純愛ラプソディ

                

                  第6話

                   

 

 

                  「何故、ここなんだ・・・・。」
                  ロイは、目の前に座って、ニコニコ笑っている女に、
                  ため息をつく。
                  「あら?お気に召しませんでした?」
                  そう言って、優雅に紅茶を飲む姿は、とても清楚で
                  美しい。ここ、セントラルでも、上流階級の夫人達
                  ご用達のアフタヌーンティールーム『フェスタ』にいても、
                  なんら遜色はない。もっとも、目の前にいる女が、
                  実は男だと事前に知らされていなければ、ロイとて
                  簡単に騙されてしまうだろう。
                  肩口まで綺麗に切りそろえられた髪が、フワリと揺らしながら、
                  女は面白そうにロイを意味ありげに見つめる。
                  そんな寛いだ様子に、ロイはイライラを隠そうともせず
                  詰め寄る。最初はヒューズと共に、情報屋が屯していると
                  言われている場末のバーに行くつもりだったのだが、
                  何故か指定された場所は、中央司令部と目と鼻の先である
                  上流階級ご用達のカフェだった。しかも、ロイ1人だけ来るように
                  との指示に、最初は、からかわれたのだと思ったのだ。
                  「大有りだ。何でこんな場所を選んだんだ。」
                  一応、場所柄を考えて、ロイは小声で呟くが、女は
                  相変わらずニコニコと微笑みながら、口元をニヤリと
                  歪める。
                  「あんたの顔は、表でも裏でも目立ちすぎる。それに悪いが、
                  俺はあんたをあまり信用しないのでね。本拠地に連れて
                  行く訳にはいかない。」
                  その言葉に、ロイは気分を害した様子も無く、肩を竦ませた。
                  「その信用しない男の為に、わざわざ女装をして貰って、
                  私は感謝をするべきなのかな?」
                  「・・・・感謝する気のない男の言葉ほど、滑稽なものはないがな。」
                  相変わらず微笑みを絶やさない姿は、傍から見れば、甘い恋人
                  同士に見えるだろう。いや、わざとそう見せているのだ。
                  「ほら、ほら。もう少し愛想良くしてもいいだろ?フェミニストの
                  ロイ・マスタング大佐。」
                  クスクス笑う女に、ロイは思わず焼き殺しそうになるのを、必死に
                  堪える。
                  「まぁ、そんなに怒るなよ。まぁ、あんたをここに連れて来たのは、
                  仕事のついでなんだけどね。」
                  「仕事?」
                  その言葉に、ロイは反応する。
                  「暇を持て余した有閑マダムほど、たくさんの情報を持っている。
                  ここに居れば、労せず情報をGETできるって訳さ。例えば、あんたの
                  後ろのテーブルに座っているご婦人。ああ、振り返るな馬鹿者。」
                  思わず振り返りそうになるロイに、女はクスクス笑いながら制する。
                  「あの女性は、ここ数年で巨万の富を得た、フェルモンド・ホールドの
                  奥方だ。その彼女が先程から得意げに話しているのは、先日
                  夫から贈られたという、ウィルグド産の指輪だ。しかも、天然の
                  ドルガのな。」
                  「ドルガだと!?」
                  途端、ロイの目が険しく細められる。
                  「ウィルグド産の天然のドルガは希少価値だ。その上、我が国と
                  の貿易も絶っている状態で、手に入るなどありえん。」
                  「そう・・・・密輸の可能性が高いって事さ。だからこそ、ここ数年で
                  のし上がれたんだろう。元は、イーシュで細々と質屋をやっていた
                  らしいからな。」
                  女は、肩を竦ませると、チラリと店内を見回す。
                  「まさか、自分が夫を窮地に立たせているとは思っていないん
                  だろうな。情報屋としては有難いが、こうも簡単に情報を垂れ
                  流されると、他人事ながら、それでいいのか!おい!と思って
                  しまうよ。」
                  「・・・・それにしても、よくこの場所を思いついたな。」
                  頭の中の手帳に、素早くフェルモンド・ホールドの事をインプットしながら、
                  ロイは感心したように女を見る。実際、自分に対する嫌がらせで
                  この場所を指定したのかと思ったが、実際は彼の仕事のついでに
                  誘われたと知り、ロイは目の前の女の印象を改めた。
                  「いや、最初は偶然だ。エドに誘われなかったら、一生
                  足を踏み入れる世界じゃないからな。」
                  「エド・・・?エルリック少将の事か?」
                  エドという親しみを込めた愛称に、ロイの目が鋭くなる。
                  「最も、エドは天然だからな。ここの週代わりケーキがお目当てで、
                  俺を誘っただけだから、マダム達の会話など耳に入っていないさ。」
                  その時の事を思い出したのか、女は愛しそうな優しい眼をする。その
                  様子に、ロイはムカムカする気持ちを抑えきれずに、ギロリと睨み
                  つける。
                  「・・・・・・さて、あんたは、【フェイス】に会いたがっていたな。」
                  不機嫌なロイを、チラリと見ながら、女は真剣な口調で尋ねる。
                  「!お前が【フェイス】じゃないのか!」
                  驚くロイに、女は肩を竦ませた。
                  「【フェイス】は、俺達E..E.NETのリーダーだ。色々と飛び回って
                  いて、今はここにいねーよ。ああ、そういやあ、自己紹介が
                  まだだったな。俺は【ジョーカー】、この姿の時は、【ジョイス】と
                  でも呼んでくれ。」
                  そう言って、片目を瞑るジョイスに、ロイは剣呑な目を向ける。
                  「そうか。【フェイス】に是非とも聞きたい事があったのだが・・・。」
                  無駄足だったと席を立ちかけるロイに、ジョイスはスーッと
                  伝票を差し出す。
                  「まさか、【女】に奢らせる気じゃないだろ?マスタング大佐?」
                  ニヤリと笑う女から、ロイは乱暴に伝票を引っ手繰ると、無言のまま
                  踵を返す。
                  「あーそうそう、【フェイス】から伝言があったんだっけ〜。」
                  ジョイスの言葉に、ロイの歩みがピタリと止まる。
                  「『これはオレだけじゃない。E.E.NETの総意だと思ってくれてもいい。
                   エドワード・エルリック少将が何故鋼の錬金術師と言われているか
                   知らないような人間に、今後協力するつもりはない!』ってさ。」
                  「・・・・・エルリック少将が鋼の錬金術と呼ばれている事が、
                  どうしたというんだ?」
                  ロイは呆れた顔で振り返るが、そこでジョイスが厳しい目で自分を
                  見ている事に気づき、目を細める。
                  「・・・・さあ?オレは伝言を頼まれただけ。そろそろ休憩時間も
                  終わりだろ?早く戻らないと、副官の銃が火を吹くぜ?」
                  ニヤニヤと笑うジョイスに、ロイはツカツカと近づくと、醒めた目で
                  見下ろす。
                  「貴様・・・・・。」
                  「まっ、どうしても理由が知りたかったら、答えを見つけることだ。」
                  そうすれば、全てが分かるだろう。と、そう呟くと、
                  ジョイスは、それ以上興味がないとばかりに、紅茶に手を伸ばす。
                  自分に目を合わせないジョイスに、ロイは剣呑な視線を送って
                  いたが、やがてくるりと背を向けると、振り返らずに歩き出す。
                   ロイが立ち去って、暫くすると、ウエイトレスが、トレイを片手に
                  ジョイスに近づく。
                  「失礼します。お客様。こちらをお下げしても宜しいでしょうか。」
                  手付かずのまま放置されている、ロイのコーヒーを一瞥すると、
                  ジョイスは無言で頷く。
                  「・・・・・あまりにも苛めすぎでは?【フェイス】?」
                  ウェイトレスはコーヒーをトレイに置きながら、周りに気づかれない
                  ように、ジョイスに小声で呟く。だが、表面上はあくまでも、
                  客と店員だ。視線を動かさないジョイスに、ウェイトレスは、
                  軽くテーブルを拭き終わると、軽く頭を下げてから下がる。
                  「・・・・ったく。これでも出血大サービスをしたんだぜ?恋敵にさ。」
                  ジョイスは、面白くなさそうに、腕を組むと、チラリとホールド夫人へと
                  視線を向ける。夫人は相変わらず自慢話に夢中だ。
                  「さて、お手並み拝見といこうか。」
                  さり気なく、今回の件の関係者である、フェルモンド・ホールドの
                  名前を教えたのだ。これでたどり着けないようでは、恋敵とは
                  認めない。
                  「だが、エドも鈍いが、あのマスタング大佐も本命に疎いとは、
                  笑えるな。」
                  エドと自分がデートをしたと仄めかしただけで、あれだけ
                  嫉妬に狂った目を自分に向けたのだ。それでもなお、無自覚とは、
                  呆れて物が言えない。
                  「自分の感情に早く気づかないと、取り返しのつかない事になるぜ?」
                  クスリと笑うと、ジョイスは、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
                  「マスタングがどれだけ真実に近づけるか。見届けさせてもらう。」
                  「ありがとうございました。」
                  店員の声を後ろで聞きながら、ジョイスは、振り返らずに店を後にした。
                  





                  「よお!どうだった?」
                  執務室に戻ると、ヒューズが手をヒラヒラさせて、ソファーに
                  踏ん反り返るように座っていた。
                  「ヒューズ。仕事はどうした。エルリック少将を見張れと言った
                  はずだが?」
                  痛む頭を押さえるようにして、部屋に入ってくるロイに、ヒューズは
                  肩を竦ませる。
                  「仕方ねーだろ?何せ、肝心のエドが、午後から有給を取って
                  だな・・・・・。」
                  「有休だと!!」
                  ロイは舌打ちをする。
                  「もしかして、1人でイーシュに乗り込んだのではないのか?」
                  探るような目をするロイに、ヒューズはそれはないと首を
                  横に振った。
                  「何故、そう言い切れる?」
                  スッと目を細めるロイに、ヒューズはあっさりと言う。
                  「エドの副官であるロス中尉が平然としているからな。
                  もしも、エドが1人で乗り込もうとしていれば、ロス中尉が
                  何としても止めるはずだ。」
                  「しかし・・・・・。」
                  まだ納得がいかないロイに、ヒューズは、それよりもと、
                  先程から気になっている事を尋ねる。
                  「それで、【フェイス】とは、逢ったのか?奴はなんだって?」
                  「それが・・・・奴には会えなかった。代わりに【ジョイス】いや、
                  【ジョーカー】という奴には会ったが・・・・・。」
                  何の収穫もなしだと項垂れるロイに、ヒューズは深いため息を
                  ついた。
                  「ばーか。そいつが【フェイス】だ。」
                  「何だと?」
                  驚いて顔を上げるロイに、ヒューズは呆れた顔をする。
                  「言っただろーが。奴は変装が大の得意だと。」
                  「だから・・・・【フェイス】・・・・・。」
                  そう言えば、事前にヒューズから聞かされていた事を思い出し、
                  ロイは頭を抱える。
                  「馬鹿だ!私は!」
                  きっと、自分の正体を見破れないほどの無能とでも思われた
                  のかもしれない。だから、あんな回りくどい手を使ったのかと、
                  ロイは、激しく舌打ちすると、再び部屋から出て行こうとする。
                  「おい!ちょっと待て!」
                  慌ててヒューズがロイのコートを掴む。
                  「離せ!ヒューズ!奴に会って・・・・。」
                  「待て待て。いいか、お前が会ったのは、【ジョーカー】だと
                  名乗ったんだろ?」
                  ドードーとまるで牛を落ち着かせるように、ヒューズはロイの
                  肩を叩く。
                  「ああ・・・。女装をしているから【ジョイス】だと言っていたが。」
                  そこで、ヒューズはポンと手を叩く。
                  「じゃあ、お前はもう奴から情報を貰ったんだよ。」
                  「何を言っている?奴は何も・・・・。エルリック少将が何故
                  鋼の錬金術師と言われているか判らない人間には、今後一切
                  協力はしないと、はっきり拒絶されただけだ!」
                  面白くなさそうに、顔を顰めるロイとは対称的に、ヒューズは
                  首を傾げる。
                  「変だなぁ・・・・。【ジョーカー】と名乗ったのに?」
                  「さっきから、やけに【ジョーカー】に拘るな。何か意味でも
                  あるのか?」
                  ロイの疑問に、ヒューズは頭を掻きながら答える。
                  「うーん。奴が変装が得意だと教えたな?それは、情報によって、
                  名前を使い分けているからなんだが・・・・・。」
                  「ということは・・・・【ジョーカー】と言うのは・・・・。」
                  「【ジョーカー】。切り札って事だ。事件の切り札ともいえる情報を
                  手に入れたという意味だ。ちなみに【ナイト】は、自分を守れる
                  ような情報で、【ポーン】は、相手を攻める情報だ。他にも
                  【ラバー】やらなんやらあるらしいが・・・・。」
                  流石に全部はわからないがというヒューズの言葉に、ロイは
                  考え込む。ヒューズの言葉が正しければ、切り札的情報を
                  手にした事になるが・・・・・。
                  「で?奴とはどんな話をしたんだ?」
                  考え込むロイに、ヒューズは尋ねる。
                  「別に・・・・・そんな大した事は話していない・・・・。あの
                  カフェは、エルリック少将に誘われて知ったとか、そういう
                  話で・・・・・・。」
                  途端、ロイの心に、どす黒い闇が広がる。
                  別にエルリック少将と【フェイス】がお茶をしたところで、
                  何の問題があるというのだ。だが、このイライラが何の感情から
                  起るのかわからず、ロイは唇を噛み締める。
                  ”あちゃ〜。片思いの相手が自分以外の男とデートしていた
                  事実に、ショックだった訳だ。
                  途端、不機嫌になるロイに、ヒューズは、内心頭を抱える。
                  先程から聞いた、普段のロイとはあまりにもかけ離れた
                  失態の数々に、何があったのかと思ったが、まさか唯の
                  嫉妬だったとは・・・・・・。
                  ”そういやあ、【フェイス】の奴、エドに惚れていたな。”
                  エドに盛大なプロポーズをしたにも関わらず、天然鈍感娘の
                  エドに全く通じていない事実に、かなり落ち込んだ【フェイス】を
                  慰めようと、E.E.NETや諜報部全体を巻き込んだ、
                  【落ち込むな!フェイス!次があるさ!】飲み会にまで、
                  発展したのは、記憶に新しい。
                  ”ってことは、奴はわざとか?”
                  【フェイス】の情報網からすれば、ロイがエドに懸想をしている
                  ことなどお見通しなのかもしれない。だから、こんな手の込んだ
                  事をしたのだろう。恋敵がどんな奴なのか見定めるために。
                  ”ってことはすごくまずいだろ!!”
                  途端、ヒューズの顔が青くなる。きっと【フェイス】の中でロイは
                  無能のレッテルを貼られているに違いない。こんな無能なら
                  楽勝と今頃高笑いをしているはずだ。
                  「おい!他に何か話さなかったか!!」
                  ヒューズはロイの両肩を掴むと、ガクガクと揺さぶった。
                  「何かと言われても・・・・・。」
                  「だーっ!わからねーのか!これは、お前への宣戦布告だぞ!」
                  ”お前はエドを取られてもいいのかよ!!”
                  泣きそうな顔のヒューズに、一瞬唖然となったロイだったが、
                  宣戦布告の言葉に、ロイの瞳に焔が点った。
                  「やはり・・・・。最初から奴は気に食わなかったのだ!」
                  最初から人を小馬鹿にしている態度に、いい加減ロイは頭にきていた
                  のだ。
                  「そう言えば・・・・・。」
                  ふと何かに気がついたように、声を上げるロイに、ヒューズは
                  飛びつく。
                  「何か思い出したか!」
                  期待を込めたヒューズの顔に、ロイは引き攣りながら、これは
                  今回の件に関係がないのだがと前置きをして話し出した。
                  「カフェでフェルモンド・ホールドの奥方というのが、得意げに
                  夫が贈ってくれたという、ウィルグド産のドルガの指輪を
                  自慢していた。」
                  その言葉に、ヒューズはピクリと反応する。
                  「ドルガだと・・・?あの赤い石の?あれは希少価値が高く、
                  市場には出回っていないはずだ。しかも、ウィルグド国は、
                  我が国とは国交を断っている。簡単に手に入るわけが・・・。」
                  ヒューズの言葉にロイは大きく頷く。
                  「ああ。密輸だろう。そうなれば、ここ数年の奴の急成長
                  振りは頷ける。元は細々と質屋をイーシュで・・・・・・。」
                  そこでロイは言葉を切ると、ハッとした顔でヒューズと
                  顔を見合わせる。
                  「「イーシュ!!」」
                  2人の声が見事にハモる。
                  スカーがエドを呼び出した場所もイーシュ。
                  E.E.NETのリーダーである【フェイス】が切り札と称した
                  情報だ。この二つが無関係であるはずがない。
                  「ヒューズ!私はイーシュに向かって調べる。お前はここで、
                  フェルモンド・ホールドについて、徹底的に調べ上げろ!
                  それから、ホークアイ中尉に、エルリック少将から目を離すなと
                  伝えろ。もしもここを離れようとすれば、銃で脅しても阻止しろと!」
                  言うだけ言って、慌しく部屋を出て行くロイに、ヒューズは
                  頷くと、ホークアイに連絡を取るべくロイの机の上にある電話を
                  手に取った。
                  「ロイ。お前の代わりに、俺達がエドを守る!」
                  だが、数分後、ヒューズは自分の失態に舌打ちをすることになる。
                  「なんだと!エドが!!」
                  「はい。エルリック少将は、単独でイーシュに向かったらしいと。
                  今、私とロス中尉でこれから後を追いかけます。」
                  そう言って、ホークアイは慌しく電話を切る。
                  「ロイ・・・・。すまん。」
                  無事イーシュでロイとエドが出逢うようにと、ヒューズは祈るように
                  目を閉じた。