セントラルに戻った、マリアとホークアイは、
無言のまま、中央司令部へと向かった。
既に【フェイス】から連絡があったのか、
門の前には、悲痛な面持ちをした
アームストロング少佐が佇んでおり、その横には、
滅多に見ないほど、険しい表情をした
ヒューズが立っていた。
「中尉!!」
ヒューズは詳しい事情を知らないのだろう。
ホークアイとマリアの姿を認めた途端、
ホッと安堵した顔を晒す。
「おい!一体どういうことだ!?何故、
エルリック少将が退役するんだ!?」
だが、マリアは俯いたまま、ヒューズの問いかけに
答えず、そのまま司令部の建物へと向かい、その後を、
同じように無言のアームストロング少佐が
続く。
「おい!待て!!」
普段のマリアでは考えられないような、上官に対する
無礼な態度に、一瞬ヒューズは息を呑むが、直ぐに
何かを言いかけようと口を開いた所で、ホークアイの
存在に気づく。
「中尉、一体どういうことだ!何故・・・・・。」
事情を知っているであろう、ホークアイに詰め寄った
ヒューズだったが、泣き腫らしたホークアイの顔に
気づくと、今度こそ言葉を詰まらせた。
「・・・・・中佐。・・・・行きましょう。大総統の元へ・・・。」
ホークアイは悲しそうに顔を歪ませると、マリア達の
後を追うべく、建物へと足を向ける。
「ったく!何がどうなっているというんだ!!」
そんなホークアイの態度に、ヒューズは苛立ったように
息を吐くと、慌ててホークアイの後を追いかけた。
「なぁ、俺にわかるように、説明してくれ。」
直ぐに大総統に謁見できるかと思ったのだが、
緊急の会議の為、ホークアイ達は、会議が
行われている部屋の近くの控え室で、待たされる
事になった。重苦しい沈黙の中、事情を一切
知らされていないヒューズが、横に座っている
ホークアイに、そっと耳打ちする。
「・・・・・私の一存では、詳しい事は何も・・・。
ただ・・・・エルリック少将の退役は、大総統も
ご存知です。」
「だから!それが何故かと俺は聞いているんだ!
ロイは、この事を知っているのか!?」
イライラとしながら、ヒューズは、声を荒げる。
「・・・・・・エルリック少将が退役なされるので、
マスタング大佐は、一つ階級が上に上がる事が
既に決定事項となっております。」
そちらにとっては、喜ばしい事ではないのですか?と
冷やかな眼で答えるのは、それまでじっと沈黙を
守ってきたマリアだった。
「マリア・ロス中尉。言葉には気をつけろ。」
明らかに悪意が込められているマリアの言葉に、
流石のヒューズも眉を顰める。エドと家族ぐるみの
付き合いをしている関係上、エドの副官を務めている
マリアとも、ヒューズは親しくしていた。それが、
まるで親の敵を見るような、眼で見られ、ヒューズは
理由が分からない分、怒りが込み上げてくる。
「・・・・・何故なんだ!何故エドが退役しなければ
ならないんだ!!」
やり場のない怒りを抑えるために、ヒューズはダンと
両手を机に叩きつける。
「・・・・・それは、彼女が【罪人(つみびと)】だからだよ。
ヒューズ中佐。」
そこへ、静かに入室してきたのは、幹部を従えた、
キング・ブラッドレイ大総統だった。大総統の姿に、
マリアを除く全員が、素早く椅子から立ち上がり、
敬礼をする。それに片手を上げて答えた後、険しい顔で
じっと椅子に座っているマリアに、大総統は、痛ましいものを
見る眼を向ける。
「先ほどの会議で、エルリック少将の軍籍剥奪、及び、幽閉が
満場一致で決まった。」
ピクリと身体を揺らすマリアに、大総統は、スッと目を細める。
「マリア・ロス中尉。直ちにイーシュへと向かい、エドワード・
エルリックを捕獲せよ。」
大総統の言葉に、マリアは、ギュッと唇を噛み締めると、
ゆっくりと椅子から立ち上がり、大総統に向かって敬礼する。
「すまんな。君には辛い役目を与えてしまって。」
ゆっくりと頭を下げる大総統とそれに倣う軍上層部に、マリアは、
眼を伏せると、首を横に振る。
「いいえ。このために、私はあの方の副官になったのです。」
寂しい笑みを浮かべるマリアだったが、直ぐに軍人の顔に戻ると、
一礼して、そのまま部屋を出て行く。そして、その後を、
追いかけようとするアームストロングに、大総統は、呼び止めた。
「アームストロング少佐。君には、他にしてもらいたい事がある。」
その言葉に、怪訝な顔をするアームストロングだったが、ハッと
思い当たる事があったのか、重々しく頷く。
「・・・・・・ウィルグドの件ですな・・・?」
険しい表情のアームストロングに、大総統は、重々しく頷く。
「来週、恒例のウィルグドからの親善大使がやってくる。その護衛を、
マスタング大佐、いや、マスタング准将と共にするように。」
大総統は、深く息を吐きながら呟く。
「今、彼をエドワードに近づけさせる訳には、いかんのだ。」
要するに、ウィルグドからの使者を監視しろと命じたのだ。
「了解いたしました。」
ビシッと敬礼するアームストロングと幹部に、大総統は下がるように
命じると、感情の篭らない眼を、今だ納得がいかない顔をした
ヒューズと、マリアから多少事情を聞いたのか、憔悴しきった
ホークアイを見据える。
「さて、ヒューズ中佐に、ホークアイ中尉。」
大総統の声に、ヒューズとホークアイはサッと表情を引き締める。
「君達の事は、調べさせてもらった。・・・・・マスタング准将の事も
含めてね・・・・・。」
その言葉に、ロイの野心をこの男に知られたのだと悟り、ヒューズと
ホークアイに緊張が走る。そんな二人に、ふと表情を和らげると、
大総統は口を開く。
「だからこそ、君達に、【共犯者】となってほしいのだよ。」
「共犯者・・・ですか・・・?」
探るような眼をするヒューズに、大総統は声を立てて笑う。
「ヒューズ中佐。そんなに警戒するものではないぞ。君達にとっても、
悪い話ではないのだから。」
大総統は、笑いを収めると、慈しむような顔で、宙に視線を
彷徨わせる。
「エドワードを、過去の呪縛から解き放つ為に、協力をしてほしい。
そうなれば、必然的に、マスタング准将は、大総統の地位に
つけるだろう・・・・。」
どうかね?とニッコリと微笑む大総統に、ヒューズは、冷や汗を
拭いながら、慎重に言葉を選ぶ。
「我々は軍人です。大総統命令には、従います。」
「それでは駄目なのだよ。君達の意志でなければ、彼女は
救われないのだ。」
大総統の言葉に、ホークアイはゆっくりと息を吐くと、ビシッと
敬礼する。
「そのお話お受け致します。」
「中尉!?」
大総統の胡散臭い話に乗るホークアイに、ヒューズは驚きを
隠せない。そんなヒューズに、ホークアイは迷いのない眼を
向ける。
「大佐とエドワード少将の為です。その為には、どんな事でも
します!」
言い切るホークアイに、一瞬言葉を失ったが、直ぐにニヤリと
笑う。
「毒を食らわば皿までか・・・・・。」
ヒューズは、ゆっくりと息を吐くと、大総統をしっかりと見据える。
「謹んで、お話をお受け致します。」
蚊帳の外に出されるよりは、自ら厄介ごとに飛び込めば、その
分、情報が集まる。そうなれば、少しでも大切な人を守れる事が
出来るかもしれない。いや、そうしてみせる!そんな想いで、
大総統に対峙する二人の様子に、大総統は、満足そうに微笑む。
「ありがとう。君達は、私が見込んだとおりの人間だ。」
大総統は、ゆっくりと椅子に座ると、立ったままのヒューズとホークアイに
椅子を勧める。
「椅子に掛けたまえ。これから、とても長い話をしなければならないから
ね・・・・。そう、エドワード・エルリックが、まだ【鋼】の二つ名を与えられる
前、イシュヴァールの最前線で、【血塗れた天使】・・・【ブラッディ・
エンジェル】の名で呼ばれた頃の話をしなければならない。」
【ブラッディ・エンジェル】の名に、ヒューズは息を呑み、ホークアイは、
悲しそうに目を下に向けた。
「どうしよう・・・・・・。」
ブティックの店内を、通りから見つめていたエドは、深いため息を
つく。明日の夜会用のドレスを買おうと思ったのだが、どうしても
店の中に入る勇気がなく、先ほどから、ウロウロと通りを行ったり
来たりしていた。
「第一、なんで俺まで夜会に出なければならないんだよ!!」
腹立ち紛れに、エドはゴンと壁を左手で叩く。
「マスタング大佐だけを招待すれば良かったんだよ!!」
エドは数時間前の事を思い出し、ゲッソリと肩を落とす。
ロイとエドの前に現われた女性は、イリス・ホールドと名乗った。
昨日、引ったくりにあった所を、ロイに助けられ、お礼を言うために、
ずっと探していたのだと言う。
「ろくにお礼も言えませんでしたので、ずっと探していたんですの。」
そう言って、うっとりとロイを見つめるイリスの瞳は、恋する者の
眼だった。
「いえ、当然の事をしただけですので。」
そう言って、取り付く暇もないロイと、何とかロイの恋人の座を
射止めようと、明日、ホールド邸で開かれる夜会に誘うイリスの
攻防戦を、唖然として見つめてしまったのだが、いつの間にか、
自分までロイのパートナーとして、夜会に参加する話の流れに
なってしまい、エドは慌てたのだが、とき既に遅く、参加は決定
事項になってしまったのだ。
「俺、関係ないのに〜。夜会なんて出たくない〜。」
頭を抱えるエドに、背後からクスクス忍び笑いが聞こえ、エドは
剣呑な眼を後ろに向ける。案の定、いつの間にいたのか、
肩を震わせて笑っているロイの姿に、エドの機嫌は更に下降していく。
「何笑ってんだ・・・・・。」
低く唸るようなエドの声に、漸く笑いを収めたロイが、少し驚いた
顔でエドを見つめる。
「な・・・なんだよ!!」
穴が開くほど、じっと見つめられ、エドは真っ赤になりながら、
一歩下がる。
「あ・・・いや、失礼。先ほどとは違った口調だったので・・・・。」
驚きました。と、笑みを浮かべるロイに、エドはハッと口を押さえる。
怒りに我を忘れて、ついいつもの口調になってしまったが、今の
自分は、エディータ・エルリックだったのだ。しかし、どうせ自分の
事はバレているのだ。今更取り繕っても、意味がないと思い直し、
エドは肩を竦ませた。
「どーせ、これが地だよ。」
悪かったなと、ボソボソ呟くエドを、ロイは穏やかな笑みを浮かべて
見つめる。
「いいえ。とても、可愛らしいですよ。」
「か・・・かわっ!?」
真っ赤になって固まるエドに、ロイはクスリと笑う。
「私が巻き込んでしまいましたからね。お詫びに、もし宜しければ、私に
ドレスを贈らせて頂けませんか?」
そう言って、いつも女性をエスコートするように、エドの右手をそっと
手に取ったロイは、その感触が硬いものである事に気づき、一瞬
動きを止める。
「あ・・・その・・・ごめん。俺、機械鎧なんだ。」
固まったロイに、エドは弱々しく微笑むと、ロイの手を振り解き、
一歩後ろに下がる。
「肩からだから・・・・ははっ、俺、ドレス着れないんだよ。」
肩を出さなければならない、イブニングドレスが着れないのだと、
困ったような笑みを浮かべるエドに、ロイの胸はズキリと痛む。
こんな顔をさせたくないのに。
彼女には、いつでも笑顔でいてほしいのに。
そんな感情が沸きあがり、ロイは自分でも驚くほど、優しくエドの
右手を再び握ると、優しい笑みを浮かべる。
今のロイの頭の中には、目の前の女性が、憎っくきライバルの
妹という事柄は、これっぽっちもなかった。
ただ、傷付いて欲しくなかったのである。
「大丈夫。機械鎧が目立たないデザインにすればいい。
私を信じて下さい。」
真摯なロイの眼差しに、思わず見とれてしまったエドは、思わず
コクンと小さく頷く。そんなエドの様子に、ロイは破顔すると、
そのまま、エドの手を握り締めたまま、ブティックの扉を開いた。
窓から降り注ぐ日差しとは正反対に、薄暗い控え室では、
大総統の話に、ヒューズとホークアイは、じっと耳を傾けていた。
「・・・・イシュヴァール戦。我々は、ウィルグドに踊らされていたのだ・・・。」
血を吐くような、大総統の告白に、二人は、やり場のない悲しみを
ただキツク両手を握って耐えるしか出来なかった。