「青い鳥を見つけろだぁ!?」
賢者の石を見つけ、漸く元の姿に戻ったエドワードとアルフォンスは、
のんびりとリゼンブールで暮らしているところ、後見人である、
ロイ・マスタング准将から、中央司令部に呼び出されていた。
不機嫌も露なエドとは対称的に、どこまでも穏やかな瞳の
アルフォンスは、元東方司令部のメンバーと共に、休憩室で
談笑していて、ロイ専用の執務室には、呼び出した本人である
ロイと、呼び出されたエドワードしかいなかった。
「わざわざそんな事の為に、俺を呼び出したのか?」
ギリリとロイを睨みつけるエドに、ロイは軽く肩を竦ませる。
「【そんな事】呼ばわりしないことだ。その青い鳥は、大総統夫人が
激愛している小鳥だぞ?」
「・・・・・・では、お尋ねしますが、ロイ・マスタング准将。私は、
大総統夫人が大切になさっている小鳥を見つけるためだけに、
わざわざ日数をかけて、中央司令部まで呼び出されたのでしょうか?」
ピクピクとこめかみを引き攣らせるエドに、ロイはにこやかに微笑む。
「もちろん。そうだとも。」
「・・・・・・ざっけんなー!!」
エドはパンと両手をつくと、そのままロイの机に手を置こうとするが、
その前に、ロイが腕を掴む。
「はーなーせー!!」
ジタバタ暴れるエドに、ロイは溜息をつく。
「やれやれ。軍の備品を勝手に変えるものではないよ。鋼の。」
「うっさい!一発殴らせろ!!」
ムキーッと憤慨するエドに、ロイは厳しい表情で見下ろす。
「鋼の。君はまだ銀時計を返還していない。それはつまり・・・・。」
「軍の命令には、絶対服従ってことか・・・・。」
ロイの言葉に、エドは不貞腐れたように、顔を背ける。
「わかった。捜せばいいんだろ。」
溜息をつくと、エドはロイの腕を振り払い、そのまま部屋を出て行こうと
した。
「待ちたまえ!どこへ行く気だ?」
慌てて引き止めるロイに、エドはうんざりした顔で振り返る。
「どこって・・・・鳥を探しに。」
「・・・どんな鳥か知っているのかね?」
ロイの問いに、ウッとエドは言葉に詰まるが、生来の負けん気が
それを許さない。
「あ・・・青い鳥だろ!!」
「青と言っても種類があるぞ。それに大きさは?」
ロイの冷静なツッコミに、エドは今度こそ言葉に詰まる。
「では、行こうか。鋼の。」
黙りこむエドに、気を良くしたロイは、いそいそとコートを着ると、
エドの腕を掴むと、部屋を出て行こうとする。それに驚いた
エドは、慌ててロイの腕を振り払おうとするが、今度はガッチリと
掴まれて、ビクともしない。
「行くって何処に?つうか、腕離せ!腕!!」
引き摺られるように廊下を歩きながら、エドはロイに文句を言うが、
言われたロイは、気にするどころか、嬉しそうな顔で廊下を
歩く。
「とりあえず、大総統夫人の元へ行くぞ。情報収集だ。」
ロイの言葉に、エドは驚いて、立ち止まる。
「なっ!!」
いくらロイが国軍准将でも、いきなり行って、すんなりファーストレディに
逢える訳がない。何を考えているのかと、戸惑った表情のエドに、
ロイはニヤリと笑う。
「大総統夫人自ら私達に依頼してきたのだよ。」
その言葉に、エドはアングリと口を開ける。今、信じられない言葉を
聞いた気がしたのだ。
「・・・・大総統夫人自ら?」
「ああ。」
コクリと頷くロイに、エドは引き攣った笑みを浮かべる。
「俺達2人に?」
「そうだ。」
大きく頷くロイの胸倉を、エドは掴む。
「ちょっと待て!何で名指しされなくっちゃならねーんだよ!!」
自分が国家錬金術師であって、鳥探し名人ではない。目の前の
男にしても、火を点けるのが得意なだけであって、下手すると、
大事な鳥を焼き鳥にしてしまうのではないかと、思わなかったのだろうか。
「・・・・君が今何を考えているか、判るよ。」
溜息をつくロイに、エドはギロリと睨む。
「だったら何故!!」
怒鳴るエドに、ロイは片手で制すると、キョロキョロと辺りを見回して、
誰もいないことを確認すると、エドを手近な使用されていない会議室の
中へと押し込むと、後ろ手で鍵を掛ける。
「た・・・・大佐・・・?」
真剣な表情のロイに、エドは恐れを感じて、一歩後ろに下がる。
「・・・ただ鳥が逃げただけで、何故私達2人に命じられたか、判る
かい?」
「・・・・もしかして、事件・・・・か?」
途端、エドの表情に緊張が走る。
「ああ。それも、錬金術師が絡んでいるらしい。」
その言葉に、エドはゴクリと唾を飲み込むと、鋭い視線をロイに
向ける。
「・・・・詳しく話を聞かせて貰おうか。」
「・・・・事の始まりは、一週間前まで遡る。」
ロイは手短に事件のあらましを説明する。
「一週間前に、大総統の元へ、一通の手紙が送られてきた。
差出人は、CAT。三日後に、【幸せの青い鳥】を盗みに行くという、
内容だった。」
エドは考え込むように、青い鳥と呟いた。
「何で、【青い鳥】を盗もうとするんだろう。そんなに希少価値のある
鳥なのか?」
エドの言葉に、ロイは首を横に振る。
「いや、ごく普通のセキセイインコだそうだ。大総統が昨年、結婚40
周年のお祝いに夫人に贈ったものだ。ただ、足輪が問題なんだ。」
「足輪?」
首を傾げるエドに、ロイは溜息をつきながら、説明する。
「その鳥の足輪は、時価数億センズと言われる、米粒大の宝石が付いて
いるらしい。」
「数億センズって!!鳥にかっ!?」
あまりの事に、エドの思考は真っ白になる。どこの世界に、鳥の足輪に
数億センズもの宝石を付けるバカがいるんだ!!
「税金の無駄遣いだ!!」
憤慨するエドに、ロイはまぁまぁと宥める。
「別に、大総統は数億センズもの大金を払ったわけではないのだよ。」
「え?じゃあ、献上品?」
なんて太っ腹な人間がいるんだろうと、関心するエドに、ロイはクスクス笑う。
「いや、ご自分で発掘された。」
「・・・・そんな簡単に見つかるもんか?」
怪しいと言うエドに、ロイは苦笑する。
「実際、私もその現場にいたから良く覚えているよ。君も知っているだろ?
我が国有数の鉱山の町、ジュエルを。去年、大総統が、そこを視察なされた時、
見つけられたんだ。」
「マジかよ。」
感心するエドに、ロイは頷く。
「大総統が見つけられた石は、【幸福の青い鳥】と呼ばれる、幻の宝石で、
持っているだけで、幸運が訪れると言われる青い宝石だ。例え米粒大と
しても、数億センズは下らないと言われている。大総統は、その宝石を、
文字通り鳥の形にカットすると、鳥の足輪に嵌めこんだのさ。夫人への
贈り物として。」
「ふーん。大総統らしいな。で?犯人の目星は?俺達は犯人から足輪を
取り戻せばいいんだな?」
腕を組むエドに、ロイは首を横に振る。
「大総統夫人は、別に足輪などどうでもいいらしい。大事なのは、鳥が
戻る事と言っていた。」
「へ?だって、時価数億センズ・・・・・。」
「大総統夫人曰く、家族の方が大事だと。」
ロイの言葉に、一瞬唖然となるエドだったが、直ぐに嬉しそうに微笑んだ。
だが、直ぐに悲しそうな顔をする。
「でも、犯人の狙いは足輪なんだろ?鳥はどうなっているんだろう・・・。」
もしかしたら、最悪の事態になっているのかもと、心配するエドに、
ロイは安心させるように微笑む。
「安心しなさい。まだ鳥は犯人の手に渡っていない。犯人が鳥を盗む時、
鳥篭の入り口が開いて、鳥は逃げ出してしまったんだよ。」
そして、エドを真剣な眼差しで見つめる。
「だが、犯人も簡単に諦めないだろう。向こうも必死になって鳥の行方を
追っているはずだ。犯行の手口から、錬金術師が関与しているのは
間違いない。」
「・・・・だから、俺達2人に白羽の矢が立てられたって訳か・・・・。」
考え込みながら、親指を噛むエドに、ロイは重々しく頷く。
「ああ。そうだ。では、そろそろ行くぞ。鋼の。」
「行くって何処に?」
さっさと会議室から出て行こうとするロイに、エドは慌てて声を掛ける。
「さっきも言っただろう?大総統夫人の元へ行き、情報を収集すると。」
「あっ、そうか!って、あーっ!!!!」
「どうした!鋼の!!」
いきなり叫びだしたエドに、ロイは慌てて後ろを振り返る。
「俺、アルに何も言ってない!ちょっと待っていてくれ。アルに
事情を説明してくる!!」
ロイの横を通り過ぎようとするのを、ロイは慌てて腕を取って止める。
「鋼の。アルフォンス君の事は大丈夫だ。ホークアイ大尉に頼んである。」
「でも・・・・。」
言い澱むエドに、ロイは更に言葉を繋げる。
「鋼の。これは極秘任務だ。いくら弟でも、一般人に言って良い事では
ない。さぁ、時間がない。急ぐぞ!」
苛立ったように、エドを引き摺りながら、ロイはまるで何かに堰きたてられる
ように、足早にその場から立ち去った。
「で?どういうつもりだ。鋼の。セリム様を捜索に加えるとは!!」
大総統夫人から事情を聞きに行った帰り、中央公園のベンチに
並んで座った途端、ロイが不機嫌そうにエドに言った。
「どういうつもりって?別にいいじゃん。人手はあればあるほど
いいだろ?第一、俺達だけじゃ、本物かどうかわかんないじゃん!!」
あっけらかんとニコニコと笑うエドに、ロイの眉が跳ね上がる。
「鋼の!判っているのか!!これは只の鳥探しではない!
もしもセリム様に何かがあれば・・・・・。」
「俺が責任を取る!」
「出来るわけないだろうがっ!!」
長閑な公園で壮絶な口喧嘩が繰り広げられる光景に、道行く人は、
驚いて二人を遠巻きに見ていた。周囲の注目を集めている事に
最初に気づいたエドは、溜息をつくと、未だ興奮しているロイを
必死に宥める。
「あのさ、少しは落ち着けって。」
「これが落ち着いていられるか!!もういい!私が彼に断りを
入れる!!」
立ち上がるロイに、エドは慌ててロイの袖を引っ張る。
「今更何言ってんだよ!!」
「黙れ!第一、私が大総統夫人と話をしている間、君が勝手に
セリム様と意気投合して決めた事だ!その場で知っていれば、
直ぐに断ったのに!」
「なっ!!全部俺が悪いのか!?」
ムッとしたエドは、先程まであった、冷静に話し合おうという
考えが、綺麗サッパリ消え去る。逆に、何が何でもセリムと
一緒に捜索するという考えしか浮かばない。
「もういい!!俺はセリムと一緒に探す!アンタは勝手に
1人で探せよ!!」
エドはベンチから立ち上がると、ロイをキツク睨んだ。
「子供2人だけで何が出来る?私に泣きついてきても、
私は知らんぞ?」
対するロイは、腕を組むと、意地の悪い笑みを浮かべてエドを
見下ろす。
バチッ!!と両者の間で火花が散る。
「ぜってーアンタより先に見つける!!」
「フン。どうせ直ぐ私に泣きつく事になるさ。せいぜい、子供
2人だけで頑張るんだな。」
心底馬鹿にしたようなロイの言葉に、エドはムッとすると、
何も言わずにスタスタと歩き出す。
「・・・ったく。人の気も知らんで・・・・。」
去っていくエドの後姿を見送りながら、ロイは苦々しく呟くと、
エドとは反対方向へと歩き始めた。
「それで、どうするつもりなの?」
宿に帰ったエドは、丁度司令部から戻ってきたアルに、
感情のままロイの悪口を言うが、冷静なアルの突っ込みに、
一気に頭に上っていた熱が下がる。
「それは・・・・。そう!鳥が迷い込んでいないか、聞いて回る!」
「セントラルに、どれくらいの人が住んでいると思っているの?」
溜息をつくアルに、エドは、ウッと言葉を詰まらせる。
「そんじゃあ、ビラとか・・・・・。」
上目遣いのエドに、アルはますます溜息をつく。
「姉さん。」
「ね・・姉さんって言うなって、いつも言っているだろ!!」
真っ赤な顔で怒鳴るエドに、アルはますます脱力したように
頭を抱える。旅に出るには丁度良いとして、エドワードは、
今まで性別を隠していた。だが、年々美しく成長していく
エドは、既に少年と誤魔化すにも、苦しくなっている事も
事実だった。
”ボクとしては、さっさと国家資格を返上させて、女の子に
戻って欲しいんだけどな・・・・・。”
だが、身体が元に戻ったばかりで、以前のように身体が
動かないアルを一人残して働く事が出来ず、それに、
エド1人を働かせるなど、超シスコンのアルには、考えられない
事だった。そこで、2人で働けるようになるまで、資格は
そのままにして、リゼンブールで大人しく暮らそうと、決めた
矢先に、ロイから召集を受けたのだった。
「今、姉さんが言ったアイディアは、既に准将や大総統が
やっていると思うよ。」
アルの言葉に、エドはシュンとなる。
「・・・・ボク、思うんだけど、もしかしたら、准将はある程度
鳥の居場所を知っているのかも。」
「へっ!?」
驚くエドに、アルは考え込みながら言う。
「だって、この話おかしいじゃないか。仮にも准将は
将軍職だよ?通常の業務だって忙しいのに、どうして
鳥の捜索を依頼されるの?姉さんの話だと、大総統夫人は、
そこまで我侭を言う人には思えないんだけど・・・・・。それに、
姉さんと2人だけっていうのも、なんか作為を感じて・・・・・。」
そこまで考えて、アルはハッと何かに気づいたように、顔を
上げた。
「アル?」
恐る恐る声を掛けるエドに、アルはニッコリと微笑む。
「ボクも協力するよ。姉さん。」
「えっ!でも・・・・。これ、一応、極秘任務だから・・・・。」
困惑するエドに、アルは更にニッコリと微笑む。
「うん!だからね。ボクは以前のように動けない分、姉さんに
アドバイスくらいは出来ると思うよ?それに、極秘任務って事は、
漏洩を防ぐ為ってことでしょ?ボクはどうせ姉さんしか話す人
いないし、別にいいんじゃないの?」
「そ・・・そうかなぁ・・・・。」
考え込むエドに、アルはもう一息とばかりに畳み掛ける。
「それに、ボク、セリム君の気持ちが良くわかるし、何としても
セリム君に鳥を見つけさせてあげたいんだ・・・・。」
はにかむようなアルの様子に、エドは嬉々として抱きつく。
「アル〜!アルならそう言ってくれるって信じてた!!」
スリスリと自分に頬擦りするエドの髪を優しく梳きながら、
アルは物凄いスピードで、計画を立てていく。
”今回の事が、准将の計画だとしたら、まず軍部の人間全員は
敵とみなした方がいいな。”
エドとアルを溺愛しているホークアイすらも、今回の件に関して
何もしないどころか、ロイに協力をしている節がある為、
敵とみなしても良いだろう。頼れないことが辛いが、大事な
姉を守る為である。
”ホークアイ大尉、ここは心を鬼にして、全力で抵抗させて
頂きます!!”
「でも、本当にどうしよう。准将に大見栄を切った手前、ホークアイ
大尉とかの力借りられないだろうし・・・・・。」
ポツリと呟くエドに、アルは不敵な笑みを浮かべる。
「今回はちょっと軍関係の力が使えないけどさ、でも、何か
忘れていない?姉さん。」
「何かって?」
首を傾げるエドに、アルはウィンクをする。
「伊達に全国を回っていた訳じゃないでしょ。ボク達には、
軍以外にも協力してくれる人たちがたくさんいるじゃない!」
アルは、嬉々として、カバンから手帳を取り出す。
「フフフ・・・・。こんな事もあろうかと、ちゃんと連絡先を
聞いておいてよかったよ。」
黒い笑みを浮かべるアルに、エドは選択を誤ったかもと、
早くも後悔し始めた。