むかしむかし、あるところにお姫様がおりました。
あるとき、お姫様は、悪い人間に捕まってしまいました。
右を見ても左を見ても、同じように浚われた子供達は
ただ泣いているだけです。
そんな周りの状況に、お姫様も大粒の涙を流します。
そんな中、浚われた子供達の中で、一人だけ、毅然とした
態度を取っている男の子がいました。
年は、お姫様と同じくらいです。
男の子は、泣きじゃくるお姫様に向かって言いました。
「大丈夫。君は僕が助けてあげるから。」
その言葉に、お姫様は泣き止みます。
「大丈夫。」
男の子の言葉に、お姫様は勇気を貰いました。
そして、お姫様は男の子の事を好きになっていました。
それから、救出されたお姫様は、ずっと男の子を思って
日々を過ごしました。
捉われた日の中で聞いた、男の子の夢。
その夢を手助けするために
お姫様は頑張ります。
男の子に少しでも喜んでもらいたくて。
それから長い年月が経ち、お姫様は、男の子と再会しました。
しかし、成人した男の子の隣には、彼を支える女性がいたのです。
それはとても悲しかったけど。
彼が幸せならそれでいいと。
お姫様は【笑顔】で二人を祝福します。
ここで、もしも【泣く】ことが出来れば、
【未来】は違っていたのにね。
「失礼。ご一緒しても宜しいでしょうか?」
その言葉に、ボーッと流れる人の波を見ながら、
サラダをフォークで突っついていたエドは、
ふと顔を上げる。
”どしゃああああああああああ!!”
にこやかに微笑んでいるロイが
目の前にいて、エドは固まってしまう。
”なんで?どうして?どうしてマスタング大佐がここに!?
つうか、オレ、ばれちゃった?マジヤバイ!!”
昨日、ロイに出逢った為、エド曰く変装を解いていなかった
のだが、わざわざ目の前に現れたロイに、やはり
自分の変装は下手なのかと、エドはシュンとなる。
「お嬢さん?どうかされましたか?」
いきなりシュンと項垂れた女性に、ロイは慌てる。
お昼を食べる為、大通りに面したオープンカフェに入った
ロイは、昨日であった女性を見つけて、嬉々として
声を掛けただけなのだが、シュンとなる女性に、ロイは内心
慌てる。何が自分は彼女の気に障ることをしたのだろうか。
オロオロするロイに、シュンと俯くエド。
そんなままごとの様な二人の姿を、後ろのテーブルで
伺っていたフェイスは、新聞を読んでいる振りをしながら、
深いため息をつく。
「ったく・・・・。何してんだあの二人は・・・・・。」
ここがセントラルで、事件も何もない状態なら、二人の姿は
ただ単に微笑ましいで済まされるかもしれないが、ここは
敵の本拠地なのだ。ただでさえ目立つ二人なのだから、
もう少し行動に慎重になってくれと、内心フェイスはイライラする。
「世話が焼けるな・・・・・。」
フェイスは、チラリと横に視線を走らせる。
ウエイターの一人と目があったフェイスは、わざとテーブルの上に
あるフォークを落とす。
カチン
石畳に落ちたフォークの音に、先程目が合ったウエイターが
ゆっくりとフェイスの元にやってくると、腰を落としてフォークを
拾う。そのウエイターに、フェイスは新聞を読んでいる振りをしながら、
小声で指示を出す。
「目障りだ。あの二人を大人しくさせろ。」
フォークを拾ったウエイターは、小さく頷くと、何事もなかったように、
スクッと立ち上がる。
「只今、直ぐに新しいフォークをお持ちいたします。」
深々と一礼すると、店の中へと踵を返す。その時に、近くにいた
ウエイターに指示を出す事も忘れない。
その様子を横目で確かめると、フェイスは再びロイとエドに視線を
向ける。相変わらず固まっている二人に、思わず口元を緩ませ
掛けたが、背後から近づいてくる気配に、フェイスの顔は無表情に
なる。
「君が、【クラウン】かね?」
神経質そうな男の声に、フェイスは目線だけ上げる。
「ご主人様がお待ちだ。急げ。」
男は、フェイスを嫌なものでも見るような顔で見下ろすと、
さっさと踵を返す。フェイスは、そんな男の態度にニヤリと笑うと、
新聞を無造作にテーブルの上に置くと、伝票を手に、ゆっくりと
男の後を追う。店内に入る直前、肩越しにエドを振り返る。
「お前の鎖を、オレが断ち切ってやる。」
そう呟くと、フェイスは前をしっかりと見据えて歩き出した。
”何故彼女は悲しそうな顔をしているんだ!”
席に座る事も出来ず、オロオロしているロイに、ウエイターが、
遠慮がちに声を掛ける。
「お客様?どうかなさいましたか?」
その言葉に、ロイは反射的にエドの前に座ると、ぎこちなく
ウエイターを振り返す。
「いや何でもない。彼女と同じものを頼む。」
「かしこまりました。」
ウエイターは、軽く一礼すると、店内へと戻っていく。その姿に
安堵のため息を洩らすと、ロイは、じっくりと目の前の女性を
観察する。
”やはり・・・・似ている。”
自分のライバルである、エドワード・エルリックに似ている容貌に、
ロイは知らず眉間に皺を寄せる。その姿に、エドは、やはり
自分の正体がバレタのかと、悲壮な顔になる。
”やっぱ、怒ってる?怒ってるよね・・・・・・。”
司令官である自分が単独で敵地に乗り込むなんて、ロイには
信じられない事だろう。だが、いつまでも俯いていられない。
エドは、覚悟を決めると、神妙な顔で顔を上げる。
「失礼。知っている人にあなたがあまりにも似ているので。」
顔を上げると、ロイが苦笑しながら謝ってきた。
”ほえ?気づいてない?”
「マスタング大佐・・・・?」
思わず口にしてしまったエドの言葉に、ロイはスッと目を細める。
”私の名前を知っている?”
やはり、エドワードの関係者かと、身構えるロイに、エドは
ハッと顔を強張らせる。
”まずい。怒られる!”
何がロイの気に障ったのか分からず、エドは途方にくれた顔になる。
そんなエドに、ロイは探るように見据えるが、次の瞬間、ふと
表情を和らげる。
「あなたとは、昨日初めてお会いすると思うのですが・・・・。どこかで
お会いしましたでしょうか?」
その言葉に、エドはエッ!?と目を見張る。
”どういうことだ?本当にオレだって分からないのか?それとも・・・。”
グルグルと思考が回って、唖然となっているエドに、ロイは
更に言葉を繋げる。
「今日は休暇を利用して、初めてここに来たものですから、
私をご存知だということは・・・・以前イーストシティにでもお会い
しましたでしょうか?」
ロイの休暇という言葉に、エドはハッとなる。
”そうか・・・。大佐は、俺の事を見て見ぬ振りをしてくれるって
ことだな!なんて優しいんだ!!”
自分は何も言わないで一人で飛び出してきたのに、こうして
理由も聞かずに見守ってくれている。ロイの優しさに触れて、
エドは、ホンワカと心が温かくなった。折角、見てみぬ振りを
してくれると言うロイに合わせて、自分も偽名を名乗ろうと
思った。
もっとも、それは多大なる誤解で、本気で目の前の女性が
エドだとロイは気づいておらず、ボーッとして声を出さない
エドに、少しイライラしてきていた。
”人がここまで尋ねているのに、何故黙ったままなんだ!”
さて、どうしようかとロイが考え込んでいると、女性が
おずおずと話しかけてきた。
「オ・・・いえ、私は、エディータ・エルリックと申します。
エドワード・エルリックの双子の妹・・・・・です。エドから
あなたのお話は良く聞いています。」
真っ赤な顔で俯くエドに、ロイはポカンと口を開ける。
「エルリック少将の・・・・・。」
道理で似ているはずだと、ロイはマジマジとエドを見る。
そんなロイの視線に、エドは耐え切れず、ますます俯く。
”やば〜。安易な設定と呆れられたかなぁ・・・・。”
恐る恐る目だけをロイに向けると、難しい表情で見られている
事に気づき、慌てて俯いた。
”もっと違う設定の方がいいって事だよね・・・・・。”
真剣な顔のロイに、エドは自分で考えた設定の稚拙さに、
ロイが呆れていると思い込んでいた。
「あ・・・あの・・・マスタング大佐・・・・。」
その設定を辞めますと口を開きかけたエドだったが、ロイは
にっこりと穏やかに微笑んだ。
「エルリック少将には、随分お世話になっているんですよ。」
その言葉に、ポカンと口を開けて惚けていたエドは、直ぐに
嬉しそうに微笑んだ。
”良かった〜。この設定でもいいんだ!”
ホッと胸を撫で下ろし、ニコニコ微笑んでいるエドに、ロイは
内心ニヤリと笑う。
”何故妹がここにいるのかは、置いておいて、少将の弱点を
掴むために、このままこの娘に張り付いてみるか。”
そう思い、警戒心を失くさせるように、ロイが蕩けるような笑みを
エドに向ける。
「ああ!捜しましたわ!ここにいらっしゃったのですね!!」
二人のほんわかムードをぶち壊す勢いで、無粋な声が掛けられた。
”誰・・・?”
護衛なのか、数人のサングラスをした黒服の男達を従えた
ウェーブ掛かった茶色の髪をした女性が、ロイに嬉しそうに
抱きついてきたのだ。ロイもいきなりの事で、対処しきれず、
女性の好きなようにさせている。そんな二人の様子に、
唖然となっていたエドだったが、女性に従っていた黒服の
男達の中に、自分に対して、鋭い視線を向ける者に気づき、
顔を向けた。
「・・・・・【スカー】・・・・・。」
顔に傷を持つ男に、エドは悲しそうな目を向けるのだった。