どっちの夫婦ショー 番外編
真実の奥の奥
「そ〜いえばさぁ、何でこんな企画が始まったんだっけ?」
広間で猫ちづを撫でながら遊んでいた総司は、ふと何かを思いついたのか、
唐突に話を切り出した。
「何でって・・・・・・・・確か、アレだろ?【いい夫婦の日】とかで・・・。」
持ち寄った団子を口にしながら、原田が思い出しながら言った。
「そーなんだけど、なんで、合同なのかなぁって思ってさ。ね〜?」
同意を求める様に、ギュッと猫ちづを抱き締める総司に、それまで大人しく
斎藤の膝の上にいた、猫トシがヒラリと音もなく飛び降りると、シャーッと威嚇しながら
総司に猫パンチを繰り出す。
「総司。猫トシの前で、猫ちづにちょっかい出すのやめろよな。」
猫パンチをひょいひょい避けながらも、更に猫ちづを見せつける様に抱きしめる総司に、
平助が呆れたように仲裁に入るが、総司はただニヤニヤ笑うだけで取り合おうとはしない。
「いいじゃないか。抱き締めたって。猫ちづって、可愛いんだもの。誰かさんのよーに、
独占欲の塊のような猫には、勿体ないくらいのお嫁さんだよね〜。
あ〜。何かムカついてきたなぁ・・・・・。ちょっとお仕置きしていい?」
「やめろと言っている。いいから、副長に千鶴を返せ。総司。」
ニヤリと笑って猫トシに何かをしようとするかのように、間合いを取り始める総司に、
斎藤が溜息をつきながら、止めさせる。
「え〜。おもしろくないなぁ〜。でさ、話を元に戻すけど、何でこんな企画が持ち上がったの?」
しぶしぶ猫ちづを猫トシに渡しながら、総司は話を元に戻す。
「・・・・・・・・・・・・それについては、私から説明しましょう。」
「うわっ!?山南さん。何時の間に。」
何時の間に入って来たのか、山南が平助の横で、涼しい顔で自分だけお茶を啜っていた。
「ふふふ。新選組の組長ともあろう人達が、情けない事ですねぇ。
私は先ほどから、ずっといましたよ?ただ、出てくる機会を伺ってはいましたが。」
「何か、突っ込みどころ満載なんだけど、山南さんだからって事で深く追求しないでおくよ。
ところで、説明って何?」
驚いて心臓がバクバクいっている胸を何とか撫で下ろすと、平助は興味深そうな目を
山南に向けた。
「上杉さんが、【花誘奇録】様の土方歳三×雪村千鶴WEBアンソロジーという企画に、
参加しているのは、知っていますね?」
「ああ・・・・。確か、土方×千鶴の話ばかりを集めたものだとか?原稿が〜と騒いでいるところなら
何回か見かけた事はあるが・・・・。それと、今回のこの企画とどう関係が?」
顎に手をやり、原田は山南に問いかける。
「そのアンソロジーの原稿に集中すると、サイトの更新が再び停止する事になってしまうそうです。
ただでさえ、更新が滞りがちなので、これ以上お待たせするのは、心苦しいとか何とか。」
山南の言葉に、総司がクスリと笑う。
「へぇ〜。そんな殊勝な人間には見えなかったけどなぁ〜。」
「そーじ!!いいからお前は黙っておけ!これ以上茉璃の機嫌を損ねて、
華胥シリーズの更新が止まったらどうするんだ?」
原田の叱咤に、総司は肩を竦ませるだけに留める。代わって斎藤が山南に疑問を投げかけた。
「しかし、解せぬ。原稿を書いているから、サイトの更新が出来ぬと言うのであるならば、
この企画自体、無理なのでは?」
「ですから、読者参加型というのを取ったみたいですよ?読者の方に勝敗を決めてもらえば、
それに沿って書けば良いだけの話で、全部一から考えるよりは楽!と仰ってましたから。」
山南の言葉に、総司が引きつった笑みを浮かべる。
「うわ〜。読者参加型なんて尤もらしい名前つけてるけど、要は人に丸投げなんだ〜。
読者の人達がみんな優しくて良かったよね。じゃなきゃ、今頃、企画倒れだったんじゃない?」
総司の言葉に、平助もウンウンと頷く。
「だよな〜。第一回目の投票で、誰も投票してくれなかったら、どうするつもりだったんだ?あいつ。」
「風間さんを登場させて、強制終了するつもりだったようですよ?実際はそんなことが起こらなくて、
本当に良かったですよ。上杉さんも、感動してましたねぇ。」
山南のしみじみとした言葉に、一同、声もなく大きく頷いた。
「それはそうと、もう原稿を送ったんだろ?短編の割に、ずいぶん時間が掛かったみたいだけど。」
ふと平助が疑問に思う。
「ええ・・・・。一応、いくつか書いたらしいのですが・・・・・・・・・・。」
ふうと溜息をつきつつ、視線を外す山南に、原田は眉を顰める。
「何だ?何か不都合でもあったのか?」
「いえね。短編を書くつもりが、ついつい長編になってしまう〜と、ぼやいてましたから。」
「そ〜いえば、無駄に話が長いよね。彼女の小説って。」
総司がクスリと笑う。
「それと、あともう一つ・・・・・・。」
「まだ、なんかあるのか?」
興味津々の原田に、山南は苦笑する。
「土方君が・・・・・・・・・・・・・・・性格が悪くなってしまったそうで、流石にヤバイと書き直したようです。」
「土方さんの性格が悪いのはいつもの事じゃないですか。」
総司のツッコミに、山南は首を横に振る。
「あまりにも黒すぎて、救いのない話になってしまったようです。・・・・・・・・・・・・・・・聞きたいですか?」
キラリンと眼鏡が反射する山南に、周りの皆はゴクリと喉を鳴らす。
「あんまり聞きたくないっていうのが、正直な気持ちだが・・・・・・・・そこまで言われちゃあ、
気になってしかたないよな。」
皆を代表するかのように、原田が口を開く。
「まぁ、我々ほのぼの路線の【華胥シリーズ】には、全く関係のないお話なんですけどね。」
そう前置きすると、山南は遠い目をしながら、語り始めた。
「雪村君を我がものとする為、土方君は周りの仲間を次々と排除するんですよ。
自分の手を汚さずに・・・・・・・・・・・・・・ね?」
ニヤリと笑う山南に、平助はゴクリと唾を飲み込む。
「自分の手を汚さずって・・・・・・・・・・。」
怯える平助に、山南は意味深に笑う。
「いくらでも手はありますよ?雪村君と年が近く一番仲が良い藤堂君や、護衛と称して一番雪村君と
一緒にいる時間が長い斎藤君を、伊東さんに押し付けるとか?」
その言葉に、平助と斎藤の顔色が変わった。それに気づかない振りをして、山南は言葉を繋げる。
「後は・・・・・・病の沖田君を部屋に閉じ込め、徐々に薬で弱らせるとか・・・・。」
「へぇ〜。」
総司の顔が引きつる。
「幹部が少ないのを理由に、原田君に見回りばかりさせるとか?非番の時に雪村君に
ちょっかいかけないように、永倉君にお金を渡して、原田君と二人で島原へ行かせようとするとか。
・・・・・・・・・・・・・おや?どうしました?みなさん。すんごく怖いお顔をなさっていますが。」
ニッコリと笑う山南に、平助が重い口を開く。
「じ・・・・実はさ、俺と一君、今度伊東さんが出す店を手伝うように、土方さんから言われてるんだよ。
良く考えてみれば、何で俺達二人なんだ?」
「・・・・・・・・・・・副長には副長の・・・・何か深いお考えがあってだな。」
なぁ?と斎藤に同意を求める平助に、斎藤は口では土方を庇うも、その表情は硬い。
「そーいえばさ、松本先生から処方された風邪薬、いつの間にか【石田散薬】に
変わってたりするんだよねぇ・・・・・。何でかなぁ・・・・・。あまりにも不気味だから、気合いで治したけど。」
ギリギリと眉間の皺を深くする総司の隣では、原田がそう言われればと、顔を強張らせている。
「最近、やけに新八の奴の金回りがいいと思ったら・・・・・。まさか・・・・・なぁ?」
一瞬、お互いの顔を見回した後、一斉に四人が立ち上がる。
「今、土方さんはどこにいるんだっけ?」
平助の問いに、山南がお茶を啜りながら答える。
「確か、朝から会津藩邸へ行っているはずですよ。雪村・・・・・・・・・・・。」
「何!?千鶴と一緒だと!?ったく!土方さん、一人でやってくれるぜ!!」
山南の言葉を聞き咎めた原田が舌打ちをする。
「・・・・・・じゃあさ!藩邸前で一人で待っている千鶴ちゃんを、これから皆で強奪しに行かない?」
総司の提案に、賛成!と平助が手を上げる。
「うむ。千鶴一人では心配だ。俺はあくまでも千鶴の護衛であって、ましてや強奪などと・・・・・・・・・・・。」
「何ブツブツ言ってんのさ!行くよ!一君!!」
ブツブツ一人呟いている斎藤の腕を取ると、総司は、既に部屋を飛び出した二人の後を追いかける。
バタバタと遠ざかる足音を聞きながら、ふうと山南は湯呑から口を離す。
「雪村君が、そう言ってましたと言いたかったんですが・・・・・・・・・・・せっかちな人達ですねぇ。」
雲一つない空を見上げながら、山南はクスリと笑う。
「あら、山南さん。御一人でお茶ですか?私も誘ってくだされば宜しいのに。」
ちょっと拗ねたような顔で、伊東が障子の向こうから顔だけ出す。
「すみませんねぇ。伊東さん。お声を掛けようと思ったのですが、忙しそうだったので。」
「うふふふ。山南さんとのお茶なら、何が何でも都合をつけましてよ。それはそうと、山南さんに
お礼を言わなければなりませんわ。」
ニコニコと上機嫌に部屋に入ってくる伊東に、山南の笑みは深まる。
「どうやら、うまくいったようですね。」
「ええ!山南さんの言うとおりにしたら、快く藤堂君と斎藤君を貸してくれるって、近藤さんが!」
キャッキャッとはしゃぐ伊東に、良かったですねぇと山南も嬉しそうに頷く。
「局長命令は絶対ですからね。いくら土方君が渋っても、こればかりは。」
「山南さんの指示通り、先に近藤さんの許可を取っておいて正解だったわ〜。本当にありがとう!
じゃあ、私はこれで。今度、お茶をしましょうね♪」
そう言うと、足取りも軽く伊東が広間から出ていく。それに入れ替わる様に、今度は新八が
ひょっこりと顔を出す。
「なぁ、山南さん。土方さん知らねえか?」
「土方君ですか?何か問題でも起こったのですか?」
眉間に皺を寄せる山南に、新八は慌てて首を振る。
「違うって!土方さんには色々世話になったからよ。その・・・・・・礼として、美味しいって評判の
饅頭を買ってきたんだが・・・・・・・・・部屋にいなかったからさ。」
これこれと饅頭の包みを見せる新八に、山南はホッと表情を和らげる。
「そうでしたか。土方君は今、会津藩邸に行っていて、留守ですよ。もうそろそろ帰って来る頃とは
思いますが・・・・・・・・・・。しかし、永倉君、土方君に世話になったという話、
内密にとお願いしたはずですが?」
キラリンと眼鏡を光らせる山南に、新八は慌てて口を塞ぐ。
「いや・・その・・・今ここに、山南さんしかいねえから、つい。」
「・・・・・・・・仕方のない人ですね。くれぐれも注意して下さいね。土方君の立場上、
一人だけに特別待遇など出来ないのですから。まして、あなたは試衛館時代からの幹部。
依怙贔屓と取られてしまうとも限りません。土方君も、決してお礼を受け取らないでしょう。
表向きはなかったことになっているんですからね。今後、皆は勿論、私や土方君の前でも
その話は止めて下さいね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ。そうだな。」
シュンとなる新八に、しかし、と山南はニッコリと笑う。
「あなたからではなく、私からと言えば、彼は受け取るでしょう。そうですねぇ・・・・・。
雪村君が食べたがっていた御饅頭を、私があなたに頼んだと、そう言えば、角は立たないでしょう。
私から雪村君に渡して土方君の御茶受けとして出してもらいますから、安心してください。」
「そうか!すまねえ!山南さん。恩にきるぜ!」
じゃあ、頼んだぜ!と饅頭を山南に渡すと、新八はそのまま部屋を後にする。
「さて・・・・・・・噂をすればですね。」
こちらに近づいてくる小さな足音に、山南はクスリと笑う。
「あれ?山南さん?」
ひょっこりと顔だけ広間に出した千鶴は、山南の姿に、ニッコリと笑う。
「こちらにいらしたんですね。お茶のお代わりをお持ちしましょうか?」
ニコニコと微笑む千鶴に、山南は優しく微笑む。
「いえ。お茶は結構ですよ。それよりも、雪村君はどうしてここに?」
「あ・・・はい。沖田さんにお薬をと思ったのですが、お部屋にいらっしゃらないようなので。」
どこに行ったのでしょうと困った顔の千鶴に、山南はニッコリと微笑む。
「ああ、彼ならもう風邪は治ったので、薬はいらないということですよ。松本先生のお墨付きです。」
「そうなんですか!良かった〜。山南さんの指示通り、この薬に換えて良かったです。本当にこのお薬効きますね〜。
【石田散薬】というんでしたっけ?斎藤さんも大絶賛していましたよ。」
とホッとした笑顔の千鶴に、山南は大きく頷いた。
“本当に、土方君の実家にも困ったものです。【石田散薬】の在庫処分に、
新選組を使うとは・・・・。今回、沖田君のお蔭で、随分数が減って助かりました。
今、大阪に出張中の山崎君が戻ってこないうちにさっさと【石田散薬】を使い切らなければ・・・・・・。”
「ところで、他の隊士の人の健康状態はどうですか?加減の悪い人には、
どんどんこの【石田散薬】を渡してくださいね。」
「はい!!あっ・・・・・・でも、もう残り少なくなってしまって。」
シュンと項垂れる千鶴に、山南はニッコリと微笑んだ。
「安心してください。【石田散薬】は妙薬でなかなか手に入らないものですが、
また手に入ればお渡しします。【石田散薬】ほどではありませんが、
他のお薬もちゃんと効きますし、(むしろ、そっちの方が効くでしょうが。)心配することはありませんよ。」
「はい!山南さん!!」
力強く頷く千鶴に、山南は満足そうに頷くと、ふと手に持っているものを思い出した。
「先ほど、永倉君から御饅頭を頂いたのですが、あいにく、私はお腹が一杯で・・・・。
宜しければ、雪村君が食べてくれませんか?」
「えっ!?私にですか?ですが・・・・他の皆さんには・・・・・・・・・・・?」
キョトンとなる千鶴に、山南は更に笑みを深めながら饅頭の入った包みを差し出す。
「他の人達は今、出かけてていつ帰ってくることやら・・・・・・。そろそろ土方君も
帰って来る頃でしょうし、どうでしょう。お二人で。」
「宜しいんでしょうか?」
おずおずと包みを受け取る千鶴に、山南は憂いを帯びた目を向ける。
「最近の土方君の働きぶりは凄まじいものがありますから。これでも食べて
疲れを取ってもらおうかと思ったのですよ。それに雪村君のお茶も加われば、
更に癒される事でしょう。頼みましたよ。」
「わ・・・私のお茶で癒されるかどうかはわかりませんが、頑張って美味しいお茶を
土方さんにお煎れします!!」
任せて下さい!と胸を張る千鶴に、山南はふと真顔に戻る。
「本当に、あなたがいてくれて良かった。」
「・・・・・・・・・・・・・・・山南さん?」
「・・・・・・・・・いえ、なんでもありません。ああ、土方君が帰って来たみたいですよ?」
訝しげな千鶴に、山南は慌ただしくなる玄関先に気づき、千鶴に行くように促す。
山南の様子に気がかりを覚えつつも、土方が帰った事に、千鶴の心は玄関へと向かっていた。
「では、私は土方さんのお茶をお煎れしてきます。御饅頭ありがとうございました。」
ペコリと頭を下げた千鶴はニコニコと嬉しそうに玄関へと土方を迎えに走り出した。
その後ろ姿を見つめながら、山南はしみじみと呟いた。
「本当に、雪村君がここに来てくれて良かった・・・・・。ここが試衛館時代のように、
いえ、それ以上に居心地の良い空間なのは、全て彼女のお蔭。・・・・・・・・・・だから、土方君。」
そこで言葉を切ると、キラリと眼鏡を光らせる。
「彼女を絶対に逃がさないで下さいよ・・・・・。」
フフフフと不気味に笑う山南を、猫トシと猫ちづが興味深そうに見つめていた。
〜 おまけ 〜
「クシュン!」
「土方さん!?」
土方の着替えを手伝っていた千鶴は、くしゃみをする土方に、驚いて顔を上げる。
「お風邪ですか?今お薬を!」
慌てる千鶴に、土方は苦笑する。
「大丈夫だ。それよりも、その包みは、何だ?」
千鶴の傍らにある包みに、土方は興味津々に訊ねる。
「御饅頭です。山南さんが永倉さんから頂いたそうですが、あいにく、山南さんは
お腹一杯だとか・・・・・。それで、土方さんにって。今、お茶をお煎れしますね♪」
ニコニコと笑いながら、千鶴は饅頭が入った包みを捧げ持つ。
「俺だけじゃねえだろ?お前もと言われただろ?」
「それは・・・そうですけど・・・・。土方さん、お疲れのようですので・・・・私がいては・・・・。」
チラリと土方の顔を伺う千鶴に、土方は苦笑する
「いいから!さっさと茶を煎れて来い!勿論、お前の分もな?」
「は・・・・・・・・はい!!美味しいのを煎れて来ます!!」
ぱあっと嬉しそうに顔を輝かせと、千鶴はパタパタと足音も軽く部屋から出て行った。
「・・・・・・・・・・・・・ったく。山南さんも、気を使い過ぎだぜ。」
山南の事だ。土方と千鶴の為に、総司を始め、他の幹部達を土方の部屋に
寄せ付けない策を講じたのであろう。久方ぶりに誰にも邪魔されない時間が持てるのかと、
遠ざかる千鶴の足音を聞きながら、土方は幸せそうに微笑んだ。
FIN
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