純愛ラプソディ

                

                  第3話

                   

 

 

                 「これは、エルリック少将の嫌がらせか!!」
                 中央司令部勤務になって約1ヶ月ほど経った
                 ある日、とうとうロイの堪忍袋の緒が切れた。
                 いきなり立ち上がったかと思ったら、バンと
                 東方司令部時代には考えられないくらいに
                 書類一つない机の上を、バンと両手で叩く。
                 「・・・・大佐。机を壊さないで下さい。」
                 ロイの怒りを平然と受け流すと、ホークアイは
                 書類の束を持って、席から立ち上がる。
                 「大佐、これは今日の三時までにお願いします。
                 それでは、私はエルリック少将の元へ、書類を
                 届けに行って来ます。」
                 ホークアイは、書類の束の中から取り出した10数枚の
                 書類をロイの机の上に置くと、残りを持って執務室を
                 出て行こうとする。
                 「待ちたまえ。中尉。」
                 そんなホークアイを、ロイは呼び止める。
                 「何でしょうか?」
                 こちらは忙しいのだと目で訴えるホークアイに、
                 ロイもまた不機嫌そうな顔で尋ねる。
                 「何故、私が処理するべき書類が、私ではなく、
                 エルリック少将の元へいくのかね?」
                 最初は、異動になったばかりで、上層部からの
                 嫌がらせがなくなったのかと思って喜んでいた
                 ロイだったが、あまりにも回ってくる仕事の量の
                 少なさに、流石のロイもおかしいと気づき、秘密裏に
                 調べたところ、エドがロイの仕事を殆ど肩代わりしている
                 事実が分かり、ロイは唖然となった。おまけに、己の
                 副官もその件に一枚噛んでいるという事が発覚して、
                 今日こそは真相を問いただそうと、ホークアイを
                 呼び止めたのだ。
                 ピクピクとこめかみを引き攣らせるロイに、ホークアイは
                 ニッコリと微笑んだ。
                 「その方が処理が早いですので。」
                 辛辣なホークアイの言葉に、流石のロイもカチンと
                 なる。
                 「まるで、私が【無能】のように聞こえるが?」
                 「・・・・・違うのですか?」
                 心底不思議そうな顔で尋ねられ、流石のロイも怒りを露に
                 する。
                 「中尉!!」
                 しかし、ホークアイも負けてはいない。ロイに冷たい視線を
                 向けると、フッと鼻で笑う。
                 「大佐。自業自得です。今まで散々サボる事に命をかけていた
                 あなたが、急に仕事をしたいと言っても、誰も信用しません!」
                 ロイのサボリ癖の一番の被害者だったホークアイの言う言葉は
                 重い。そのホークアイを擁護する形で、ハボック以下ロイの
                 直属の部下達も参戦する。
                 「・・・・大佐のサボリ癖は、セントラルでも有名ですよ。地方の
                 司令部では通用しましたけど、流石に中央じゃあなぁ・・・・・。」
                 ブレタが腕を組んでため息をつく。
                 「そうそう。大佐がサボって中央に送る書類が間に合わなかった
                 時、テロだ郵便事故だって、俺達がフォローしてたけど、流石に
                 もうその手は使えねぇしな・・・・。どうしようかって、悩んでたん
                 ですよ。俺達。」
                 ブレタの横では、ハボックがうんうんと頷く。
                 「エルリック少将に感謝ですね。少将が自分が処理すると
                 言って下さったお陰で、通常の数倍は早く終わります。お陰で、
                 私たちに残業という言葉はなくなりました。」
                 ファルマンの言葉に、フュリーが、心配そうな顔になる。
                 「しかし、エルリック少将のお身体は大丈夫なのでしょうか?
                 ご自分のお仕事の他に大佐の仕事までされて・・・・・。」
                 倒れなければ良いのですが・・・と言うフュリーに、ウーンと
                 ハボックは唸る。
                 「この間、ご馳走になったし、どうだ?今日あたり少将を
                 誘って、みんなで飲みに行くっていうのは?ストレス発散
                 させないと、少将もキツイだろう。」
                 ハボックの言葉に、ホークアイが反応した。
                 「あら、今日は駄目よ。恒例のお食事会ですもの。」
                 ニコニコと微笑むホークアイに、ハボックは、慌てて
                 カレンダーを見ながら、ウウ・・・と唸る。
                 「そっか・・・女を敵に回すと恐ろしいからな。じゃあ、
                 3日後なんかどうだ?」
                 「「「異議なーし!!!」」」
                 ハボックの提案に、ブレタ、ファルマン、フュリーが了承の手を
                 挙げた。そんな男性陣に、ホークアイはクスリと笑う。
                 「ごめんなさいね。これも女性に生まれた特権なのだから。」
                 その言葉に、ハボックは羨ましそうな顔をする。
                 「今日は、中尉の番なんですか?いいなぁ・・・・。」
                 男にもそういう機会を作って欲しいですよ・・・・とぼやくハボックに、
                 ホークアイは笑う。そんな和気藹々の部下達の様子に、
                 話に入れなかったロイが、茫然と呟く。
                 「ちょっと待て!一体何の話だ?」
                 戸惑うロイに、ホークアイは眉を顰める。
                 「何とは?」
                 「一体、いつ君達はエルリック少将と親しくなったのかね!?
                 それと、お食事会とは、一体何の事だ!!」
                 不機嫌なロイに、ハボックは驚いた顔をする。
                 「はぁ?そっちこそ何を言っているッスか?この間、少将が
                 俺達に食事を奢ってくれたじゃないですか!」
                 「ハボック少尉、大佐はその時はいなかったわ。確かデートだと
                 おっしゃられて、定時になった途端、慌てて帰られたのだから。」
                 驚くハボックに、ホークアイが肩を竦ませる。
                 「何故私に報告しない!!」
                 上官が自分の部下に食事を誘ったお礼を言わなければならないし、
                 知らなかったとは言え、上官の誘いを断った形になったロイは、
                 冷や汗を流しながら、部下達を睨む。
                 「エルリック少将のご命令です。上官が食事に誘った場に
                 いなかったのを後で聞かされて、大佐が気まずい思いをしないで
                 済むようにとの、ご配慮です。」
                 「本当に良い方ですよね〜。エルリック少将って・・・・。」
                 ホークアイの言葉に、フュリーが、感動の涙を流しながら、ウンウンと
                 頷いている。だが、ロイは、その言葉を苦々しい思いで聞いていた。
                 ”この馬鹿者どもめ!餌付けされおって!!”
                 まさか、自分の仕事を取り上げるだけでは飽き足らず、部下まで
                 取り上げる気かと、ロイは唇を噛み締める。どこまで人を
                 コケにすれば、気が済むのだ!あいつは!!
                 ロイの中で怒りの焔が燃え上がる。
                 「それで、お食事会と言うのは?」
                 なるべく平静を保ちつつ、もう一つの疑問をぶつける。
                 「エルリック少将が西方司令部勤務の時からの伝統らしい
                 ですよ?女性達をグループ毎に分けて、月に2回ほど、少将主催の
                 お食事会が開かれます。内容は、普段言えない愚痴やら要望を
                 エルリック少将が聞いて下さるんです。直ぐに軍上層部に
                 掛け合って改善されるので、女性に大人気なんです。」
                 実際、軍の中で一番地位が高いのは、少将であるエドだった。
                 未だ軍の中での女性の地位が低い事に、心を痛めたエドが、
                 男には言えない日頃の鬱憤を聞いた事が始まりで、それが、
                 軍上層部と女性軍人達の窓口となるのに、時間が掛からなかった。
                 今では女性たちの鋭い観察力が、軍の職務をより円滑に行う事に
                 役立つと、上層部にも、このお食事会は大絶賛されている。
                 だが、ロイは、そんな事は建前で、実際はかなりの女好きなのだろう
                 と、勝手に邪推していた。
                 ”2週間前、受付のビアンカ嬢が私とのデートを断ったのは、
                 エルリック少将のせいなのだな!!”
                 逆恨みも甚だしい。ロイの恨みは、グツグツと煮えたぎるマグマよりも
                 熱い。
                 「中尉。エルリック少将へ持って行く書類を渡したまえ。私が
                 届けよう。」
                 表面上はニコニコと笑っているロイだったが、長年副官を務めて
                 いるホークアイには、ロイが黒いオーラを纏っている事に気がついた。
                 「お断り致します。大佐の手を煩わせる事ではないので。」
                 ギュッと書類を抱きしめるホークアイに、ロイの笑顔が一層深まる。
                 「中尉。上官命令だ。」
                 「その前に、仕事をして下さい。」
                 たったそれだけの書類に、何分掛かるのだ!と目で訴える
                 ホークアイに、ロイはニヤリと笑う。
                 「仕事なら終わらせた。この書類を至急南方司令部へ送るように。」
                 ロイは、そう言うと、ホークアイから書類の束を奪い、代わりに
                 いつの間に終わらせたのか、自分がサインした書類を押し付ける。
                 「大佐!!」
                 焦るホークアイの肩をポンと叩くと、そのまま部屋を出て行った。
                 「エルリック少将に何かしたら、許しませんよ!!」
                 扉の向こうに消えるロイの後姿に、ホークアイはドスの聞いた声で
                 叫んだ。




                 「全く、皆なんだと言うんだ!二言目には、エルリック少将。
                 エルリック少将と!!」
                 イライラしながら、ロイは廊下を肩を怒らせながら歩いていく。
                 「まさか、ヒューズの奴までも・・・・・。」
                 ロイは、1ヶ月ほど前、ヒューズを呼び出した時の事を思い出し、
                 唇を噛み締める。
                 エドを何とか引き摺り下ろそうと、情報部勤務の親友に、エドの
                 弱みを調べさせるつもりだったのだが、あろう事か、既に親友は
                 ライバルに取り込まれていた後だったのだ。
                 「エルリック少将!あの子は良い子だよなぁ〜。」
                 上官なんて羨ましいぞ!俺と代われ!!とまで言うヒューズに、
                 ロイは唖然となった。いつもは、我が愛しい女神グレイシア!
                 俺の可愛い可愛い天使のエリシュワちゃああああんと家族自慢を
                 垂れ流す口から、信じられないものを聞いたロイは、マジマジと
                 ヒューズの顔を凝視した。
                 「ん?どうかしたのか?ロイ?」
                 気味が悪いほどじっと自分を見つめるロイに、ヒューズは訝しげな
                 顔をする。
                 「どうかしているのは、お前だ。」
                 何とも言えない複雑な表情のロイに、ますますヒューズは、訳が
                 分からんと、首を傾げる。
                 「お前、エルリック少将と仲が良いのか?」
                 上官をあの子呼ばわりするヒューズに、ロイは冷や汗を流す。そこまで
                 ヒューズがエドと親密な関係だとしたら、エドを陥れる策に手を貸す
                 とは思えない。いや、それどころか、下手すると絶交を言い渡されて、
                 敵に回る可能性のほうが高いだろう。ロイは慎重にヒューズに
                 探りを入れる。
                 「ん?俺だけじゃねーぞ。グレイシアとエリシアとも仲が良いぞ〜。」
                 ヒューズの言葉に、ロイはカウンターに頭をぶつける。
                 「な・・、それはどういうことだ!!」
                 痛む額を押さえながら、ロイは半分涙目でヒューズを見る。
                 「実はだな、俺の可愛い可愛いエリシアちゃんが、テロに巻き込まれそう
                 になった事があるんだよ。」
                 当時を思い出したのか、ヒューズの目がギンと吊り上る。
                 「そこを助けてくれたのが、たまたまセントラルに来ていた、エドなんだ。」
                 それ以来、家族ぐるみの付き合いをしているというヒューズに、ロイは
                 内心舌打ちをする。今回はヒューズは、当てにならないなと、ため息を
                 つくロイに、そう言えばとヒューズがロイを見る。
                 「そーいやぁあ、お前の大事な話ってなんなんだ?」
                 その言葉に、ギクリとなるが、長年上層部の狸親父に揉まれて
                 いるロイは、慌てずにニッコリと微笑む。
                 「いや・・・何。お前にエルリック少将の事を調べてもらおうと
                 思ってたのだが・・・・。」
                 ロイは言葉を選びながら、チラリとヒューズを横目で見る。案の定、
                 ヒューズの顔つきが厳しいものに変わる。
                 ”ここまで奴に心酔しているのか!”
                 ヒューズの豹変した態度に、ロイは内心面白くなかった。対する
                 ヒューズは、妹のように思っているエドを、目の前のタラシ男は、
                 狙っているのかと、探るような目で見ていた。
                 ”いくら親友だからと言って、可愛い妹をこんな女の敵の
                 毒牙に掛からせて堪るか!!俺は、断固阻止するぞ!!”
                 ヒシヒシと伝わってくるヒューズの殺気に、ロイはため息をつく。
                 「心配するな。別に少将をどうにかするつもりはない。」
                 「本当かぁ?」
                 イマイチ信用出来ないんだよな・・・と呟くヒューズに、ロイは
                 思わず発火布を装着しようかと、本気で思った。しかし、ここで
                 暴れては、ヒューズからエドの情報を引き出せないと、自分を
                 押さえる。当初の予定からは外れたが、エドと親しいというヒューズ
                 から何らかの情報を引き出そうと、ロイは真剣な目でヒューズを見る。
                 「誤解するな。ただ・・・・相手の事を知らなければ、今後の
                 私の人生に大きな影響を及ぼすのだよ。」
                 苦笑するロイに、ヒューズは唖然となる。
                 ”い・・・今、ロイは何と言った?人生に大きな影響!?”
                 「ロ・・・ロイ?どうして、そんなにエドの事を聞きたがるのかな?」
                 いくら上司になるとは言え、相手の事を知りたがる事など、
                 今までになかった事だ。しかも、普通、人生という言葉は使わない。
                 その上、あまりにも真剣なロイの表情に、ヒューズはひょっとして・・・と
                 思い始めた。
                 「?おかしな奴だな。相手の事を知りたいと思うのは、当然だろ?」
                 ”敵を攻めるには、まず敵の事を知らなければならないからな。”
                 ロイは、気を引き締めると、どうやってヒューズからエドの
                 情報を引き出そうかと、真剣な目をヒューズに向ける。ヒューズ
                 相手に下手な小細工は通用しない。ならば、ヒューズにエドが
                 自分の敵に回るかもしれない可能性を示唆し、協力を求めた
                 方がいいかもしれないと思い直した。何だかんだ言っても、
                 ヒューズはロイを切り捨てたりしないだろうという自信もあった
                 からだ。意を決して、ロイは真剣な目でヒューズをじっと見る。
                 そのロイの様子に、何かを感じ取ったのだろう。ヒューズも
                 真剣な表情で低く呟く。
                 「・・・・本気なのか?」
                 ”流石親友!語らずとも私の心を察してくれたのだな!!”
                 ロイはヒューズに感動しながら、重々しく頷く。
                 「勿論だ。」
                 ロイの言葉に、真剣な表情のヒューズは、一瞬目を見開き、
                 そうかと呟いて、ウィスキーの入っているグラスに目を落とす。
                 ”ロイの奴・・・・本気でエドに惚れたんだな・・・・。”
                 あの、女なら誰でもいいとばかりに遊び歩いていたロイの口から
                 こんな言葉を聞く日が来るとは思わなかったヒューズは、
                 不覚にも目頭が熱くなり、そっと視線をロイから視線を逸らす。
                 いつもの面白半分で、エドにちょっかいを出すつもりならば、
                 絶対に阻止しようと思っていたが、ロイが本気であるならば、
                 話は別だ。漸く訪れた親友の初恋を、何としてでも俺が
                 成就させてやる!!とヒューズの中では燃えに燃えていた。
                 「よし!お前の覚悟は分かった。俺もお前に協力してやる!!」
                 顔を上げてニヤリと笑うヒューズに、ロイは嬉しそうに笑う。
                 「ヒューズ!!そう言ってもらえると思っていたよ!!」
                 ”流石我が友!!これでエルリック少将を引き摺り下ろせる!”
                 ガッツポーズを取るロイに、ヒューズはニヤリと笑う。
                 「だが、安心は出来んぞ。何せ、敵の数が多すぎる。」
                 ”エドのあの美貌と性格の良さ!今までフリーなのが信じられない
                 ぜ。彼女を手にするには、数々の難関が待ち受けているが、
                 ロイなら何とかするだろう。”
                 本気になったロイの恐ろしさを知るヒューズは、それほど
                 心配はしていなかった。
                 「フッ。そんなのは、最初から覚悟をしている。それでも、私は
                 掴みたいんだ。至上のものを。」
                 ”エルリック少将が上層部を味方に付けている事は、百も承知だ。
                 それでも、私は大総統の椅子を諦めたりはしない!”
                 不敵に笑うロイに、ヒューズも不敵な笑みで返す。
                 「エドの情報は、俺に任せろ!」
                 「期待しているぞ。ヒューズ!」
                 こうして、互いに思い違いをしているとは気づかず、男達の
                 酒宴は続いた。



                 「ったく・・・・。何が情報は任せろだ!ヒューズの奴!!」
                 ロイは、エドの執務室に向かいながら、ブツブツ文句を言う。
                 約束通り、ヒューズは次の日からエドの情報をロイに
                 流すのだが、その内容に、ロイは頭を抱えたくなった。
                 家族構成、趣味、特技から始まって、好きな食べ物と
                 嫌いな食べ物。そして、今までのエドの善行の数々。
                 エドを引き摺り下ろすネタどころか、いかにエドが素晴らしい
                 人間であるかという情報の数々に、ロイはヒューズに
                 敵意を持つ。
                 「全く、何を考えているんだ。ヒューズの奴は!私が
                 欲しいのは、そんなことではない!」
                 やはり、ヒューズはエドの手先になったのだろうか、それとも、
                 ヒューズの力を持ってしても、簡単には弱点を見つけられない
                 ということなのだろうか。
                 「一度、ヒューズの奴と話し合わなければならんな。」
                 もしかして、何か思い違いをしているのではと、考え込んでいた
                 ロイは、思わずエドの執務室を通り過ぎている事に気づくと、
                 慌てて駆け戻った。
                 ”ここからは、敵陣だ。”
                 ロイはスッと表情を改めると、深呼吸をする。ノックをしようと
                 手を挙げかけて、中から聞こえる楽しげな声に、ロイの動きが
                 止まった。エドの声に混じり、非常に良く知る声が聞こえた瞬間、
                 ロイは、ノックをするのも忘れ荒々しく扉を開けた。