どっちの夫婦ショー
第1話
「何でだ?何でこんなことになったんだ?」
表面上は満面の笑みを浮かべながら、アメストリス軍准将の地位に
あるロイ・マスタングの妻であるエドワード・マスタングは、内心
目の前で得意満面の笑みを浮かべている夫を、瞬殺したい衝動を
必死に耐えていた。
「エドワードちゃん。気をしっかり。」
エドの怒りのオーラに、後ろに控えていたホークアイが気遣わしげに小声で声をかける。
しかし、内心はエドと同じく、先程から締まりのない顔を晒している
上官であるロイの能天気な頭に、銃を突きつけたくて仕方がなかった。
「ふむ。仲良きことは美しき事なりだな。」
そんな二人の心の葛藤を知らないのか。
いや、きっと知っていて業となのだろう。
アメストリス国最高権力者である、大総統キング・ブラッドレイは、ロイに
負けず劣らずの胡散臭い満面の笑みを浮かべて、重々しく頷いた。
そもそも、事の始まりは何であったのか。
エドは遠い目をしながら、ひたすら現実逃避を行っていた。
大鳥という誘拐された日本人をエドが保護した時から始まったのか。
それとも、大鳥が持っていた本を、好奇心から、翻訳してしまったのが原因だったのか。
いやいや、それを何故か遊びに来ていた大総統に見つかってしまい、あれよあれよと言う間に、
出版するハメになってしまったのが、悪かったのか。
だが、それによって、大鳥が故郷に帰れることになったのだから、それはそれで良かったのだろう。
「だとしたら、アレがいけなかったんだよな・・・・・。」
エドの眉間に皺が寄る。
帰国する大鳥にくっついて、大総統夫妻が、エドが翻訳した物語の舞台になった所に行きたいと
騒ぎ出したのを、止めるどころか、皆までもが乗り気になってしまった。
賢者の石を探す為、ずっと国内を旅してきたエドだったが、今回はロイや仲間達とただ楽しむだけの
旅行が出来た事に、自分でも知らないうちに、かなり浮かれていたのだろう。
日本国の出迎えとして現れた、物語の主人公達のモデルとなったという、土方夫妻を見たエドは、
興奮した。
まるで本から抜け出したように、挿絵とソックリな二人の姿に、エドは頬を紅く染めて、
魅入ってしまったのだ。
その事が、エドに関してのみ心が極端に狭くなるロイの逆鱗に触れてしまったようだ。
エドが自分以外の男に見惚れたと勘違いしたのか、さりげなく、エドを自分の背に隠す様に、
土方の前に立ちはだかる。
その大人げないロイの態度に、ホークアイ以下周りのアメストリス側の人間は、
また始まったとばかりに、ウンザリしたようにロイを見つめる。そんなロイの状況に、ただ一人、
大総統のみが、まるで玩具を見つけた子供のように、ニヤリと一瞬笑みを浮かべると、
さり気なく、ロイと土方の二人、特にロイを重点的に煽りだしたのだ。
「ほほう。土方殿と奥方殿も、かなりの歳の差があるのか。しかも、新婚とは・・・・。
うちのマスタング准将と同じだなぁ〜。ここにお仲間がいたぞ。マスタング准将。
これも何かの縁だ。二人とも仲良くするとよい。」
ハハハハ・・・・と豪快に笑う大総統に、ロイはピクリと頬を引き攣らせる。
「かなり・・・とは言い過ぎでは・・・・。大総統。先方に失礼です。」
ロイはやんわりと釘を差すが、内心腸が煮えくり返っていた。散々ロリコンと言われ続けている
ロイにとって、歳の差、しかも、【かなりの】とオマケの言葉がくっついた状態は、禁句である。
「ん?そうか?これは失礼した。土方殿。新婚のお二人をつい苛めてしまった。」
にっこりと笑って謝罪する大総統に、土方は引き攣った笑みを浮かべて、いえ。そんな事は・・・と
言いながら、居たたまれないのか、深く頭を下げた。
「ところで、土方殿は、奥方のどういう所に魅かれたのですかな?」
「はぁ!?ひ・・・魅かれたぁだぁ!?」
驚いたのか、真っ赤な顔で勢いよく頭を上げる土方に、更に凶悪な笑みを浮かべた大総統が
畳み掛けるように言った。
「照れなくてもよいぞ。何と言っても、数々の困難を乗り越えて結ばれたお二人。さぞや素晴らしい
逸話が満載なのであろうなぁ。うちのマスタングと良い勝負のような。是非お聞きしたい。」
「いえ・・・人前でお話できるような事は・・・・・・。」
引き攣りながら、何とか逃げようとする土方に、ロイは勝ち誇ったように、言った。
「情けない男だな。愛する妻の事を語ることも出来ないとは。」
「・・・・・・・なんだと?」
スッと目を細める土方に、ロイも真顔で対峙する。そんな一触即発の事態に割って入ったのは、
全ての元凶の大総統だった。
「まぁ、まぁ、二人とも。落ち着きなさい。そんなに愛する妻の事を熱く語りたいのか。
止めはしないから、二人とも思う存分語るがよい。」
「いや!だから、俺は!!!」
大総統の言葉に、ギョッとなる土方を無視して、大総統は一人勝手に話を進める。
「とりあえず、そうだな・・・・・・。一人四半刻ほどしか制限時間は取れないが、それで構わないかね?」
「四半刻とは、また随分少ないですが・・・・まぁ、仕方ありませんね。スケジュールも押していますし。」
渋々頷くロイとは対照的に、土方の顔が引きつる。
「四半刻だと!?あんたら何考えてんだ!!非常識だろうが!」
混乱の為か、素の言葉になっている土方を咎めるどころか、どこか申し訳ないような神妙な顔で
大総統は頭を下げる。
「土方殿の言いたいことはわかるぞ。愛する妻の事を語るのに、四半刻では少なすぎる。
だが、時間も押している事ではあるし、そこはこの年寄りに免じて許してほしい。」
「いや!俺が言いたいのは、四半刻も使わないだろうって事で・・・・・・。つうか、時間がないなら、
こんな馬鹿な話をする必要なねぇだろうが!!」
狼狽える土方を無視して、ロイがイライラと声をかける。
「ガタガタと煩いやつだな。さっさと始めるぞ!そうだな・・・。まずはお前からで良い。
さぞや素晴らしい話なのだろうな?」
不敵に笑うロイに、土方は悔しさのあまり、鋭く睨みつけるのを止められなかった。
対決その1 【愛する妻の事を語りましょう♪】
(制限時間 四半刻)
「・・・・・・・・ち・・千鶴の煎れた茶は旨い。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それだけか?」
暫くの間、考え込んでいたが、やがて意を決したのか、
真っ赤な顔で何とか言葉を発した土方に、ロイは呆れたような目を向ける。
「う・・・うるせぇ!四半刻なんてダラダラと話せるか!!」
「この勝負、私の勝ちだな。」
憤慨する土方に、ロイは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「・・・・・・・なぁ、こんな茶番、いつまで続くんだ?もう制限時間はとっくに過ぎてると思うんだけど。」
自分の斜め後ろでホークアイと同じくエド達の護衛を務めている、ハボックに、
エドは小声で声をかける。
「・・・さぁ?まだまだ掛かるんじゃないッスか?准将、いつも以上に気合い入りまくって
ますからねぇ。おまけに、今回は大総統命令でもありますから、ホークアイの制裁が
ない分、自分でも止められないんじゃないか?」
肩を竦ませるハボックに、エドは深いため息をついた。チラリと自分の向かい側に目を向けると、
日本国の【新選組】という一部隊の副長を任せられているという、土方とその妻が、
先程からのロイのマシンガントークに、既に愛想笑いも出来なくなったのか、表情を失くして
ただ立ち尽くしていた。
「・・・・・・俺が止めるか。」
エドは、再び溜息をつくと、音もなくロイの背後に忍び寄り、思いっきりロイに拳を叩きこもうと
した。しかし、そこは腐っても軍人。エドが拳をロイに向けた瞬間、優雅な動作でクルリと
身体ごと振り返ると、丁度技を繰り出す為突き出したエドの右腕を左手で掴み自分に
引き寄せ、右手をエドの腰に添えつつ、再びターンをして、土方達の方へと向き直る。
まるでダンスを踊るっているかのような、一連の優雅な動作に、周りの人間は知らず感嘆の
溜息を漏らす。
「それに、見てみたまえ。私の妻の美しい事。いや、美しいだけではないぞ。それ以上に愛らしい。
私の妻以上の女性など、この世に存在はしな・・・・・。」
「いい加減にしろ!!
この無能!!」
高笑いするロイの顎に、怒りのエドの鉄拳が見事に決まった。
・・・・・・とりあえず、ロイエド子夫妻一勝・・・・?
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