
             喧嘩を始めている二人に、声をかける。
             「陛下、ご挨拶が遅れまして、申し訳ありません。姉上、お久し振りです。」
             優雅な仕草で挨拶をするアルに、それまでロイに噛み付いていたエドは
             ピタリと動きを止め、恐る恐る頭を下げているアルを見る。
             「あ・・・アル・・・?アルフォンスなの・・・か・・・・?」
             「お久し振り。姉さん!!」
             にっこりと笑うアルに、エドは慌ててロイの腕から飛び降りると、アルに
             抱きついた。
             「アル〜。アル〜。会いたかった!!元気だったか!?」
             「ボクも会いたかったよ!!姉さん!!」
             10年前に引き裂かれる前までは、いつもべったりくっついていた、
             仲の良かった姉弟である。久々の再会に、エドはアルの腕の中で、
             号泣する。対するアルも、自他共に認める、重度のシスコンで、
             漸く再会できた姉を、二度と離すまいと、エドの身体をきつく抱き締める。
             だが、ここにそれを快く思っていない者がいることを、アルフォンスは
             失念していた。いきなり、ロイはスタスタと二人の間に立つと、エドを
             アルフォンスから引き離し、エドを抱き上げたまま、勝手知ったる
             なんとかで、アルフォンスの私室のある二階へと階段を上りだす。
             「積もる話は、部屋でゆっくりと。行くぞ、アルフォンス。」
             顎でついてくるように命じる姿に、アルは苦笑する。
             「独占欲、強すぎ・・・。」
             アルは、溜息をつくと、慌ててロイの跡を追った。
 




             「で?これは一体、何のマネなんだ?仮にも、最高位である、
             【巫女姫】を拉致するなんて、国王でも許されない事だ。」
             本気で怒っている姉に、アルはチラリとロイを見る。
             「まさか、有無を言わさず、攫ってきたんですか?陛下。」
             呆れ顔のアルに、ロイはニコニコと笑う。
             「まさか。きちんと言ったぞ。『お迎えに上がりました。姫君。』と。」
             「その後、当身を食らわせて、人を攫っておいて、
             何寝言を言っているんだ!!俺が言っているのは、
             こうなった理由だ!!」
             エドは、ガタンと椅子から立ち上がると、部屋から出て行こうと
             する。それに、慌てたのは、ロイだった。
             「待ちなさい。何処へ行く気だ!!」
             「神殿へ帰るに決まっているだろ?第一、俺はあんたと違って、
             暇じゃ・・・・・。」
             そこまで言いかけて、エドは真っ青な顔になると、トタトタと
             慌ててロイの元へと駆け寄る。
             「エディ!!」
             自分の元へ駆け寄るエドに、ロイは嬉しそうに両手を広げて、
             抱き締めようとするが、その前に、エドがロイの胸倉を掴むのが
             早かった。
             「そうだよ!!なんでこんなトコで、暢気にお茶なんて
             飲んでいるんだよ!!あんた、今日は【婚約の儀】だろうが!!」
             「あぁ、それかい?心配する事はない。延期になったから。」
             しれっと言うロイに、エドはあんぐりと口を開ける。
             「なっ!!そんなの俺知らないぞ!!」
             ロイはニコニコと笑いながら、茫然としているエドの身体を抱き締める。
             「急に、婚約者の具合が悪くなったからね。」
             ロイの口から出た【婚約者】という言葉に、エドは忘れていた胸の痛みに、
             耐えるように眉を寄せる。
             「そっか。お大事に。そんなに具合が悪いのか?」
             しゅんとなるエドに、ロイはにっこりと微笑む。
             「私の最愛の人だからね。心配で彼女の家まで送ったほどだよ。」
             「そっか・・・・。とても大事な人なんだな・・・・。婚約者の具合が
             良くなったら、知らせてくれよ。【婚約の儀】には、また最高の日で
             行ってやるから・・・・・。」
             それじゃあ、俺、帰るからと、トボトボ出て行こうとするエドに、
             それまで、黙っていたアルが、呆れたように、声をかける。
             「姉さん、陛下の婚約者って、誰だか知っているの?」
             「ううん?」
             知らないけど?と首を傾げるエドに、アルは非難めいた目をロイに
             向ける。
             「陛下、どういうことですか?」
             不機嫌なアルに、苦笑すると、ゆっくりとエドに近づき、エドを抱き上げる。
             「きゃあああ!!」
             いきなり抱き上げられ、エドは思わずロイに抱きつく。
             「まだ。顔色が悪いみたいだね。君は、私の大切な【婚約者】なのだから、
             早く良くならなければ、いけないよ。エディ?」
             そう言って、ロイはエドの頬に軽く口付ける。
             「な・・・・それって・・・・・。どういう・・・・。」
             困惑気味に弟を見ると、アルは溜息をつきながら爆弾発言をする。
             「陛下の【婚約者】って、姉さんのことなんだよ。」
             本当に、知らなかったの?と呆れているアルの言葉に、
             エドの絶叫が、屋敷の中を駆け巡った。