ロイが、扉を開けると、案の定、部屋の中には、
ロス中尉とエド、そして、大量のエリシアの写真を手に
したヒューズがいた。三人の注目を一心に浴びた
ロイは、自分がノックもしない上、エドからの入室
許可が下りる前に、部屋の中に入ってしまった事に
気づき、冷や汗を流す。よりにもよって、ライバルに
格好の攻撃するネタを与えてしまった、自分の迂闊さに、
ロイは穴があったら入りたい思いだったが、ここで
動揺した顔を見せると、余計に侮られるとばかりに、
下腹に力を込めて、根性でエドにニッコリと微笑む。
「申し訳ございません。何回かノックをしたのですが・・・。」
はっきり言って、そんな事実はないが、話に盛り上がって
いたのだから、何とか誤魔化せるかもと、ロイは
きっぱりと言い切る。案の定、ロス中尉は不審そうな顔を
したが、エドはすっかりロイの言葉を信じたのか、
少し決まり悪げに頭を掻く。
「ごめん。それで、何?」
エドの言葉に、ロイは手にした書類をエドに差し出す。
「ああ、ありがとう・・・・。」
書類を受け取ろうとするエドに、ロイは、スッと書類をエドの
手に届かない場所まで持ち上げると、じっと鋭い視線を
エドに向けた。
「エルリック少将。少しお尋ねしたい事があるのですが。」
真剣な表情に、エドは首を傾げる。
「いいけど・・・・。何か不都合な事でもあったのか?」
”マスタング大佐には、本当に出世に関わるような重要な
仕事しか回してないんだけどな・・・。”
エドは内心首を傾げる。
「この書類もそうですが、何故私の仕事を、私ではなく、
エルリック少将が行っておられるのですか?」
ロイの言葉に、側にいたヒューズがギョッとなる。
「本当か!?何でお前がロイの仕事を手伝っているんだ?」
驚くヒューズに、ロイはギロリと横目で睨む。
”何を言っているんだ。ヒューズ!これは手伝うじゃなくて、
私から仕事を取り上げて、出世の妨げをしているんだ!”
あくまでも好意的に物事を捉えるヒューズに、ロイは内心
突っ込みを入れる。
「ヒューズさんとマスタング大佐って、知り合い?」
エドは、ヒューズの言葉に、びっくりしたような顔をする。
「おう!士官学校からのくされ縁だ。今度、ロイの昔の
面白い話を聞かせてやろうか?」
「ヒューズ!!」
ロイは、慌ててヒューズの口を塞ぐと、耳元で低く呟く。
「貴様、死にたいらしいな。」
”何を考えてる!敵に私の弱点を教えてどうする!逆だ!
逆!!私に奴の弱点を教えろ!!”
ギロリと目が据わっているロイに、ヒューズは、ニヤニヤと
笑う。
「冗談だよ。本気にすんな。」
”全く、ロイも可愛いなぁ〜。好きな娘には、常に格好良く
見せたいもんだからな。”
ヒューズは、ポンポンとロイの肩を叩いていると、エドが
ロイに手を差し出す。
「マスタング大佐。書類。」
「はい。」
思わず書類を渡してしまったロイは、瞬間顔を青くさせる。
そんなロイに気づかず、エドはサッと書類に目を走らせると、
物凄いスピードで細かな指示を書き記すと、最後に自分の
サインを書いて、あっという間に全て書類済みの箱へと
入れる。この間、約3分。あまりのスピードに、ロイは
あんぐりと口を開ける。確かに、自分もやる気にさえなれば、
これくらい出来る自信はある。しかし、全ての書類に出来るかと
問われれば、答えはノーである。
「相変わらず、仕事が速いなぁ。エドは。」
ロイの横では、ヒューズもエドの仕事振りに感心している。
「そう?これくらい普通でしょ?そうだよな。マスタング大佐。」
ニッコリと微笑むエドに、ロイはカチンとなる。
”何故、そこで私に振るんだ!!イヤミか?イヤミなんだな!!”
ロイは、引き攣った笑みを浮かべて頷く。
「まぁ、これくらいは・・・・・。」
ロイの言葉に、エドは大きく頷いた。
”やっぱり、マスタング大佐って、仕事出来てカッコイイ!!
祖父さんの言っていた通り!!俺ももっと頑張らなくっちゃ!”
東方司令部司令官の祖父の顔を思い浮かべて、エドはロイに
尊敬の眼差しを向ける。ただ、エドは知らない。祖父が言った
ロイの尋常ではない処理能力は、サボリにサボった為に、仕事が
溜まり、怒りのホークアイが銃で脅して、初めて発揮されると
言う事を。
”な・・なんだ!その目は。見え透いた嘘をつくんじゃねーよって
事なのか!?”
じっと自分を見ているエドに、心に疚しい事があるロイは、
正視出来ずに、慌てて目を逸らす。
”ほう!まるで10代の初恋したての初々しい行動じゃねーか。
好きな娘に見つめられて、照れるなんて、本当にあのロイ・
マスタングなのか!?”
初々しい2人に見えるヒューズは、そんな感想を暢気に思いながら
2人を観察する。だが、ここに、ロイとエドが一緒にいる事を
良しとしない人間がいた。言わずも知れた、マリア・ロス中尉である。
”マスタング大佐!今度はどんなイチャモンを付けに来たのかしら!”
ロイの心の内を正確に読み取っているロス中尉は、探るような
目でロイを睨みつける。
「・・・エルリック少将。そろそろ休憩を取られては、如何ですか?」
とりあえず、この危険人物から一刻も早くエドを安全な
場所へ移動させようと、ロス中尉は、エドに話しかける。
「ん?あれ?もうそんな時間?」
エドが、ロス中尉の促されるままに、休憩を取ろうと椅子から
立ち上がりかけた時、ノックもなしに、ダンボール箱を両手で
抱えた、ブロッシュ軍曹が、フラフラと執務室に入ってきた。
「少将〜。マスタング大佐の追加分の書類です〜。今日の
4時までだそうです。」
その言葉に、ロイの目が変わる。
「おう。ありがとう。こっちに持ってきて・・・・。」
「エルリック少将!!」
ブロッシュを手招きするエドに、ロイは激昂のまま、机に
両手を叩きつけると、まるで射殺そうとするように、エドに
鋭い視線を向ける。
「・・・・・どういうことですか?」
低く呟くロイの声に、ヒューズは後ろでヒッと悲鳴を洩らすが、
エドは、ただキョトンとするだけだった。それが余計に
ロイの怒りを煽る。
「何故、私の仕事を取り上げるのですか?」
ロイの本気の怒りを物ともせず、エドはニッコリと微笑むと、
きっぱりと言い切った。
「だって、無駄だろ?」
このエドの発言は、ロイだけでなく、その場にいた全員が
凍りついた。まるでロイに仕事をさせるのは、無駄だと、
きっぱりとロイが【無能】だと言い切ったと同じなのだから。
まさか、面と向かってはっきりと言われると思っていなかった
為、真っ白に固まってしまったロイに、流石に憐れに思った
ヒューズが、間に入る。
「おい、エド、いくら何でも、無駄って事ねぇだろ?」
ヒューズの言葉に、エドは訳が判らずに、キョトンと首を傾げる。
「?だって、マスタング大佐がいつも言っているって、ホークアイ
中尉が言っていたぞ?」
「ホークアイ中尉?」
何故そこにホークアイが出てくるのかと、ヒューズは首を傾げる。
「うん!この間、中尉たちと一緒にご飯を食べに行ったら、
中尉から聞いたんだ。マスタング大佐は、どうでも良い仕事
であればあるほど、仕事を後に回す傾向にあるって!『こんな
無駄な書類を処理していては、いざという時に、動くことが
出来ん!』なんだろ?どうせ、最後は俺に回ってくるんだし、
俺が処理してもいいかなって思ってんだけど?」
エドの言葉を聞いて、ヒューズは、ギロリと横にいる親友を
睨む。
”ったく!自業自得じゃねぇか!”
仕事をサボる為のロイの見え透いた言い訳を、エドは真面目に
受け止め、だったら、【無駄な書類】を自分が処理して、
ロイには、いつでも自分の思う通りに動けるようにと、配慮
していたのだ。
”くーっ!!何て良い子なんだ!エド!!やっぱ、ロイには
勿体無い!!”
感動するヒューズの隣では、ロイが冷や汗をかいていた。まさか、
自分の言動が、こんな形で跳ね返ってくる事になろうとは、
思ってもいなかった。脳裏に、常に冷静な表情のホークアイの
顔が浮かび上がる。あのクールビューティの顔の下では、
きっとマグマのごとく怒りに満ちているのだろう。まさか
上官にチクられるほど、ホークアイの怒りを買っているとは思っても
おらず、ロイは、今後どうホークアイに接したら良いか、頭を
抱えたくなる。だが、その前に、目の前の上司を何とかしないと
と思い、ロイは咳払いをする。
「エルリック少将。お気遣い、感謝いたします。しかし、イーストシティ
に比べると、ここでは、非常事態になる可能性が極めて低く、
通常の業務も滞りなく行えると・・・・・。」
何とかエドから仕事を取り返そうと、ロイが説得を試みようと
した時、荒々しく扉を開けて、ホークアイが入ってきた。
「エルリック少将!失礼します!!ただ今、セントラルとイースト
シティの境にある町に大規模なテロ予告が!!」
ホークアイの言葉に、険しい顔をするロイをチラリと見上げると、
エドは意味ありげに笑う。
「起ったじゃん。【非常事態】。」
「エルリック少将・・・・。」
不敵な笑みを浮かべるエドに、ロイは茫然と呟く。
「それで、ホークアイ中尉。犯行声明分は?詳しく報告して
くれ。」
スッと目を細めるエドに、ホークアイは緊張した面持ちで
手にした書類を読み上げる。
「エルリック少将を名指しです。セントルとイーストシティの
境にある【イーシュ】という街に、エルリック少将、お1人で
来るようにと。もしも応じない場合、市民一人一人を殺す。
・・・・・以上です。」
「・・・・・それで、犯人グループの名前は?」
じっとホークアイを見つめるエドに、ホークアイは言った。
「【神の代行者 スカー】とだけ。」
ホークアイの言葉に、エドは一瞬目を見開くが、直ぐに
何でもないというように微笑むと、傍らで青くなっている
己の副官を見上げる。
「イーストのマスタング大佐の後任って・・・・確か、ラッセル
だったよな?」
「はい。そう伺っておりますが・・・・・。」
戸惑うロス中尉に、エドはニッコリと微笑む。
「んじゃ、ラッセルに連絡しておいて。【この件から手を引け。
吉報を待て】と。」
「少将!?」
驚くロス中尉を無視すると、エドはロイを見る。
「という訳だ。オレはちょっと野暮用が出来たから、明日から
有休を取る。オレのいない間、宜しく頼むよ。マスタング大佐。」
「エルリック少将!?あなたは、何を言っているのか、自分でも
分かっているのですか!!」
慌てるロイに、エドはニッコリと笑いながら、引き出しの中から
有休申請用紙を取り出し、嬉々として書き始める。
「勿論。オレ、ここ数年、ろくに有休を取っていないんだよね。
この機会に取ろうかと・・・・・。」
胸を張るエドに、ロイの目が細められる。
「・・・・本気でおっしゃっているのですか?」
”まさか、敵前逃亡をするとは!!”
どこまで、根性の曲がった人間何だ!ロイは本気で
怒鳴りつけようと思ったが、その前に、ロス中尉の雷が
落ちる。
「エルリック少将!あれほど、自ら事件に首を突っ込むのは、
お止めくださいと前から言っているではないですか!!」
キョトンとなるエドの書きかけの申請書を取り上げると、ビリビリと
破き始める。
「エルリック少将自ら行かれる必要はありません。あなたは、ここで
指示を出していればいいんです!」
怒るロス中尉を、厳しい表情をしたエドが、静かに見つめる。
「・・・・でも、オレを呼んでいるんだ。あいつが。」
エドの言葉に、ロス中尉はピクリと反応する。
「あいつ・・・?知り合いですか?」
驚くロイに、エドはただ曖昧に笑みを浮かべるだけで、何も
答えようとしない。その事が、余計にロイの怒りを増幅させる。
「・・・・エルリック少将。この件は、私に任せていただけませんか?」
ロイの言葉に、エドは悲しそうな顔を向けると、首を横に振った。
「あんたじゃ・・・駄目なんだ。」
「・・・・・・私はそんなに頼りないですか?」
低く呟かれるロイの声に、エドは困ったような顔をするだけである。
「・・・・これは、オレの仕事だ。」
それだけ言うと、エドは椅子から立ち上がり、執務室を出て行こうと
するが、その前に、ロイがエドの腕を掴む。
「あなたは、私が【無能】であると、よほど周囲にアピールを
したいようですね。」
「・・・何の話だ?」
ロイの真意が掴めず、エドは眉を顰める。
「エルリック少将、賭けをしませんか?」
不機嫌なエドに、ロイは挑発的な笑みを浮かべる。
「どちらが早くこの件を片付けるか、賭けをしましょう。もしも、
あなたが勝てば、いくらでも私を【無能】呼ばわりすればいいでしょう。
だが、もしも私が勝ったら・・・・・・。」
そこでロイは言葉を切ると、じっとエドの顔を見つめる。
「何でも一つ、私の願いを叶えて下さい。」
ロイは、乱暴に掴んでいたエドの腕を離すと、唖然となっている
ヒューズとホークアイを一瞥する。
「ヒューズ、ホークアイ中尉、行くぞ!これから作戦会議だ!」
ロイは、エドに敬礼すると、そのままヒューズとホークアイを
伴って執務室を後にする。
「エ・・・・エルリック少将・・・・?」
ロイ達が出て行った後でも、茫然と立ち尽くしているエドの
様子に、心配になったロス中尉が、恐る恐るエドの顔を
覗きこむ。
「マスタング大佐・・・・オレの身を案じて・・・・。」
頬を薔薇色に染めて、うっとりとしているエドに、ロス中尉は
本気で泣きたくなった。今のやり取りの、どこがエドの身を
案じていると映るのだろうか。どうみても、宣戦布告だろう!と
ロスが心の中で突っ込みを入れていると、エドが、急に
目をキラキラさせて叫んだ。
「オレ、頑張る!マスタング大佐のお手伝いをするんだ!!」
「お待ち下さい!エルリック少将〜!!」
まるで水を得た魚のように、嬉々として執務室を飛び出していく
エドを、ロス中尉は慌てて追いかける。
「ところで・・・・この仕事は一体誰がやるんでしょうか・・・。
オレですか・・?オレですよ・・・・ね・・・・・。」
後には、泣きながら書類の入ったダンボール箱を抱える
ブロッシュ軍曹だけが残された。