純愛ラプソディ

                

                    第7話

                   

 

 

                  「大丈夫?ロス中尉。」
                  先程から、一言も話さず、青褪めた顔で
                  列車の窓の外を凝視しているマリアに、隣に座っている
                  ホークアイは心配そうに声をかける。
                  「・・・・大丈夫です。」
                  硬い声に、マリアの緊張の度合いが知れて、ホークアイは
                  眉を顰める。
                  ”今回の件、何かがおかしい・・・・・・。”
                  これは、ただのテロ予告ではない。この国を根本的に
                  覆すような、そんな漠然とした不安が、ホークアイの心を
                  締め付ける。そんな暗い考えを振り切るかのように、
                  ホークアイは深呼吸をすると、マリアに聞かせるように、
                  独り言を呟く。
                  「【鋼の錬金術師】。」
                  ピクリと反応するマリアを横目で見ながら、言葉を繋げる。
                  「何故、犯人は【鋼の錬金術師】の方で指名したのかしら。」
                  ホークアイは、ゆっくりとマリアに視線を向ける。
                  「【鋼の錬金術師】の名前より、【エドワード・エルリック少将】の
                  方が有名だわ。でも、犯人は、あえて【鋼の錬金術師】に
                  拘っている。ロス中尉。あなたなら、知っているのでしょう?」
                  問いかけているが、それは詰問に近い。ホークアイの鋭い視線に、
                  マリアも感情の篭らない目で受けて立つ。
                  「ホークアイ中尉。それは、マスタング大佐からの命令ですか?」
                  マスタング大佐と言った瞬間の、マリアの殺気に気づき、
                  ホークアイは眼を細める。
                  「いいえ。違うわ。私はただエルリック少将を・・・・・。」
                  「ホークアイ中尉。お話しすることはありません。それほどに、
                  エルリック少将の【鋼】の銘は重いのです・・・・・・。」
                  ギュッと唇を噛み締めて、感情を堪えるマリアに、一瞬眼を瞠るが、
                  直ぐに眼を細めると、探るようにマリアを見据える。
                  「ロス中尉。知っている事を話して欲しいの。」
                  ホークアイは、単刀直入に尋ねてみる。ここで引き下がっては、
                  最善の道を選べない。そう確信しての事だったが、マリア
                  の表情は硬く、全てを拒絶していた。
                  「ロス中尉!!」
                  何も話さないマリアに焦れたホークアイが叫ぶと、それまで
                  頑なだった態度を一変させて、マリアは微笑みながら
                  ホークアイを見た。
                  「・・・・・全てを知ってどうされるのですか?ただ、あなたの
                  好奇心を満たすだけではないのですか?」
                  「なっ!!」
                  エドの為に、自分が何が出来るのか。それを知るためにも、
                  真剣にエドの過去を話すように頼んでいるのに、ただの
                  野次馬根性と同列に扱われて、ホークアイの表情が強張る。
                  「全てを知っている私でも、エルリック少将の力には
                  なれない。それとも、あなたなら、力になれるとでも?」
                  厳しい顔をしたマリアに、ホークアイは、ハッとなる。
                  苦渋に満ちたマリアの顔に、ホークアイは何も言えず、
                  俯く事しか出来ない。そして、そんな自分がすごく
                  惨めだった。
                  「・・・・・・ホークアイ中尉は、何も知らない方がいい。」
                  どれくらい時間が経ったのか。ふと呟かれるマリアの言葉に、
                  ホークアイは、驚いて顔を上げる。
                  「ロス中尉・・・・・・。」
                  「何も知らずに、ただエルリック少将を支えてくれれば、
                  それが、エルリック少将の【救い】になるかもしれない。」
                  泣きそうな顔で、自分は全てを知っているから、エドの
                  【救い】には、なれないと呟くマリアに、ホークアイは
                  戸惑う。
                  「・・・・・・私はただ、自分がエルリック少将に何が出来るか
                  知りたかっただけなのよ・・・・・。」
                  ポツリと呟くホークアイに、マリアは思いつめた眼を向ける。
                  「ホークアイ中尉。やはりあなたは、次の駅でセントラルに
                  引き返して下さい。そして、エルリック少将の為にも、
                  マスタング大佐をセントラルから出さないように、監視して
                  下さい。」
                  イーシュへ向かうようなら、銃で脅してでも止めて欲しいと
                  頭を下げるマリアに、ホークアイの目が見開かれる。
                  「どうして?エルリック少将を勝たせたいから?」
                  どちらが今回の事件を早く解決できるか、ロイとエドは
                  勝負をしている。いくら負けた者が勝った者に、一つだけ
                  願いを叶えるという勝負に、マリアはエドに勝たせたいと
                  思って、ロイを足止めさせようとするのかと、疑問を含んだ
                  目で見つめていると、マリアは、激しく頭を横に振る。
                  「そんなの関係ありません。マスタング大佐が、全てを
                  知れば、今度こそ、エド姉・・・・エルリック少将は、
                  壊れてしまう。」
                  「壊れるって・・・・・。」
                  マリアの発言に、今度こそホークアイは絶句する。
                  マリアの様子から、【壊れる】とは、比喩ではなく、本当に
                  エドが壊れるのだと直感して、ホークアイは表情を硬くする。
                  「・・・・・・大佐を足止めすれば良いのね?」
                  謎に包まれたエドが気になるが、頑ななまでのマリアの
                  態度に、ホークアイの方が折れた。出来る事をやる。
                  そうすれば、エドワードを助けられるのだとすれば、
                  自分に拒否権はない。
                  「・・・・・分かったわ。でも、いつか、私も、エルリック少将の
                  抱える闇を共有できると、認めてもらいたいわ・・・・。」
                  寂しそうに呟くと、ホークアイは、丁度次の駅についた為、
                  列車から下りた。段々と遠ざかるホークアイの姿を、窓から
                  見つめながら、マリアは心の中で何度もホークアイに
                  謝る。
                  ごめんなさい。
                  エド姉の為に、あなたもエド姉から排除する私を許してください。
                  「だって、あなたは、マスタング大佐に選ばれたのだから。」
                  エドではなく、ホークアイがロイに選ばれた。
                  その事が、エドの心に深い傷を与えた事に、マリアは
                  気づいたいた。表面上は平気な振りをしているが、ふとした
                  瞬間に、一緒にいる2人を、寂しそうな目で追っている事に、
                  長年副官を務めているマリアだけが気づいた。その瞬間、
                  ロイに続き、ホークアイもエドから排除しようと、マリアは
                  心に決めたのだ。
                  「・・・・・・ホークアイ中尉を帰したのか。」
                  自分の考えに没頭していたマリアは、掛けられた声に、
                  ゆっくりと顔を上げる。
                  「【フェイス】・・・・・。」
                  険しい顔のマリアとは対称的に、【フェイス】は、陽気に手を挙げて
                  にこやかに挨拶を交わす。
                  「よっ!おひさ。」
                  そう言って、乱暴に先程までホークアイが座っていたマリアの
                  横に腰を降ろすと、向かい側の座席に、足を乗せる。
                  「・・・・・・今日は変装していないんですね。」
                  チラリと横目で見るマリアに、【フェイス】は、ニヤリと笑う。
                  「今日は、【フェイス】として【奴】に逢いに行くわけでは
                  ないからな。」
                  お陰でサングラスが外せねぇ。そう言って、【フェイス】が
                  サングラスをずらすと、そこには、イシュヴァール人特有の
                  赤い瞳が覗く。
                  「あなたまで来なければならなくなったという事は・・・・。」
                  マリアはそこで言葉を切ると、クシャリと顔を歪ませる。
                  「・・・・・・【スカー】は、全てを知ってしまったのですね。」
                  ポツリと呟かれるマリアの言葉に、【フェイス】は、そっと眼を
                  伏せる。
                  「ああ。だが、それをエドにぶつけるのは、間違っている。」
                  イライラと頭を掻き毟る【フェイス】に、マリアはため息をつく。
                  「エド姉は、心が優しい人なんです。」
                  「だから、皆は救われる。」
                  昔を懐かしむように、サングラスの奥の【フェイス】の目が
                  細められる。
                  「・・・・でも、一体誰がエド姉を救ってくれるのでしょうね。」
                  出来ることならば、それが自分達であって欲しかった。
                  しかし、エドが求めているのは、あくまでもあの男なのだ。
                  マリアはやりきれない思いで、【フェイス】を見つめる。
                  そんなマリアに、【フェイス】は、苦笑する。
                  「そんな顔をするな。オレはあんな男になんて負けねーよ。」
                  そう言って、ポンポンとマリアの頭を叩く。
                  「・・・・・子ども扱いは止めて下さい。【兄様】。」
                  プクリと昔のように頬を膨らませるマリアを、【フェイス】は、
                  声を挙げて笑った。
                  「あんな、エドの事を何一つ知らない奴なんかに、エドを
                  渡すかよ!」
                  自信に満ちた【兄】の顔を、マリアは頼もしそうに見つめた。



                  だが、彼らは知らない。
                  同じ列車に、ロイが乗っている事を。
                  そして、ロイが乗っている事に気づいたホークアイも
                  また、その列車に乗り込んでいる事も。



                  そして・・・・・。



                  「おばちゃん!これ、おいしー!」
                  その頃、イーシュでは、聞き込みと称した、
                  食い倒れツアー真っ最中のエドの姿があった。