第3話

 

            「まさか・・・・こんなに早くマスタング王が手を
            打ってくるとは・・・・。」
            忌々しそうに舌打ちをする中年男に、司祭の服を
            纏う老人が、にこやかに微笑む。
            「ヨキ男爵様。そう悲観される事はありません。
            既に次の手は打ってあります。」
            その言葉に、ヨキは、パッと晴れやかな顔をする。
            「おお!コーネロ司祭。ではっ!!」
            「ええ。【巫女姫】様を、必ずやあなた様の元へ・・・・。」
            唆すように甘い言葉で、コーネロはヨキを煽る。
            「巫女姫さえ手に入れれば、この国は私のもの・・・。」
            フフフと笑い出すヨキに、一礼すると、コーネロは静かに
            謁見の間から出て行く。
            「フン。馬鹿な男だ。本気でこの国が自分の物と
            なるとでも?」
            扉を閉めた瞬間、コーネロの穏やかだった顔つきが
            ガラリと変わる。忌々しそうに唾を吐くと、足音も荒く
            廊下を歩く。
            「あの男ももう使えんな。今日にでも、マスタング王に
            連行されるだろう。」
            そうなる前に、早く身を隠さなければ、こちらまで
            火の粉が降りかかる。
            「だが、時間稼ぎにはなるだろう。」
            要は、王の眼がヨキに向いている間に、自分が安全な
            場所へと避難すれば良いだけの話なのだから。
            「そうだ。その前に・・・・・・。」
            コーネロはある一つの扉の前に立つと、再び穏やかだが、
            どこか悲しそうな表情になる。
            ゆっくりと扉を開け、部屋の中央で佇む1人の少女に向かって
            悲しそうな声をかける。
            「ああ。ロゼ!【巫女姫】様の御身に・・・・!!」
            「コーネロ司祭様!?」
            倒れるように祈りの間に現われた司祭に、ロゼは驚いて
            駆け寄る。
            「ああ。ロゼ!私の事よりも、巫女姫様の御身が大変なのです!
            早く・・・早く・・・・お助けしなければ・・・・・・。」
            悲痛な顔の司祭に、ロゼは、ハッとすると、決意を込めた表情で
            コーネロに頷く。
            「司祭様、巫女姫様は、必ず私が!!」
            「しかし・・・・。女性のあなたには・・・・。」
            逡巡するコーネロに、ロゼは微笑む。
            「身寄りのない私を、暖かく迎えてくれた巫女姫様の危機を、
            黙って見過ごす事は出来ません。私!やります!!」
            ロゼの決意に、コーネロは微笑む。
            「ありがとうございます。今や、この神殿は、権力の亡者の
            マスタング王の息のかかった者ばかりです。もはや、頼れるのは
            あなただけです。どうか、巫女姫様を頼みます・・・・。」
            深々と頭を下げるコーネロ司祭に、ロゼは泣きながら首を横に
            振る。
            「これは、当然の事です。では、見つかる前に、私は行きます。」
            「頼みましたよ。あなたに、神のご加護がありますように・・・・・。」
            ロゼの頭を優しく撫でるコーネロに、ロゼは微笑むと、そっと祈りの間
            から退出していく。
            「頼みましたよ。ロゼ。ククク・・・・・。」
            その後姿を、コーネロはニヤリと笑いながら見送った。










                
            地上最後の永遠の楽園と謳われている、リゼンブール王国。
            この国は、二つの勢力によって成り立っている。
            一つは、【王家】による国政。もう一つは、最高位【巫女姫】を
            頂点とした、【神殿】による宗教。この二つの勢力は、
            お互いの短所をうまく補うように、絶妙なバランスの元、
            リゼンブールに君臨していた。ところが、そのバランスも、
            ロイ・マスタング王が、巫女姫であるエドワード・エルリックを
            娶る事で、崩れ去ろうとしていた。
            「全く、何を考えているんだ・・・・・。」
            つい昨日まで【神殿】の最高位であった【巫女姫】、現エルリック
            公爵令嬢、エドワード・エルリックは、不機嫌そうに、自室の
            窓から外を眺めていた。
            「いかがなされましたか?エドワード様?」
            呟きを聞きとがめた、マリア・ロス少尉は、エドワードを振り返る。
            「いいえ?何も言っていませんが?」
            にっこりと笑うエドに、マリアはホッと表情を和らげる。
            「では、隣の部屋に控えておりますので、何かありましたら、
            お申し付け下さい。」
            頷くエドに、マリアは敬礼すると、静かに退室する。
            完全にマリアの姿が見えなくなると、エドは詰めていた
            息を吐く。
            「何かがおかしい・・・・・。」
            エドは、眉間に皺を寄せながら、部屋の中を動き回る。
            いくら王の婚約者とは言え、四六時中軍人を護衛に
            置くのは、おかし過ぎる。その上、久々に会った弟の
            アルフォンスも、何かを隠しているのか、どうも余所余所しい
            態度を取っている。実際は、ロイの嫉妬の攻撃を受けたく
            ない為、アルフォンスは出来るだけエドの傍にいないように
            しているのだが、そんな事情をエドが知るはずもなく、
            どんどん悪いほう悪いほうへと、考えがいくのは、仕方の
            ない事だった。
            エドは部屋の中を歩き回っていたが、ふと窓へと足を向けると、
            何気なく窓の下を見て、驚きに目を見張る。
            「なっ!!どういうことだ!!」
            要所要所に配置された軍人の数もそうだが、庭に放たれた
            軍用犬の数に、エドはガタガタと震えだす。まるで、エドを
            逃がさないように見張っているようで、エドはショックの
            あまり、慌ててカーテンを引くと、部屋の隅に蹲る。
            「落ち着け。落ち着くんだ・・・・・。」
            だが、ガタガタ震える身体をどうする事もできなくて、
            知らず、エドは涙を流す。
            「何だよ・・・。これって、まるで監禁じゃんか・・・・・。」
            何故、ロイが自分にそこまでするのだろうか・・・・。
            憧れの人の仕打ちに、エドはますます悲しくなって、
            思わず嗚咽を洩らす。
            「えっ・・・えっ・・・。ぐすっ・・・・。」
            「どうしたんだい?エディ?」
            ハッと顔を上げると、いつの間に入ってきたのか、
            にこやかにロイが微笑んで立っていた。
            慌てて涙を拭くエドに、ロイは大股で近づくと、蹲っている
            エドの傍らに肩膝を立てると、そっと涙で濡れた
            瞳を優しく唇で拭う。
            「綺麗な目が真っ赤だよ?何があったんだい?」
            優しく尋ねられて、エドはフルフルと俯きながら首を横に振る。
            「・・・・・警備が気に入らないかい?」
            ロイの言葉に、ハッと顔を上げるエドに、ロイは蕩けるような
            笑みを浮かべると、そっと身体を抱き寄せる。
            「エディ・・・・。私は不安なんだよ。君がどこかへ
            行ってしまいそうで・・・・。」
            ロイはエドの肩口に顔を埋めると、エドをきつく抱き締める。
            「君を愛しているんだよ。だから、私の前から消えないで
            くれ・・・・・。」
            その言葉に、エドの心は揺れる。
            ロイの言葉を信じてよいのだろうか。
            本当に、不安なだけ?
            この厳重な警備には、他にも意味があるのでは?
            言いたい事は山ほどあったが、エドは何も言わずに、
            そっとロイの背中に腕を回し、ロイを抱き締める。
            まるで、子どものように自分にしがみ付くロイの姿に、
            エドはただ抱き締める事しかできなかった。




             どれくらい抱き合っていたのだろうか。
             ふと控えめなノックの音で、慌ててロイから
             離れようとするエドだったが、その前に、
             ロイにきつく抱き寄せられてしまった。
             「は〜な〜せ〜!!」
             「ハッハッハッ。婚約者同士なんだ。何も
             恥ずかしがる事はないだろう?エディ?」
             「誰が婚約者だ〜!!」
             暴れるエドを、抱き締めながら、ロイは
             入室を許可する。
             「入りたまえ。」
             ロイの言葉に、ホークアイが入ってきたが、
             その綺麗な眉が僅かに潜められ、
             エドは居たたまれなくなり、真っ赤になって
             俯くエドに、ホークアイは溜息をつきながら
             二人に近づく。
             「陛下。嫌がる女性に無理強いするとは、
             人民のお手本となるべき国王のする事とは
             思えませんが。」
             そう言うと、ホークアイはロイから、有無を言わせずに
             エドワードを奪い去る。
             「大丈夫ですか?エドワード様。」
             にっこりと微笑むホークアイに、エドは真っ赤になりながらも、
             ペコリと頭を下げる。
             「ありがとうございます。ホークアイ隊長。」
             「ホークアイ。一体、何の用だね?」
             不機嫌な王の様子に、ホークアイは当初の目的を
             思い出す。
             「実は、本日よりエドワード様付きの侍女が参りましたので、
             ご挨拶に。さぁ、入っていらっしゃい。」
             ホークアイの言葉に、そっと部屋に入ってきた人物に、
             エドは思わず叫び声を上げそうになった。
             「初めまして。本日よりエドワード様付きの侍女に
             なります、ロゼリッタです。」
             そう言って、ゆっくりと顔を上げた侍女は、ロゼだった。