青い鳥をさがして

 

                     中編

 

              

 

            

              
              朝から、セントラルにある宿屋では、黄金の髪を持つ少女が、
              悲鳴を上げていた。
              「・・・・・何で俺がこんな格好しなくちゃいけねーんだ!!」
              こめかみをピクピクさせながら、エドは目の前でニコニコ
              笑っている弟を睨みつけた。エドの今の格好は、
              普段三つ編みをしている髪を下ろし、毛先を軽くウェーブを
              かけ、服装も、普段の男のような格好ではなく、白い
              ワンピースに青い胸までの丈のジャケットを羽織り、足元は
              身長を気にする姉の為に、ヒールの高い靴にした。
              まるでお嬢様のようなエドの姿に、製作者のアルは、自分の
              作品を満足そうに眺めた。
              「良く似合っているよ!姉さん。ね?セリム君。」
              アルは、隣で、頬を染めているセリムに、ニッコリと微笑み
              ながら、同意を求める。
              「ええ!すごく素敵です!!エドワードさん!!」
              眼をキラキラさせるセリムに、エドは居心地の悪さを感じ、
              アルに助けを求めるように、泣きそうな顔で見つめる。
              「アル〜!!」
              「だーめ。そんな顔しても。」
              アルはテキパキとメイクセットを片付けながら、取り付く暇も
              ない。そんなアルに、エドは切れて叫び出す。
              「アル!いい加減に!!」
              「姉さん。この格好をしないと、准将を出し抜けないんだよ。」
              アルの一言に、エドの動きがピタリと止まる。
              「マジ!?」
              眼を輝かせるエドに、アルは重々しく頷く。
              「だって、准将達って、姉さんの事を、男だって思っているでしょ?」
              「うん。」
              大きく頷くエドに、アルはニヤリと笑う。
              「准将の事だから、何らかの手を打ってくると思うんだよね。
              でもさ、まさか姉さんが女の格好をしているとは思わないから、
              准将の張った罠をかい潜る事が出来ると、ボクは思うんだ。」
              「そっか!流石俺の弟!!」
              ニコニコと笑うエドに、アルは内心ホッと胸を撫で下ろす。
              我が姉ながら、単純でよかったと、こっそり安堵の溜息を
              つくと、何を勘違いしたのか、エドはアルの頭を優しく叩く。
              既に頭二つ分も自分より大きくなった弟に、エドは不敵な
              笑みを浮かべる。
              「心配すんな。絶対に准将よりも早く俺達が鳥を見つける!」
              「姉さん・・・・。うん!ボク、信じているよ!」
              アルはエドに微笑むと、チラリと未だに夢見る瞳で、じっと
              エドを見詰めているセリムを見る。
              ”まずいな・・・・。いくら作戦でも、セリムに姉さんの姿を
              見せない方が良かったかも。”
              ここは、一つセリムに釘でも刺しておこうと、アルはセリムに
              向き直る。
              「ところで、折角姉さんが変装しても、セリム君が一緒にいたら、
              意味ないよね。」
              「アル?」
              キョトンと首を傾げるエドに、アルはセリムに悪魔の笑みを浮かべる。
              「セリム君と姉さんは、手分けして、町で情報を収集して
              欲しいんだけど。」
              「え!?でも・・・・・。」
              エドと別行動と聞いて、セリムは、縋るような眼でエドを見詰める。
              そんな視線に、骨の髄までお姉さん気質のエドは、アルの
              視線から、隠すように二人の間に立つと、エドはキッパリと
              言い切る。
              「駄目だ。セリムを1人にはさせない!」
              もしも、セリムに何かあった場合、ロイにそれ見たことかと
              言われるのも我慢ならないが、こうまで自分に懐いている
              彼にもしもの事があったら、自分で自分が許せない。そう
              決意を込めた眼でアルを見詰めるエドに、そう言い出す事は
              予測済みだったのか、アルは晴れやかな笑みを浮かべる。
              「その事なら、大丈夫だよ。・・・入ってきていいよ。二人とも。」
              「え?誰?」
              ドアに向かって入るように促すアルに、エドはキョトンと首を
              傾げる。
              「やあ!久し振り。エド。」
              「お久し振りです!エドワードさん!」
              にこやかな顔で入ってくる2人に、エドは驚いて、アングリと
              口を開ける。
              「なっ!ラッセルにフレッチャー!!」
              驚くエドを、ラッセルは、値踏みするように、上から下をゆっくりと
              眺めながら、クスリと笑う。
              「馬子にも衣装・・・・・。」
              「だあれが、馬に踏み潰されるくらいなチビかぁあああああ!!」
              途端、怒り出すエドに、アルは溜息をつきながら、ツッコミを入れる。
              「誰もそんな事を言ってないよ。姉さん・・・・・。」
              「あの・・・・その人達は・・・・?」
              見知らぬ2人に、セリムは怯えたように、エドとアルを交互に見る。
              「ああ。心配すんな。俺達の友達で、ラッセル・トリンガムとその
              弟のフレッチャー・トリンガムだ。2人とも、国家錬金術師に
              なれるくらいの技量を持っているぜ!この俺が保障する!」
              胸を張るエドに、セリムは恐る恐る頭を下げる。
              「セリム・ブラッドレイです。・・・・・初めまして。」
              そんなセリムに、僅かに頭を下げたラッセルは、チラリとアルを
              見る。
              「で?俺達が呼ばれたのは、その子の護衛という訳か?」
              「ちょ!どう言う事だ!アル!!」
              思っても見なかった話の展開に、エドは慌ててアルを見る。
              「だから、さっきも言ったでしょ?准将を出し抜く為だよ。」
              アルは、そう言うと、ガサゴソと地図を取り出すと、テーブルに
              広げる。
              「実は、夕べから、知り合いに頼んで、セントラルのペットショップを
              調べてもらったんだよ。鳥篭と餌だけを買いに来た人、もしくは、
              鳥を売りに来た人はいないかって。普通、鳥が自分の家に
              迷い込んだら、まず行う事って、鳥篭と餌を買うことだと思うんだよね。
              まぁ、鳥が嫌いな人だったら、売ってしまう可能性もあるから、一応、
              それを考慮に入れて、調べてもらいました。で、それがこのリスト。」
              そう言って、アルはテーブルの上に、二枚の紙を並べる。
              数はそんなにないんだけど、丁度、中央司令部を挟んで、西と
              東に分かれているから、姉さんとセリム君とで、手分けして、
              聞いて回って欲しいんだ。で、セリム君の護衛として、丁度
              セントラルに来ていた、トリンガム兄弟に頼んだんだ。」
              嬉々として計画を話すアルに、それまで大人しかったセリムが、
              慌てて言う。
              「ちょ!!待ってください!それでは、エドワードさんを1人にさせて
              しまいます!」
              「?俺なら大丈夫だぞ?」
              何でセリムがそんなに必死なのか、訳が判らずに、エドはキョトンと
              する。
              「でも!!」
              尚も何か言おうとするセリムに、アルはニッコリと微笑みながら、
              眼でセリムを黙らせる。
              「心配しなくっても、大丈夫。姉さんは国家錬金術師だから。返って、
              1人の方が安全だよ。」
              存外に、足手まといは必要ないと、セリムをギロリと睨む。
              ”それに、あの人が姉さんを1人にするとは思えないしね・・・・。”
              「それじゃあ、時間が勿体無いし、そろそろ計画を実行しようよ。
              とりあえず、聞き込みが終わったら、一旦ここに戻ってきてね。」
              アルは、チラリとラッセル達を見る。
              「それじゃあ、2人とも、セリム君をくれぐれも、宜しく。」
              「ああ。任せておけ。行くぞ。」
              「じゃあ、アルフォンスさん、行ってきます!!」
              「え!?ちょっと!!」
              トリンガム兄弟に両腕を取られて、引き摺られていくセリムに、
              アルは手をヒラヒラさせて見送ると、エドに向き直る。
              「それじゃあ、姉さんも気をつけてよ!もう機械鎧じゃないんだからね!
              それから、用心の為に裏口から出て行ってね!」
              「判っているって!じゃあ、俺も行ってくる!!」
              パタパタと部屋を出て行くエドをにこやかに見送ると、アルは表情を
              改めると、備え付けの机の引き出しから、報告書を取り出す。
              「もしも、この内容が本当なら・・・・・・。」
              アルは、思いつめた表情で、報告書を握り締めると、静かに
              部屋を出て行った。




              「あれは・・・セリム様・・・?」
              エド達が泊まっている宿を見張っていたホークアイは、セリムを
              両脇から抱えて出てきた子供2人に気づき、表情を険しくする。
              まさか、白昼堂々と大総統のご子息を誘拐かと、緊迫するが、
              あのエドがそんな事を許すはずがないと思い直す。
              ホークアイは、チラリと宿を振り返るが、エドが出てくる気配がない。
              「とりあえず、エドワード君は、他の人に任せて、セリム様の
              後を追うしかないわね。」
              溜息をついて、セリム達の後を追おうとしたホークアイの目の前に、
              少年が立ちはだかった。
              「その必要はありません。ホークアイ大尉。」
              ニコやかに微笑む少年に、ホークアイは息を呑む。
              「アルフォンス君・・・・・。」
              「セリム君の事なら、心配要りません。彼らに屋敷へ送ってもらっている
              だけですから。それよりも、ボクは大尉に聞きたいことがあるんです。」
              アルは、一歩ホークアイに近づくと、真剣な表情で口を開く。
              「・・・・今回の鳥探しは、准将のでっち上げですね。そして、狙われている
              のは、兄さんでしょ?」
              「!!どうしてそれを!!」
              驚くホークアイに、アルは苦笑する。
              「伊達に長い間全国を回っている訳じゃないですよ。いよいよとなったら、
              軍人さん以外でボク達に協力してくださる人は、たくさんいますから。」
              結構、ボクの情報網って凄いんですよ?と誇らしげなアルの様子に、
              ホークアイは観念したように、溜息をつく。
              「本当なら、もっと穏便に事を済ませようとしたのだけど、あの無能が、
              私情に走るものだから・・・・・。」
              「・・・・・詳しいお話を聞かせて下さい。」
              思いつめたアルに、ホークアイは重々しく頷く。
              「今から、二週間ほど前の話なの・・・・・・。」











              「はぁあああああ。全部空ぶりかぁ・・・・・・。」
              歩きつかれたエドは、公園で一休みして行こうと、
              ベンチに腰を降ろす。ガサゴソとポケットからリストを
              取り出すと、最後の名前に、赤ペンで棒線を引く。
              「セリム達に期待するしかないか・・・・・。」
              エドは大きく伸びをしながら、青空を見上げる。
              雲ひとつない晴天で、こんな日は、さぞ焔が良く燃えて、
              あの男は御機嫌だろうと、ぼんやりと考え込む。
              「はっ!何考えてるんだよ!今は鳥のことだろ!鳥!!」
              ハッと我に返ったエドは、真っ赤な顔で頭をブンブン振ると、
              慌ててベンチから立ち上がる。
              「と・・兎に角、宿に一旦戻って・・・・・。」
              「ねぇ・・・君。」
              エドは、そのまま歩き出そうとするが、背後から呼び止められて、
              ゆっくりと振り返る。
              「俺?」
              キョトンと首を傾げるエドに、呼び止めた男は、ニコニコと
              笑いながら、馴れ馴れしくエドの肩に手を置く。
              ”何!コイツ!!キモイ!”
              嫌悪も露に、エドは男を睨みつけると、男の手を払う。
              「俺に触るな!!」
              プイと横を向くエドに、男は一瞬唖然となるが、直ぐにクククと
              笑い出す。
              「君は意外と気が短いんだね。まぁ、そんなトコも可愛いけどさ。」
              「はぁ!?何訳のわかんねー事言ってんだ?俺は今忙しいんだ!!」
              エドはイライラしながら、男から離れようとするが、その前に、
              男に腕を取られる。
              「おい。この手を離せ。」
              ギロリと睨むエドの身体を、男は引き寄せると、下衆な笑みを
              浮かべる。
              「君、鳥を捜しているんだろ?俺の家に・・・・うわぁあああ!!」
              次の瞬間、男の身体がいきなり焔に包まれ、エドは唖然となる。 
              「こんな昼間から、下手なナンパはしない事だ。」
              エドは背後から聞こえる、良く知りすぎている声に、恐ろしくて、
              振り返る事が出来ず俯く。そんなエドに、背後から近づいて来た
              男は、チラリと黒焦げになって気絶しているナンパ男を見下ろす。
              「見た目ほどダメージはないはずだ。これに懲りて、ナンパなど
              しない事だ。・・・・さて。」
              男は、ナンパ男から視線をエドに移すと、値踏みするように、エドの
              全身を見詰めると、ふと表情を綻ばせる。
              「怪我はありませんでしたか?お嬢さん。」
              エドは、観念して顔を上げると、予想通り、そこには、珍しく私服姿の、
              ロイ・マスタングが、蕩けるような笑みを浮かべて立っていた。