純愛ラプソディ

                

                    第13話

 

                 

 

 

                イーシュの中心部より、やや東よりも深い森の中に、
                まるで世間から隠すかのように、その屋敷は存在した。
                さらに10数キロ東に行けば、イシュヴァールと
                呼ばれし地で、今は砂漠の一部と化している。
                その事を思い出しただけで、ロイの顔が、自然と顰められる。
                そんな暗く鬱蒼とした気分を振り払うかのように、ロイは
                小さく頭を振ると、ゆっくりと室内を眺める。
                元は、細々と質屋をやっていたとは思えないほど、
                ホールド邸は、敷地の広さといい、館といい、セントラルの
                貴族の館と、なんら遜色のないほど、立派なものだった。
                イリス・ホールドによると、セントラルにある本宅は、
                これの5倍ほどの広さというから、一体総資産はどれくらいに
                なるのだろうと、ロイは、ぼんやりと、人の流れを見ながら、
                思った。
                「エディは大丈夫だろうか・・・・。」
                つい先ほどまで、自分の傍らにいたエディータは、急に具合が
                悪くなり、先ほどメイドに抱えられるように、別室へ運ばれ
                今は静かに休んでいるはずだ。少し落ち着いたようであれば、
                そろそろ彼女を連れて、ここを出ようと、ロイは心に決める。
                「それにしても、妙な夜会だ・・・・。」
                ロイは、さり気なく、室内を見回す。ざっと見た限り、招待客の
                ほとんどの人間が、セントラルに居を構えている。他は、外国人や
                ノースシティやサウスシティ、ウエストシティの名士たちが少しいる
                だけだ。
                これならば、わざわざこんな片田舎で開くよりも、セントラルの本邸で、
                夜会を開いた方が良いのではないのかと、ロイは思案気に顎に手を
                掛ける。
                「ここでなければ、ならない理由はなんだ?」
                ふと、御婦人達の殆どが、赤い宝石を身に付けているという、異様な
                光景に眼が行く。本来、ドレスに合わせてアクセサリーを選ぶものだが、
                ドレスを無視したコーディネートに、ロイは眉を顰める。
                「赤い・・・・宝石・・?」
                そう言えば、エディータの様子がおかしくなったのも、会場に入ってから
                だと気づく。それまで、普通だったのに、会場に入った途端、
                「赤い石・・・・・。」と呟くと、青い顔をして、ブルブル震えだしたのだ。
                「エディ?」
                急にガタガタと眼に見えて顔が蒼白になっていくエディータに、
                ロイは慌てて彼女の身体を支えた。
                「大丈夫・・・・だから・・・・。」
                何とか気丈に微笑むエディータに、ロイはエディータを抱き上げると、
                そのまま外へ出ようとする。
                「なっ!どうしたんだよ!!」
                それに慌てたのは、エディータだ。来たばかりだというのに、
                ロイは何故帰ろうとするのか、訳が判らず、手足をバタバタさせる。
                「エディ。具合が悪いのなら言いなさい。今日はこれで帰ろう。」
                暴れるエディータをものともせず、ロイはしっかりした足取りで、
                帰ろうとするが、その背に、慌てたような声が掛けられる。
                「お待ちになって!どうしたのですか!!」
                見ると、イリスが、血相を変えて、ロイの元へとやってきた。
                「ああ。イリス嬢。連れの具合が悪いようですので、これにて
                失礼します。」
                そう言って、取り付く暇もなく、ロイはそのまま、歩き出そうとするが、
                いつの間にいたのか、一人のメイドがその進路を妨害するように
                立ちはだかっていた。
                「どきたまえ。」
                基本的に、女性には優しいロイだったが、何故か目の前にいる
                メイドを見ていると、言い知れぬ不快感を覚え、つい口調を
                強める。
                「お連れ様のご様子が、少しでも落ち着かれるまで、ここで
                休まれては如何でしょう。」
                対するメイドは、ロイの怒気など気にせず、そうにこやかに
                提案する。
                「しかし・・・・。」
                「それがいいですわ!クラリス。早く彼女を別室へ案内しなさい。」
                ロイの言葉を遮って、イリスはほっとした顔で、さっさと邪魔者を
                別室へ連れて行けと、クラリスと呼ばれるメイドに、命じる。
                それに、ロイはムッとして、ますますエディータを離すまいと、
                腕に力を込めるが、その前に、エディータがするりと、ロイの
                腕から抜け出す事に成功する。
                「エディ!?」
                ふわりと床に足をつけるが、よほど具合が悪いのか、直ぐに
                ふらつく身体を、ロイは支えようと手を伸ばすが、その前に、
                クラリスが、横からエディータの身体を支える。
                「さぁ、こちらです。」
                そのまま、エディータを連れて行ってしまう、クラリスに、ロイは
                慌てて後を追おうとするが、強い力で引き戻される。
                不快気に振り返ると、上機嫌のイリスが、ロイの腕に自分の
                腕を絡ませている。
                「ロイ様!さぁ、皆様に紹介致しますわ!!」
                そして、クラリス達が向かった方向とは反対側の会場へと強引に、
                ロイを連れ出す。その強引な彼女の行動に、思わずその手を
                払いのけようとしたロイだったが、ここに来た当初の目的を
                思い出すと、深いため息をつきながら、しぶしぶ彼女と共に
                会場へと向かう。こうなったら、一刻も早く情報を得て、
                エディータと共に帰ろうと思いながら。
                



                「無能が・・・・・。」
                会場へと歩いていく、イリスとロイの後姿を、クラリスが、
                冷やかな眼差しで見つめている事に、ロイは全く気づかなかった。
                「ん・・・・何・・・?」
                じっとロイ達を睨んでいたクラリスだったが、腕の中の愛しい
                存在に、自然笑みを零す。
                「あ・・・エド。何でもない。お前は気にすんな。」
                ポンポンと軽く頭を叩くと、エドは、トロンとした眼をクラリスに
                向ける。
                「もしかして・・・・【フェイス】・・・・?」
                「ああ。ちょっと任務でね。それよりも、どうしてここに?」
                【フェイス】は、エドを支えながら、ゆっくりと歩き出す。
                「ん・・・何か良くわからないけど、何故か夜会に来るように
                なっちゃって・・・・・。」
                そこで、言葉を区切ると、ギュッと【フェイス】に服を握り締めながら
                低く呟いた。
                「ここに・・・・【スカー】がいる。」
                「ああ、そうだな。奴がここにいる理由はただ一つ。【復讐】だ。」
                【フェイス】の言葉に、エドの身体がピクリと揺れる。
                「とにかく、気分が落ち着くまで、ここで暫く休んでいるんだ。」
                そう言うと、【フェイス】は、手近な空き部屋へと、エドを押し込めようと
                するが、その前に、エドが【フェイス】の腕を取ると、じっと決意を
                込めた目で、【フェイス】を見据える。
                「・・・・だったら、話が早い。俺を【スカー】に元に連れて行け!!」
                「・・・嫌だと言ったら?」
                じっと真剣な目で【フェイス】もエドを見つめる。
                「・・・・・俺一人でも、奴を探しに行く!」
                止めるなよと、ジロリと【フェイス】を睨むと、【フェイス】は、肩を
                竦ませる。
                「止めはしないが・・・・・・。奴は【ここ】には、いないぜ?」
                「はぁあああああ!?」
                エドは、ポカンと口を開けて驚くが、直ぐに我に返ると、【フェイス】の
                胸倉を掴む。
                「ざけんなよ!奴がここにいるって事は、分かっているんだ!」
                「だーかーらー、【ここ】には、いねーって言ってんだよ。
                奴は今、【セントラル】にいる。」
                明日には、帰ってくるがなという言葉は飲み込む。
                そんな事を言えば、エドの事だ。明日もう一度ここに乗り込むだろう。
                そうなる前に、エドを【セントラル】へと戻さなければならない。
                手遅れになる前に。
                ”このまま、うまく騙されてくれれば・・・・・。”
                そう願うが、幼い頃から【フェイス】の事を知っているエドは、
                簡単には騙されてくれなかった。
                エドは、【フェイス】の胸倉を掴んでいた手を離すと、
                ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
                「そうか。今はいないんだな。じゃあ、いつなら、【ここ】に
                いるんだ?」
                「・・・・・・・・ったく!!」
                【フェイス】は、天井を仰ぎ見ると、深いため息をついた。





                「赤い石・・・・。まさか、ドルガか?」
                ロイは、その事に、思い当たると、チッと舌打ちをする。
                フェルモンド・ホールドが、ここまで急成長を遂げたのは、
                質屋をやる傍ら、宝石も扱うようになってからだと言ったのは、
                招待客の一人だった。何でも、質のカタとして、山の権利書を
                手にしたのだが、その山が実は宝石の原石の宝庫だという
                話だ。
                「それで、ドルガだと?ありえん。」
                ドルガは、何故か万年雪が降るような、寒い場所でしか
                見つからない。そう、ドラクマ国か、それよりも北に位置している、
                ウィルグド国のように。そして、【ドルガ】は、ウィルグド国だけに
                採れるというのも事実だ。分厚い氷の中に眠るドルガを、
                ウィルグドは、まるで氷の中に焔が閉じ込められているようだと、
                ウィルグド語で、【消えない焔】という意味の【ドルガ】という名前を
                つけた。ホールドの所有している山がどこにあるのかは知らないが、
                万年雪どころか、滅多に雪が降らないこの国では、【ドルガ】が
                採れる事は、まずない。
                「それにしても・・・・。」
                ロイは考え込む。【フェイス】からの情報で、フェルモンド・ホールドを
                調べたのだが、調べれば調べるほど、ホールドと【スカー】が
                どう繋がるのか、分からない。やはり、【スカー】とフェルモンドの件は
                別なのか。
                「そろそろヒューズ達から、何か新しい情報があるかもしれん。」
                それが届けば、【スカー】との関係が分かるかもと、ロイが自分の
                考えに没頭していると、ふと右腕に何かの感触を覚える。
                「ロイ様?如何なされましたの?」
                馴れ馴れしく、自分のファーストネームを呼び、なおかつ、
                凭れる様に、腕を絡ませてくる、本日の主役である、
                イリスに、ロイは内心忌々しく舌打ちする。
                「エディ・・・・。いえ、私の連れの事が心配で・・・・・。」
                それは嘘ではない。情報収集を行いながらも、何時の間にか
                心はエディータを考えていた。
                ロイの言葉を聞いた途端、イリスの顔が醜く歪む。
                「あの人なら、大丈夫ですわ!!別室で休まれていますもの!」
                ですから、こちらは、楽しみましょうと、再度媚びたような眼で
                見つめられ、ロイは込み上げる不快感に堪えながら、
                長年培ってきた、満面の笑みというものを、顔面に張り付かせると、
                やんわりとイリスの腕を外す。
                「しかし・・・・。やはり心配ですので、早々にお暇致します。」
                今宵は楽しかったです。と、心にもない事を言いながら、イリスの
                右手を取ると、その甲に軽く口付ける。
                「また・・・お会いできますわよね?」
                うっとりと自分を見上げるイリスに、ロイは微笑むだけに留めると、
                そのまま、踵を返し、足早に、エドがいる別室へと歩き出す。
                既にフェルモンド・ホールドについての情報は、大体聞き出したのだ。
                これ以上、ここに長居をするつもりはない。それに、本来ならば、
                ずっと自分の側にいるべきだったエディータが倒れた事が、
                ロイの心を大きく占めていた。
                「具合が悪いのなら、言ってくれれば良かったのに・・・。」
                ロイは、悔しさに、唇を噛み締める。
                とにかく、早く彼女の元気な姿が見たい。
                ロイは逸る気持ちを抑えて、歩くスピードを早めた。





                「【フェイス】の大馬鹿者ーっ!!!」
                ガラガラガッシャーン。
                ロイが、廊下を疾走していると、エディータの怒鳴り声と共に、
                何かが壊れる、凄まじい音が前方から響き渡った。
                「エディ!?」
                慌てて、発信源である部屋の扉を開けようと、手を伸ばすが、
                続く男の声に、ロイの表情が強張る。
                「大馬鹿者はどっちだ!!」
                「俺がそうだって言うのか!?いくら【フェイス】でも、
                許さないぞ!」
                エディータの言葉の中に、【フェイス】という名前が出て、ロイは、
                思わず息を呑む。一体、この扉の向こうでは、何が繰り広げ
                られているのだろうか。だんだんとヒートアップしていく喧嘩の
                内容に、ロイの目が剣呑に細められる。
                「大体、お前はいっつもそうだ!小さい頃から、何でも自分が
                正しいって!!」
                怒鳴るエディータに、負けじと【フェイス】も怒鳴り返す。
                「はん!俺は何時だって正しいね!第一、お前は小さい頃から
                落ち着きがなさすぎるんだよ!小さい頃、よく迷子になったのを、
                いっつも助けてやったのは、俺だろーが!感謝が足りないぞ!!」
                【フェイス】に言葉に、ロイは眉を顰める。
                ”エディと【フェイス】は幼馴染なのか?”
                エディータの幼馴染ということは、必然的に、エディータの双子の
                兄であるエドワードも【フェイス】と幼馴染だということだ。
                だから、エドワードは、E.E.NETを信用しているのだし、
                エドワードという後ろ盾のお陰で、【フェイス】も不遜な態度を
                取っていたのかと、ロイは思った。
                「だーっ!!そんな小さな頃の話なんて無効だ!第一、ホンの
                数回・・・・・。」
                エディータの言葉を遮るように、【フェイス】は勝ち誇った声で言う。
                「ほぉおおおおう?月に3回も迷子になるのは、数回というのか?
                それで、よく国家錬金術師になれたなぁ?」
                ”国家錬金術師!?”
                【フェイス】の言葉に、ロイの表情が強張る。エドワードだけではなく、
                エディータも国家錬金術師だというのだろうか。
                ”だが、そんな情報は知らない。”
                第一、エドワードに双子の妹がいた事も、初耳だったのだ。その
                妹も国家錬金術師だったとは・・・・・。
                そこで、ロイはハッと我に返る。
                「だから、エディは【ここ】に来たのか・・・・・。」
                恐らく兄に命じられて、【ここ】を調査に訪れたのだろう。自分と
                出逢ったのも、こちらの情報を引き出すためなのか?
                そんな馬鹿な考えが脳裏を過ぎる。
                実際は、ロイがエディータを追い掛け回していたのだが、
                その行動すら、エドワードにそのように仕組まれた事のように
                思えて、ロイは唇を噛み締める。今頃、妹の報告に、セントラルの
                エドワードは不敵に笑っているのかもしれない。
                既に坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとばかりに、ロイはエディータにまで、
                憎しみの感情を覚える。
                ロイは、醒めた眼で扉を見据えると、ゆっくりとドアノブに手を伸ばした。
                まさか、ロイが立ち聞きをしているとは思っていないエドと【フェイス】は、
                険悪なまま、対峙している。
                「・・・・・【フェイス】。どうしてお前は俺が【スカー】と会うのが、
                そんなに嫌なんだ?」
                低く呟くエドに、【フェイス】は、スッと眼を逸らす。
                「やはり、俺と【スカー】は、【あの時】に何かあったんだな。」
                エドは、ゆっくりと【フェイス】に近づくと、強い意志を込めた目で
                見据える。
                「・・・・俺は【あの時】の記憶がない。教えてくれ。【あの時】、
                俺は・・・・・お前たちイシュヴァールの人達に何をしたんだ!!」
                ゆっくりと自分に近づくエドに、【フェイス】は、ため息をつく。
                「お前のせいじゃない。」
                【フェイス】の言葉に、エドは眉を顰める。
                「【フェイス】!!」
                「ほう?イシュヴァール人の生き残りなのか。」
                エドの絶叫に、【フェイス】が堪えきれないように、何かを
                言いかけた時、扉の方から冷たい声が聞こえた。
                「「!!」」
                反射的に、扉を振り返ると、そこには、冷たい瞳をしたロイが、
                扉に背中を預けて、立っていた。
                「た・・・大佐・・・・?」
                氷のように冷たいロイの微笑みに、エドは背筋が凍るほどの
                恐さを感じ、一歩後ろに下がる。反対に、【フェイス】は、エドを
                ロイから庇うように、一歩前に出る。
                「久し振りとでも言おうか?【フェイス】?いや、【ジョイス】だったかな?」
                ニヤリと笑うロイに、【フェイス】は舌打ちしたい気分だった。
                ”なんて事だ。最悪の状態じゃねーか!!”
                ついエドに気をとられて、ロイの事を失念していた。
                普段の【フェイス】では、考えられない失態だ。それほどまでに、
                【フェイス】は、エドが絡むと冷静な判断力を失ってしまう。
                「・・・・・何の事でしょうか?」
                無駄だと知りつつも、【フェイス】はニッコリとロイに微笑む。
                そんな【フェイス】にロイはゆっくりと近づくと、その後ろで顔面蒼白に
                なっているエドに、意地の悪い笑みを向ける。
                「まさか、エルリック少将とイシュヴァール人が繋がっていたとは。」
                そこで言葉を切ると、侮蔑も露な目で、エドを見据える。
                「狙いはなんだね?イシュヴァール人と共に反乱か?」
                ドクン!!
                ロイの【反乱】という言葉に、エドの心臓がドクンと大きく音を立てる。
                エドは、震える手で、胸を押さえると、荒くなる息を整えようと、
                深呼吸を繰り返す。
                だが、そんなエドの様子に、ロイはますます目を細める。
                図星を指されて、パニックになっていると思い込んだのだ。
                だから、ロイは、致命的な言葉を、エドに吐いてしまう。
                「これを上層部に告げたらどうなるかな?少将の位にあるものが、
                イシュヴァール人と反乱を企てていた。いくら大総統を始めとした
                軍上層部に気に入られているからと言っても、そのような噂のある
                人間は、即軍法会議所行きだな。」
                「・・・・・口を閉じろ。マスタング・・・・。」
                【フェイス】は、ガタガタと震えるエドの身体を抱き寄せると、鋭い
                視線をロイに向ける。その様子に、ロイは言いようのない怒りが
                込み上げてきて、更なる冷たい言葉を吐き出すのを、止められない。
                「軍法会議所には、私の息のかかった人間が何人かいる。
                罪を捏造する事も可能だ。」
                「黙れと言っている!!」
                咄嗟的に、【フェイス】は、ロイに銃を向けようとするが、その前に、
                ロイは、右手の発火布に書かれている練成陣を見せ付けるように、
                パチンと指を鳴らす。途端、【フェイス】の持っている銃が、小規模な
                爆発が起こり、バラバラに分解される。
                「チッ!」
                【フェイス】は、舌打ちすると、ますますきつくエドを抱きしめて、
                鋭い視線でロイを睨みつける。
                「言っておくが、俺がイシュヴァール人である事は、大総統閣下他、
                軍上層部は承知している!」
                叫ぶ【フェイス】に、ロイはニヤリと笑う。
                「そうか。しかし、国民はどう思う?この事を知れば、軍の支持率は
                確実に下がる。特に、エドワード少将に心酔している連中の
                怒りは凄まじいと思うが?自分達は騙されたのだと。」
                ロイは、そこで言葉を切ると、ニヤリと笑う。
                「丁度いい機会だ。これで軍に巣食っている暗黒部分を、
                一掃出来ると思わないかね?」
                その言葉に、【フェイス】の顔が醜く歪む。
                「そして、お前が新大総統になるとでも?お前は、これをネタに、
                クーデターを起すつもりなのか!!」
                再び、あの悲惨な戦争を起すつもりか!と叫ぶ【フェイス】に、
                ロイは、一瞬傷付いた顔をするが、直ぐに無表情に戻る。
                「多少の犠牲は仕方ないさ。」
                「仕方・・・ない・・・?」
                それまで、ガタガタ震えていたエドが、悲しそうな顔で、ロイを
                見つめる。
                「マスタング大佐は、仕方ないで・・・・すまそうと言うのか・・・?」
                エドは、ポロポロと涙を流しながら、【フェイス】の腕から逃れると、
                ゆっくりとロイの方へ歩み寄る。
                「・・・・エディ・・・・・。」
                どこまでも、穢れないエドの瞳に、ロイは圧倒されたかのように、
                立ち尽くす。
                「そんなの・・・・マスタング大佐じゃない!!」
                悲痛なエドの叫びに、ロイは負けじと叫ぶ。
                「うるさい!お前に何が分かる!あの戦争を体験していない
                お前が!!」
                ロイの言葉に、【フェイス】は、ピクリと反応する。
                「待て!それ以上言うな!!」
                だが、ロイは【フェイス】の忠告を無視して叫ぶ。
                「これ以上、私の邪魔をするな!!」
                「!!」
                ロイが叫んだ瞬間、エドの目が大きく見開かれる。
                「マスタング!!貴様!!」
                暴言を吐いたロイに、我慢しきれず、【フェイス】は、その
                胸倉を掴み、殴りかかろうとするが、エドの小さな呟きに、
                動きを止める。
                「・・・・じゃ・・・ま・・・・?」
                「エディ・・・・・・。」
                空ろな眼のエドの様子に、ロイは急速に理性を取り戻す。
                今、自分は何を言った?
                訳の判らない苛立ちに、酷い言葉をぶつけたが、そのような
                言葉を、彼女にぶつけていいはずがないのだ。
                「エディ・・・・。私は・・・・・。」
                何と言っていいかわからず、ロイはすまなそうに、唇を噛む。
                「・・・俺のしてきたことは、大佐にとって、迷惑以外、なにものでも
                なかったの・・・・・?」
                「エディ?何を言って・・・・・。」
                明らかに様子のおかしいエドに、ロイは戸惑いを隠せない。
                「ごめんな・・・さ・・・・い・・・・・。」
                エドはポロリと一筋の涙を流す。
                それに驚いたのは、ロイだった。
                何故ここで謝罪の言葉が出るのか、ロイには理解できない。
                「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい・・・・・。」
                ポロポロと涙を流しながら俯くエドに、ロイは無意識に手を伸ばす。
                だが、ロイの手がエドに触れる寸前、いきなりバルコニーに続く
                窓ガラスが、音を立てて粉々に割れる。
                「・・・・・・今宵は、運がいい・・・・・。予定を早めて戻ってくれば、
                珍しい客人が来ていたとは・・・・・・。」
                ゆっくりとバルコニーから部屋に入ってくる男に、ロイは
                反射的に身構えた。
                「誰だ!貴様は!!」
                ロイは、素早く右手を侵入した男に向けて、何時でも錬金術が
                使えるようにする。
                「我の名は、【スカー】。」
                ゆっくりと、月を覆っていた雲が晴れ、月の光が、辺りを照らす。
                と、同時に、男の顔が月の光に照らされて、ロイは息を呑む。
                「褐色の肌・・・赤い目・・・・・お前は、イシュヴァール人か!!」
                ロイは、さり気なくエドを庇うように、進み出ると、鋭い視線を向ける。
                「我は【神の代理人】。鋼の錬金術師、エドワード・エルリックよ!
                イシュヴァールの民の恨み、今こそ晴らさせて貰う!!」
                ”エドワード・エルリック!?”
                【スカー】の言葉に、ロイは一瞬茫然となる。その隙を逃さず、
                【スカー】は、ロイの横をすり抜けると、その後ろで、茫然と
                立ち尽くすエドに飛び掛る。
                「馬鹿!!逃げるぞ!エド!!」
                間一髪のところで、横から【フェイス】が、エドの手を引き、【スカー】の
                攻撃を避ける。
                「逃げるかっ!!」
                エドを引き摺るように、部屋を飛び出す【フェイス】の後を、【スカー】が
                追いかける。
                「エディが・・・・エドワード・エルリック・・・・?」
                遠ざかる足音を聞きながら、ショックのあまり、ロイはその場から動く
                事が出来なかった。











                「ったく!!【賢者の石】の資料はどれなんだよ!!」
                無人の第五研究所の中にある隠し部屋には、アルフォンスが
                必死の形相で、ホーエンハイムの机を荒らしていた。
                まだホーエンハイムが若かった頃、【賢者の石】の製造に
                大きく関わっていた事を、アルフォンスは知っていた。
                一部の噂では、製造に成功したという事だが、それが本当か
                どうかは分からない。だが、途中で研究をやめたにしろ、
                【賢者の石】の製造に、行き詰っている今の状況を、打破するものが
                ある可能性がある。その可能性に、掛けるために、アルは
                父親に内緒で机を漁っているのである。
                「!!これか!!」
                漸くそれらしい書類を見つけて、アルフォンスはニヤリと笑う。
                「待っていて!姉さん。直ぐに助けてあげるからね!!」
                アルは、持っていたカバンに、丁寧に書類を仕舞うと、踵を
                返した。
                「!!」
                だが、いつの間にいたのか、一人の妖艶なる黒髪の美女が、
                入り口に佇んでいる事に気づき、アルは反射的に持っていた
                カバンを、後ろに隠す。
                「そう。ないと思っていたら、こんなところに隠してたのね。」
                女は、クスクス笑うと、ゆっくりとアルに近づいた。
                ”コノ人ハ、危険・・・・・。”
                アルの本能は、危険だと警告を発するが、何故かアルは
                女から目が離せない。
                「初めまして。アルフォンス・エルリック。」
                女は、クスリと微笑むと、アルの頬にそっと指を添える。
                ヒヤリとした感触に、アルの背中に悪寒が走る。
                「私の名前は、ラスト。【賢者の石】の研究者。」
                ピクリと反応するアルに、ラストは冷やかに笑う。
                「あなたも、【賢者の石】が必要なのでしょう?」
                ラストの指が、頬を何度の撫でる。
                「一緒にいらっしゃい。そうすれば、望みのものが、手に入るわ。」
                そう耳元で呟くと、ラストはクルリと踵を返し歩き出す。
                その迷いのない足取りは、アルが後からついてくるのを、
                疑っていないようだ。事実、アルは何かに魅入られたかのように、
                覚束無い足取りで、ラストの後を追う。
                パタリと扉が閉められた部屋では、先ほど、アルが漁っていた
                引き出しの中から、一つの赤い石が転がり落ちる。その石は、
                まるで呼吸するかのように、淡い赤い光を放っていた。