どっちの夫婦ショー
プロローグ
すっかりと寒くなった京の都。いつもは、研究の為とかで、滅多に
自室から出てこない山南が、珍しく上機嫌で局長である近藤を伴って、
副長室でもある、土方の所にやってきていた。
「ただ今、お茶をお持ちいたします。」
丁度、土方にお茶を出していた千鶴は、やってきた二人に一礼すると、
お茶を煎れようと席を立とうとした。
「ああ、雪村君もここにいて下さい。とても、大事なお話があるんですよ。」
そんな千鶴に、山南はニッコリと微笑む。
その言葉に、千鶴は戸惑ったように視線を山南から土方へ向ける。
「千鶴も同席とは、どういうことだ?新選組に関する事じゃねぇのか?」
不安な表情の千鶴を一瞥すると、土方はため息をつきながら、山南に訊ねる。
「勿論、新選組の大切な用件です。」
きっぱりと言い切る山南に、土方の眉が跳ね上がる。
「おい。またこいつを、角屋に潜入させるとかじゃねぇだろうな!
千鶴をあんな危険な場所へ行かせられるか!俺は断固反対だからな!!」
腕を組んで憤慨する土方に、山南は首を横に振る。
「まさか。私はただ、土方君と雪村君に、
夫婦になってもらいたいだけです。」
山南の爆弾発言に、一瞬でその場が凍りついた。
山南と一緒に来た近藤は、話の内容まで聞いていなかったのか、
驚いた顔で口を大きく開け、千鶴は大きな目を更に大きく見開いて、山南を
凝視していた。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
最初に我に返ったのは、土方だった。
土方は、深くふかーく息を大きく吸うと、同じように深く息を吐き出した。
そして、ジロリと山南を睨みつける。
「・・・・・・・なんだって?もう一度言ってくれねぇか?山南さん。」
ピクピクと青筋を立てながら聞き返す土方に、山南は、ニッコリと
微笑んだ。
「ふふふ。照れているんですか?案外可愛らしいですねぇ。土方君は。」
「・・・・・・・・・・。」
次の瞬間、バンと片膝を立てて腰を浮かせたと同時に、愛刀の兼定を素早く抜き去ると、
土方は無言で山南の喉元に刀を突きつける。
「これも全て、私・・・もとい、新選組の為。協力して下さいますよね?」
刀を突きつけられても、全く動じず、山南は更に凶悪な笑みを浮かべると、
土方に一つの書状を差し出した。
「い・・・い・・・一体!何時の間に、そこまで話が進んでいたんだ!トシ!!」
俺に黙っているとは、水臭いじゃないか!!と、次に我に返った近藤は、
土方に掴みかからんばかりに、詰め寄った。
「だから、そうじゃねぇって!落ち着いてくれよ!近藤さん!!」
涙を流しながら詰め寄る近藤を宥めながら、土方は差し出された書状を
素早く開けると、さっと目を走らせた。
「・・・・・・・何だ?これは。」
フルフルと書状を持つ手を震わせた土方に、キョトンと山南は首を傾げた。
「何とは?恐れ多くも、上様直々に、今度国賓として我が国に来る異人達の
出迎え役を、新選組の土方夫妻に命じると・・・・・・。」
「何なんだよ!夫妻って!俺と千鶴は夫婦(めおと)じゃねぇ!!」
バンと書状を畳に叩きつけるように置く土方に、山南はふうと業とらしく溜息をついた。
「しかしですねぇ・・・・・。仕方のない事なんですよ。まさか、本当に猫の歳三と千鶴に、
出迎え役をさせる訳にはいきませんから。」
下手したら、全面戦争ですよ?と肩を竦ませる山南に、土方は怪訝そうな顔を向ける。
「何だって、そこで猫トシと猫ちづが出てくんだよ。」
「ああ、そういえば、まだ経緯をお話していませんでしたね。今度国賓として招かれる
アメストリス国については、ご存じですよね?」
山南の問いに、土方は大きく頷く。
「ああ・・・・。確か、大鳥・・・だったか?浚われて異国に売っぱられた男ってぇのは。
確か、売っぱられた先がアメストリス国で、そこの親切な住人によって、今回目出度く
大鳥は日本に帰国出来るとか聞いたんだが・・・・・。」
「ええ。その時彼が持っていた本の中に、私の著書がありましてね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
嬉しそうな山南の言葉に、土方はポカンと口を開ける。
「あ・・・あの・・・・。山南さん?」
唖然となっている土方に代わり、漸く我に返った千鶴が、恐る恐る話しかける。
「何ですか?雪村君。」
ニッコリと微笑む山南に、千鶴は引き攣った笑みを浮かべながら訊ねる。
「間違っていたら申し訳ないのですが・・・・・・。そのご本というのは、猫トシさんと
猫ちづちゃんが主人公の・・・・あの本ですか?」
「ええ。そうなんです。有難いことに、あちらの国では、今一番人気があるそうですよ。
今回、大総統夫妻・・・・・この国では将軍様と御台所様になるのでしょうか。
そのお二人がこの国にいらしゃいまして、是非土方君と雪村君に逢いたいと、
たっての希望なんです♪」
素晴らしいじゃないですか!!と目を輝かせる山南に、千鶴は顔を更に引き攣らせる。
「・・・・・・・話はわかった。だがな、何だって俺と千鶴なんだよ。っうか、架空の人物と
現実の人間をごっちゃにしてんじゃねーよ!!アメストリス国は馬鹿なのか!?
そうなのか!?」
漸く落ち着いた土方が、ギロリと山南を睨む。
「さぁ?私にも何故こんな話になったのか、皆目見当がつかないのですが、まぁ、ものは
考えようです。噂では、上様は勿論、恐れ多くも天子様までもあなた達二人に注目を
しているようです。今まで散々人斬り集団やら壬生狼など、不名誉な噂しかない
我が新選組ですが、これを機会に、一気に印象を変えようではありませんか!!」
拳を握って、珍しく熱く語る山南に、うんざりしたように止めに入ろうとする土方よりも
先に、それ以上に熱くなった近藤が涙を流しながら喜ぶ。
「う・・・上様だけではなく、天子様までもが、我が新選組を注目して下さっているのか!
有難い事だよなぁ!トシ!!」
「泣くなよ。近藤さん。新選組は、まだまだこれからだぜ?今からそれでどうすんだよ。」
ポンポンと近藤の肩を叩く土方に、山南はニッコリと笑うと、そそくさと立ち上がった。
「それでは、そういうことで。私はこれから打ち合わせがありますから。詳細は後程。」
「え!?あ・・・あの!?山南さん!?」
慌てて引き留めようとする千鶴に、山南はニッコリと笑う。
「ああ、勿論、君の衣装もこちらで用意しますから、ご心配なく。それでは。」
そう言うと、山南はさっさと部屋を後にしてしまった。
「ひ・・・土方さん・・・・。どうしましょう・・・・。」
泣きそうな千鶴に、土方はただ溜息をつくことしか出来なかった。
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