「こ・・・・・こ・・・・・・。」
「ん?どうしたんだね?鶏のマネかい?」
可愛いねと、ニコニコとしているロイに、エドの
怒りの鉄拳が炸裂するが、寸前で止められ、
逆に、ますます身体を密着されて、エドは真っ赤に
なって、硬直する。それをいいことに、ロイは
嬉々としてエドを抱き締めると、そのまま部屋から
エドを連れて出て行こうとするが、その前に、
アルフォンスの制止が入る。
「どちらへ?陛下。」
「いや、何疲れているようなのでな。休ませようかと。」
アルフォンスは、ギロリと横目で睨む。
「そのまま王城へお持ち帰りしないで下さいよ。」
しっかり釘を刺すことを忘れない。
「・・・・・・私たちは婚約しているのだよ?」
内心、チッと舌打ちするが、ロイはにこやかに微笑む。
但し、目だけが笑っていなかったが。
「まだ、【婚約の儀】を済ませていないと思ったのは、
私の記憶違いですか?」
「そう!そうだよ!!」
アルの言葉に、エドは正気に戻ると、自分を抱き締めている
ロイに食って掛かる。
「何だよ!婚約者って!!」
「何か不都合でも?」
心外だと言わんばかりのロイに、エドは脱力する。
この男は、まともに人と話す気があるのか?と
エドはロイを軽く睨みつける。
「俺、承諾した覚えはない!!」
「そうだろうな。これから口説く気でいたからね。」
ニコニコと笑うロイに、エドは怒りを爆発させる。
「順番が逆だろ!!承諾してから、【婚約の儀】だろうが!!」
ロイは愛しそうにエドの髪を一房掬うと、そっと自分の口元に
寄せる。
「仕方がないだろう?本来ならば、王と巫女姫が会えるのは、
年に一度の国の安寧を祈る儀式でしかない。それすらも、
こちらはただ君の姿を眺める事しか出来ないと言うのに・・・・。」
ロイはじっとエドの顔を見つめた。
「君を私の腕の中へ攫うには、【婚約の儀】と偽るしか
道はなかったのだよ。」
「偽るって・・・・・。まさか!!」
さっと青ざめるエドに、ロイはニヤリと笑う。
「察しがいいね。勿論、君を無断で神殿から連れ出したのだよ。」
今頃、神殿はパニック状態だな。と、ククク・・・と笑うロイに、
エドは暴れだすと、ロイの腕の中から逃れる。
「ば・・・馬鹿!!国王が神殿に喧嘩売って、どうするんだよ!!
下手すると、王位剥奪だぞ!!」
「・・・・・構わないよ。それで君が手に入るのならば。」
「なっ!!」
真っ赤な顔で硬直するエドを、ロイは嬉々として再び抱き締める。
そんな二人に、黙って事の成り行きを見ていたアルが、溜息混じりに
言った。
「心配しなくても、大丈夫だよ。姉さん。陛下は、この一年奔走して、
姉さんを【巫女姫】から、【エルリック公爵令嬢】へと身分を戻させた
から・・・・・・。」
その言葉に、エドの表情がなくなる。
「【巫女姫】じゃない・・・・?」
「あぁ。【巫女姫】では、私の妃に出来ないからね。」
エドは、自分の知らないところで、どんどんと未来が決められているのを、
麻痺した心でぼんやりと呟いた。
「・・・・・結局、オレは無力なんだな。あの時と同じで・・・・・。」
ギュッと唇を噛み締めるエドに、ロイは慌てて顔を覗き込む。
「エディ!?」
エドは乱暴にロイの腕を払う。
「エディ・・・・・。」
「結局オレは、大人たちの都合でしか、生きられないんだよな・・・・。
あの時、【巫女姫】だからと、無理矢理この屋敷から出された
時もそうだった。何度も嫌だと言ったのに、誰も・・・オレの話・・・
聞いてくれなくて・・・・。アルとも引き離されるし・・・・。」
エドはキッとロイを睨みつける。
「オレは、絶対に思い通りなんかにならない!!自分の意思で
これからの事を決める!!」
「構わないよ。君の意思で私の物になってくれるのなら・・・・・。」
エドの身体をきつく抱き締めながら、ロイは耳元で囁く。
「あんた、馬鹿か!?オレはアンタの思い通りには、ならないって
言っているんだ!!」
癇癪を起こすエドに、ロイはにっこりと微笑んだ。
「だから、君が私を好きなればいいだけの話しだろう?」
「な・・・何言って・・・・。」
動揺するエドに、ロイは更に言葉を繋げようとするが、
それより先に、扉からノックの音がして、執事のマルコーが
入ってきた。
「ご歓談中、失礼致します。陛下、ただいま、王城より使者が
参りまして、至急御帰城下さいますようにとの事ですが。」
その言葉に、ロイは溜息をつくと、そっとエドの頬に口付ける。
「では、エディ・・・・・。私はこれで帰るよ。」
「二度とオレの前に現われるな。」
プイと顔を背けるエドに、ロイは肩を竦ませる。
「君が怒るのは、無理もない。だがね・・・・・私は絶対に
君を手放すつもりはないよ・・・・・。」
「なっ!!」
真っ赤な顔のエドに,ロイはニヤリと笑うと深く唇を重ね合わせる。
執拗なまでのロイのキスに、エドは頭の芯が蕩けるように、
ボウッとした瞳でロイを見上げる。
「では、愛しいエディ・・・・。明日・・・・・。」
ロイは、ぐったりとしているエドを抱き上げると、椅子の上に
座らせて、軽く頬にキスをしてから、上機嫌で部屋を出て行った。
「姉さん・・・・・?」
遠慮がちに声をかける弟に気づかず、エドは俯いたまま、
一言も話さない。
憧れ続けていた人からの求愛なのに、自分の意志を無視された
怒りで、エドはただひたすら涙を流し続けるのだった。
エドの心を傷つけているとは、思ってもいないロイは、
王城へ帰還すると、すぐさま、近衛隊隊長である、
リザ・ホークアイ並びに、副隊長のジャン・ハボックを、
公式な謁見の間ではなく、私的な執務室へ召集する。
「トラが罠に掛かりました。」
ホークアイの報告にロイは満足気に頷く。
「私のエディを狙った事を、死ぬほど後悔させてやる。
手筈どおりに。」
ロイの命令に、二人は無言で頷くと、静かに退出した。
「エディ・・・・・。」
1人になったロイは、深く溜息をつくと、先程まで腕の
中にいた愛しい人を思い浮かべて、そっと口元を
綻ばせた。