第4話

 

 

 

             「どうかしたのかい?エディ?」
             固まるエドに気づいたロイが、優しく問いかける。
             その言葉に、ハッと我に返ったエドは、ぎこちない
             笑みを浮かべながら、何でもないと首を横に振る。
             そんなエドの様子に、ロイはじっと探るような眼差しを
             向けていたが、やがて溜息をつくと、エドの右の手の甲に
             口付けを贈り、そっとエドの目を覗き込む。
             「では、エディ。私はこれで失礼するよ。」
             「さっさと行けよ!!」
             頬を紅く染めながら、プイと横を向くエドに、ロイは
             ニッコリ微笑むと、頬に口付ける。
             「!!」
             瞬間湯沸かし器のように、真っ赤になるエドに、
             ロイは声を立てて笑うと、ホークアイを伴って
             部屋を出て行く。
             「二度と来んな〜!!」
             パタンと閉められる扉に、エドの怒声が響き渡る。
             ゼエゼエと肩で息をするエドワードに、ロゼッタは、
             ゆっくりと近づくと、そっと耳打ちする。
             「巫女姫様、今、神殿は大変な事になっているのです。」
             「大変な事!?どういうことだ!ロゼ!!」
             驚くエドに、ロゼッタ、いや、ロゼは、シッと人差し指を
             口に当てながら、素早く周囲を見回す。
             幸い、人影がない事に、安堵の溜息を洩らすと、
             小声で話し出す。
             「今は、詳しい事を話す時間がありません。
             今夜、人々が寝静まった頃、もう一度参ります。
             全ては、その時に・・・・・・。」
             コクンと頷くエドに、ロゼはほっとした笑みを浮かべると、
             一礼して部屋を出て行く。
             「一体、何がどうなっているんだよ・・・・・。」
             1人取り残されたエドは、心配そうに、空を見上げた。













              「ホークアイ隊長。あのロゼッタという女性は、
              ちゃんと身元が確認できているのか?」
              「はい。アームストロング家からの紹介状を持参
              しておりますが・・・・。何か問題でも?」
              廊下を歩いていたロイの足がピタリと止まる。
              「私の気のせいか・・・・・。以前どこかで出会った
              気がするのだが・・・・・・。」
              顎に手をやり、考え込むロイに、ハボックは溜息混じりに
              言う。
              「・・・・・昔の彼女ですか?」
              「ハボック・・・・・。僻地に左遷されたいか?」
              ギロリと睨むロイに、ハボックは青くなりながら、
              首をブンブンと横に振る。
              「日頃の行いがものを言いますね。」
              呆れたようなホークアイの言葉に、ロイは
              キッと二人を見据えた。
              「いいか。私のエディに、余計な事を吹き込むな!
              これは命令だ!!」
              過去の女性遍歴を、エドに知られたくないロイは、
              二人に命じるのだが、ますますホークアイの溜息を
              誘う。
              「あまりにも有名なお話です。私達が姫君に申し上げ
              なくても、いずれ必ず耳に入ると思いますが・・・・。
              それとも、もう既にご存知なのかも・・・・。」
              だから、あんなに婚約を渋っているのでは?と
              目で言うホークアイに、ロイは子供のように顔を
              横に向ける。
              「うるさい!兎に角、嫌な予感がする。
              ロゼッタから目を離すな!それから、アームストロング家
              に連絡。本物かどうかの確認を急げ!!」
              「かしこまりました。」
              敬礼する二人をその場に残し、ロイは足早に
              そこを去る。回廊を歩くロイは、ふと空を見上げ、
              その形の良い眉を顰める。
              「嫌な感じだ・・・・・。」
              先程までの晴天が、まるで嘘のように、だんだんと
              雨雲が広がってくる様子に、己の心の不安を見ている
              ようで、ロイは不安を振り払うかのように、軽く頭を
              振ると、迷いのない足取りで歩き始める。















              ”聞いたか?!”
              ”ああ。あの噂だろ?”
              ”まさか、あの王様に限って・・・・。”
              ”でも、巫女姫様は、解任されたって・・・・。”
              ”本当か?!”
              ”本当だとも。嘘だと思うなら、神殿へ
               行って見る事だ。巫女姫様への謁見が
               中止になっているから。”
              ”そんな・・・・・。”
              ”でも、なんで王様が巫女姫様を、監禁しているんだ?
              まさか、殺すなんて・・・・。”
              ”シッ!滅多なことを言うな。”
              ”しかし・・・・・・。”
              







               その頃、民衆の中に、じわじわとある噂が
               浸透し始める。噂の出所は分からないが、
               徐々にではあるが、確実に人々の心に
               疑惑の種を植え付ける。今はまだ火種だが、それが
               ある事をきっかけとして、人々の疑心へ引火して、
               更なる焔となり、王城へと向かって一斉に
               爆発する事になる。
                











               「エルリック公爵令嬢、エドワード・エルリック様が、
               お亡くなりになりました。」









               数日後、
               夜も空け切らない時間、エルリック公爵家から
               もたらされた悲報に、ロイは足元が崩れ落ちるのを
               感じた。