純愛ラプソディ

                

                    第8話

                   

 

 

                  「おいしー!!」
                  ハムハムと小さな口でたこ焼きを食べながら、
                  エドは、さり気なく辺りを見回す。
                  活気溢れた市場に、エドは、少し表情を和らげると、
                  安堵のため息を洩らす。
                  どうやら、まだスカーは、行動を起していないらしい。
                  「さてっと。どうしますか・・・・。」
                  エドは、黒い髪をかき上げ、じっと空を見上げる。
                  雲ひとつない晴天で、眩しい太陽に、エドはそっと
                  手を翳すと、眼を細める。
                  「こんな事なら、変装なんてするんじゃなかったなぁ・・・。」
                  エドワード・エルリックとして、この街に姿を現す前に、
                  変装して、色々と情報収集してからスカーと対峙しようと
                  していただけに、何の成果も得られない今となっては、
                  早々に変装を解いて、スカーと会おう。そう決めたエドは、
                  キョロキョロと辺りを見回す。丁度うまい具合に、細い
                  路地が見つかり、そこでエドは変装を解こうと、
                  一歩足を踏み入れた。その後を、数人の男達が
                  付けているとも知らずに。




                  「ぐわぁああああ!!」
                  一人細い路地に入っていくエドに、男達は一斉に襲い
                  掛かろうとしたが、それよりも前にエドは、振り向き様に、
                  強烈なる回し蹴りを繰り出す。まさか、攻撃してくるとは
                  思っていなかった男達は、受身が取れず、表通りまで
                  吹っ飛んだ。だが、そんな事は日常茶飯事なのか、
                  皆振り返ることすらしない。男達が、折り重なって
                  道に倒れていても、皆何事もなかったかのように、
                  通り過ぎる。
                  「ったく!何でこんなに治安が悪いんだ?」
                  ラッセルは何をしている!と酷くご立腹だ。まだ東方司令部へ
                  配属になって、日が浅いラッセルにそれを言うのは
                  酷と言うものだ。ラッセルに文句を言う前に、その前任者で
                  ある、ロイに文句を言うべきなのだが、惚れた弱みで、
                  エドの頭の中に、その事はスポーンと抜けている。
                  「さて、そろそろ・・・・。」
                  両手を胸の前でポンと叩くと、エドはそのまま両手を自分の
                  髪に当てようとするが、遠くから聞こえる声に、動きを止める。
                  「引ったくりだ〜!!」
                  「ったく!次から次へと!ぜってー、後でラッセルをボコる!!」
                  エドは舌打ちをすると、声のする大通りの方へと駆け出した。




                  「あいつか!」
                  問題の引ったくり犯は、直ぐに見つかった。人々の間を
                  縫うように、こちらへと向かってくる男に、エドは不敵な
                  笑みを浮かべる。
                  ここで逢ったが100年目。
                  二度とこんな馬鹿な真似をしないように、徹底的に
                  躾けなければ。
                  エドは、指をボキボキ鳴らして、男の進路を塞ぐ。
                  「・・・・・お仕置きの時間だ。」
                  後ろにばかり気を取られている犯人は、目の前にいるエドに
                  気づいていない。それにクスリと笑うと、エドはグッと腰を
                  落とすと、そのまま男に向かって突進しようと駆け出そうと
                  するが、寸前、エドと犯人の前に、黒い影が立ちふさがる。
                  その黒い影は、素早く男のバックを持ている右腕を
                  蹴り上げて、バックを空中に飛ばす。
                  パチン。
                  続いて小さく指をパチンと鳴らすと、犯人は一瞬焔に包まれ、
                  ガックリと膝から地面に倒れこむのと同時に、落ちてきたバックを
                  キャッチすると、影はエドを振り返った。
                  「お怪我はありませんか?お嬢さ・・・・・。」
                  エドを見て固まる男に、エドもまたアングリと口を開けて
                  固まる。
                  ”マスタング大佐!!”
                  振り返った男が、ロイだと分かった瞬間、エドは冷や汗を流す。

                  まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい。

                  その一言で、脳みそが埋め尽くされて固まっているエドと
                  同様に、ロイもまた思考が固まっていた。
                  ”エルリック少将・・・・・・。”
                  黒い髪に黄金の瞳の少女の顔が、自分の上官と
                  瓜二つだった事に、ロイ思考は止まる。

                  なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだ。
                  なぜそっくりなんだ!

                  上官は男。
                  目の前にいるのは、女。
                  瞳の色は同じだけど、髪の色が違う。
                  ”世の中には三人の敵と七人の自分に似ている人間が
                  いると言うし。”
                  それを言うならば、世の中に七人いるのは敵で、
                  三人いるのは、似ている人間なのだが、混乱している
                  ロイは、自分でも何をどう考えているのか、全く分かっていなかった。
                  ”そうだ!この人は上官とは赤の他人だ。別人だ!”
                  先入観とは恐ろしい。
                  ロイは頑なに目の前の麗人と上司が同一人物だと
                  認めたくはないようだ。
                  

                  お互い見つめあう事数分、最初に我に返ったのは、
                  ロイの方だった。どうやら、脳内では、良く似たそっくりさんと
                  いう事で、落ち着いたらしい。コホンと咳払いすると、未だ
                  惚けているエドに優しく微笑みかける。
                  「失礼。あなたと良く似た人間を知っているもので・・・・・。」
                  シドロモドロに言い訳をするロイに、エドがピクンと反応する。
                  ”もしかして・・・・・俺だって気づかれてない?”
                  ピカリン
                  エドの両目が光る。
                  ”すっげー。俺の変装も捨てたモンじゃねーよな!”
                  マリアも変装を教えてくれたフェイスも身内は皆口を揃えて、
                  変装が下手だと言うので、エドは結構気にしていたのだ。
                  フェイスなど、一目見て、お腹を抱えて笑った事を、エドは
                  何時までも根に持っていた。
                  「あんた、スゲーよ。どんな姿をしていても、滲み出る
                  オーラは消えないんだな・・・・・。」
                  眼に涙を溜めながら、しみじみと言うフェイスに、マリアや
                  アルフォンスまでも、我が意を得たりとばかりに、
                  ウンウンと頷く。
                  「はぁあ?なんだ?そりゃ?」
                  一人まるで分かっていないエドに、フェイスは優しく
                  眼を細めて、そっとその頭を優しく撫でる。
                  「いーんだよ。お前はそのまんまで。」
                  「どぅわあれが、全く成長しない豆粒ウルトラドチビかぁああああ!!」
                  その後、切れたエドがフェイスをボコボコにしたのは、
                  言うまでもない。
                  ”フフフフフ・・・・・・。フェイスに自慢してやろう!”
                  そして、あの時の無礼を詫びさせるのだ!!
                  よしっと小さくガッツポーズを作ると、もう用はないとばかりに、
                  エドは、スタスタと歩き出す。
                  「ま・・・待ちたまえ!君!!」
                  そんなエドを、ロイは慌てて追いかけようと、手を伸ばす。
                  だが、そんなロイの行動をあざ笑うかのように、スルリと
                  エドは人込みの中へと紛れ込んでしまう。
                  「・・・・名前もまだ聞いていないのに・・・・・。」
                  ロイの呟きは、人込みに紛れて誰の耳にも届かなかった。




                  「・・・・・・・無能。」
                  そんなロイを、物陰からホークアイが舌打ちしながら
                  見つめていた。
                  「・・・・・・・そうだよな〜。無能すぎでどうよ?って感じ?」
                  ギリリリと壁を亀裂が走るほど握り締めているホークアイの
                  後ろから、暢気な声が聞こえ、思わず後ろを振り返る。
                  「初めまして。ホークアイ中尉。」
                  男は、ペコリとお辞儀をすると、グラサンを持ち上げて
                  ニヤリと笑う。
                  「あなたは・・・イシュバールの・・・・・。」
                  男の赤い目に、ホークアイは男に警戒心も露な眼を向ける。
                  だが、男は飄々とした空気を乱すことなく、むしろ面白がって
                  ホークアイを観察するように、眼を細める。
                  男の視線に居心地の悪さを感じたホークアイは、咄嗟に
                  拳銃を手に取ろうとするが、続く声に、その動きを止める。
                  「中尉。私の【兄】に、銃を向けるのですか?」
                  そう言って、ゆっくりと男の背後から出てきた人物に、
                  ホークアイは眼を瞠る。
                  「ロス・・・・中尉?」
                  ハッと息を飲むホークアイを、感情の篭らない眼で
                  マリアはじっと見つめる。
                  「何故、あなたとマスタング大佐がここに?」
                  理由を聞かせていただけませんか?
                  口元だけニヤリと笑うマリアの手には、拳銃が握られていた。