どっちの夫婦ショー
閑話休題 愛する妻にありがとうを 後編
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ここか?」
千鶴の姿を求めてやってきたのは、とある一軒の屋敷。
土方は懐から、斎藤から渡された紙を取り出すと、徐に開いた。
「・・・・・・・ここに間違いはない・・・・・んだがなぁ・・・・・。何なんだ。
ここは・・・・・・。」
紙を開いて、一番先に目に飛び込んできたのは、にこやかに笑う伊東と
どこかぎこちない笑みを浮かべた千鶴の絵姿。その横には、
デカデカと【甘味処 桜花】という店の名前が記されていた。
文面によると、【甘味処 桜花】というのは、アメストリスとの国交記念として、
作られたもので、伊東監修の元、アメストリスと日本の味を融合したというお菓子が
味わえるというもの。
「百歩譲って、伊東さんの店だとしよう。だがな・・・何で千鶴の絵姿まで載せる
必要があるんだ・・・・・・。」
ガックリと肩を落とす土方に、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「あら。土方さん。どうしてここに?」
恐る恐る振り返ると、そこには、やはりと言うか、千姫の姿があった。
「・・・・・・・・・・・・・今度は何をやるつもりだ?」
げんなりとした顔の土方に、千姫はニッコリと微笑んだ。
「あら?瓦版を見て来てくださったのではないのですか?そこに書いてある
でしょう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・首謀者は、また山南さんなんだな?」
疲れ切った顔の土方に、千姫は肩を竦ませる。
「あら。首謀者だなんて、人聞きの悪い。これも全て・・・・・。」
「新選組の為って言いたいんだろ。だがな・・・・なんで、千鶴まで巻き込むんだ。」
ギロリと睨む土方に、千姫はスッと目を細めると溜息をついた。
「・・・・・・・・巻き込んでいるのは、あなたでしょ?土方さん。」
千姫の言葉に、土方は息を飲んで立ち尽くした。
「いつまで、呆けているんだ?お前は。」
千姫が立ち去った後、桜花の門の前で、じっと考え込んでいる土方に、呆れたような声が
掛けられる。
「・・・・・・・・・・・・・・お前か。今日は奥方と一緒にいるんじゃなかったのか?」
チラリと肩越しに振り返れば、腕を組んでいるロイの姿に、土方は吐き捨てる様に言った。
「そのエディを迎えに来たんだ。そういうお前も、千鶴殿を迎えに来たんだろ?何でも今日は
ここで、新作ケーキの試食会だと、昨日からエディが楽しみにしていていたんだ。本来ならば、
今日は一日エディと一緒にいたかったのだが、ケーキとはしゃぐエディの可愛さが、半端なくて
なぁ・・・・・・・・・何かあったのか?」
そのままベラベラとエド自慢を繰り広げようとしたロイだったが、沈んだ様子の土方に、形の良い
眉を顰めた。
「・・・・・・・・・・何でもねえよ!奥方を迎えに来たんだろ?さっさと行けよ。俺はこのまま屯所に
帰るからよ。」
そのまま、踵を返そうとする土方に、ロイはグイッと肩を掴む。
「そう、慌てて帰る事もなかろう。一体何があった?少しの間なら、愚痴を聞いてやらんこともないぞ?」
ロイの言葉に、土方は疲れたようにため息をつく。
「何でも・・・・。」
「ない訳ではないよな?まるでこの世の不幸を一身に背負っているような顔だったぞ?もしかして、
千鶴殿に捨てられたのか?」
その言葉に、土方はイライラして、ロイの腕を振りほどく。
「千鶴に捨てられるわけねーだろ!!・・・・・・・・・・・だが、千鶴の手を離さなければならねえとは、
思っているがな・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・どういうことだ?」
スッと目を細めるロイに、土方は疲れたように笑う。
「まんまの意味だ。俺と・・・・いや、このまま俺達新選組に千鶴が居続けるって事は、千鶴から女の幸せを
奪っている事に他ならねえからな。そろそろ潮時だよ。」
「ふむ。貴様、やはり馬鹿か?」
土方の話に、ロイは肩を竦ませる。
「何だと!?」
馬鹿と言われ、土方はロイを睨みつける。
「女の幸せとは何だ?千鶴殿がそう言ったのか?ここに自分の幸せはないと。」
「・・・・・・・・・そうは言ってねえがよぉ・・・・。ただ、命のやり取りをしている俺達の傍にいても、千鶴が
幸せになるとは、到底思えないだけだ。」
吐き捨てる様に言う土方に、ロイは呆れた顔をする。
「だから、馬鹿だと言うのだ。勝手に考えて勝手に自己完結するな。千鶴殿の幸せは千鶴殿本人が
決める事であろう?」
「・・・・・・・・・・・・・しかし、俺は新選組第一の男だ。いざとなったら、簡単に千鶴を切り捨てる様な男の
傍にいて、それで幸せだと言えるのか?」
「ふん!情けないな。男なら、仕事と女、両方取ってみろ!」
腕を組んで溜息をつくロイに、土方は嫌そうに顔を顰める。
「そんな単純な問題じゃねえんだよ!!」
「何も単純だとは言っていないだろ?第一、仕事と私生活は別物だ。一緒に考える事の方がおかしいと思うぞ。
そんな考えでは、周りにいる人間は、さぞ悲しい思いをするだろうな。」
「悲しい想い?」
訝しげな顔をする土方に、ロイは大きく頷いた。
「お前の所の、近藤という人だったか?彼は家庭より仕事を取れという人間なのか?」
「いや。近藤さんはどちらかというと、家庭を取る人間で・・・・・。」
土方の言葉に、ロイはにこやかに微笑んだ。
「それみろ!誰よりも信頼している片腕のお前が、家庭より仕事を選んだら、彼はすごく悲しむだろうなぁ。」
「うっ。」
全くもってその通りの今の状態に、土方は言葉に詰まる。
「それ以前に、もうお前は千鶴殿を手放せないと思うがな。まぁ、どっちにしろ、二人で良く話し合う事だ。
では、私はこれで失礼するよ。」
そんな土方の肩をポンポン叩くと、ロイは手をヒラヒラさせて、【桜花】の中へと入って行った。
「うんまーーーーーーーい♪」
口いっぱい頬張りながら、満面の笑みを浮かべているのはエドワード。
「本当においしいわ〜。甲子太郎さん!」
ハムハムと一生懸命食べているエドワードの横にいるのは、大総統夫人。
上品に、スポンジケーキを一口食べると、ニッコリと伊東に微笑む。
「大総統夫人と准将夫人に喜んで頂けて、とても嬉しく思いますわ。」
上機嫌な女性陣の中にあって、男でありながら違和感なく溶け込んでいるのは、
伊東甲子太郎。新選組の参謀である。彼は向かいに座っている大総統夫人に、
ニッコリと微笑みながら、自分の横に座っている千鶴に、気遣わしげに声を掛ける。
「千鶴ちゃん?お口に合わなかったかしら?」
「えっ!!いえ!とっても美味しいです!」
ボケっとしていた千鶴は、声を掛けられて、慌てて首を横に振った。
「・・・・・・さっきから、元気ないなぁ。どうかしたのか?」
ハムハムゴックンと口の中の物を嚥下したエドワードは、心配そうに、自分の向かいに
座っている千鶴に声を掛ける。
「申し訳ありません・・・・・・。」
シュンとなる千鶴に、伊東はクスクス笑う。
「うふふふ。千鶴ちゃんの憂いの原因は分かっていましてよ。・・・・・土方君でしょ?」
「またあの男?もう!千鶴は気にし過ぎだって!」
ムーッと頬を膨らませるエドに、伊東はまぁまぁと宥める。
「でも、准将夫人・・・・。」
「あっ、【准将夫人】なんて止めて?エドでいいから。」
俺も甲子太郎さんって呼んでいい?と可愛らしく首を傾げるエドに、伊東は満面の笑みを浮かべる。
「ええ♪もちろんですわ!では、お言葉に甘えて、エドちゃん。」
「なぁに?」
エドはニッコリと微笑んだ。
「千鶴ちゃんは、土方君の事が、すっごく好きなの。だから、悩んでいるのよ?」
「い・・・い・・・伊東さん!!何をおっしゃって!!」
途端、真っ赤になる千鶴に、大総統夫人もクスクス笑う。
「本当に、初々しいわねぇ〜。千鶴さんは。ところで、今日は何があったのかしら?」
興味津々の大総統夫人に、千鶴はますます顔を赤らめる。
そんな千鶴に代わり、伊東は苦笑しながら今朝のあらましを話す。
「まぁ・・・・そんな事が?」
眉を顰める大総統夫人に、千鶴は慌てて口を開く。
「あ・・・あの!土方さんは悪くないんです!全て私が至らないせいで・・・・・。」
「・・・・・・・・・あのさ、さっきから気になっているんだけど、【至らない】って何?」
それまで、黙って話を聞いていたエドは、真剣な目で千鶴を見据える。
「え?何って・・・・・。」
どう答えたらいいか分からず首を傾げる千鶴に、エドはふうと大きなため息をつく。
「あのさ・・・・・。夫婦って言ってもさ、元々は【赤の他人】なんだよ。それなのに、
何でも分かるつもりって、おかしくない?」
「わ・・・私は別にそんなつもりでは・・・・・。」
シドロモドロの千鶴に、エドは更に言葉を繋げる。
「例え血が繋がっていても、【言葉】にしなければ、全く相手に伝わらないと思うんだけど、
違うかな?」。
「それは・・・・・・。」
俯く千鶴に、エドはニヤリと笑う。
「だからさ!聞けばいいじゃん!」
「え?」
驚いて顔を上げる千鶴に、エドはクスリと笑う。
「何で不機嫌なんだ!とか、何をしてほしいのか?とか、気になるんだったら、ドンドン聞いちゃえば
いいだけの事だろ?俺だって、ロイには何でも話してほしいと思うから、気になる事は、
ドンドン聞くようにしている。だって、理由が分からないまま悩んだって、意味ないじゃんか!俺は、
そんな事に時間を費やすより、さっさと解決して、ロイに笑顔になって欲しいから・・・・・・・。」
そう言ってはにかむエドを見て、伊東は、もう!エドちゃんって何て可愛いのかしら!!と身悶えして
喜んでいる。
「わ・・・・私・・・私は・・・・・。」
何かを決意するように、キュッと両手を握りしめる千鶴に、伊東は優しく微笑んだ。
「千鶴ちゃん。エドちゃんの言う通りよ。あなた達って、圧倒的に会話が足りな過ぎるわ。いい機会だから、
今までの愚痴でも何でも土方君にぶちまけてきなさいよ!もしも、それで土方君に意地悪されたら、
またここに戻って来なさい。けえきでも何でも好きなだけ食べていいわよ!愚痴でも何でも聞いてあげるから、
安心しなさい。」
私は何時だって、可愛い子の味方だからね♪とそう言って片目を瞑る伊東に、千鶴は満面の笑みを浮かべて
席から立ち上がる。
「ありがとうございます!みなさん!私・・・・・土方さんの所に行ってきます!!」
「おう!頑張れ!」
「頑張ってね!千鶴さん!」
「応援しているわ♪」
みんなの声援に、千鶴はニッコリと微笑むと、深々と頭を下げる。
「はい!行ってきます!!」
ダーッと駆けだす千鶴の後姿を見つめながら、伊東は深いため息をついた。
「それにしても・・・・土方君ももう少ししっかりしてくれないと。」
「・・・・・・・・・・申し訳ありませんね。伊東さん。」
千鶴と入れ替わる様に現れたのは、山南敬助。苦笑しながら、先程まで千鶴が座っていた席につくと、
伊東が新しく煎れた紅茶を差し出す。
「全くよ!これでまた千鶴ちゃんを泣かせるような事をするのならば、私にだって考えがありましてよ!」
憤慨する伊東に、山南も我が意を得たりとばかりに大きく頷く。
「その時は、私も全面的に伊東さんに協力しますよ。」
「うふふふ。土方君には、私達を敵に回す恐ろしさを知ってもらわなければなりませんわね♪」
そう言って、ニッコリと微笑み合う姿に、大総統夫人は感心した様に溜息を洩らす。
「お話と違って、お二人はとても仲が宜しいのですねぇ・・・・・。」
大総統夫人の言葉に、山南は苦笑する。
「あれは、物語の中だけの事ですから。実際はあんなに殺伐とした事は起こっていませんよ。」
「ええ。勿論、そちらの事情も全て存じ上げておりますわ。今回、私達が・・・・・というより、マスタングさんと
エドワードちゃんがこの国に呼ばれた本当の【理由】もね?」
バチンとウィンクする大総統夫人の横では、エドが真っ赤な顔で俯く。
「あ・・・その・・・、本当に俺達があの二人をくっつけられるかどうか、すっごく疑問というか、突っ込みどころ
満載なんだけど・・・・・頑張ってみるよ。あの二人には、幸せになって欲しいからな。」
そんな二人に、伊東と山南は恐縮する。
「本当に申し訳ありません。お忙しい皆さんにこんな事を頼んでしまって・・・・・・・。」
「本来ならば、私達が頑張らねばらない事なんですけど・・・相手はあの意地っ張りな土方君と天然ボケの
千鶴ちゃんですから・・・・・。」
万策尽きたんですという伊東に、大総統夫人はニッコリと笑う。
「いいえ。私達も結構楽しんでますわ。まるで物語の中に入ったように、毎日ワクワクしておりますのよ。」
「それにしても、初っ端から、ロイが暴走しちゃってごめんな。全く、何を考えてるんだか。」
ブツブツ文句を言うエドの後ろから、ニョキっと腕が伸びてきて、そのままエドは抱き締められる。
「うわっ!!」
「勿論、君の事だけに決まっているではないか。エディ。」
エドを後ろから抱きしめているのは、ロイ・マスタング。チュッとエドの頭にキスを送ると、大総統夫人に
頭を下げる。
「突然のご無礼をお許しを。」
妻が傍にいないと、調子が出ないものですからと、臆面もなく言ってのけるロイに、これまた慣れている
大総統夫人はニッコリと笑いながら流す。
「うふふふ。折角の【妻の日】に、エドワードちゃんをお借りして、申し訳ありませんでしたわね。マスタング
さん。」
「いいえ。エドワードも楽しい時間を過ごせたようで、感謝します。夫人。・・・・ところで、このままエディを
連れて行っても構いませんでしょうか?」
そう訊ねつつも、さっさとエドの身体を抱き上げるロイに、大総統は大きく頷く。
「ええ。構いませんわ。またお茶をご一緒しましょうね♪エドワードちゃん。」
「うん!!」
ロイの首に腕を回すと、大総統夫人にニッコリと笑いかける。
「本当に、仲睦まじいお二人ですねぇ。」
去っていく二人の後姿を見送りながら、伊東は感嘆の声を上げる。
「ええ。アメストリス国は勿論の事、周辺の国々まで二人の馬鹿ップル、もとい、仲睦まじい姿は
評判ですのよ。」
紅茶を一口飲むと、大総統夫人はニッコリとというか、聊かげんなりとした顔を隠しもせずに、
答える。
「ええ。うちの土方君達も、あそこまでとは言いませんが、早くくっ付いて欲しいものです。」
苦笑する山南に、大総統は目をキラキラさせて、訊ねる。
「それはそうと、第二部のお話なのですが、今度の舞台は蝦夷と聞いていますが・・・・。」
どんなお話になるんですか?と期待も露わな大総統夫人に、山南はニッコリと微笑む。
「数々の苦難の末、今までの分を取り戻すように、甘々な二人の姿をお届けできると、
お約束しましょう。これも全て准将夫妻のお蔭です。」
「まあ!半分以上諦めていましたが、漸く物語の中の二人にも!!」
「楽しみですわね!大総統夫人!!」
手を取り合って喜ぶ大総統夫人と伊東の様子に、ニッコリと微笑みながら、山南は雲一つない
空を見上げながら、そっと溜息をついた。
「本当に・・・・・・頼みますよ。土方君。」
「あの二人、ちゃんと幸せになれるといいな。」
同じ頃、【桜花】より少し離れた場所に移動したロイとエドは、たまたま見つけた草原に座って
花を摘んで寛いでいた。
「私の妻は、本当に心が優しいね・・・・。だが、エディ。私と一緒の時くらいは、私の事だけを
考えてほしいな。」
チュッと頬に優しくキスされ、エドは擽ったそうに身を竦ませた。
「何だよ〜。まるで、俺がロイをないがしろにしてるみたいじゃんか!!俺はただ・・・・。」
「ただ?何だい?」
今度は唇に口づけられ、エドは真っ赤な顔でロイの胸に顔を埋める。
「エディ?続きは?」
そっと耳元で囁かれ、エドは照れ隠しの為に、ボソボソと小声で呟く。
「?良く聞こえないよ?エディ。」
チュッと頬に軽く口付けると、羞恥で真っ赤な顔をキッと上げたエドが、ヤケクソ気味に叫ぶ。
「お・・・俺は!ロイに幸せにしてもらってるから、千鶴にも夫に幸せにしてもらう嬉しさとか・・・・
そ・・・そういうの・・・・知ってほしいっていうか・・・・その・・・・・。」
言っているうちに、更に恥ずかしくなったのか、エドは再び小声で呟くと、キュッとロイに抱きついた。
「うれしいよ。エディ。私だって、君に幸せにしてもらっている。そうだな。今度土方殿にも、
妻に愛される夫の幸せについて、よくよく語ってみよう。そうだな!そうしよう!!」
一人、満足そうに頷くロイに、エドはギョッとする。
「お・・・おい!あんまりやりすぎんなよ!俺、すごく恥ずかしいんだからな!!」
「ふふふ。分かっているよ。エディ。私が君の嫌がる事をする訳ないじゃないか!」
フフフと不敵な笑みを浮かべているロイに、エドはコイツ、ぜってー何かやる気だなと、内心
呆れたようにため息をつく。
「なぁ、エディ。」
「ん?」
ふと顔を上げると、先程までの表情を一変させて、ロイは真剣な表情でエドを見つめていた。
「今日は【妻の日】とだからと言うわけではないが、毎日、君には感謝している。私の妻になって
くれてありがとう。私に幸せをくれてありがとう。とね。」
「ロイ・・・・・。」
幸せそうな笑みを浮かべるロイに、エドは頬を赤らめると、キュッと抱きついた。
「俺だって、ロイに感謝している。逃げ出した俺を迎えに来てくれてありがとう。
俺を妻にしてくれてありがとう。そして、俺を幸せにしてくれてありがとう。」
「愛しているよ。エディ。」
「俺も・・・・ロイ。」
二人はゆっくりと顔を近づけると、深く唇を重ね合わせた。
「土方さん!!」
「・・・・・・・・・・・・・千鶴・・・か?」
ロイが去った後、物思いに耽っていた土方は、千鶴の声にハッと顔を上げた。
そこには、まるで決戦を挑む武士のように、思いつめた表情の千鶴が、仁王立ちして
立っていた。
「お・・・おい。千鶴、一体何が・・・・・・。」
「土方さん!!私に何か落ち度があるなら、仰って下さい!!」
土方の言葉を遮る様に千鶴は叫ぶと、ツカツカと土方に近寄った。
「千鶴・・・お前。」
「私、土方さんのお役に立ちたいんです!お願いします!教えてください!!」
キッと真剣な表情で自分を見上げる千鶴に、土方は内心白旗を上げた。
”くっ・・・・・これだから江戸の女は・・・・・・・・・・・。”
意志の強い眼差しに、もう既に自分は囚われ、離れることは不可能だと悟った
土方は、溜息を一つつくと、穏やかに微笑みながら、懐から小さな包みを取り出した。
「土方さん?」
きょとんとなる千鶴に、土方は更に笑みを浮かべながら、そっと包みを千鶴の手の中に
置いた。
「ありがとう。千鶴。」
先ほどまで言えなくて悶々としていた感謝の言葉が、すんなりと出てきて、土方は内心クスリと笑う。
「土方さん?」
いきなり礼を言われ、訳が分からずキョトンとなる千鶴に、土方は照れ隠しに、やや早口に
捲し立てた。
「い・・・異国の風習らしくてな。きょ・・・今日は人に感謝をする日なんだそうだ。お前は
常日頃、俺達の為に頑張っているだろ?これは、俺からの感謝の気持ちだ!受け取ってくれ!!」
頬を紅く染めている土方に、最初はキョトンとなっていた千鶴だったが、やがて嬉しそうに微笑んだ。
「わ・・・私に?いいんですか?」
「ああ・・・・。その、今日は悪かったな。お前にいつそれを渡そうかと、朝からずっと機会を伺ってたから、
あんな挙動不審な事をしちまって・・・・・・お前に落ち度があった訳じゃねえんだよ。」
ニコニコと上機嫌な千鶴に、気まり悪げに土方が謝罪する。
「えっ・・・・そんな・・・私の方こそ・・・・・。あ・・あの!開けても宜しいでしょうか!!」
「ああ。気に入るといいんだがな。」
土方の謝罪に真っ赤になった千鶴は、照れ隠しに、慌てて包みを解く。中から、桜の柄の入った
小さな携帯用の鏡が出てきて、千鶴に満面の笑みを浮かんだ。
「まさかお前に簪とか送る訳にはいかねえし、それなら、持ってても別におかしくないだろ?」
気に入ったかと、どこか不安げな土方に、千鶴は何度も大きく頷く。
「ありがとうございます!すごく嬉しいです!!一生大事にします!!」
「・・・・・・・・・・ったく。大げさな奴だな。」
真っ赤な顔でブンブンと何度も頷く千鶴に、土方は苦笑する。
「あっ・・・私、土方さんにお世話になっているのに、何の贈り物も用意していなくて・・・・・。」
ハッと我に返った千鶴はすまなそうに、シュンとなる。
「ばーか。異国の風習だって言っただろ?お前は、俺に微笑んでくれれば、それでいい。それが
最高の【礼】だ。」
「・・・・・・・・・・・そんなので、良いのですか?」
納得がいかないとばかりの千鶴に、土方はニッコリと笑う。
「俺がそれでいいって言ってんだ。だから・・・・・・・・・笑ってくれ。ずっとな。」
「土方さん・・・・・・・・・・・・・・・・。はい!!」
花が綻ぶような満面の笑みの千鶴に、土方も釣られるように微笑み返す。
「さっ、そろそろ屯所に戻るか。行くぞ。千鶴。」
「はい!土方さん!!」
二人は、ゆっくりと屯所に向かって歩き出した。
「そーいえば、今日は感謝をする日なんですよね。」
暫く他愛もない話をしながら歩いていると、ふと思い出したかのように、千鶴は
ポツリと呟いた。
「皆さんには、何を贈ったら良いのでしょうか。」
そう言って、土方を見上げる千鶴に、土方の目が細められる。
「・・・・・・・・・・皆さんだと?」
徐々に機嫌を降下させる土方に気づかず、千鶴はあっけらかんとした笑みを
浮かべて大きく頷いた。
「はい!日頃の感謝を皆さんに・・・・・・。」
「ああ!言い忘れていたがな、千鶴。」
千鶴の言葉を遮る様に、土方はポンと業とらしく手を叩いた。
「土方さん?」
「何でも、一人(1)に(2)だけサンクス(3)・・・・・・感謝するらしいぜ?お前はもう
俺に感謝したんだから、他の人間に感謝するのは、ナシだ。」
分かったな?とギロリと睨まれ、千鶴はビクリと肩を揺らす。
「え?ですが・・・異国の風習と言いましても、感謝するのに、人数は関係ないん
じゃ・・・・・・。」
「とにかく!これは副長命令だ!!いいか!お前は今日一日俺の傍にいて、ずっと
笑ってろ!決して他の人間の所になんか、行くんじゃねえぞ!!」
「ええええええええええええええええええええええええええええええ!!どうしてそうなるんですか!?
土方さん!!」
ひええええええと慄く千鶴の手を強引に掴むと、土方はそのままズンズン歩き出す。
「うっせえ!文句を言うな!これは決定事項だ!わかったな!!」
「土方さん!?答えになってません!!聞いてますか!土方さ〜ん!!」
騒ぐ千鶴の声を聴きながら、土方は幸せそうな笑顔のまま、握った千鶴の手をキュッと握りしめた。
もう二度とこの手を離さないと示す様に。
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瓦版の伊東さんと千鶴の絵姿は、『遊戯録』をコンプリした時に出る、
二人の投げキッスのスチルを想像して頂ければ幸いです。