どっちの夫婦ショー




                            最終話








   「失礼致します。大総統夫人。」
   優雅に朝のお茶を堪能していた大総統夫人は、その声に顔を上げた。
   「まぁ、マスタング准将。おはようございます。今日はお早いですわね。」
   にっこりと微笑む夫人に、ロイは厳しい顔を崩すこともなく、早々に用件を口にした。
   「朝早くから失礼とは思いましたが、どうしても納得がいかなかったもので・・・・。」
   ロイの言葉に、夫人はスッと目を細めた。
   「・・・・・・・納得がいかない事とは、先日の【対決】の件かしら?」
   「話が早くて助かります。何故、あのような事を?」
   ジッと自分を見定めるかのように見つめるロイに、夫人はコロコロと笑う。
   「何かおかしなところでもあったかしら?まぁ、流石に少々やり過ぎたとは思いますけど。」
   「少々!?
   ピクリとロイの眉が動く。
   「エドワードちゃんに謝らなくては。今、お部屋?」
   そう言って、席を立とうとする夫人に、ロイは片手で制する。
   「お待ちを。誤魔化そうとしても誤魔化されませんよ。」
   剣呑な目になるロイに、夫人は穏やかに微笑む。
   「誤魔化そうなどと・・・・・・・・・・・・。それこそ誤解ですわ。マスタング准将。」
   あくまでもシラを切ろうとする夫人に、ロイは溜息をつく。
   「夫人・・・・・・・・・。私もあまり立場上、強く出れないのですが。」
   「では、出なければよいでしょう?」
   どこまでも食えない笑顔の夫人に、ロイは無言で発火布の手袋を向ける。
   「単刀直入にお聞きしたい。あなたは、エドワードを傷つける事をなさらないはず。なのに
   何故今回、あえて、エドワードを傷つける様な事を仕組んだのですか?」
   「・・・・・・・・・・・どうしてそう思うのかしら?」
   キョトンと小首を傾げる夫人に、ロイは溜息をつきつつ答えた。
   「私の情報網をあまり見くびらないで頂きたい。ホークアイ大尉と山南殿が提出した課題の数は、
   それぞれ3枚。そして、この間の対決の課題の内容を、大尉も山南殿も書いていないとすれば、
   残るは、あなた、もしくは、大総統が書いたとしか思えない。先程も申し上げたように、お二人とも
   エドワードを傷つけたりはしないはず。だからこそ、その真意をお聞きしたい。」
   ロイの言葉に、夫人は肩を竦ませる。
   「もう!そこまで分かっているのに、どうしてあともう一歩が分からないのかしら!!」
   「・・・・・・・・・・・・夫人?」
   訝しげなロイに、夫人は苦笑する。
   「この間の対決、あなたはエドワードちゃんの態度をどう思った?」
   「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嫉妬されて、そこまで私を思ってくれたのかと・・・。」
   「はぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
   ポッと頬を赤らめるロイに、夫人の呆れた声が響き渡る。
   「本当にあなたって、自分の都合の良いように解釈するのね!呆れたわ!!」
   頭痛いわ〜と業とらしく首を振る夫人に、流石のロイもムッとする。
   「何がおかしいんですか。」
   「全部よ!全部!第一、何が嫉妬されてよ!あれはね!嫉妬以前の問題なの!そんな事も
   分からないの!?」
   夫人の言葉に、ロイは困惑気に眉を顰める。そんなロイに、夫人はため息をつきながら、
   一つ一つ問いかける。
   「エドワードちゃんは、最年少で国家錬金術師の資格を取ったわね?」
   コクンとロイは頷く。
   「そして、旅から旅の生活を送っていた。」  
   再びコクンとロイは頷く。
   「数々の事件も解決したし。」
   コクンとロイは頷く。
   「同年代の娘さんに比べて、知能、判断能力、危機回避力、冷静さ、行動力、などなど、あらゆる面が、
   抜きん出て能力が高いわね?」
   コクンとロイは頷く。
   「で?そんなエドワードちゃんが、どうして、不安そうに泣き叫んでいたの?」
   「っ!!」
   夫人の最後の問いに、ロイは息を?む。
   「まるで子供のように泣きじゃくってたわよね?普段冷静な対処が出来るエドワードちゃんがよ?
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そして、あなたも。」
   「・・・・・・・・・・・私もですか?」
   虚をつかれたように唖然となるロイに、夫人は穏やかに微笑む。
   「あなた達って、どうもお互いに遠慮してるっていうか、相手に対して異常なまでの不安を抱えてるようで、
   見ているこっちは、いつも、じれったい思いをしているのよ?わからなかった?」
   「・・・・・・・・・・・・夫人。」
   呆然と呟くロイに、夫人はニッコリと笑う。
   「日本国からの依頼というのもあったけど、あなた達の危うさも気になっていたから、
   まとめて面倒見ちゃいましょう!という主旨の元、今回の旅行が決まったのよ。」
   驚きに息を?むロイに、夫人は大きく頷いた。
   「だから、あなた達二人の絆を、しっかりと結んでほしいの。エドワードちゃんと良く話し合いなさい。」
   「お心遣い、感謝します。」
   ロイは深く頭を下げると、そのまま部屋を飛び出して行った。
   ロイの足音が遠ざかるのを見計らったように、ホークアイが音もなく夫人の背後に立つ。
   「数々のご配慮、感謝いたします。」
   頭を下げるホークアイに、夫人は振り返るとクスリと笑う。
   「エドワードちゃんは、ここ一年ほどの環境の激変に、心のバランスが崩れているのよ。その上、マスタング
   准将は以前は女性問題が多々ある方でしたからね。不安なのもわかるわ。それをうまく隠しているつもりなのかも
   しれないけど、周りの人間にはバレバレ。案の定、ちょっとしたきっかけで、今回のように取り乱してしまったわ。
   准将のお母様のソフィアさんも、そこのところを特に気にしていたわね。」
   「支えるべき肝心の准将も、エドワードちゃんの行方不明事件が相当トラウマになってしまったらしく、逃げないように
   ただ甘やかせばよいとでも思ったのでしょうか。お互い、自分の不安を見ないようにするのに精一杯で、
   相手の気持ちに気付く余裕がありませんでした。これで、二人も少しは落ち着くのではないでしょうか。」
   ホークアイは、ついでに准将のサボリ癖がなくなってくれれば良いのですけど・・・・・と、言葉を結ぶ。
   「できれば、もう誰も傷ついて欲しくありませんわ・・・・・・・・・・・・・・。」
   しみじみと呟く夫人に、最もだとホークアイは大きく頷いた。

   








   

   「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おい、千鶴はどこだ?朝から姿が見えねえんだが。」
   いつもの朝餉より少し遅い時間、不機嫌な顔で広間に現れた土方に、その場にいる全員が
   顔を見合わせる。
   「あれ?一君言ってなかったの?」
   お茶をズズッと飲みながら、隣に座っている斎藤に、総司は尋ねる。
   「・・・・・・・・俺もたった今、聞いたばかりだ。どうやったら副長に報告出来るんだ?」
   斎藤にギロリと睨まれても、総司のからかいを含んだ笑みは消えない。
   「一君なら、可能かと思って。でも、土方さんまで知らなかったなんて、山南さん、一体・・・・・・あれ?」
   総司は、クルリと山南が座っていた方へ顔を向けるが、そこはもぬけの殻。あれ?と首を傾げていると、
   原田が苦笑混じりに教える。
   「山南さんなら、土方さんの足音が聞こえた時点で、さっさと部屋を出て行ったぜ。」
   「・・・・・・・・・ってことは、ここにいる誰かが土方さんに説明しなくっちゃならないの?面倒くさいなぁ〜。
   へーすけ、君やって。」
   肩を竦ませる総司に、原田の隣で朝餉を取っていた平助が、ウゲッと顔を顰める。
   「やだよ〜俺!まだ死にたくねえし!」
   ブンブンと首を横に振る平助に、だよなぁと原田も同意する。
   「んじゃあ、説明面倒くさいから、土方さんは無視ってことで。」
   どんどん話が進んでいく状況に、土方の怒りが爆発する。
   「おい!お前らいい加減に!!」
   「・・・・・・いい加減にするのは、土方さんの方ですよ?」
   土方の激昂など全く気にも留めない総司が、挑発的な笑みを浮かべて土方を見遣る。
   「・・・・・・何だと?どういうことだ?」
   スッと目を細める土方に、斎藤が溜息をついて土方に向き直ると、若干目を逸らせながらも、
   先ほど山南から聞かされた事を伝える。
   「先ほど、総長より通達があったのですが・・・・・・・・・。本日付で雪村千鶴を副長の小姓から
   外させる・・・・と。」
   「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
   言われた事に、思ってもみなかった土方は唖然となる。
   「それで、千鶴ちゃんが、次に僕達の中で、誰の小姓になるかって事を、これから話し合うんです。
   土方さん、邪魔だから出て行ってくれませんか?」
   驚きに固まる土方に追い打ちをかける様に、総司はニヤリと笑う。それに漸く我に返った土方は、
   ギリリと総司を睨みつける。
   「ふざけるな!俺はそんな話を何も聞いてねえ!!何でそんな大事な事を俺抜きで話が進むんだよ!!」
   「そーは言ってもぉ〜、僕達もたった今聞いたんですよ。土方さんに何か心当たりがあるんじゃないですか?」
   肩を竦ませる総司に、土方は眉を顰める。
   「そんなのある訳ねえだろ!・・・・・・・・・・・・・・もういい!!山南さんの所に行って聞いてくる!!」
   足音も荒く広間から出ていく土方を、後に残った皆は、複雑そうな目で見送った。











   「おい!山南さん!!これは一体、どういう事だ!!」
   バンと音を立てて山南の部屋に乗り込んだ土方は、そこで【千鶴保護者同盟】の面々の冷たい視線を
   一身に浴びることになった。
   「・・・・・・・・・近藤さん達もいたのか。」
   あまりにも、冷たい視線に、一瞬怯えた土方だったが、一人呑気に茶を啜っている山南の姿に、
   先ほどの怒りを思い出し、ギロリと睨みつける。
   「おや?土方君。今頃起きて来たんですか?ずいぶんとごゆっくりな事で。」
   「千鶴を待ってたから・・・・・・・・じゃなくって、今、とんでもねえ話を聞いたんだがよ、説明してくれないか?」
   ニッコリと微笑む山南に、土方は不機嫌そうに言った。
   「とんでもない話といいますと?」
   キョトンとなる山南に、土方のこめかみがピクリと動く。
   「恍けるのは、なしにしてくれねえか。何で、千鶴が俺の小姓から外されなければならないんだ?あいつには、
   何の落ち度もねえ。それに、そんな大事な話を俺抜きに進めたってのも、気に入らねえな。」
   腕を組んで山南を見下ろす土方に、今度は伊東がホホホと声を立てて笑う。
   「まぁ、何かと思えば、その事でしたの?でもね、これは既に決定事項なの。千鶴ちゃんの次のお相手は、
   今、斎藤君達で争っているんじゃないかしら?」
   誰になるか、楽しみねえとニコニコ笑う伊東に、土方はブチ切れる。
   「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これは、例の【勝負】ってやつなのか?いい加減にしてほしいんだがな。」
   千鶴はどこだと再度訊ねる土方に、それまで黙っていた近藤が、硬い表情で口を開く。
   「トシ・・・・・・・・・・・・・。これは、雪村君の意志でもあるんだ。」
   「千鶴の・・・・意志・・・・・・・・・だと?」
   呆気に取られる土方に、気の毒そうな顔で、井上が声を掛ける。
   「雪村君が山南さんに訴えたんだよ。自分が小姓をしているから、トシさんに今回のような面倒事が
   降りかかるってね。そんな事は無いんだよと、いくら言い聞かせても、頑なに首を横に振るばかりで・・・・。
   あまりにも意志が強いので、ここは雪村君の意志を尊重しようと・・・・・・・・・・。」
   「・・・・・言ったのか?俺の・・・・・俺の傍にいるのは、嫌だと!!千鶴がそう言ったのか!!」
   井上の言葉を遮って、土方は血を吐く様に叫ぶ。そんな土方の悲痛な表情に、誰も何も言えずに黙り込む
   中、伊東がじっと土方を見据えたまま話しかける。
   「・・・・・・・・・・・・・土方君は、これから先、千鶴ちゃんをどうなさるおつもりなのかしら?」
   伊東の言葉に、ノロノロと土方は顔を上げる。
   「どう・・・・・・・・・とは?」
   「言葉通りの意味ですわ。綱道さんが見つかるまで、ずっとここで男装をさせておく訳にはいかないでしょう?」
   伊東の正論に、土方は何も言えずに唇を噛みしめる。そんな土方に、伊東は更に言葉を重ねる。
   「私、千鶴ちゃんの姉として・・・・・・・・・。」
   「伊東さん、君、性別が・・・・・・・・・・。いや、何でもない。」
   控え目な近藤の主張(ツッコミ)は、伊東の一睨みで瞬殺される。その場を取り繕う様に、コホンと咳払いをすると、
   伊東は言葉を続けた。
   「私は、千鶴ちゃんの姉という立場から、常々思っていましたの。あんなに可愛い千鶴ちゃんがいつまでも
   男装をしているなんて、嘆かわしいと。斎藤君達の誰かの小姓という話もありますけど、私としては、このまま
   千鶴ちゃんを屯所から出しても良いのではと思っていますわ。」
   「屯所から出すだと!?」
   ギョッとなる土方に、伊東はニッコリと微笑んだ。
   「幸い、松本先生が、預かっても良いと言って下さっているのだし、これは良い機会なんじゃないのかしら。」
   どうかしらと再度訊ねられた土方は、やがて吐き捨てる様に呟いた。
   「・・・・・・・・・・・・俺は・・・・俺は何も聞いてねえ。」
   「土方君?」
   眉を顰める伊東に、土方は挑むように真っ直ぐ視線を向ける。
   「俺は、千鶴本人の口から何も聞いてねえ。話は・・・・・・・・・・千鶴本人に聞いてからだ。」
   そして、そのまま出て行こうとする土方の背に、容赦ない伊東の言葉が突き刺さる。
   「それでは、また同じことの繰り返し。良くお考えになって。あなたはどうしたいのか。それから・・・・・・・。」
   そこで言葉を切ると、伊東は鋭い視線を土方に向ける。
   「・・・・・・・・・・・・・・・これがお前に与える、最後の好機だと、認識しておけ。」
   常にない男らしい伊東の言葉に、周りは感心した様にオオーッと声を洩らすが、土方は振り返ることなく
   そのまま部屋を後にする。
   「・・・・・・・・・・・・・・・・さて、土方君はどう出るかしら?」
   遠ざかる足音に、伊東は肩を竦ませる。
   「恰好良かったですよ。伊東さん。私はすごく感動しました!」
   ニッコリと微笑む山南に、伊東は頬を赤らめる。
   「私とした事がつい・・・・・・。恥ずかしいですわ〜。」
   クネクネと身体をくねらせながら恥ずかしがる伊東に、いえいえと山南は首を横に振った。
   「我々は土方君と昔馴染みですので、どうも甘い態度を取ってしまいます。それでは、雪村君が可哀想で。
   伊東さんがビシッと言ってくれたおかげで、今度こそ、土方君も目が覚めたと思います。
   ・・・・・・・・・・・・・・これで駄目なら、もう知りませんがね。幸い、雪村君の婚儀の相手は、土方君じゃなくても
   構わない事ですし・・・・・・・・・・。」
   メガネを光らせながら、フフフと不気味に笑う山南に、伊東も我が意を得たりとばかりに、大きく頷く。
   「そうですわね!可愛い千鶴ちゃんの為にも、今度こそ最高の伴侶を!!」
   「・・・・・・・・・・・・・・トシ。これからが正念場だ。頑張ってくれ!!」
   不気味に笑い合う山南と伊東を横目に見ながら、近藤は心配そうに土方が出て行った方向を見つめた。
















   「・・・・・・・・・・・エディ?」
   部屋に戻ったロイは、庭をぼんやりと眺めているエドに気づき、訝しげに声をかけた。
   「!!ロ・・・ロイか!脅かすなよ!!」
   ビクッと身体を揺らしたエドは、慌てて後ろを振り返ると、ロイに怒ったような顔を向ける。
   「ああ!すまなかったね。エディ。驚かせてしまって。」
   ロイは蕩けるような笑みを浮かべながら、エドの身体を抱きしめようとするが、その前に、
   エドは警戒するように、ロイから距離を置く。
   「エディ?」
   まさか、エドにそんな態度を取られるとは思っていなかったロイは、傷ついたような顔をする。
   「・・・・・・・・・・・・・あんたって、変わったよな。」
   対するエドも悲しそうな顔でロイを見つめる。
   「何がだ!?私は何も変わってなど・・・・・。」
   「いや!変わった!大体、以前のアンタは、こーゆー時、決まって、【注意力散漫だな。鋼の。
   そんな事では、いざという時、どう対応する?せいぜい敵に殺されないように気を付けることだな。】とか
   嫌味な言葉を投げかけてきたじゃないか。」
   「う・・・・・・・・それは・・・・・・・。でも、もう夫婦なのだし、そんな冷たい言葉など言う必要はないじゃないか!」
   ロイの言葉に、エドは更に悲しそうな顔をする。
   「・・・・・・・・・・それが嫌なんだってば。」
   「エディ?」
   様子のおかしいエドに、ロイは慌てて近寄ろうとするが、更に距離を取られ、唖然となる。
   「何が・・・何が不満なんだ?何でも言ってくれ!治す様に努力を・・・・・。」
   顔面蒼白のロイに、エドはブンブンと頭を横に振る。
   「だから!そーゆーのが嫌なんだって!俺達、以前はお互い心に思った事を何でも言い合ってたよな?
   喧嘩したけど、俺はロイが俺の事をすごく心配してるって、分かってすごく嬉しかった。でも!今は違う!
   アンタは、俺を甘やかす事しかしない!俺が何をしてもいつもニコニコして!!」
   エドの大きな目から、ポタポタと涙が流れるのを、ロイは唖然と見つめた。
   「アンタは、俺を見てる?アンタに甘やかされれば、甘やかされるほど、俺の事見てないんじゃないかって、
   すごく不安になる。・・・・・・・・・・・・・・以前のアンタの方が、俺の事をちゃんと見てくれてた!!」
   俺達、いつからこうなっちゃったんだろう・・・・・・・・・・・・・そう呟くと、エドはその場にしゃがみ込んで
   嗚咽を洩らす。
   「エディ・・・・・・・・・・・。違う!違うんだ!!」
   ロイは、慌ててエドの傍に寄ると、ギュっと抱きしめる。
   「君を必要以上に甘やかしていると自覚はしていた。」
   エドの身体を抱きしめたまま、ロイはポツリと呟いた。ピクリと反応するエドの身体を更に抱き寄せると、
   エドの頭に頬を寄せる。
   「・・・・・・・・・・・怖いんだ。この幸せが。」
   「・・・・・・・・・怖い?」
   くぐもった声のエドの言葉に、ロイは、ああと答える。
   「焦がれて焦がれてどうしようもないくらい焦がれていた君がこの腕の中にいる。そして、私の子供を産んでくれた。
   その幸せが、自分の夢ではないかと、ひどく不安に思う時がある。現実は、まだ君が行方不明のままで・・・・・・。
   あの時、ずっと後悔していたんだ。こんな事なら、もっともっと私しか見ないように、甘やかせておけばよかったと。
   そうすれば、君は私から離れていかなかったのではないかと・・・・・・・・・・ずっと思っていた。」
   「・・・・・・・・・・・・ロイ。」
   驚いて顔を上げるエドに、ロイは悲しそうに微笑む。
   「君を離さない事に必死で、君を見てなかったのかもしれない。・・・・・・・・・・・・すまなかった。」
   「お・・・・・・・俺も・・・・・・・俺もゴメン!ロイをイッパイイッパイ傷つけてごめんなさい!!」
   ギュッと自分に抱きつくエドに、ロイは思いっきり抱きしめる。
   「エディ。これからは、不安を君にちゃんと伝える。・・・・・・・・・聞いてくれるか?そして、君の不安も
   私に話してくれ。二人で一緒に乗り越えよう。」
   ロイの言葉に、エドはコクコクと頷く事しか出来なかった。







   「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もしかして、私はあの二人を更なる馬鹿ップルにしてしまったのかしら?」
   物陰から二人の様子を見ていた夫人は、傍らでガックリ肩を落とすホークアイに、引き攣った笑みを向けた。















    「・・・・・・・・・・・・・・最後の好機・・・・・・・・・・か。」
    先ほど、伊東に言われた事が、頭の中をグルグル回っていた土方だった。
    「・・・・・・・・・俺にどうしろっていうんだ。」
    ガシガシと頭を掻く土方は、ふと前方を軽い足取りで歩いている総司に気づき、訝しげに顔を顰める。
    「あっ!!千鶴ちゃん!!待たせてごめんね〜♪」
    だが、続く総司の言葉に、土方は頭の中が真っ白になり、気づくと、気配を殺して物陰から総司の様子を
    見つめていた。
    丁度総司が影になって見えないが、どうやら総司の前に千鶴がいるようで、知らず土方の視線が剣呑さを
    増していく。
    “俺は一体何をしてんだ・・・・・。”
    さっさと出て行くなり、この場を立ち去るなりすれば良いのだが、まるで縫い付けられたように、その場から
    土方は動くことが出来ず、ただ息を顰めて二人のやり取りを聞いていた。
    「沖田さんがお相手なんですね。宜しくお願いします!」
    「うん!じゃあ、行こうか♪」
    そのまま二人どこかへ行こうと動き出すのを、土方は我慢できなくなり怒鳴りつけた。
    「おい!千鶴!!」
    土方の声に、ヒョイと顔を覗かせる千鶴は、土方の姿を見ると、ニッコリと微笑み、深々と一礼する。
    「土方さん、おはようございます。」
    だが、土方は千鶴の挨拶を無視すると、ツカツカと二人に近づき、総司を押しのけるように千鶴の前に
    立つ。
    「土方さん?」
    キョトンと首を傾げる千鶴に、土方は言いたいことが一杯あり過ぎて、何も言えずただ睨みつける事しか
    出来なかった。
    「土方さん。僕達、これから用があるんですけど?」
    存在を無視された総司は、不服そうに言うが、土方は横目でギロリと睨むと、ぶっきらぼうに言った。
    「近藤さんがお前を探している。さっさと行け。」
    「え〜。そんなはずある訳ないじゃないですか。僕と千鶴ちゃんが一緒にいる事、近藤さん、知っているはずですよ?
    たった今、近藤さんの所から来たんですから。」
    顔を顰める総司だったが、ツンツンと袖を引っ張られて、総司は顔を千鶴に向ける。
    「沖田さん、急な用事かもしれません。私は後で構いませんので、近藤さんの所に行ってください。」
    「え〜。絶対に土方さんの嘘だと思うんだけどな。まぁ、千鶴ちゃんがそこまで言うのなら、ちょっと行ってくる。
    直ぐに戻って来るから、ここで待っててね♪・・・・・・・・・・・じゃないと、苛めちゃうよ?」
    ニヤリと千鶴に笑う総司の後頭部を、土方は容赦ない力で殴りつける。
    「いいから!さっさと行きやがれ!!」
    「は〜い。じゃあ、また後でね。千鶴ちゃん。」
    ヒラヒラと千鶴に手を振りながら、総司は土方とすれ違い様、小声で呟く。
    「千鶴ちゃんは、もう土方さんのモノじゃないんですからね?そこのところ、自覚して下さいよ。」
    その言葉に、キッと睨みつける土方に、総司は不敵な笑みを浮かべながら、その場を後にした。
    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あのよ、千鶴。」
    ニコニコと微笑みながら総司を見送る千鶴に、土方は言い様も知れない不安が押し寄せてきて、
    千鶴に話しかける。
    「はい?何でしょうか?土方さん。」
    ニコニコと微笑んだまま、土方に顔を向ける千鶴に、土方はやるせない気持ちになってくる。
    自分の小姓から外れたのに、何でそんなに嬉しそうなのかとか、総司とどこへ行くんだとか、
    言いたいことは山とあったが、それを言っては話が進まないと、土方は気を落ち着かせる為に
    息を吐くと、なるべく感情的にならないように、気を付けながら、口を開く。
    「山南さんから聞いたんだけどよぉ・・・・・・・・・・。」
    山南という言葉に、千鶴はピクリと身体を揺らすと、微笑みから一変、真剣な表情で土方を見つめる。
    「・・・・・・・・・・・何で俺に面倒事が降りかかるとか思ったんだ?面倒事にしているのは、山南さんで、
    お前が気にする必要はねえと、前にも言ったはずだが?」
    土方の言葉に、千鶴は一瞬目を逸らそうとしたが、直ぐに思い直したのか、更に厳しい表情を
    土方に向ける。
    「・・・・・・・・・・・・・・・今回の事はきっかけにすぎません。私なりにずっと考えていたんです。このままでは
    いけないと。」
    「そりゃあ・・・・・・・・・俺も、このままではいけないとは思うが・・・・・・。だからって、急すぎるだろうが!」
    叫ぶ土方に、負けじと千鶴も叫ぶ。
    「ですが、私はもう18なんです!!遅いくらいです!!」
    「!!」
    その言葉に、土方は脳天を叩きつけられたような衝撃を受ける。口ではそろそろ嫁入りもおかしくはないと
    言っていた土方だったが、心のどこかでまだこいつは餓鬼だ餓鬼だと自分に言い聞かせていた。
    無意識のうちに、そうすることで、千鶴を手放さなくてもいいと思っていたのかもしれない。
    今、現実問題として、18という年齢を突きつけられ、土方は言葉を失う。18歳と言えば、
    どこぞに嫁いでもおかしくはない。むしろ遅いくらいだ。
    息を呑む土方に、千鶴は泣きそうな顔で俯く。









    「いくら、小太刀の道場に通っていたとはいえ・・・・・・・・・・・・・今から本格的に始めたのでは、遅すぎる
    んです!!」
    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
    “何で嫁入りに小太刀の道場が関係してくるんだ?つうか、本格的にって、何を始める気だ?”
    唖然となっている土方に気づかず、千鶴はどんどん話を進める。
    「エドワードさんが、不逞浪士の集団を、一瞬のうちに倒したとお聞きして、自分が間違っていた事に
    気づいたんです。私、今まで、皆さんに守られている事に甘えきってしまって、自分の力を高めようとか
    そんな事を全くしてこなかったって!自分が出来る事をする以前に、皆さんの足手まといにならないように、
    剣の修行をしなければならなかったのに・・・・・・・・・・・・・・・・・・土方さん?どうして床に座り込んでいるんですか?
    まさか、御加減が悪いんじゃ!!」
    ふと気づくと、床に片膝をついている土方の姿に、どこか具合でも悪いのかと、千鶴は慌てて近寄った。
    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・千鶴、ちょっと答えてくれねえか?」
    疲れ切った表情で土方は顔を上げると、心配そうな顔の千鶴に訊ねる。
    「山南さんに、なんて言ったって?」
    「皆さんの足手まといになりたくないので、剣術を教えて欲しいとお頼みしました。井上さんは、そんな事を
    しなくても良いと仰って下さったのですが、私、どうしても強くなりたいんです!」
    「・・・・・・・・・・・・・俺の小姓をやめるとか言うのは?」
    「山南さんが、片手間にやるほど、剣の修行はたやすいものではないと。暫く小姓のお仕事はお休みと
    言われたのですが・・・・・・・・・・・・・・?」
    山南さんにお聞きしていないんですか?と逆に問われ、土方は疲れたように笑う。
    「・・・・・・・・・・・・・今朝、俺を起こしに来なかったのは?」
    「近藤さんに、天然理心流の講釈を受けておりました。沖田さんが、土方さんを起こして下さるという
    お話だったのですが・・・・・・。」
    まさか、沖田さん忘れてたんじゃと、蒼褪める千鶴に、土方はピクリとこめかみを引きつらせる。
    「今、総司とどこへ行くつもりだったんだ?」
    「道場ですよ?皆さんが、手の空いている時に、剣の稽古に付き合って下さるっておしゃって下さいまして。
    今日は沖田さんのようですが・・・・・・・・・土方さん?どうして、そんなに怖い顔をなさっているんですか?」
    だんだん表情を険しくしていく土方に、千鶴の顔が引きつる。だが、自分の事で手一杯の土方は、
    それに気づかず、内心腸が煮えくり返っていた。
    “あいつら・・・・・・・・・・・・・・・・・全員で俺を嵌めやがったな。”
    キッと後ろを振り返ると、数人がそそくさと物陰に隠れたのが見えた。そんな中、一人平然と立っている
    人物がいた。伊東である。伊東は顎に手を当てて、まるで挑発するように微笑んでいた。
    「あの〜。土方さん?どうかなさったんですか?」
    急に後ろを振り返ったまま、動かない土方を心配して、千鶴は声を掛ける。
    「何でも・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
    ないと言いかけて、そこで自分と千鶴の距離が近い事に気づき、思わず言葉を切った。
    “・・・・・・・・・・・・・・・これがお前に与える、最後の好機だと、認識しておけ。”
    脳裏に再び伊東の言葉が蘇る。
    今回は、皆の策略だったが、遅かれ早かれ、今度はもっと深刻な問題となって、土方の前に
    再び突きつけられるだろう。その時、千鶴の手を離せるのか?と自問自答する。
    “無理だ・・・・・・・。”
    土方は、無意識に千鶴の頬に手を伸ばす。
    “こいつが俺の目の前からいなくなるなんて・・・・・・・・・・・・・耐えられねえ。”
    「土方さん?」
    自分を凝視する土方に、居心地が悪くなった千鶴は、恐る恐る声を掛ける。その声に我に返った土方は、
    コホンと咳払いをすると、早口に捲し立てた。
    「お前の気持ちは分かった。だがな、お前が剣の修行をする事は許さねえ!さっさと小姓の仕事に戻れ。」
    「ど・・・・・・・・・・どうしてですか!!訳を・・・訳を仰って下さい!!」
    最初は難色を示されていたが、剣術の稽古をすると決まってからは、皆から頑張れと励まされ、
    俄然やる気満々だった千鶴だった。まさか、土方にそんな事を言われるとは思っていなかった千鶴は、
    思わず声を荒げる。
    「訳は・・・・・・・・お前には必要ない事なんだ!」
    「必要ないって・・・・・・そんなの酷いです!私・・・私は・・・・土方さんのお役に立ちたい・・・・。
    お側にいたいんです!お願いします!剣術の稽古を許してください!!」
    深々と頭を下げる千鶴を、土方は口調も荒く吐き捨てる。
    「女がそんな事を気にする必要はねえって事だ!大人しく守られとけ!分かったか!!」
    土方の言い様に、千鶴はカチンとくる。
    「女だって、守られるだけでは嫌なんです!!現にエドワードさんは・・・・・・。」
    尚も食い下がる千鶴に、土方のイライラは頂点に達する。
    「異国の女なんか知るか!!俺は・・・・・・・俺は・・・・・・・・
 俺はお前に惚れてんだよ!

    惚れてるから守りたいと思って、
 何がいけねえんだ!!


    言い切った瞬間、土方はハッと我に返った。目の前には、突然の土方の告白に、真っ赤な顔で
    口をパクパクさせて座り込んでいる千鶴の姿があった。
    「ひ・・・ひ・・・・土方さ・・・・・ん・・・・・・。あ・・・あの・・・・わ・・・私・・・・・・。」
    「っ!!いいから、こっちに来るんだ!」
    後ろにいる伊東達を思い出し、土方は腰を抜かして動けない千鶴を抱き上げると、そのまま
    自室へと向かおうとした。が、角を曲がる瞬間、満足そうな伊東達【千鶴保護者同盟】とは
    対照的な、悔しそうな総司達幹部の顔を見て、不敵に笑う。
    「悪りぃな。こいつは俺の女だ。」
    見せつける様に千鶴を抱く腕に力を込めると、土方は再び歩き出した。

















    「・・・・・・・・・・・・・・・・とまぁ、こういう状況なんですが、如何ですか?大総統夫人。」
    満足そうな顔で山南は後ろを振り向くと、背後にいる大総統夫人に声をかける。
    「ああ!私、とっても感動致しましたわ!!まさか!生で見れるなんて!!」
    感動のあまり、声を震わせる夫人の横では、大総統も満足そうに頷いている。
    「本当に、良かった!!これで千鶴も幸せになれるな♪」
    その横では、エドワードも満足そうに笑っているが、背後からエドの身体を抱きしめていたロイは
    一人不満顔だ。
    「ロイ?」
    不機嫌なロイに気づき、エドワードは不思議そうに背後を振り返る。
    「・・・・・・・・・・・・・負けたのは悔しいが、あの二人は第一回目の対決から確実に二人の絆を
    深めていったからな。文句の言い様がない。」
    素直に負けを認めたロイに、夫人が満足そうに微笑んだ。
    「では、今回の対決の勝者及び、ベストカップルの称号は、土方さん達で、誰も異存はおりませんわね?」
    夫人の言葉に、一同は大きく頷いた。











    最終対決  【二人の絆を示しなさい♪】
      (制限時間 一日)

   および  【ベストカップル賞】





     勝者・・・・・・・・・・・・・・・土方夫妻













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