エドの執務室からロイ個人の執務室に場所を移動した、
ロイとヒューズとホークアイは、気難しい顔で、お互いを
見ていたが、やがてホークアイは、椅子に座っている
ロイに、視線を向けた。
「それで、本気でしょうか?大佐。」
底冷えする瞳を自分に向けるホークアイに、
ロイは引き攣った笑みを浮かべる。
「本気・・・とは?どういう事かね?」
ホークアイは目を細めると、素早く銃を
ロイに向ける。
「・・・・エルリック少将と敵対するという事です。」
「そうだが・・・。何か不都合でも?」
ロイは冷や汗を流しながら、視線を、自分に向けられた
銃口へと向ける。
「・・・・メリットを考える方が難しいかと。」
その言葉に、ロイは嫌そうに顔を顰める。
「確かに、今エルリック少将を敵に回すのは、
得策ではない。しかし、私が大総統の地位に着くには、
避けて通れない事だ。」
ホークアイの目が細められる。
「避けて通れない事・・・・?」
フッと鼻で笑うと、ホークアイはゆっくりと銃の安全装置を
外す。
「ご冗談でしょう?いつエルリック少将があなたに
対して攻撃を行いましたか?あなたの手助けをすることは
あっても、嫌がらせなどしていません。むしろ、あなたの
方が、エルリック少将に対して、無礼すぎます!!」
やはり、この男は許せないとばかりに、ホークアイの
引鉄を引く指に力が込められる。
「ちょい待ち!中尉!」
慌ててヒューズは、ホークアイの銃を奪うと、諭すように
肩を叩く。
「中尉。ロイの気持ちも察してやれ。」
”やっぱ、いくら何でも惚れている女より地位が低いって
いうのは、男にとっては、プライドに関わる重要な
事なんだよ。”
まさか、ホークアイに男のプライドの話をしても、通じないだろうと
ヒューズは思った。そんなに地位が欲しければ、サボらずに
働け!とロイに向かって銃をぶっ放すであろう事が、容易に
想像できる。さて、どうしたものかと、ヒューズが悩んでいると、
案の定、ホークアイは嫌そうに眉を顰める。
「・・・・・大佐の気持ちより、エルリック少将の方が大事です!」
きっぱりと言い切るホークアイに、ロイはゴンと机に頭をぶつける。
「まぁ、その気持ちは、オレにも痛いほど良く分かる!」
続くヒューズの言葉に、ロイは再び机を頭にぶつける。
”なっ!!どういうことだ!ヒューズ!!”
面白くない話の展開に、ロイはギロリとヒューズを睨むが、
話に夢中な二人は、ロイの視線に気づかない。
「だがな、考えてもみろ。今ここでロイがこの件から手を引くと、
エドが危険な事に首を突っ込む事になるんだぞ?」
それでもいいのか?と問いかけるヒューズに、ホークアイは
ハッと顔を上げる。
「ホークアイ中尉、エルリック少将を守る為だ。ロイに協力して
やってくれ。」
「・・・・・仕方ありませんね。」
ふぅとため息をつくホークアイに、ヒューズは、良かった良かったと
ガハハハと笑う。そんなヒューズに、ロイは尊敬の眼差しを
向ける。
”すごいぞ!!ヒューズ!ホークアイを丸め込めるとは・・・。流石我が
親友!!”
エルリック至上主義のホークアイを丸め込む為に、あえて自分も
エルリック少将の味方だとアピールしたのかと、ロイは思った。
「・・・・だが、この話、妙だと思わないか?」
ふと洩らしたヒューズの言葉に、ロイは眉を顰める。
「妙・・・とは・・・・?」
ヒューズは、ロイに犯行声明文を見せる。
「この文面とエドの態度から、エドとこの【スカー】って奴は、
顔見知りらしいな。多分、以前、何らかの事件で知り合ったもの
だろう。」
それのどこがおかしいのかと、ロイは怪訝そうな顔でヒューズを
見上げる。自分など、イーストシティにいた頃、ほぼ1ヶ月に1度は
必ず、過去に捕まえた犯罪者からの呼び出しを受けていたのだ。
「それは、私も疑問に思いました。あのエルリック少将が
関わった事件で、まさかリピーターが現れるとは・・・・・。」
深刻な顔でヒューズに同意するホークアイに、ロイは唖然となる。
「リピーター・・・?何だ、それは。」
1人訳が判らないロイに、ヒューズは呆れた顔をする。
「おいおい、まさかお前知らねぇの?有名な話だぜ?」
「無駄です。ヒューズ中佐。大佐は自分の事以外に興味があるのは、
女性の話だけですので。」
ホークアイの言葉に、決まり悪げな顔をするロイに、ヒューズは
ガックリと肩を落とす。
”おいおい。女好きを自認しているなら、惚れた女の情報くらい
手に入れておけ!!”
まぁ、最近惚れたのだから、そこまでロイに求めるのは、酷かもと
ヒューズは思い直し、懇切丁寧にロイにエドの事を話す。
「お前も知っての通り、犯罪者って言うのは、再び犯罪を犯す
事が多い。これを、俺達は【リピーター】と言っている。ここまでは、
わかるな?」
ヒューズの言葉に、ロイはムッとする。
「馬鹿にするな!私はそこまで馬鹿ではない!それくらい
知っている!!」
「エルリック少将の噂をご存じなかったくせに・・・・。」
怒り出すロイに、ホークアイが小声で呟くが、それをあえて
無視して、ロイはヒューズに話の続きを促す。
「エドのすごいところは、そこなんだよ。エドが関わった事件で、
【リピーター】が出たのは、一件も無い。」
情報部所属のヒューズが言い切った事に、少なからず噂が
真実だと知り、ロイは驚く。
「・・・何故だ?そんな事はありえない・・・・。」
茫然と呟くロイに、ヒューズも重々しく頷く。
「お前とエドの検挙率は同じくらいすごい。だが、お前よりも
エドの方が上層部の評価が高いのは、エドは、【リピーター】を
作らないからだ。」
ロイは荒々しく机を叩く。
「どういうことだ!それは!!」
青褪めた表情のロイを、ヒューズは落ち着かせようと、ポンポンと
肩を叩く。
「エドは、アフターケアが完璧なんだよ。」
「アフター・・・・ケア・・・・だ・・・と・・・?」
茫然と呟くロイに、ヒューズは頷く。
「エドは、事件の大小に関わらず、犯人一人一人に面談を
行って、犯人達の不満を聞いているんだよ。刑務所に入れられて
も、時間を見ては通って、犯人達の心の闇を取り除いている。
勿論、犯罪者の家族になった人達にも、気を配っているし、犯人が
出所した後も、世話を焼いているって話だ。勿論、被害者との
和解にも一役買っていたりする。」
その美貌だけで少将の地位を得たとばかり思っていた
エドの意外な一面に、ロイは言葉を無くす。
「今では、エドのファンになった犯罪者達を中心に、エドワード・
エルリックネットワーク、略して【E.E.NET】が、結成され、
この国の貴重な情報源となっている。」
ヒューズの言葉に、ロイは眉をふと顰める。
「それは、まずいのではないのか?」
「ロイ?」
考え込むロイに、ヒューズは首を傾げる。
「考えてもみたまえ!今はどうか分からないが、かつては犯罪に
手を染めていた人間達だ。彼らと癒着しているとなれば、
上層部の古狸達の格好のネタにされるぞ!曰く、犯罪者達と
手を組んで、この国の転覆を謀っている・・・・とかな。」
”そうなれば、大総統への椅子に一歩近づく訳だが・・・・。”
先程までの自分なら、確実にエドを引き摺り下ろすネタとして、
嬉々として使うだろう。しかし、エドの仕事振りを知った今、
そんな卑怯な手を使う気にはなれない。むしろ、エドに対して
相手にとって不足は無い。引き摺り下ろすのではなく、
正々堂々と戦って、地位を追い越してやる!とまでに、
気持ちは変わっていた。
”フッ。私もホークアイ中尉達の事が言えなくなったな・・・。”
ため息をつくロイに、ヒューズは、ニヤリと笑う。
「安心しろ。【E.E.NET】は、大総統公認だ。この間も、
大総統や上層部も一緒に彼らの飲み会に参加していたぞ!」
「何!?」
驚くロイに、ヒューズは肩を竦ませる。
「言っただろ?この国の貴重な情報源だと。それに、その恩恵を
お前だって受けているんだから・・・・・。」
「何だと?」
ロイは眉を潜ませる。
「だーかーらー、お前に回す情報のほとんどの出所は、【E.E.
NET】からだ。後でエルリック少将に感謝しておけよ!」
知らなかった事実に、ロイは唖然となる。
「おい!私にも情報がいっている事を、少将は、ご存知なのか?」
「おう!なんせ、エルリック少将から言い出された事だ。
一刻も早く犯罪を無くしたいと。その為に情報提供は惜しまない
んだそうだ。」
ヒューズは、その時の事を思い出したのか、優しい表情に
なる。対するロイはどこか苦しそうに眉を顰める。
「罪を憎んで人を憎まずって事か?」
「ああ。何でも、昔命を救ってくれた恩人が、そんな事を
言っていたそうだ。それを実現するのは、並大抵の
努力じゃねーよ。」
ヒューズの言葉に、ロイは苦笑する。
”なんて事だ・・・・。最初から格が違う・・・・・。”
確かに、以前の、イシュヴァールの戦いが始まる前まで、
自分にもそのような理想を胸に描いて頃があった。
しかし、戦争や日々の雑務に追われ、いつの間にかその
理想を忘れていた。いや、忘れなければ、やってられなかった。
そこでロイはハッと気づいた。
忘れなければ、やってられなかった?
一体、いつ自分は理想を現実にしようという努力をしたと
言うのだ?ただ単に、楽な方を選んだだけではないのか?
その事に気づいた途端、ロイは愕然となった。今まで
自分が信じて歩んでいた道が、急に目の前で喪失してしまう、
そんな感覚だった。
「ロイ?」
急に青褪めたロイに気づき、ヒューズは訝しげに名前を
呼ぶ。
「いや、何でもないんだ。」
ロイは頭を振って、暗い思考を振り払う。大丈夫だ。理想を
現実となるように努力をしているエドの存在が、ロイに
進むべき方向へと導く。今からでも遅くない。エドとは違った
自分の方法で、理想を現実へと変える事が出来るはずだ。
”あいつにだけは、負けたくない!!”
何故、これほどまでエドに対して敵愾心を燃やしていたのか、
漸くロイは分かった。自分はエドが羨ましかったのだ。どこまでも
真っ直ぐで、理想を追い求めていられる彼が。ロイは、決意も
新たに気合を入れると、ヒューズとホークアイに指示を出す。
「ヒューズは、スカーについての情報を頼む。それから、
ホークアイ中尉は、エルリック少将のこれまで担当した事件
からスカーが関わっていると思われる事件を探し出してくれ。」
ロイの言葉に、ヒューズとホークアイは敬礼をすると、それぞれ
目的を果たすべく、部屋を後にする。
「・・・・スカー・・・・か。」
1人残されたロイは、机の上に置かれたままの、犯行声明文を
手にすると読み上げる。
「一週間以内に、鋼の錬金術師が、1人で【イーシュ】に来い。
もしもこれに応じない場合、市民を1人ずつ殺す。神の代行人
スカー・・・・・・。」
ロイは手にした紙を握り締める。
「一体、何を思っての事なのだろうな・・・・・。」
誰もがエドを口を揃えて褒め称える中、1人エドの魅力には
屈っせず、更に戦いを挑もうとしている男に、ロイは少なからず
興味を覚えるのだった。
「何?存在しない?」
次の日、ホークアイの報告に、ロイは形の良い眉を顰める。
「はい。過去、エルリック少将が関わった事件に、スカーなる
者はおりません。」
ホークアイの報告に、ロイはため息をつくと、チラリとヒューズを
見る。
「そっちも同じか?」
「・・・・結果から言うとYESだがな・・・・・。」
歯切れの悪いヒューズに、ロイは、おや?と思った。
「E.E.NETの奴ら、どうも何かを隠しているんだよ。」
「隠している?」
ロイは、訝しげに尋ねる。
「ああ、スカーという名前を出した途端、皆知らないの一点張りだ。
いくらエルリック少将の身が危ないと言っても、皆一様に口を
閉ざしたままなんだ・・・・。」
「・・・・変だな。奴らは全員エルリック少将に傾倒しているのでは
なかったのか?」
やはり、奴らを信用したのは間違いだったのだろうか・・・と、ロイが
考え込んだ時、ふと思い出したように、ヒューズがロイに
尋ねる。
「そーいやあ、国家錬金術師の二つ名って、どうやって決めるんだ?」
「大総統が決めるので、何とも言えないが、大体が、得意な練成に
ちなんだ、銘を与えられるが・・・・・・・それがどうかしたのか?」
訝しげなロイに、ヒューズも首を傾げる。
「実は、1人だけ気になる事を言っていたんだよ。
エドが何故鋼の錬金術師と言われているか知っているかと。
それすらも知らない人間に、何も言う事はないとまで言われたぞ!」
「鋼の錬金術師?銘が鋼だからだろ?別に深い意味があるとは、
思えないが・・・・・・。」
考え込むロイに、ヒューズもそうだよなぁと首を傾げる。そんな
2人に、ホークアイも、何か思い当たる事があるのか、顔を上げる。
「そう言えば、エルリック少将の事を調べていくうちに、気になる
点が幾つかありました。」
ホークアイの言葉に、ロイとヒューズが顔を上げる。
「気になる点?」
ロイの問いに、ホークアイは厳しい顔で頷く。
「はい。エルリック少将は、史上最年少の12歳で、国家錬金術師の
資格を取ったのですが、幼さを理由に、二つ名を与えられなかった
そうです。そして、エルリック少将が【鋼】の二つ名を与えられた
のが、イシュヴァール戦の翌年、しかも、階級は大佐でした。」
その言葉に、ヒューズが眉を顰める。
「エルリック少将って、イシュヴァール戦に出ていたか?」
あんな目立つ存在、どこの部隊にいても、噂になるはず
なのだが、そんな噂を聞いた事がないとヒューズは首を
傾げる。ヒューズ疑問に、ホークアイは戸惑いながら、首を
横に振る。
「エルリック少将が国家錬金術師の資格を取ってから、【鋼】の
銘を拝命するまでの経歴が、大総統権限で、トップシークレットと
されております。」
「何?」
ロイの目が細められる。
「その空白の時間に、スカーと何かがあったという訳だな。」
ヒューズが深刻な表情で腕を組む。
「・・・・・とりあえず、ヒューズはE.E.NETからもう少し情報を
引き出してくれ。いや、やはり私も一緒に行こう。気になる
事を言った男と繋ぎを取ってくれ。出来れば今夜が望ましいが。
それから、ホークアイ中尉。」
ロイは、ヒューズからホークアイに視線を移す。
「エルリック少将の副官のマリア・ロス中尉と確か同期だったな。」
「はい。最近親しくなりましたが。」
ホークアイの言葉に、ロイは満足そうに頷く、
「では、中尉は、マリア・ロス中尉からエルリック少将の隠された
経歴をそれとなく聞き出して欲しい。出来れば、スカーの
情報も得られれば、ありがたいが。」
「出来る限りご期待に添えるように頑張ります。」
敬礼するホークアイに、ロイは無言で頷くと、机の上に
置いてある、犯行声明文をじっと見つめる。
”嫌な予感がする・・・・・。”
全てのものを破壊しつくす、嵐の予感を感じ、ロイは唇を
噛み締めた。