どっちの夫婦ショー




                   第3回






「・・・・・・・・・失礼します。お茶をお持ちいたしまし・・・・・・・・。」
スッと一礼して顔を上げた千鶴は、目の前の光景に、固まってしまった。
「・・・・・千鶴。何とかしてくれ・・・・・。」
ポカンと口を大きく開けて固まっている千鶴に、土方はげんなりとした顔で
肩をがっくりと落とした。




朝早く、ロイ・マスタング准将が、供を一人連れて、
屯所に襲撃、もとい、やってきた事が、そもそもの始まりだった。
一昨日から今朝方までの山南・井上・近藤によるお説教生活から漸く解放された土方が、
息をつく暇もなく、元凶であるロイの顔を見なければならないこの状況に、機嫌は
今まで生きてきた中で、歴代一位を占めるほど悪かった。
付け加えて言うならば、土方の目の前に座っているロイの方も、土方と似たり寄ったりで、
土方同様、目の下に隈をくっきりはっきりとつけながら、鋭い視線を目の前の男に向けていた。
「す・・・・直ぐにお茶・・・・お茶をお持ち致します!!」
ロイを土方の元へ案内してた千鶴は、張りつめた空気に居たたまれず、お茶を口実に慌てて厨へと
逃げ出した。そして、恐る恐るお茶を持って再び土方の部屋へとやったきた千鶴は、
そこで、滂沱の涙を流すロイとそれに途方に暮れている土方の姿に、唖然となるのであった。




「・・・・斎藤さん、一体何が・・・・。」
自分が少し席を外している間、二人に何があったのだろうか。
千鶴は、ロイの尋常ならざる怒りに、土方に何かあっては一大事とばかりに、部屋の隅に控えて
いた斎藤に、小声で訊ねる。
「いや、俺にも良く分からんのだ。最初は副長に対して、喧嘩腰だったのだが、急にこのような
状況になってしまって・・・・・・・。」
頭を払う斎藤に、困ったように再び土方達を見る千鶴に、ロイと一緒に来ていた部下のハボックが、
ニヤニヤ笑いながら、二人に話しかける。
「あ〜、悪いな。お二人さん。朝早くから面倒をかけて。准将の事なら、いつもの事だから、
気にしなくていいから。」
「いつもの事・・・・ですか?」
男子たる者、滅多な事では泣かないものだというのが常識な千鶴にとって、目の前で人目も憚らず
泣いている大の男の姿は、困惑を通り越して、情けなく感じたのだろう。つい、呆れた声を出してしまった。
「おい。ハボック!いつもの事とは何だ!いつもの事とは!!エディに嫌われるかどうかの瀬戸際なんだぞ!
これのどこがいつもの事だ!!」
ハボックの言葉に、ロイはギロリとハボックを睨むが、泣き顔では全然怖くない。案の定、怒鳴られたハボックは、
肩を竦ませるだけで、全く堪えていなかった。
「いつもの事じゃないッスか。常日頃、散々口から砂を吐きそうな甘ったるい言葉を垂れ流して、それに
我慢できなくなった姫さんに、【キラ〜イ!!】って言われてへこむのは・・・・。もう、いい加減にして欲しいッスよ。」
深くため息をつくハボックに、ロイはギロリと睨みつける。
「・・・・・・マスタングさんよぉ・・・・。もう、いい加減にしてくれねぇか。」
見かねた土方が声を掛けるも、半ば興奮状態のロイは、更に機嫌を悪化させていく。
「いい加減だと!?そもそも、私がエディに【嫌い!】と言われたのは、貴様のせいでもあるんだぞ!!」
「・・・・んだと?言いがかりつけんのも、大概にしろよ。てめぇが情けないのが原因だろうが!!」
例え泣いている情けない姿であろうとも、理不尽なロイの言葉に、流石の土方も半ば切れかかる。
「情けないだと!?私のどこが!」
激昂するロイに、土方は肩を竦ませる。
「全部だよ。全部!第一、妻に【嫌い】って言われて、何でそこまで泣けるんだ?情けなさすぎだろうが・・・。」
やれやれと肩を竦ませる土方の様子に、ロイは無言で胸のポケットに手を伸ばそうとするが、ハボックが
呆れたように声を掛ける。
「あ〜。発火布の手袋なら、姫さんに取り上げられたでしょ?謝るのに武器なんて必要ねぇって言われて。
忘れたんッスか?」
「チッ!しまった!」
舌打ちするロイに、千鶴が不思議そうに首を傾げる。
「あの・・・・発火布の手袋って何ですか?武器?」
「まぁ・・・・武器の一種だ。」
手袋と言えば、西洋の手を覆うという布だが、それがどうやったら武器になるのかと、不思議そうな千鶴に、
ハボックは笑って誤魔化す。
錬金術という概念のないこの国の住人に、どうやって説明したらいいのか、錬金術師でもないハボックには、
分からなかったからだ。そんなハボックの困惑などお構いなしに、ロイと土方の言い合いは、徐々に
ヒートアップしていく。
「ふん!そんな事言って、貴様はどうなんだ?千鶴殿に【キラ〜イ】と言われてみろ!絶対に貴様も
泣くぞ!かけてもいい!」
ビシッと指を突きつけるロイに、土方は腕を組みながら鼻で笑う。
「はっ!俺が泣く?泣く子も黙るって言われてる【鬼の副長】たる、この俺がか?たかが妻に【嫌い】と
言われたくれぇで?」
ククク・・・・と笑う土方に、ロイは心底馬鹿にした笑みを浮かべる。
「ああ、そうか。既に貴様は嫌われているのだったな。それはそうだろう。一昨日のあの【発言】ではなぁ・・・。
千鶴殿も可哀そうに。」
ロイの言葉に、土方の眉間の皺が深くなる。一昨日の一件で、散々近藤達にお説教された身としては、今一番
話題にしてほしくない事柄だった。
「・・・・・妻の尻に敷かれている情けねぇお前と一緒にすんな。千鶴が俺を嫌う訳はねえだろ?」
凶悪なまでに目を細める土方に、負けじとロイも不敵な笑みを浮かべる。
「その根拠のない自信はどっからくるものか・・・・。」
呆れたように溜息をつくロイに、土方の眉が跳ね上がる。
「それはテメェだろ?本当はお前、愛されてねぇから、俺に突っかかってくるんだろう。」
そんなに羨ましいのか?とニヤリと笑う土方に、ロイの怒りが爆発する。







  対決その3  【妻の愛を感じるのはどんな時?】

   (制限時間 無制限)







「エディが私を愛していないだと!?一体、どこをどう見れば、そんな事を思いつくのか・・・・。理解に苦しむ
なぁ。」
「どこをどう見ればだと?一昨日のテメェの恥ずかしい言葉の数々に、奥方は迷惑そうな顔をしていたぞ?
気付かなかったのか?よくそれで、妻を愛していると言えたなぁ。」
馬鹿にした土方の言葉に、ハボックはパチパチと拍手を送る。
「その通り!恥ずかしい事を言うなって、准将、散々姫さんに怒られてましたね。」
ハボックの言葉をロイは黙殺すると、土方に食って掛かる。
「う・・・うるさい!あれは、ただ照れているだけだ。普段のエディは、それはそれは愛らしいのだぞ!
まだ幼いフェリシアの世話で大変なのに、常に私の健康に気をつかってくれているし、仕事でどんなに遅く帰っても
ニッコリと微笑んで迎えてくれる。仕事に出かける時は、寂しそうにしながらも、健気にニッコリと笑って
送り出してくれてだなぁ・・・・・。」
うっとりと夢見る表情になるロイに、土方は鼻で笑う。
「ハッ!そんな事、当たり前だろうが。千鶴はなぁ、俺だけではなく、他の隊士達の健康にも気を使ってくれて
いるんだぞ!それだけじゃねぇ!俺が仕事をしやすいように、常に環境を整えてくれている。仕事が忙しく
食事を取れねぇ時は、さり気なく握り飯とか差し入れてくれるんだぜ。しかも、千鶴の握り飯は絶品なんだ。
ああ、断っておくが、握り飯だけじゃねぇ!千鶴の作るものは何だって旨い!もう他では食べられないほどにな。
お蔭で、接待で出される食事に、手を付けることが出来なくなっちまったが・・・・・どんなに遅く帰ってきても、
腹が減ったと言えば、嫌な顔一つせずに、食事を用意してくれるんだぜ?普通の嫁でも、なかなか出来る
事じゃねぇ。付け合せで出される漬物も、俺好みの味をちゃんと分かって漬けてくれてているし。他にも
仕事が一段落したのを見計らったかのように、俺好みのお茶を煎れてくれたりと・・・・・。」
「ちょっと待て!」
延々と語り出す土方の言葉を、ロイは途中で遮ると、目を据わらせて、土方に詰め寄る。
「今言った事は本当か?」
「は!?嘘なんて言う訳ねぇだろ!!」
ロイの言葉に土方はムッとするが、そんな土方の様子に気にも留めず、ロイは頭を掻きむしるように、
項垂れる。
「な・・・何と言う事だ!!私ですら、仕事中はエディ接触禁止令が出ているというのに!!」
「お・・・おい?一体どうしたんだ?」
尋常ではないロイの様子に、流石におかしいと思ったのか、土方が訝しげに声を掛ける。
「こうしてはいられん!ハボック、直ぐに帰るぞ!!」
だが、土方の言葉を無視したロイは、立ち上がると廊下に控えているハボックを振り返る。
「はぁ!?どうしたんッスか?准将。まだちゃんと謝ってないじゃないですか。姫さんに
また怒られますよ?」
呆れたハボックに、ロイの叱咤が飛ぶ。
「貴様、今の話を聞いていなかったのか?土方殿は、常に妻を傍に置いているのだぞ!
准将たるこの私だって、エディを常に傍に置いてもいいはずだ!今からホークアイ大尉に
直談判しに行くに決まっているだろうが!!」
そう言うが早いが、ロイはそのまま部屋を飛び出して行った。後に残されたハボックは、
ガシガシと頭を掻きながら、突然の事に固まる土方達に頭をペコンと下げた。
「あ〜。准将が暴走しちゃってすみませんでした。後日改めて謝罪に伺うと思いますので、
今日はこれで・・・・・。」
もう一度ペコンと頭を下げると、ハボックは、待ってくださいよ〜准将〜と間延びした声で
叫びながら、のんびりとした足取りでその場を後にした。
「・・・・・何だったんだ。一体・・・・・・。」
疲れ切った土方の問いかけに、その場にいた二人は何も言うことが出来なかった。





とりあえず、第3勝負は、土方の勝利って事で。






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