LOVE’S PHILOSOPHY番外編                  

            老婦人の夏 

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              「・・・・・・・鋼の錬金術師って、あのエドワード君でしょう?しかも女性?
              何の冗談よ!!」
              その一言で、イーストシティに、凄まじいまでの嵐が吹き荒れる事になるとは、
              その時、配属されたばかりの新人には、全く予想がつかなかった。
              




              
              東方司令部に配属されて二週間。
              憧れのロイ・マスタング大佐と同じ司令部に所属出来て、しかも、
              毎日ロイの姿が堪能できる受付へ配属された事に、人生順風満帆!
              これも全て卒業試験を死ぬ気で頑張って良かった!と、この世の春を
              思う存分堪能していたビクトリア・ランバートは、その日、久々に会った
              同じく東方司令部の人事部に配属された親友のアビー・ワイアットに
              誘われて、司令部にほど近い、街のオープンカフェで昼食を取っていた。
              ひとしきり近況報告を済ませると、そこはうら若き女性。
              話は当然、二人の憧れのロイ・マスタング大佐の話となった。
              「そういえば、マスタング大佐が、ご結婚されるって話知ってる?」
              その言葉に、ビクトリアはサンドウィッチを食べようとした手を止めて、
              マジマジと親友の顔を見つめた。
              「本当よ〜。今、軍部内で、上へ下への大騒ぎよ?」
              対するアビー・ワイアットは、パクパクと生サラダを食べながら、大きく頷いた。
              「ちょ・・・ちょっと待って!そんなのありえないから!」
              バンとテーブルを叩きながら、立ち上がるビクトリアを、アビーは、眉を潜める。
              「なんで、そんな事言うの?ありえないって。」
              「それは・・・その・・・・・。」
              ウッと言葉を詰まらせるビクトリアに、アビーは、まぁまぁ落ち着いて座りなさいと
              腕をチョンチョンと引っ張る。そこで、漸く自分達が周囲を注目を集めていると
              気づくと、ビクトリアは、ストンと椅子に座り直し、顔をアビーに近づける。
              「だって、あのマスタング大佐よ?今まで数多くの浮名を流してきたけど、
              どれも本気じゃないって、誰でも分かる事じゃない。大方、一方的に大佐に
              熱を上げている馬鹿な女が、流してる噂じゃないの?」
              ヒソヒソと声のトーンを下げて話すビクトリアに、アビーは肩を竦ませる。
              「それだったら、良かったんだけど・・・・・。確かな情報よ。なんせ、副官のホークアイ
              中尉が色々と手続きしたのだから。」
              「ホークアイ中尉って・・・・えっ!?じゃあ、やっぱりあの二人付き合ってたの!?」
              思わず叫ぶビクトリアに、アビーは、シーッと人差し指を当てる。
              「ちょっと!声が大きいわよ。一応外部に漏らしちゃいけない情報なんだから!
              バレたらどうなるか!!」
              「そ・・・そうね・・・。ごめん。」
              ビクトリアは、はぁああああああと大きなため息をつくと、思わずテーブルに頭を
              乗せる。
              「そっかぁ・・・・。マスタング大佐とホークアイ中尉は結婚するのね・・・・。
              そーなるんじゃないかなぁとは、思ってたけど・・・・。でも、心の準備が・・・・。」
              もう少し、この淡い恋を味わっていたかったわと、落ち込むビクトリアに、アビーは
              気の毒そうな顔を向ける。
              「あ・・・・その・・・そう思うのは当然だと思うんだけど、違うのよ。結婚相手は
              中尉じゃないの。」
              「へっ!?」
              ガバッと顔を上げるビクトリアに、アビーは、周りを気にしながら小声で囁いた。
              「どうやら・・・鋼の錬金術師・・・・エドワード君らしいの。」
              「・・・・・・・・・・・はぁ!?何それ!思いっきりガセネタじゃない!心配して
              損した〜。」
              ケラケラと笑うビクトリアとは対照的に、アビーの表情はどこまでも固い。
              「ガセじゃないって。だって、エドワード君は・・・・女性なんですもの。」
              「・・・・・・・・・・・・は?」
              ポカーンと口を開けるビクトリアに、アビーは、じれったそうに言葉を繋げる。
              「だから!エドワード君は女性なの!!」
              「・・・・鋼の錬金術師って、
    あのエドワード君でしょう?
    しかも女性?何の冗談よ!!

              不機嫌そうに頬を膨らませるビクトリアに、アビーも苦笑する。
              「だから、落ち着きなさいって!私も最初に聞いた時は、そう思ったのよ。
              だって、士官学校の研修で、東方司令部に勤務した時に見かけたエドワード君って、
              どこからどう見ても男の子だったし。・・・・・まぁ、すごく可愛い子だなぁとは
              思っていたけど。」
              「確かに、すごく可愛かったけど・・・・でも!女性だなんて、信じられない!」
              ブンブンと首を横に振るビクトリアに、アビーもため息をつく。
              「信じられないのも、分かるけど。事実よ。だって、性別欄には、しっかり女性って
              書いてあったもの。」
              「・・・・・調べたの?」
              いくら人事部とは言え、勝手に人のプライバシーを調べるのは、如何なものかと、
              非難を込めた目を向けるが、アビーは、ブンブンと首を大きく横に振った。
              「違うって!言ったでしょう?今、上へ下への大騒ぎだって。各部署から人事部に、
              エドワード君の性別を問い合わせる電話がすごくて。」
              配属当日から残業よと、ガックリ肩を落とすアビーに、ビクトリアは顔を引き攣らせた。
              「それは、ご愁傷様・・・・・・・って、待って!そんな大事なら、何で司令部で噂に
              なってないの!?」
              「それは、ホークアイ中尉が箝口令を引いているからよ。あの人に逆らう人なんて、
              軍部内にいないんじゃないかしら。あの大総統も一目置いていて、女性初の
              大総統になるんじゃないかと、軍の中でも密かに囁かれているくらいですもの。」
              アビーは肩を竦ませると、アイスティーに口をつける。
              「でも、エドワード君・・・・・エドワードちゃんって言った方がいいのかしら。とにかく、
              女性だって事は理解したわ。でも、それがどうしてマスタング大佐との結婚に
              話が繋がるのよ!あの二人、犬猿の仲だったじゃない。私、お二人の喧嘩で
              司令部が壊された所を何度も見たわよ!」
              「・・・・・・そこなのよ。変なのは。多分、政略結婚じゃないかと思うんだけど。」
              ビクトリアの言葉に、アビーは顎に手をやり、考え込む。
              「アビー?」
              真剣な表情で考え込むアビーに、ビクトリアは首を傾げる。
              「どうやら、今回の件は、大総統・・・・軍上層部も絡んでるっぽいのよねぇ・・・。」
              「軍上層部が絡んでるって・・・・まさか?」
              アビーの言いたいことが分かったのか、ビクトリアは表情を強張らせる。
              「可能性がないわけではないでしょう?エドワード君は国家錬金術師の中でも
              トップクラスの実力を持っているもの。女性と知れれば、自分の息子と結婚させて、
              取り込もうって輩は多いと思うわ。だから、大総統は先手必勝とばかりに、
              大佐にエドワード君との結婚を命じたのかも。」
              「えっ!?そんな・・・。大佐が好きでもない人と結婚しなければならないなんて・・・。
              そんなの酷すぎるわ・・・・・。」
              泣きそうなビクトリアに、アビーも顔を顰める。
              「これは、まだ内密の話なんだけど・・・・どうやら大佐は、近々准将に上がって、
              セントラルに栄転するらしいの。この時期、別に目立った軍功などないのに、
              階級が上がるなんて、しかも、セントラルへよ!?これはどう考えたって、
              エドワード君との結婚の見返りとしか思えないわ。」
              「・・・・・・・・分かっていた事だけど。軍って・・・・・・・。」
              「ビクトリア!それ以上、言ってはいけないわ。」
              がっくりと肩を落とすビクトリアの肩を、アビーは優しく抱きしめる。
              「あっ!!もう行かないと!時間が!!」
              暫く抱き合ってお互いを慰め合っていた二人だったが、やがて休憩時間が
              あと少しで終わることに気が付くと、慌てて席を立つ。
              「急ぐわよ!!遅れたら、減俸ものよ!!」
              「ちょ!!待ってよ!!アビー!!」
              慌ただしく店を飛び出した二人は気づかない。
              二人の話を、固唾を飲んで聞いていた人間が多数いたことを。
              そして、その日を境に、軍内部からだけではなく、一般市民による問い合わせや
              抗議が、東方司令部を襲うことになるのだった。




            
               

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