どっちの夫婦ショー



                        第6話



「もう・・・・・・もう・・・・土方さんなんて、知りませんから〜!!」
うわあああああああんと泣きながら走り去って行く千鶴の後姿を、土方は慌てて追いかけようと
腰を浮かしかけたが、ハッと我に返ると、そのまま不貞腐れたように座り直し、机の上にある
書状を手に取った。
「トシ!一体何があったのだ!!」
「トシさん!!」
「土方君!!」
「ちょっと!今千鶴ちゃんが泣いてたわよ!一体何があったっていうのよ!!」
上から順に、近藤、井上、山南、伊東と、自称千鶴保護者同盟の主だった面々が、口々に叫びながら
土方の部屋に雪崩れ込んできた。
「土方君!!事と次第によっては、私、許しませんわよ!」
中でも一番怒りをあらわにしてるのは、保護者同盟の中でも、【私は千鶴ちゃんの姉代わり!】を公言している
伊東。お前、性別違うだろうというツッコミに、
「あら、兄代わりは山南さんですもの。私は姉の位置で結構ですわ。むしろ、姉の位置は絶対に譲りませんことよ!!」
と、ニッコリと微笑んで周囲を黙らせたという伝説を持つ強者。
「私達の可愛い妹を泣かせたのですから、それ相応の理由があるんでしょうねえ?土方君?」
伊東の隣では、自称兄代わりの山南が、眼鏡をキラリと光らせ、土方を睨んでいた。
「まぁ、まぁ、皆トシの言い分も聞こうじゃないか。」
「そうだよ。一体何があったんだい?トシさん。」
言葉だけ聞いていれば、温和な印象の自称父親代わりの近藤と井上。しかし、二人はしっかりと刀を土方に突き付けていたりする。
「いや・・・別に大した事じゃあ・・・・・・・・・・・・・・・。」
四人の鋭い視線に、居たたまれず、土方は視線を逸らす。
「大した事じゃない?」
ピカリン。
山南の眼鏡がキラリと光る。
「どんな事にも冷静に対処する雪村君が、あのように取り乱したというのに、大したことじゃない?」
ずいと威圧的に土方に詰め寄る山南に、土方は観念したように、ポツリと呟く。
「・・・・・・・・・・・・千鶴にバレた。」
「何をですか?」
まさか浮気ですか?とスッと目を細める山南に、土方はヒッと顔を青ざめながら、早口に叫ぶ。
「だ・・だから!千鶴の目を盗んで仕事してたことがバレたんだって!!」
「ああ!なるほど。」
ポンと山南は手を打つとにっこりと微笑んだ。
「つまり、こういう事ですね。お休みの時は、絶対に仕事をしないという、かねてから雪村君と約束していたのにも関わらず、
昨日から徹夜で仕事をしていたと。それが、雪村君にバレたのですね?」
コクコクと大きく頷く土方に、近藤と井上が呆れた顔を向ける。
「この間の対決で数日分、休みをもぎ取ったんだろ?それに、今日は元々非番の日だ。それなのに、何で仕事なんて・・・・。」
「いくらトシさんが仕事好きとは言え・・・・・・・・徹夜は良くないよ?雪村君が心配するのは当然だ。後でちゃんと謝りなさい。」
ゆっくりと刀を鞘に戻しながら、近藤と井上は小言を言う。そんな二人に土方はフーッと肩の力を抜きながら、おうと小声で
頷いた。
「・・・・・・・・・・・・・それだけでしょうか?」
「伊東さん?」
ジッと冷たい視線を土方に向けていた伊東がポツリと呟くのを、山南が不思議そうに見る。
「だってそうでしょう?土方君が千鶴ちゃんの目を盗んで仕事をするなんて、日常茶飯事。今に始まった事ではありませんわ?
いつもの千鶴ちゃんなら、怒りつつも、土方君の行動を尊重しますのよ?それが何故今回泣きながら走り去ったのでしょう。」
伊東の問いに、サッと近藤、井上、山南が土方に鋭い視線を向ける。
「で?何がありましたの?」
さぁ、チャッチャと吐けと無言の脅しをかける伊東に、土方は観念した様に白状した。
「・・・・・・・・・・あまりにも、千鶴の奴がうるさいから・・・つい・・・・・・。」
「つい?」
伊東の視線に鋭さが増す。
「女房でもねえのに、余計な口出しすんな!と・・・・・・・・・・・。」
「そんな事いったの!?」
伊東はツカツカと土方に詰め寄ると、胸倉を掴みあげ、土方を軽々と持ち上げる。
途端、オオーッと周りがどよめいた。
「い・・・伊東さん!落ち着けって!」
何とか伊東から逃れようと土方は必死に宥めようとするが、それが却って火に油を注ぐ結果となる。
「信じられませんわ!あんなにこき使っておきながら、挙句、余計な口出しするな!なんて!!」
グイグイと締め付けられて、土方グエッと情けない声を出す。
「おい!千鶴が泣きながら外へ出て行ったぞ!いいのか・・・・・・・・・・・・・・って、一体何やってんだよ。みんなして。」
そこへ、原田が慌てて駆け込んでくるが、目の前の光景に、一瞬固まる。
「・・・・・・千鶴なら、心配いらねえぞ。山崎に陰ながら守る様に命令を・・・・・・・・・・・。」
伊東から何とか逃れた土方は、襟を直しながらぶっきらぼうに言う。
「何言ってんのよ。山崎君なら、今出張中でしょ!!」
クワッと目を見開いて怒る伊東の言葉に、土方はしまったと顔を顰める。
「ち・・・・・・・・千鶴!!」
土方は慌てて立ち上がると、未だ呆けたままの原田を押しのけるように、部屋を飛び出して行く。
「全く、今回は対決どころじゃなくなっちゃったわね〜。」
バタバタと遠ざかる足音を聞きながら、伊東は苦笑する。
「いいえ?そうでもありませんよ。なんせ、課題は・・・・・・。」
山南は懐から一枚の紙を取り出して、皆に見せる。



対決その6  【夫婦喧嘩の仲直り方法は?】
 (制限時間 一日)




「今回も、楽勝ですよ♪なんせ、向こうは仲直り以前に、喧嘩はしませんからねぇ。」
ニコニコと笑う山南に、伊東は引き攣った顔を向ける。
「ちょっと・・・・・・・・だからって、千鶴ちゃんを泣かせるなんて・・・・・。」
「ああ、それなら大丈夫です。雪村君の演技ですよ。あれ。」
あっけらかんとして言う山南に、その場にいる皆が固まった。
「それって・・・・・・・・・どういうことかしら?」
困惑する皆を代表して、伊東が訊ねる。
「いえね、最近、土方君の仕事大好き病が、悪化の一途を辿りましてねぇ・・・・・。雪村君が大層心配して、
どうしたら良いかと私に相談をしに来たのですよ。」
「それで、山南君は何と?」
まさか、千鶴に変な事を言ったのではと、心配げに近藤は聞いた。その問いに山南はニッコリと微笑んだ。
「簡単な事です。仕事を加減するように頼むのではなく、
怒りなさいと
。泣きながら走り去れば完璧ですと・・・・・。」
「言ったのか!?でも、よくあの千鶴が怒る気になったなぁ・・・・・。」
驚く原田に、山南はニヤリと笑う。
「そこは、【それが土方君の為です】と言えば、彼女は頑張ってくれますから、問題ありません。」
「千鶴・・・・・・・騙されてるぞ・・・・・。」
ボソリと呟く原田に、山南の眼鏡がキランと光る。
「何か言いましたか?原田君?」
「いや!何にも言ってねえぞ!!・・・・・・・・・・・・・・じゃあ、千鶴の件は大丈夫なんだな?」
「ええ。今頃、二人は仲直りをしているはずです。二人に危害が加えられないよう、既に我々
【千鶴保護者同盟】直属の配下【ひじちづ見守り隊】の隊員が警護していますから、絶対に安全です。」
自信満々に答える山南に、原田の顔が引きつる。
「・・・・・・・・・・・・・何か聞いてはいけないよーな事まで聞いた気がするが、千鶴が大丈夫ならそれでいいんだ・・・・・・。」
乾いた笑みを浮かべて、原田はふらつきながら、広間へと戻っていった。









その頃、泣きながら屯所を飛び出していた千鶴は、賀茂川のほとりで、膝を抱えて座り込んでいた。
「私ったら・・・・土方さんに何て事を・・・・・。いくら心配だからって、失礼にもほどがあるよね・・・・。」
ズズンと激しく落ち込む千鶴の背後で、憮然とした声がした。
「・・・・・・・・別に失礼じゃねーぞ。」
「!!」
驚いて千鶴が振り返ると、そこには不機嫌そうな土方が、腕を組んで仁王立ちしていた。
”ひ・・・土方さん・・・・。怖いですううううううううううう”
機嫌の悪い土方を前に、千鶴は怯えたように、ガタガタと震えだす。そんな千鶴の恐怖に気づいたのか、
土方はガシガシと頭を掻くと、深く頭を下げた。
「ひ!土方さん!!顔!顔を上げて下さい!!」
途端、悲鳴を上げる千鶴に、土方は困った顔で顔を上げる。
「本当に、すまなかった。お前との約束を破ったばかりか、心配するお前を怒鳴りつけてしまった。
どうか、許してほしい。」
そして、もう一度頭を下げる土方を、千鶴はそっと抱きしめた。
「私こそ、すみません。新選組は土方さんにとって、命よりも大事なものだと、分かっていたつもりだったのですが。」
つい心配で・・・とグスンと涙ぐむ千鶴に気づき、慌てて土方は顔を上げる。
「千鶴・・・・・・・・・・。」
千鶴は瞳を涙で滲ませつつも、懸命に笑顔を向ける。
「最近の私、慢心していたみたいです。自分の立場も弁えず、土方さんに失礼な事を言って、申し訳ありませんでした。」
深々と頭を下げる千鶴を、土方は思い切り抱きしめた。
「そうじゃねえ!お前は何一つ間違った事を言ってねえだろうが!!」
「土方さん・・・・・・・・・・・・。」
唖然となる千鶴に、土方は優しく微笑みかける。
「俺の方こそ、心のどこかで、お前なら俺がどんなことをしても許してくれると、甘えていたんだろうよ。
そんな事ある訳ねえのによ。本当にすまなかった。」
「わ・・・私・・・・土方さんの信頼を裏切ってしまったんですね・・・・・・・・。」
シュンとなる千鶴に、土方は慌てる。
「違う!そーじゃねえだろ!!そうじゃなくってだな・・・・・・。」
土方はガシガシと頭を掻くと、やがて有無を言わさず力一杯千鶴を抱きしめる。
「ひ・・・土方さん!?」
いきなりの土方の行動に千鶴が真っ赤になっていると、土方は更に千鶴を抱きしめると耳元で囁いた。
「俺は、ただ我儘を聞いてくれる人間が欲しいんじゃねえ。俺の間違いを正してくれるような・・・・暗闇でも
正しい方向に導いてくれる、そんな月の光のような人間に傍にいてほしいと思っている。」
だから、お前はそのまま、俺の闇を照らせと囁かれ、千鶴は真っ赤な顔で固まってしまった。暫く土方は
心行くまで千鶴を抱きしめていたが、やがてゆっくりと身体を離すと、照れた顔を隠す様に、顔を背けながら
言った。
「・・・・・・・・・・・・・・さて、今から屯所に戻っても、新八辺りに朝餉を食われているだろうし・・・・・・。よし!
このままどこかに食べに行くか。行くぞ!千鶴!」
「は・・・・・はい!!土方さん!!」
一人さっさと歩き出す土方に、ハッと我に返った千鶴は慌てて追いかけた。
”土方さん!私、今まで以上に土方さんを支えられるよう頑張りますね!だって、私は土方さんの
小姓なんですから!!
土方の背を見つめながら、どこかズレた事を考えながら、拳を握りしめて、気合いを入れる千鶴だった。










一方、マスタング夫妻と言えば・・・・・・・・・・・・。
「却下だ。」
愛しい妻を抱きしめながら、ロイはハボックに冷たい視線を向ける。
「そんな事言ったって、後がもうないんですよ?勝ちたいでしょう?」
ハボックの必死の説得に、ツンと横を向く。
「何を言う!仲直りというからには、喧嘩をしなければならないじゃないか!
私はエディに悲しい思いをさせたくない!よって、今回の勝負、棄権する!」
「・・・・・・・・・俺も、いくら勝負だからって、ロイに悲しい思いをさせたくないんだ。」
ごめんなと謝るエドに、ロイは慌てる。
「何を言う!エディは間違った事を言っていないではないか!第一、仲の良い夫婦に
喧嘩をしろと言うハボックがおかしいのだ!そうだろ?」
チュッと頬に口付けるロイに、エドは擽ったそうに笑う。
「くすぐったいよ〜。」
「私はエディには、いつでも笑顔でいてほしい。そうだ、この後、フェリシアへのお土産を買いに行こう!」
「うん!賛成!何があるかな〜。・・・・・・・・・・フェリシアに寂しい思いさせちゃって、俺って悪い母親だよな。」
ふと表情を曇らせるエドに、ロイは慌てる。
「エディ。君だけではない。私も同罪だ。帰ったら、二人でフェリシアに謝って、たくさん愛情を注ごう。」
「ロイ〜!!」
感極まって、エドはロイに抱きつく。
「さて、そろそろ行こうか。途中、夫婦喧嘩中の土方夫妻にあったら、せいぜい見せつけてやろう。夫婦が
喧嘩する事ほど不幸な事はないという事を、分からせようではないか!!」
「そうだな!喧嘩は悲しいもんな!」
ニコニコと同意するエドに、ロイは優しく微笑むと、そのままエドの腰を抱いて部屋の外へと導く。
「ああ、大尉に言っておけ。いい夫婦の条件は、喧嘩をしないよう、お互いを尊重し合う事だとな。」
ハハハと高笑いをするロイに、ハボックは慌てて抗議する。
「ちょっと待ってくださいよ!俺に死ねって事ですか!?大尉にそんな言える訳ないでしょうが!!」
ハボックの悲惨な絶叫が部屋に響き渡った。









・・・・・・・・・・・・・・・・マスタング夫妻の棄権により、土方夫妻の勝利。












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