どっちの夫婦ショー



                 第5話




「・・・・・・・・・・・・すみません。私が無理を言ったせいで・・・・。」
シュンと俯く千鶴に、土方は苦笑する。
「そんなに落ち込むんじゃねえよ。やると決めたのは俺だ。現に、こうして休みも取れたし、何よりも
あのマスタング准将に勝てたんだ。もっと嬉しそうな顔をしろって。」
「ですが・・・・そのせいで、土方さん、右腕が筋肉痛になちゃって・・・・・・・・・・・・・。」
ウルウルと瞳を潤ませる千鶴の頬を土方は左腕を持ち上げると、優しく撫でる。
「もう気にすんなって!それよりも、お前、足は大丈夫か?何だったら、もう退いても・・・・。」
「いえ!久々の土方さんのお休みなんですよ!?ここは無理にでもお休みしてもらいます!!」
拳を握って主張する千鶴に、土方は不満そうな顔をする。
「・・・・・・ったく!何で膝枕なんだ?」
「だって、土方さん、ちょっと目を離すとまたお仕事をなさるでしょう?折角お仕事を数日分終わったと
いうのに、また何かしら仕事を探してきちゃうんですもの!」
プクーッと頬を膨らませる千鶴に、土方は頬を紅くさせると、顔を背ける。
「悪かったな。仕方ねえだろ?そういう性分なんだから。」
「ですから、こうして膝枕をしていれば、土方さん、お仕事出来ませんよね?この機会に、ゆっくりと身体を
休めて下さいね。」
ニコニコと上機嫌な千鶴に、土方は苦笑する。
「・・・・これだから、江戸の女には、逆らえねえんだ。後で足が痺れたとか文句言っても、俺は知らないからな!」
「うふふふ。その分、土方さんの疲れが取れれば、こんな嬉しい事はありません。」
そう言って優しく土方の髪を梳く千鶴の手に、土方は気持ちよさそうに目を閉じる。
「ああ、ここにいたんだね。雪村君。」
暫く二人でのんびりしていると、向こうから井上がニコニコとしながらやってきた。
「井上さん?どうかなさったのですか?」
慌てて飛び起きようとする土方の肩を抑える様にしながら、千鶴はキョトンと井上を見上げる。
「おい!千鶴!もういいだろ!!」
喚く土方を無視して、井上と千鶴の会話は続く。
「実はだね、先程美味しいと評判のお団子を頂いたんだよ。皆出払っているし、三人で食べようと思って
持ってきたんだよ。」
そう言って、団子の入った包みを掲げる井上に、千鶴の目が輝く。
「わぁ!では、今お茶をお持ちしますね♪それでは、ちょっと失礼しますね。土方さん。」
そう言うと、千鶴はさっさと土方の肩を押さえつけていた手を外す。
「ああ。頼んだぞ。」
やっと解放されたと起き上がる土方を横目で見ながら、千鶴は井上に懇願する。
「井上さん。土方さんの事・・・・・・・。」
「ああ。わかっているよ。トシさんが仕事をしないように、見張っていればいいんだね?」
「・・・・・・・・・・源さんまで。」
ガックリと肩を落とす土方に、井上と千鶴が声を上げて笑う。
「それでは、少々お待ち下さい。」
ひとしきり笑った後、千鶴は一礼してパタパタと厨へと小走りに向かう。そんな千鶴の後姿を見送りながら、
井上はポツリと呟いた。
「本当に、雪村君は良い子だねぇ・・・・。このまま、本当にトシさんの奥方になってくれれば、私も勇さんも安心なんだけ
どねぇ・・・・・。」
チロリと意味ありげに自分を見る井上に、土方は半目で睨みつける。
「またその話か。いい加減にしてくれ。」
「そうは言ってもだね。雪村君ももういい年だし、ここらで・・・・・・・・・。」
ここぞとばかりに主張する井上に、土方は深いため息をつく。
「綱道さんが見つからねえってのに、そんな事出来る訳ねえだろうが・・・・・・・。」
「では、綱道さんが見つかれば、雪村君を娶ると言うんだね!!」
キラリと目を光らせる井上に、土方は一瞬、呆気に取られたように目を見張るが、直ぐに自嘲した笑みを浮かべる。
「あのな。あいつと俺、一体いくつ歳が離れてるってんだよ。」
「歳の差なんか関係ないだろ?聞けば、あのマスタング殿の所だって、トシさんと雪村君くらい歳が離れているが、
あんなに仲が良いじゃないか。」
納得がいかないと言う井上に、土方の顔が引きつる。
「あの二人は異常すぎだろうが。・・・・・・・・・・・・・・・・じゃなくってだな。その・・・・・俺は千鶴には幸せになって欲しいんだよ。」
「私だってそうだよ。あんなに良い子なんだから、絶対に幸せになるべきなんだよ。」
ウンウンと頷く井上から視線を逸らすと、土方は庭を眺める。
「だからだよ。千鶴はここにいるべきじゃねえ。」
そう呟く土方の横顔があまりにも悲しそうで、井上は何も言うことが出来ず口を閉ざした。
「・・・・・・・・・それにしても、千鶴の奴、遅くねえか?」
「そうかい?」
千鶴が席を離れてから、そんなに時間は経っていない。しかし、土方は落ち着きなく厨の方向へと視線を向けたりして
いたが、やがてゆっくりと立ち上がった。
「・・・・・・・・・何か、嫌な予感がする。ちょっと見てくる。」
そう言ってさっさと厨に向かう土方の背中を見つめながら、井上は深いため息をついた。
「・・・・・・ちょっとでも雪村君の姿が見えないだけで、落ち着きをなくすというのに、あれで無自覚なんだから、
本当に困ったものだね。」
井上の呟きは、誰の耳にも届かなかった。











「千鶴!!どうした!!」
厨から聞こえてくる争う声に、土方が慌てて飛び込むとそこには、千鶴の腕を掴んでいる風間の姿があった。
「土方さん!!」
半分涙目の千鶴の顔に、カッと頭に血を上らせた土方が、ツカツカと二人に近づくと、間に入り千鶴を背に庇う。
「何しに来た。風間・・・・・。」
殺気だった土方の視線を真っ向から受け止めた風間は、嫌そうに顔を顰める。
「邪魔するな。俺は大事な用があって、ここに来たのだ。」
「ハッ!大方、千鶴を浚いに来たんだろ?昼間っから屯所襲撃とは、新選組も舐められたもんだぜ。」
土方は、ゆっくりと風間との間合いを取りながら、背中で庇っている千鶴に向かって叫ぶ。
「千鶴!風間は俺に任せて、お前は井上さんの所へ走れ!!」
「嫌です!!」
いつもなら、大人しく土方の言う事を聞く千鶴だが、何故か首を横に振る。
「何だと?」
ギロリと千鶴を睨む土方に、千鶴も負けずに睨み返す。
「土方さんは、今、右腕が使えないんですよ!!それなのに、風間さんと対峙するなんて、無謀です!!」
そう叫ぶと、千鶴は土方と風間の間に割って入る。
「何と言われても、私はあなたと共に行きません!!お帰り下さい!」
千鶴はその小さい背で土方を庇うように立ちふさがると、鋭い視線を風間に向けて叫ぶ。そんな千鶴の肩を
掴むと、土方はグイッと押しやるように、再び自分の背に庇う。
「ここは・・・・・・・・・生きるか死ぬかの戦場なんだ。女子供の出る幕じゃない。・・・・散々見てきたはずだ!!
わかってんだろ!だったら、出しゃばるんじゃねえ。」
「ですが、土方さんは!!」
なおも言い募ろうとする千鶴を、土方は一喝する。
「・・・・・・・・・・・・だから!心配だから
引っ込んでろって言ってんだ!!

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は・・・はい。」
土方の気迫に押されたのか、千鶴はポッと頬を赤らめると、しずしずと後ろに下がった。
「さて、風間。覚悟はいいな?」
不敵な笑みを浮かべてゆっくりと刀を抜く土方に、風間はため息をつくと、クルリと背を向けた。
「風間?」
まさかここで引くとは思っていなかった土方は、ポカンと口を開ける。
「・・・・・・・・・・・・・・貴様の覚悟、見せてもらった。今日の所はここまでにしておいてやろう。だが、
俺はこのまま引き下がるつもりはない。よく覚えておくのだな。」
そう言うと、さっさと立ち去って行く風間の後姿を、土方と千鶴はただ見送る事しか出来なかった。
「・・・・・・・・・・一体、何しに来たんだ?あいつは・・・・。」
呆然と呟く土方に、千鶴も首を傾げる。
「さあ・・・・・・・・・・・・・?私にも良くわかりません。」
土方はため息をつくと、抜いたままの刀を戻し、呆然としている千鶴の顔を覗き込んだ。
「千鶴、怪我はないか?」
「えっ!?あ・・・はい。ありません。」
コクンと頷く千鶴に、土方は大きく息を吸い込むと、怒鳴りつけた。
「この・・・・・・・・馬鹿野郎が!!
「きゃあ!!」
至近距離で怒鳴られ、身体を震わせる千鶴を、土方はギュッと抱き締める。
「この馬鹿が!何故俺を呼ばない。」
「・・・・でも!でも!土方さんは・・・・!!」
エグエグと泣き出す千鶴に、土方は抱きしめる腕に力を込める。
「・・・・・・・すごく心配した。だから、もう、一人で無理すんな。分かったな。」
「はい。土方さん・・・・。」
千鶴が落ち着くまで、土方はずっと抱きしめて離さなかった。







「・・・・・・・・・・・・・・・・・というのが、土方夫妻の顛末です。」
眼鏡をキラリと光らせて報告する山南の前では、大総統夫人が目をキラキラさせて聞き入っていた。
「まぁ!是非とも生で見たかったですわ〜。」
残念そうな夫人を、ブラッドレイは慰める。
「そのうち、機会もあろう。それで?うちのマスタング夫妻はどうだ?まぁ、結果は聞かなくても
わかるがね。」
苦笑するブラッドレイに、ハボックが一歩前に進み出て報告する。
「マスタング准将が助ける以前に、姫さん、じゃなかった、マスタング准将夫人が不逞浪士達を瞬殺
してしまいました。もっとも、准将曰く、「私のエディがこんな輩に後れを取る訳がない。好きに
やらせろ。」と、これまた、助ける気ゼロでした。」
ハボックの言葉に、山南は軽く目を見開く。
「普段の准将の様子では、真っ先に奥方を助けると思っていたのですが・・・・。」
困惑する山南に、ブラッドレイは高笑いをする。
「准将夫人は元国家錬金術師だからな。あの二人は戦闘に関して絶対の信頼を持っているのだよ。」
「はぁ・・・・・。」
まだ納得がいかないのか、複雑そうな顔をする山南に、ハボックは、乾いた笑みを浮かべる。
「姫さんにかかれば、不逞浪士達を倒すのは、準備運動と同じだからな。下手に助けてしまうと、
自分の獲物を取った!と姫さんに怒られるから、准将は手を出さなかったっていうのもある。」
「そうなのですか・・・・。」
”やはり、何としてもアメストリス国との友好関係を更に強固なものにしておく必要がありますね。
頑張ってくださいよ。土方君!雪村君!”
ニッコリとブラッドレイ達の言葉に同意しながら、山南は内心冷や汗を流すのだった。
「それにしても、千鶴さんを不逞浪士達に襲わせるという計画を、風間さんに察知されて、一時は
どうなるのかと心配しましたが、そんな事は杞憂でしたわね。何だかんだと無事今回の課題を
済ませた土方さんの妻への愛情に、私はすごく感動しましたわ!」
うっとりとなる大総統夫人に、山南の眼鏡が光る。
「では、今回の対決は・・・・・・・・・・。」
「ええ。勿論、文句なく土方夫妻の勝利です。」
大きく頷く大総統夫人に、山南はニッコリと微笑む。
「・・・・・・・・・・・・では、そろそろ?」
「さぁ・・・・それはどうでしょう。そろそろ、うちの准将の反撃があるかもしれませんわ。」
対する大総統夫人も、不敵な笑みを浮かべる。
「・・・・・・・・・・・・・・とりあえず、今回の対決の結果を聞いて、准将が怒り狂わなければ
いいなぁ・・・・とは思うんですけどね。俺は。」
ガシガシと頭を掻くハボックのボヤキは、その場で黙殺された。




対決その5  【危機に陥った妻を助けましょう♪】

   (制限時間 一日)







・・・・・・・・・・・・・・勝者、土方。








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CD『怒られ隊士』の土方編にある、千鶴への台詞を引用しました。
副長に限らず、皆千鶴にだけは甘いという内容で、いつか使いたい!と思って
いたのですが、ここで使えて嬉しいです♪