「・・・・どうしましたか?准将。」 いきなり顔面を蒼白させたかと思ったら、ロイは酷く 取り乱した様子で、荒々しく机から立ち上がった。 「・・・・何だか、胸騒ぎがする・・・・。もしかしたら、 エディの身に何か!!私は今すぐリゼンブールへ 向かうぞ!!」 慌ててコートを着込むロイの背中に、ホークアイは 愛用の銃を押し付ける。 「もう少しまともな言い訳が思いつかないんですか?」 呆れたように、ホークアイは溜息をつく。 「どうかしたんッスか?」 そんな時、大量の書類を持って、ハボックが部屋に 入ってきた。 「どうもこうもないわよ。いきなり、胸騒ぎがするから、 エドワードちゃんの元へ行くって言い出して・・・・・。」 「はぁ!?またですか?確か、二年前でしたっけ? いきなり立ち上がったと思ってら、『胸騒ぎがする。 鋼のの身に何かあったかもしれん!直ぐに身柄を 拘束しろ!!』って大騒ぎ出したのは・・・・。結局、 何でもなかっただじゃないですか。」 あの時、エルリック兄弟と連絡がつくまで、地獄のような 毎日を送った事は、未だ記憶に鮮明に焼きついている。 あの時の二の前はごめんだとばかりに、ハボックは、 恨みがましい眼をロイに向ける。 「いや!絶対に何か起こったに違いない!!」 何故か自信満々に言い切るロイに、ホークアイはこめかみを 抑えながら、溜息をつく。 「そんなに心配ならば、電話をかけてみては・・・・。」 その時、ロイの机の上の電話がけたたましく鳴った。 コンマ1秒の速さでロイは受話器を取ると、厳しい顔で 電話に出る。 「ああ・・・わたしだ。アルフォンス君か・・・どうかしたかね? いや、それよりもエディは・・・・・何!?エディとフェリシアが 人質に!?それで、犯人の要求はっ!!・・・・そうか・・・ ああ、判った。直ぐに行く!!」 ロイは受話器を置くと、腹心の2人の顔を見た。 「最悪の事態だ。エディとフェリシアが立て籠もり犯に、人質に 取られた・・・・・。」 「「!!」」 思っても見なかった展開に、ホークアイとハボックはお互いの 顔を見合わせた。 「ああ!!どうしてこんな事になったのかしら!!」 ちょっと、買い物に行っている隙に、こんな 事になるなんて・・・・。 ソフィアは、唇をギリリと噛み締める。 今、家の中に入るのは、産み月間近のエドワードと お昼寝中のフェリシアのみ。頼みの綱のアルフォンスは、 ロックベルの家に手伝いに行っていて、不在だった。 「うちの大事な大事な嫁と孫に指一本でも、触れてみなさい。 産まれてきたことを後悔させてあげるわ・・・。」 「ソフィアお母さん!!」 怒りのオーラを撒き散らせているソフィアの背後から、 知らせを受けて慌てて戻ってきたアルフォンスが、 蒼い顔でソフィアに声をかける。 「テロリストが立て篭もっているって!?それで、 ね・ね・・姉さんはっ!!」 「落ち着きなさい。アルフォンス君。エドワードちゃんは 無事よ。兎に角、私達の出来る事は、ロイが来るまでの 時間稼ぎだわ。なるべく犯人達を刺激しないように、 しなければ・・・・。アルフォンス君、私が犯人達と交渉している 間、いつでも突入できるように、錬金術で地下室に通じる トンネルを作って欲しいのだけど・・・・。」 ソフィアの真剣な表情に、アルフォンスは、重々しく頷いた。 「判りました。今すぐに作ります。ソフィア母さんも気をつけて!!」 アルは、踵を返すと、犯人達に気づかれないように、 そっと裏の方へ回った。後に残されたソフィアは、拡声器を 手に握り締めると、犯人が立て篭もっているエルリック家の 窓を睨みつけた。 外でソフィアとアルがそんなやり取りをしている頃、エドは フェリシアを抱きしめながら、リビングのソファーに座って いた。流石に妊婦を縛り上げて、床に座らせるほど酷い男では ないようだった。 エドは、窓際に立ち、外をじっと見つめる男を、用心深く 観察する。 「で?アンタの目的は何だ?」 エドの言葉に、男はチラリとエドを振り返るが、何も言わず、 再び窓の外へと視線を向ける。 「・・・・・アンタ、名前は?」 「・・・・・名前などない。」 だんまりかと思っていたが、男が口を開いた事に、エドは 内心安堵する。少なくとも、男には会話をするゆとりが あるらしい。小物ほど余裕がなく、僅かな物音で逆上する 犯罪者を、エドはこれまでも何度も見てきている。 だが、目の前の男は今までの犯罪者とどこが違っている 気がして、エドは困惑する。 「・・・じゃあ、勝手に呼ばせてもらう。それでいいか?」 「・・・・好きにしろ。」 淡々としている男に、エドは一瞬迷ったが、自分の直感を 信じて、少し揺さぶりをかけることにした。 「じゃあ・・・・・・ポチ!」 途端、男が床に倒れ伏した。 「なっ!!誰がポチだっ!!」 怒鳴る男に、エドはにっこりと微笑んだ。 「だって・・・・・勝手に名前付けてもいいって・・・・。」 「誰が犬だー!!狗は貴様達の方だろうがっ!! ったく!!これだから、国家錬金術師は・・・・。」 嫌悪も露な男の様子に、エドの眼はキラリと光った。 「ふーん。やっぱ、国家錬金術師絡みの恨みって訳だ。」 真剣な表情のエドに、男は一瞬、大きく眼を見開いたが、 直ぐにニヤリと笑う。 「さすがに史上最年少で国家錬金術師になっただけは あるな・・・。」 「で?そろそろロイへの用件を教えてくれないか?フェリシアも ちゃんとベットで寝かしてあげたいし。」 男は、ゆっくりとエドに近づくと、銃をゆっくりと向ける。 「ふん。そんなに知りたければ教えてやる。あの男が・・・・ お前の旦那がいかに非情な人間かと言う事を・・・・・。」 「・・・・・その話、私達にも聞かせてくれないかね?」 第三者の声に、エドと男が一斉に扉を見ると、そこには、 ロバートとソフィアが硬い表情で立っていた。 「お義父さん!お義母さん!危ないから逃げて!!」 叫ぶエドに、ロバートは微笑むと、ゆっくりと部屋の中へと 入る。 「お義母さん!!」 泣きそうな顔で自分を見るエドを、安心させるように、ソフィアは エドの横に腰を降ろすと、そっとエドの肩を抱き寄せた。 「・・・・・何なんだ・・・。お前ら・・・・・。」 突然現れた二人に、男は動揺したように、銃をエドの方へ 向けるが、その間を、ロバートが割って入る。 「お義父さん!!」 慌ててエドがロバートを守ろうと、立ち上がろうとしたが、 ソフィアの腕が邪魔をする。 「大丈夫だから。心配しないで。あなたはフェリシアとおなかの 子どもを守る事だけに専念して欲しいの。ロイの為にも。」 にっこりと微笑むソフィアに、エドはハッと我に返ると、 ポロポロと泣きながら、フェリシアを抱きしめる。 「・・・・随分と長い話になりそうだね。椅子にでも座らない かね?」 穏やかに微笑みながら、ロバートは椅子を男の前に置き、 その向かい側に自分も椅子を置いて座る。当然エド達を 後ろに庇う形である。 「まだ名乗っていなかったね。私の名前はロバート・マスタング。 ロイ・マスタングの父親だ。君の名前を聞いても?」 「・・・・・・スコットだ。」 銃を向けられても穏やかに微笑むロバートの器の大きさに、 男・・・・スコットは、毒気を失ったように名乗る。 「スコット・・・?」 「?どうかした?エドワードちゃん。」 ふいに考え込むエドに、ソフィアは、心配そうに顔を覗き込む。 「いえ、何でもないです。」 エドは弱々しく首を横に振ると、じっとスコットを探るように 見つめた。 何故だろう。 何かが引っかかる。 もしかして、以前会っている男かもと、エドは食い入るように スコットを見つめた。 「では、単刀直入に言おう。ロイが君にした事を、教えて くれないかね?私は父親として、知る権利がある。」 「・・・・・まぁ、いいだろう。奴が来るまでに、まだ時間が あるだろうからな。」 ロバートの言葉に、スコットは真剣な表情で語り始めた。 「あの男・・・ロイ・マスタングが、俺の人生を全て 壊したんだ・・・・・・・。」 スコットは、唇を噛み締めると、ゆっくりと話し出した。 「俺には、愛する人がいた。だが、その人が愛していた のは、俺ではなかった。奴・・・ロイ・マスタングだった んだよ・・・・・。そして、奴は・・・彼女に散々甘い言葉を 囁きながら、弄び最後は捨てたんだよ!!」 その言葉に、その場にいた全員が凍りついたように、 動かなかった。 「無事でいてくれ・・・・。エディ。フェリシア!!」 エドとフェリシアが、テロ組織の人質にされているという 一報を受けたロイは、単身リゼンブールへと向かった。 兵を整えていては、間に合わないと判断したロイは、 ホークアイに兵の準備が整い次第直ぐにリゼンブールへ 向かうように指示を出すと、ホークアイが止めるのも聞かずに、 執務室を飛び出したのだ。 「犯人を絶対に消し炭にしてやる!!」 准将の権限で、セントラルからリゼンブール直通の超特急 列車を走らせたロイは、駅で顔を真っ青にさせてロイを 待っていた駐在の兵士から、馬を受け取ると、軽やかな 動作で馬に跨る。 「待っていてくれ!エディ!フェリシア!!」 ロイは馬の脇腹を蹴ると、暗闇の中、エルリック家に 向かって、馬を走らせた。 その暗闇の先に、光があることを願って。 |