どっちの夫婦ショー
閑話休題 愛する妻にありがとうを 中編
「べ・・・別に奴に言われたからじゃねぇ。それに、俺と千鶴は本当の
夫婦じゃねえし!これは・・・そう!感謝だ!感謝!!普段頑張っている
千鶴への感謝の気持ちってだけで、別に深い意味は・・・・。」
グ〜ルグルグ〜ルグル。
先ほどから、土方は部屋の中をまるでクマのように、グルグルと歩き回っている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・副長。」
「へっ!?あ・・ああ、何だ。斎藤か?・・・・・・・・は・・・入れ。」
部屋の外から掛けられた声に、慌てて土方は文机の前に座ると、書状を書くフリを
しながら、入室を許可する。
「・・・・・・・・・・・・・・失礼します。お呼びと伺いましたが。」
スッと障子が開けられ、一礼して部屋の中に入ってくる斎藤に、土方はキョトンと
首を傾げた。
「別にお前を呼んでなんか・・・・・・・。」
「そうなのですか?千鶴から副長が俺を呼んでいると聞いたので・・・・・。」
困惑気味な斎藤の言葉に、土方は先程の事を思い出す。
”し・・・しまった!!忘れていたぜ!”
朝から、何時どうやって千鶴へ贈り物を渡そうかと機会を伺っていたのだが、いざ
千鶴を目の前にすると、何も言えず、やれお茶を持ってこいだの、紙が足りないだの、
挙句の果てには、斎藤を呼んで来いだの、と、関係のない用事ばかりを千鶴に
言いつけていたのを思い出した。
土方は内心焦りながらも、表面上はふと何かを思い出したかのように、さり気なく
咳払いをすると、誤魔化すべく口を開いた。
「あ・・・すまん。今、ちょっと考え事をしていただけで、用事があるのは・・・・・本当だ。
すまないな。」
”すまん。本当は用事なんかねえんだ。”
全く用事など思いつかず、どうしたら良いかと内心焦っている土方だったが、続く
斎藤の言葉に、ピクリと反応する。
「・・・・・・・・・・・・・・・そうですか。それならば、良いのですが。ただ、千鶴が・・・・・。」
「・・・・・千鶴がどうしたって?」
先程までの千鶴の姿を思い出してみる。別に何も変わった様子など見られなかったはずだが、
その後で何かあったのかと、鋭い視線で土方は斎藤に続きを促す。
「朝から副長の様子がおかしいと、だいぶ気にしていたようなので。」
「俺の様子が?」
訳が分からず、訝しげな土方に、斎藤はコクンと大きく頷いた。
「はい。千鶴が言いますには、朝から既に30杯ほど副長にお茶を出しているとか。」
「う・・・それは・・・・今朝、そう!今朝の総司が作ったお浸しの味が酷くてな。あれが
原因だ!」
いつもより大目にお茶を頼んだ自覚はあったが、まさか30杯とは思わず、土方は
決まり悪げに目線を逸らせた。
「・・・・・・・・・・・体調を崩させては大変と、局長命令で、
副長の膳だけは、千鶴が
毎食作っておりますが。
・・・・・・・・・・・・・何か不服でも?」
不機嫌そうに目を細める斎藤に、土方は内心、しまったと顔色を青くさせる。
「いや!飯は毎回旨い!!そーじゃなくってな!あ・・・・その・・・・寒い!そう!
部屋が寒くて・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・山南さんより、副長が風邪を召されては大変と言われ、千鶴が小まめに
温度、湿度を全て管理し、快適に保っていますが・・・・・。それが何か?」
いつも快適な部屋で良かったですねと、斎藤は淡々と述べる。
”さ・・・斎藤・・・・。おめぇ・・・・滅茶苦茶怖いぞ・・・・・。”
だんだんと目を据わらせて土方を睨んでいく斎藤の様子に、土方の額から汗が滴り落ちる。
無言になる土方に、更に斎藤の追及が続く。
「そして、何やら提出用の紙が不足しているとか。紙、墨、など、仕事で使うものは、
毎朝、千鶴が副長が朝餉を召し上がっている間、整えているはずで、不足するというのは、
ありえないと思うのですが・・・・・・。」
そして、チラリと部屋を見回して、部屋の隅に置いてある、紙と墨の束に目がいくと、
深くため息をつく。
「・・・・・自分が至らないせいだと、酷く千鶴が気に病んでおりました。」
その言葉に、土方はハッと顔を上げる。
「落ち込む千鶴に、先程伊東さんが・・・・・。」
「伊東!?伊東さんが千鶴に何を!!」
伊東の名前に、土方は我を忘れて叫ぶ。
「・・・・・・・・・・可愛い子が落ち込んでいるのは、世界の損失だとか何とか言いまして・・・
その・・・・・・元気づける為に、これから二人で甘いものを食べに行くとか。」
シドロモドロに答える斎藤に、土方の叱咤が飛ぶ。
「よりにもよって、伊東さんと一緒だと!?斎藤!お前が傍にいながら、
何で二人だけで行かせた!!」
「・・・・ですが、傍には俺の他に、近藤局長と井上さんがいまして・・・・お二人からも
是非行ってきなさいと勧められていましたので、止められませんでした。申し訳ありません。副長。」
そう言って、深々と頭を下げる斎藤に、土方は舌打ちをする。
「だったら、陰ながら見守るとかすればいいだろ!?なんだってお前はこんなところにいるんだ!」
「お言葉を返すようですが、俺を呼んだのは、副長です。」
怒りも露わな土方に、斎藤は淡々と事実だけを述べる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・そ・・それにしたってよぉ・・・・・。」
やり場のない怒りにどうしたら良いのかわからないのか、土方はぶっきら棒に呟いた。
「それに、千鶴に出掛けに頼まれました。副長の様子を見てきてほしいと。自分では返って気を
使わせてしまうので、具合が悪いようなら、是非休ませてあげてほしいと懇願されましたから。」
そう言って、斎藤は、懐から折り畳んだ一枚の紙を取り出すと、スッと土方に差し出す。
「斎藤?」
何だと訝しげに問いかける土方に、斎藤は少し目元を和らげる。
「最近、見つけたという、伊東さんお気に入りの甘味処です。・・・・・・・・・・・疲れには、甘いものが
良いとのことです。副長も宜しければ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すまねえ。斎藤。」
引っ手繰る様に紙を手に取ると、土方は慌ただしく部屋を後にする。
「あ〜あ。本当に、世話が焼けるよね。土方さんは。」
開け放たれた障子の向こうから、ひょいと総司が顔だけ覗かせる。
「・・・・・・・・・・・・・・・副長には色々とあるのだ。・・・・・・・・・・・多分。」
斎藤の言葉に、総司は肩を竦ませる。
「色々・・・・ね。僕にはただの意気地なしにしか見えないんだけどねぇ。」
クスクス笑う総司に、斎藤は鋭い視線を向ける。
「総司。くれぐれも二人の邪魔だけは。」
「分かってるよ。近藤さんにも言われちゃってるしね・・・・・。まっ。今日は特別だよ。千鶴ちゃんの
為にね。」
総司の言葉に、ソッと安堵の溜息を吐く斎藤だった。
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