純愛ラプソディ

                

                  第2話

                   

 

 

                  ロイ・マスタングはイライラしていた。
                  それは、これまで生きてきた中で1・2を
                  争うほどイラついていたと言う事をまず最初に
                  言っておこう。
                  そもそも、東方司令部で実質上トップに君臨していた
                  ロイは、最近になって中央司令部への勤務を
                  命じられ、大変上機嫌だったのだ。
                  これまでの自分の功績が認められ、中央へ移動に
                  なるのだ。プライドの高さから、表面上普通に過ごして
                  いたのだが、内心かなり浮かれていた。そんな彼が
                  天国から地獄へと叩き落されたのは、中央への移動の
                  前にチェスでもどうかね?と、形式上東方司令部のトップ
                  である、カルロス・ウィンダム中将に誘われた時の事だ。
                  どうせ最後だからと、気軽に応えたのがまずかったのか、
                  蓋を開けてみたら、チェスをしながらのお見合い話であった。
                  「わしの孫娘は、そりゃあ、美人でな・・・・・。」
                  から始まって、延々と孫娘とやらの自慢話を聞かされ、
                  流石のロイもいい加減にしろと怒鳴りつけたくなる。
                  「とまぁ、こんなに良い子なんだが・・・どうしてか分からない
                  んだが、浮いた噂一つなくてな。このままだと嫁き遅れてしま
                  うのではと、心配なんじゃよ・・・・・。」
                  業とらしくため息をつく中将に、ロイはにこやかに、そんな事は
                  ないでしょうと相槌を打つ。しかし内心は、そんなに【良い娘】
                  なら、今頃は結婚しているはずだと、悪態をつく。身内贔屓も
                  ここまでくれば、表彰ものだなと、思いながら、そんな娘を
                  押し付けられては適わないと、さっさと勝負を決着させて、
                  ここを出ようとばかりに、ロイはナイトを手に取る。幸い、
                  孫娘をロイに売り込む事を目的としていた為に、中将は
                  チェスを上の空で行っていた為に、ロイは労せず勝利を
                  掴む。
                  「チェック。」
                  ナイトをルークの前に置くと、高らかに宣言するロイに、
                  中将はさして悔しがらずに、ニコニコと笑いながら、おめでとうと
                  口にする。
                  「チェスの勝利と中央への移動の祝いとして、わしの孫娘・・・・・。」
                  「中将!中央に移動する際に、連れて行きたい部下がいるの
                  ですが。」
                  中将の言葉を遮り、ロイは己の望みを口にする。
                  「ああ・・・部下ね。いいよ。持って行きなさい。」
                  中将の言葉に、ロイはありがとうございますと、深々と頭を下げる。
                  「では、引継ぎがありますので、これで・・・・。」
                  こんなところは、さっさと出ようとばかりに、ロイは中将に敬礼をして
                  部屋から出て行こうとする。そんなロイに、中将は未練がましく
                  言葉を繋げる。
                  「君を孫娘の婿にと思っていたんだがね。」
                  中将は、ため息をつくと、ふと思い出したように、言葉を繋げた。
                  「そう言えば、今度君はエドワード・エルリック少将の下に
                  着くみたいだな。」
                  「エドワード・エルリック少将・・・?」
                  スッとロイの目が細められる。気のせいか、部屋の温度が5度ほど
                  下がる。
                  「ああ。あの子は良い子だから、君も仕事がやり易くなるだろう。」
                  「・・・・・失礼します。」
                  うんうんと頷く中将に、ロイは低く呟くと、部屋を出て行った。
                  「ふう。うまくいかんもんじゃのう。」
                  ロイの気配が遠ざかると、中将はため息をつきながら、椅子に腰掛ける。
                  「エドワードの恋が上手くいくように、お膳立てをしてあげた
                  かったのじゃが・・・・・・。」
                  中将は、机の引き出しの中から写真立てを取り出すと、
                  穏やかな瞳で、写真を撫でる。
                  「エドワードに幸多からん事を。」
                  中将が手にした写真には、幼き頃のエドワードとアルフォンス、
                  そして2人の母親であるトリシャが、幸せそうな笑みを浮かべて
                  写っていた。
                  





                  冗談じゃない!
                  中将から話を聞いて、ロイの機嫌は最高に悪くなる。
                  まさか、自分の上司が、あのエドワード・エルリックに
                  なるとは思っておらず、ロイはここ数日間の浮かれていた
                  心が急激に萎むのを感じ、唇を噛み締める。
                  エドワード・エルリック少将。ロイと同じ歳の29歳。
                  12歳という若さで、史上最年少で国家錬金術師となり、
                  現在西方司令部のトップに君臨している。
                  「せめて向こうが私よりも年上なら、まだ我慢が出来たの
                  だが・・・・・。」
                  ロイはため息をつく。
                  若きエリートのロイとエドワードは、同い年という事もあり、
                  軍上層部から、東のマスタングと西のエルリックと、何かに
                  つけて比較されていた。
                  「だが、納得がいかん!何故私にばかり風当たりが強い
                  のだ!?向こうの方が地位が上だろうに!!」
                  嫉妬による上層部からの嫌がらせを受けているロイとは
                  対称的に、エドワードは上層部全員から好意的な立場に
                  いる。しかも、民衆に味方する国家錬金術師と、国民からも
                  圧倒的な支持を受けているという事も気に食わない。
                  「私が大総統になる為には、エルリック少将は邪魔だな。」
                  ロイは挑むような目で窓の外の空を見上げた。




                  そんな経緯があり、ロイはホークアイとハボックを連れて、
                  気合も新たに新しい上司へ挨拶に行ったのだが、
                  そこでロイは屈辱に唇を噛み締める。
                  「エドワード・エルリックだ。以後宜しく頼む。」
                  にこやかに自分に握手を求めるエドの顔を見て、ロイは
                  唖然となった。自分も童顔である自覚はあるが、エドは更に
                  上を行く童顔であった。まだ10代だと言っても通用するくらい、
                  エドワードの容姿は際立って若々しかった。
                  長い黄金に輝く髪を後ろで一つの三つ編みにした姿は、
                  華奢な体つきもあって、一見女性にしか見えない。もしも、
                  これが街中であったならば、確実にロイは声をかけ、あわよくば
                  そのまま恋人となろうとするだろう。しかし、いくら綺麗な顔をしても
                  奴は男。しかも、自分の出世の障害になるであろう存在だ。
                  ”私は、こんな女みたいな優男に負けているのか!?”
                  見た目から判断したロイは、エドの階級は、容姿で手に入れたものと
                  勘違いした。
                  ”フン。上層部のお稚児趣味に付き合ってられん!”
                  自分が大総統になった暁には、真っ先にエドワードを降格してやる!
                  と、ロイは蔑むような目でエドを見る。きっとこの目の前の男は
                  あの悲惨なイシュヴァール戦を体験する事なく、上層部に媚でも
                  売っていたのだろう。ロイは、ムカムカする気持ちを抑えきれず、
                  つい言ってしまったのだ。口元に嘲りの笑みを浮かべながら。
                  「噂通り美しいですね。本当に人形のようだ・・・・。」
                  言った瞬間、自分でもしまったと思ったくらいに、その場の空気が
                  固まった。特に、エドの脇に控えている、エドの副官からは、
                  そのまま人でも殺せるのではないかと言う位に、どす黒いオーラが
                  漂っており、自分の後ろからは、位置からして、ホークアイ中尉だろう。
                  後ろから銃で撃たれるのではないかと疑うような、毒々しい気配を
                  感じ、ロイは背筋が凍りついた。その重苦しい雰囲気を壊したのは、
                  以外にも、エドワードだった。最初キョトンとしていたエドだったが、
                  ふいに、まるで天使のような幸せそうな笑みを浮かべて言ったのだ。
                  「ありがとう。」
                  その言葉を聞いた瞬間、ロイの中で、エドに対する憤りが憎悪へと
                  変わる。隠された意味を理解出来ないくらい馬鹿なのか、それとも、
                  理解した上で、ロイを馬鹿にしているのか。
                  ロイはニコニコと笑っているエドをじっと見つめる。
                  ”へっ。俺には軍上層部が付いているんだぜ?俺に喧嘩を
                  売るなんて、お前馬鹿だろう。バーカ。バーカ。”
                  エドの笑顔の裏に、そんな思惑を感じ、ロイはますます機嫌が悪くなる。
                  「さて、顔見せも済んだことだし、各自荷物の整理をすること!以上!」
                  エドの言葉に、ロイは憮然とした表情で敬礼すると、無言でエドの
                  個人の執務室を後にする。





                  「大佐!マスタング大佐!!」
                  案の定、部屋を退室した途端、ホークアイの鋭い声が飛ぶ。
                  チラリと、肩越しに見やると、今にも銃の引鉄を引きそうな
                  ホークアイが、鋭い目でロイを見ていた。その横では、
                  ハボックも、眉間に皺を寄せて、批難がましい目でロイを
                  見ている。
                  「一体、どうしたと言うんですか!エルリック少将に対して、
                  あまりにも・・・・。」
                  「ホークアイ中尉。」
                  ロイは、ホークアイの言葉を遮ると、鋭い視線を向ける。
                  「!!」
                  一瞬目を見開くホークアイに、ロイは感情の篭らない目を
                  向けると、低く呟く。
                  「エルリック少将は、私の敵だ。よく肝に銘じておけ。」
                  言うだけ言うと、ロイは振り替えもせずに、そのまま
                  歩き出した。そのあまりのロイらしからぬ態度に、茫然と
                  しているホークアイに、ハボックは納得がいかないと
                  首を傾げる。
                  「一体、大佐はどうしてしまったんスっかね?あの
                  女性にだけは優しい人とは思えない態度でしたけど。」
                  あんな可憐な女将校に対して、何故攻撃的な態度を
                  取ったのか、ハボックは不思議でしょうがない。
                  「まさか、エルリック少将を男だと勘違いしていたりして〜。」
                  ハハハハ・・・と笑うハボックに、ホークアイは肩を竦ませる。
                  「まさか!そこまで無能ではないでしょう?今までずっと
                  エルリック少将と比べられ続けていたから、条件反射的に
                  冷たい態度を取ったのかもしれないわ。・・・・・もっとも。」
                  ホークアイは黒い笑みを浮かべながら、愛銃を手に取る。
                  「エルリック少将に対して、大佐が上官不敬罪を犯したと
                  判断した時点で、大佐の暴走を止めてみせるけど。」
                  フフフフ・・・・とロイの後姿を見ながら、不気味に笑う
                  ホークアイに、ハボックは、青褪めた表情で一歩後ろに
                  下がった。






                  ロイは、自分個人の執務室に入ると、誰も入ってこれない
                  ように、扉に鍵を掛けると、床に所々置かれた段ボール箱
                  の間を縫うように、机に近づくと、備え付けの電話を取り、
                  内線をかける。
                  「ああ、ヒューズか。実は折り入って頼みたい事があるんだ。」
                  『ああ?着任そうそう穏やかじゃねーな。そんな事より、
                  エリシアちゅわあああんのぉおお〜。』
                  「ヒューズ!!」
                  そのまま愛娘激ラブトークへと雪崩れ込みそうな勢いの
                  ヒューズに、ロイはウンザリしながら遮る。東方司令部勤務
                  の時は、適当に相手をしていたのだが、中央に異動と
                  なった今、ヒューズは、毎日この場所に押しかけてくる
                  だろうと、ますます頭が痛くなったが、それよりも、エドの
                  事だと思い直し、コホンと咳払いをする。
                  「大事な事なんだ。」
                  ロイの真剣な声に、ヒューズも口調を改める。
                  「わーったよ。いつものトコでいいな。」
                  ったく・・・・折角の一家団欒を・・・とブツブツ文句を言う
                  親友に、ロイは言葉では謝罪する。
                  「ああ、すまなかったな。では、また後で。」
                  ロイは静かに受話器を下ろすと、黒い笑みを浮かべる。
                  「エルリック少将の弱みを握って、引き摺り下ろす。」
                  ククク・・・と嬉しそうに笑いながら、ロイは、まだ未開封の
                  ダンボールに手を伸ばした。