「なぁ!アル!!髪の毛・・・・。」
「はいはい。ちゃんとなってるから、安心してね。
姉さん。」
朝も早くから、寝起きの悪い姉の為に早起きを
して、おまけに朝食も作ったという最愛の弟に
対して、姉であるエドワードは、いつもなら出勤時間
ギリギリまで睡眠に当てているくせに、今日に限っては
出勤3時間前に起きて、いや、起こされて、シャワーを
浴びていつも以上に念入りに身支度を終えると、
朝の挨拶よりも先に言った言葉が、
「俺、可愛い?惚れてもらえるかな?髪の毛ちゃんと
なってる?どこかおかしいトコない?あっ、髪留めは
ゴムじゃなくてリボンの方がいいと思うか?それとも、
三つ編みなんて変かなぁ?やっぱ、下ろした方が
いい?」
である。
姉は確かに可愛い。凶悪なまでに可愛い。
姉のこの容姿に素直な性格、軍の中はもとより、市井の
間でも絶大な人気を誇っているのは当然の事だとアルは
思う。思うのだが、いつもなら必ず朝の挨拶をしてくれる
姉が、自分に朝の挨拶をしないどころか、まるでデート前の
乙女のように、頬を紅く染めて自分の格好に気を取られる姿に、
自他共に認める、シスコン中のシスコン、キングオブシスコン
の称号を誇らしく思っている弟でさえも、一瞬殺意が
沸いてしまう。
「あのさ・・・姉さん。」
とりあえず、朝の挨拶を・・・と目で訴えるアルに、エドは
全く気づかず、どんどん自分勝手に話を進めていく。
「髪型を変えた方がいいのか?でも、もう時間ないし・・・。
向こうだって、三つ編みの方が、俺だって分かってくれると
思うからこれにしたんだけど・・・・やっぱ、この年で三つ編みって
おかしいかなぁ・・・・。」
シュンと項垂れる姉に、可愛い〜!と悶絶しそうになるが、
今、最愛の姉の可愛らしい口から、無視できない言葉が聞こえ、
アルの目がスッと細められる。
「向こう・・・・?それって、誰のこと?」
まさかと思うが、誰かの為に、このズボラな姉が、3時間も前から
気合を入れて身支度をしていたのかと思っただけで、アルの中では
相手の男を草の根を分けてでも探し出し、今大学で研究をしている
実験のモルモットとして、拉致しようかと本気で思うくらいだ。そんな
オドロオドロしいほどの暗黒のオーラを放つアルに、天使のごとく
純粋なエドは、気づかないのか、にっこりと微笑む。
「あのな!今日、漸く俺の命の恩人に逢うんだ!」
「命の恩人!?一体、何時、命の危険に晒されたっていうんだよ!!」
ギョッとなるアルに、エドはこれまた天使の微笑みでニッコリと
笑うと、「ナ・イ・ショ!」と胸を張る。
「姉さん!ボクに内緒なの?」
うるるんとばかりに、エドのお姉ちゃん気質を突いたアルの作戦にも、
この件に関しては、全く功を奏さない。
「なぁ、なぁ、それよりもさぁ・・・・背中とか皺になってない?」
それどころか、クルリンクルリンと回って、少しでもおかしなところが
あれば、直そうとする。そんな事を延々と出勤時間10分前まで
続けていた為、エドの副官のマリア・ロス中尉が迎えに来た時には、
エドは異常なまでにテンションが上がっており、その横では、
アルがグッタリと床に座り込んでいた。
そんな2人の様子に、内心驚きつつも、ロス中尉は、表情を動かさずに
エドに敬礼する。
「おはようございます。エルリック少将。お迎えに上がりました。」
「ありがとう!ロス中尉!俺、先に行ってるね〜!!」
まるで子犬のような顔で、エドはタタタッと走って車に向かう。そんな
エドの後ろ姿をニコニコと笑いながら見送ると、ロス中尉は床に
座り込んでいるアルに、手を貸す。
「おはようございます。アルフォンスさん。今日は、大学の方は
お休みですか?」
アルは、グッタリとした顔でロス中尉の手に捕まると、車に乗り込んでいる
姉の後姿をみながら、ため息をつく。
「うん。大学の研究もひと段落着いたし、今日は休みを貰ったんだ。」
アルは、国立大学の研究所の研究員であると共に、大学の講師も
担当しており、かなり忙しい身だ。それが、数年ぶりにセントラルに
帰ってきた姉の為に休みを取り、朝から世話を焼いていたのだろう。
どこまでも仲睦まじい姉弟に、ロス中尉は、クスリと笑う。
「それはそうと、姉さんの【命の恩人】って誰だか知ってる?」
途端、アルからどす黒いオーラが放たれるが、ロス中尉は、にこやかに
笑うだけで、何も答えない。姉が駄目なら副官に尋ねようと思っていた
のだが、ロス中尉はエドに心酔しているため、兄のように思っている
アルが相手でも、エドの為にならないと思われる事は、梃子でも
動かない所がある。そのロス中尉が一言も口を割らないという事は、
自分にとっては、都合の悪い事なのだと直感するが、それも
いずれ分かる事だろうと、それ以上の追求はしなかった。いや、
出来なかったと言った方が正しい。何故ならば、でかい声で、エドが
ロス中尉を呼んだからだ。
「ロス中尉〜!!早く!
早く〜!!」
車の窓から身を乗り出すエドに、ロス中尉は苦笑しながら、アルに
敬礼する。
「今日は、顔見せだけですので、早く上がれると思います。」
その言葉に、アルはニッコリと微笑んだ。
「うん!わかった。今日は姉さんとロス中尉達のセントラルお帰り会を
するつもりだから、ブロッシュ軍曹とアームストロング少佐と
一緒に、ここに帰ってきてね!ウィンリィとか、久々に逢いたいって、
張り切ってるよ。」
「ありがとうございます。楽しみにしています。それでは。」
ロス中尉は、嬉しそうに微笑むと、敬礼してエドの元へと足早に
向かった。
「お待たせしました。エルリック少将。」
ロス中尉が車に乗り込むと、エドは、ムーッと頬を膨らませた。
「マリア、2人きりの時は、「エド姉」って呼んでよ〜。」
「中将、公私のケジメはつけなければいけませんよ?」
ニッコリと微笑むロス中尉に、エドは面白くなさそうに
シュンとなる。そんなエドの様子に、ロス中尉は流石に
可哀想に思ったのか、予定表の確認をしながら、ポツリと
呟いた。
「今日、漸く逢えるのでしょう?いつまでも機嫌が悪いと、
彼に嫌われますよ?エド姉?」
その言葉に、エドはパッと顔を上げると、幸せそうに笑った。
「俺のこと、覚えてくれているかなぁ・・・・・。」
頬を紅く染めて窓の外を見るエドに、ロス中尉は、この幼い恋が
成就してほしいと、心から思った。
しかし・・・・・・。
「納得できません!!」
バンと書類をエドの机の上に置きながら、ロス中尉は
不機嫌も露に叫ぶ。その声に、ブロッシュ軍曹は、ひえぇえええと
顔を青くさせると、ズササササ・・・・と後摺さる。
「あー、ごめん。あと少しで終わるから、ちょっと待ってて。」
大量の書類と格闘していたエドは、書類の山の
間から顔を覗かせると、ニコニコと笑う。
そのエドの様子に、ロス中尉の堪忍袋が切れる。
「私は納得できません!何故、マスタング大佐の分まで
エルリック少将がなされるんですか!!」
辞令が降りて、セントラル勤務初日の今日は、簡単な顔見せ
だけで、本来ならば机の整理をするだけでよいはず。それなのに、
どうしてこんなにも大量の書類が、ずっと送られてくるのか
不思議に思ったロス中尉が調べてみると、なんと、ロイの
仕事を全部自分に回すように、エドが命令していたのだった。
「だって・・・・。初日からこんなに仕事があったんじゃ、マスタング
大佐、かわいそうだろ?どうせ、殆ど後でこっちにも回ってくる
んだからさ、別にいいじゃん。俺、上官になって良かった〜!!」
と、想い人の手助けが出来たとご満悦なエドに、ロス中尉は
泣きたくなる。どうして、あんな仕打ちをされても、エドはこんなにも
ロイに対して優しく出来るのかと、唇を噛み締める。
ほんの数時間前、初めてロイに出逢ったロス中尉は、その美貌に、
エドが夢中になるのも分かる気がした。しかし、たった数分間の
顔見せは、絶対に、この男にだけはエドは渡さない!と固く心に
決めるのに、十分だった。エドの事を覚えていないのは仕方ないに
しても、最初からロイはエドに対して攻撃的だった。まるで
エドの事を汚いものでも見るかのように、蔑みの目を向け、
あまつさえ、あの暴言!思い出しただけで、ロス中尉は
腸が煮えくり返る。
「噂通り美しいですね。本当に人形のようだ・・・・。」
クスリと笑うロイに、エドはキョトンと首を傾げていたが、
周りの人間は、サッと表情を固くさせた。それがロイのエドに
対する宣戦布告だと直感したからだ。曰く、少将の地位は、
その美貌だけで手に入れたのだろうと。
”何も知らないくせに!!”
ここまでの地位に上り詰める為に、どれだけの犠牲を払ったのか、
ロイは知らない。しかも、それは全てロイの為にした事が分かっている
だけに、余計にロスはエドが不憫でならない。
「へへ〜。マスタング大佐に、お人形みたいに綺麗だって
言われた〜!!」
純粋に言葉通りの意味として捕らえて喜ぶエドに、ロスは
真実が言えずにいた。この人一倍傷付きやすい女性を、必ず
守る!そう決意も新に、ロス中尉は書類に手を伸ばす。
「さぁ、早く仕事を終わらせて帰りましょう。今日はアルフォンスさんと
ウィンリィさんが、私たちの為に歓迎会を開いてくれるそうですよ。」
遅く帰ったら、説教と共にウィンリィさんのスパナを頂くでしょうねぇと
言うロス中尉に、エドは目に見えて青くなる。
「それを早く言ってくれよ!!間に合うかなぁ!!」
先程の数倍早く手を動かすエドだったが、漸く家に着いたのは、
日付が変わる1分前だった。
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書き忘れていましたが、年齢は以下の通りです。
エドワード・エルリック少将(29)
ロイ・マスタング大佐(29)
アルフォンス・エルリック(28)
ウィンリィ・ロックベル(29)
マリア・ロス中尉(25)
リザ・ホークアイ中尉(25)
デニー・ブロッシュ軍曹(24)
ジャン・ハボック少尉(27)