「さて・・・・ここに呼び出された訳は、分かっているわね?」
一般人からのエドワードに対する問い合わせが苛烈を極める日々が
三日と経った今、ビクトリアとアビーは、第一会議室へ、ホークアイから
呼び出しを受けていた。
呼び出された理由が分かっていない二人は、困惑気味に、ホークアイを
見るが、当のホークアイは、表情を変えず、ただじっと二人を見つめるのみ。
居心地が悪くなり、意を決してビクトリアが口を開く。
「申し訳ありません・・・・・。何故呼び出されたのか、分からないのですが・・・。」
ビクトリアの言葉に、ホークアイはスッとアビーに視線を向けると、確認するように、
目を細める。まるで氷のように凍てついた視線に、慌ててアビーも首を
何度も縦に振る。
「・・・・・・・三日前、あなた達は、ここから近いオープンカフェ【フェスタ】にて、
13:16に昼食を取っていた。これに間違いはないわね?」
その言葉に、二人は揃って頷く。
「では、質問します。・・・・・・・そこで、一体何を話していたの?」
低く呟かれる言葉に、ビクトリアはビクビクしながら口を開く。
「え・・・えっとお互いの近状報告とか・・・・あとは・・・マスタン・・・・。」
ハッと口を押えて蒼褪めるビクトリアに、ふうううううううとホークアイは
深いため息をつく。
「漸く分かったようね。あなた達は、守秘義務を怠った。それがどういうことか、
分かっているわね?」
蒼褪めて俯く二人に、ホークアイは目を据わらせる。
「本来ならば、軍法会議所に出頭させるのだけど・・・・・それだけでは、私の腹の
虫が治まらな・・・・・いえ、何でもないわ。」
コホンと咳払いをすると、ホークアイは腕を組んで二人をじっと見つめる。
「あなた方は、責任を取って、この馬鹿げた噂を鎮静化させなさい。」
「!!」
軍法会議所送りを覚悟していた二人は、ホークアイの思ってもみなかった言葉に、
驚いて顔を上げる。そんな二人にホークアイは苦笑すると、少し表情を和らげた。
「ただでさえマスタング大佐が使い物にならなくって、大変だって言うのに、これ以上
人手不足で仕事を増やしたくないのよ。この根も葉もない噂を消したら、今回の事は
不問にしてあげるわ。」
その言葉に、パアアアアアとビクトリアの顔が輝く。
「根も葉もない噂と言うと・・・・・・マスタング大佐が今度政略結婚するというのは、
ただの噂なんですね!!」
コクンと頷くホークアイに、ビクトリアとアビーは、上官の前であるにも関わらず、
二人手を取り合って、喜びを露わにする。
「やっぱり、ガセだったじゃない!」
「ごめんなさい!ビクトリア!でも、良かったわ!!」
キャッキャと喜ぶ二人に、ホークアイの米神がピクピク動く。いつものように、銃を
ぶっ放そうと思ったが、ロイではあるまいし、この二人が銃弾を避ける事は出来ない
だろう。怒りの矛先を後でロイに向けようと密かに思いつつ、ホークアイは二人に
呆れた声を出す。
「私は、【マスタング大佐が今度政略結婚する】というのを、否定しただけよ。」
ピタリと二人の動きが止まる。
「・・・・・・ホークアイ中尉?」
恐る恐る自分を見る二人に、ホークアイはニッコリと微笑む。
「マスタング大佐は、既に結婚しています。ついでに言うと、政略結婚ではなく、
(不本意ながら)恋愛結婚です。」
「「ええええええええええ!!」」
二人の絶叫に、ホークアイは耳を抑える。
「だ・・・誰とですか!!」
顔を顰めるホークアイに、ビクトリアは思わず詰め寄る。
「エドワードちゃんに決まっているじゃない。」
呆れ顔のホークアイに、興奮したビクトリアは食って掛かる。
「どうしてですか!二人は犬猿の仲・・・・・。」
「・・・・・本当に犬猿の仲と思っているの?」
ホークアイの静かな声に、ビクトリアの動きが止まる。
戸惑った表情のビクトリアに、ホークアイは溜息をつくと、ツカツカと部屋を出ていく。
そして、肩越しに振り返ると、未だ固まった二人に付いてくるように命じるのだった。
「中尉・・・・ここは・・・マスタング大佐の・・・・?」
ロイの執務室の前で、ビクトリアとアビーが、恐縮したように身を竦ませる。
「あの・・・・私達、大佐のお叱りを受けるのでしょうか・・・・。」
恐る恐る訊ねるアビーに、ホークアイは頭を払う。
「いいえ。今回の件は、大佐にお伝えしていません。浮かれている大佐に、
市民達からも、エドワードちゃんとの結婚に抗議がきていると知ると、
どん底まで落ち込んで、更に仕事をしなくなりますから。」
溜息をつきながら、ホークアイは腕時計で時間を確認する。
「そろそろ定期電話の時間ね。」
「「・・・・定期電話?」」
首を傾げる二人に、ホークアイは淡々と説明する。
「エドワードちゃんは、出産の為、今実家にいるのよ。」
「出産・・・・・!!」
思わず大声を上げそうになったビクトリアの口を、アビーは慌てて抑える。
流石にここで大声はまずい。
そんな二人に、ホークアイは視線でドアを差す。
「・・・・・気配を消して、部屋を覗いてごらんなさい。」
本来ならば、そんなことをしてはいけないのだが、二人は好奇心を抑えられず、
(もっとも、、ホークアイの視線が恐ろしいので)オズオズと扉を少し開ける。
「エディ?体調はどうかい?お腹の子は?」
扉を開けた瞬間、ロイの嬉しそうな声が聞こえてくる。二人頷き合うと、意を決して
中を覗き、思わず絶句する。
”ここって・・・・執務室・・・・よね?”
”な・・・なんでお花畑が見えるの!?”
実際にはお花畑など執務室に存在しないのだが、執務室に溢れるばかりに置かれた
ベビー用品。床に積まれた『名づけ辞典』、『こんにちは!赤ちゃん』、『初めての子育て』
という定番から始め、『まず最初に子供にする10の事』、『可愛い我が子を馬の骨から
守る方法』など、明らかに胡散臭そうなタイトルが付けられた育児書などなど。
仕事の書類はどこ!?と探したくなるように、執務室は子供の為のもので溢れている。
その上、写真立てを片手に、蕩ける様な笑みを浮かべながら電話をしているロイの
周りには、お花が舞っているように見え、二人は何度も目を擦る。
「・・・・・これで、政略結婚じゃないと理解して貰えたかしら?」
ホークアイの言葉も二人には届かない。ただ目の前の光景に、二人は唖然とするしかない。
「大佐は別にどうでも良いのだけど、政略結婚だの、軍の命令で仕方なくだの、そんな噂が
もしもエドワードちゃんの耳にでも入って、やはり自分は大佐に相応しくないなどと
思ったら一大事!気合い入れて噂を消しなさい!わかったわね!!」
ホークアイの叱咤に我に返ると、慌てて二人はコクコクと頷き、脱兎のごとくその場を
後にする。
「・・・・・ったく!感謝してくださいよ。大佐。」
薄く開かれた扉の隙間から中の様子を一瞥すると、ホークアイはそのまま廊下を歩き出す。
来月早々には、セントラルへ移動になるのだ。いつまでも無駄な時間を過ごすわけには
いかない。幸せボケしているロイを、いかに働かせるかと、頭の中で色々と計画を立てつつ、
後で自分もエドワードに電話して、癒されなくっちゃとクスリと微笑むのだった。
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