第2話

 

 

      「おはよう。エディ。」
      頬に軽く口付けられ、エドワードは、ぼんやりと
      目を開ける。
      「ん・・・・。おはよー。ロイ・・・・・。」
      ゴシゴシと片手で目を擦りながら、エドはゆっくりと
      起き上がると、ロイにお早うのキスをする。
      「・・・・・今、何時?」
      だいぶ日が高いことに気づき、エドはロイに問いかける。
      「もう、お昼だよ。起きられるかね?」
      既に身支度を終えているロイに対して、エドは自分だけまだ
      裸であることに気づき、慌ててシーツを頭から被る。
      「・・・・・そういやぁ、俺、着替えなかった・・・・。」
      シーツから顔だけ出して、困った顔をするエドに、ロイは
      にっこりと微笑む。
      「大丈夫だよ。エディの荷物は、ほらそこに。」
      ロイの指差す方を見ると、旅に出ていた時の自分の旅行カバンが、
      置いてあった。
      「何時の間に・・・・。」
      驚くエドに、ロイは悪戯が成功した子供のような顔で、エドの身体を
      抱き締める。
      「先に荷物だけ送っておいたのだよ。」
      「そっか・・・。ありがとう。ロイ。」
      にっこりと笑うエドに、ロイは微笑む返すと、未だシーツを被っている
      エドをシーツごと抱き上げる。
      「ちょっ!ロイ!!」
      慌てるエドに、ロイは耳元で囁く。
      「シーツを被っていると、結婚式を思い出すよ。」
      途端、その時のことを思い出して、エドは真っ赤になる。
      「可愛いよ。奥さん。」
      軽く頬にキスをすると、ロイはそのままバスルームへと向かう。
      「自分で出来るから〜。」
      暴れるエドに、ロイはニヤニヤと笑いながら、エドをバスタブの中へと
      下ろす。
      「・・・・あれ?何この花?」
      よく見ると、一面に黄色い小さい花がお湯の中に浮かんでいる。
      「ユリっぽいけど・・・・。何の花なんだろう・・・・。」
      首を傾げるエドに、ロイは湯船から一つ掬うと、エドの髪に挿す。
      「ゆり科のチャボホトトギスだそうだ。」
      「チャボホトトギス?なんか、鳥みたいな名前〜。」
      珍しそうに、エドはお湯から花を掬ってしげしげと見つめる。
      「ほら、花びらに紫色の斑点があるだろ?」
      ロイの言葉に、エドは頷く。
      「鳥のホトトギスの胸の斑点と似ている事から、ホトトギスと
      名付けられたそうだ。」
      「へぇ〜。そうなんだ〜。あれ?そう言えば、この町の名前って・・・。」
      確かホトトギスだったよな?と、エドはロイに尋ねる。
      「ああ、町の名前の由来にまでなっているくらい、ここはホトトギスの
      名産地でね。」
      「そっか〜。だからホトトギスの花風呂なんだ。」
      ウンウンと頷くエドに、ロイは苦笑する。
      「それもあるが、今日はお祭りだからね。」
      その言葉に、エドは首を傾げる。
      「そう言えば、どんな祭りなんだ?」
      昨日の町の様子では、特別祭りの準備をしていたとは思えなかった。
      「秘祭・・・・という訳ではないのだがね。あまり一般的には知られていない
      祭りなんだよ。」
      「なんで、それを知っているんだ?」
      確か昨日ロイが恋人達の祭りのような事を言っていたこ事を
      思い出し、エドは少し不機嫌になる。
      きっと昔の恋人にでも、話を聞いたのだろう。
      過去の事だとは分かっているが、どうしても嫉妬する気持ちは、
      押さえきれない。
      「・・・・私の祖母が、この町の出身なんだよ。」
      嫉妬するエドに、内心喜びを隠せないロイは、上機嫌で
      エドに口付けをする。
      「お祖母さんが・・・・・?」
      見当違いな嫉妬をしていた事に気づいたエドは、途端に
      真っ赤になる。
      「嫉妬してくれて嬉しいよ。エディ。」
      蕩けるようなロイに、照れ隠しにエドはロイに話の続きを促す。
      「そ・・・それで!どんな祭りなんだ?」
      「・・・・・古い言い伝えだそうだ。」
      真っ赤になって横を向くエドに、ロイは微笑みながら、祭りの事を
      語って聞かせる。
      「このチャボホトトギスは、今の時期に咲く花なのだが、たいていの
      ホトトギスは、9月か10月に咲くんだよ。シロホトトギスも、確か
      9月に咲く花だったかな?」
      「シロホトトギス?」
      エドは首を傾げる。
      「あぁ。ホトトギスは、名前の由来の通り、斑点があるんだが、
      シロホトトギスには、斑点がなく、真っ白な花だそうだ。」
      「へぇ〜。見てみたいな〜。」
      エドは残念そうに言う。
      「見れるかもしれないよ。」
      ロイの言葉に、エドは驚きに目を見張る。
      「はぁ〜?だって、9月の花だって言ったじゃん!
      今7月だぜ?」
      もうボケたのか?というエドの暴言に、ロイは苦笑する。
      「シロホトトギスが、祭りの主役なんだよ。」
      「って事は、品種改良でもしたのか?」
      もっともなエドに意見に、ロイは首を横に振る。
      「そうではないさ。昔昔のお話だそうだ。
      この町がまだ村だった頃の話だと聞いている。そこに一人の
      美しい娘がいたそうだ。金の髪がそれは見事な美しい娘。
      村長の一人娘で、求婚者が後を絶たなかった。
      だが、娘には既に心に決めた男がいた。
      その男は、娘より年が離れていた上に、貧しかったらしい。
      二人はお互いを思いあっていたが、身分違いから、
      言い出せず、すれ違いの日々を送っていた。
      やがて、娘は年頃となり、その美しさから、その地の領主が
      求婚をしにやってきた。両親は手放しの喜びようだったが、
      娘は反対に暗く沈み込んだ。当然だろう、愛する男がいるのに、
      他の男に嫁がなければならないのだからな。
      落ち込む娘に、領主は言った。
      「美しい娘よ。領主である私に、出来ない事はないのだよ。
      何でも望みを叶えよう。」
      その言葉に、娘は言った。
      「私の願いは唯一つです。私はシロホトトギスの花が欲しいのです。
      その花を持ってきてくれた方の妻になります。」
      娘の言葉に、領主は困惑した。今は7月。シロホトトギスの花が咲くのは
      9月。領主は娘を説得する。
      「愛しい娘よ。今はシロホトトギスの季節ではない。季節になったら、
      好きなだけあげよう。」
      だが、娘は首を横に振るばかりだった。
      「いいえ。今欲しいのです。もしも私を愛しているのならば、
      シロホトトギスの花を、私に下さい。」
      さめざめと泣く娘に、領主は村人に命令を出した。
      「シロホトトギスの花を持ってきた者に、何でも一つ好きなものを褒美に
      やろう。」
      次の日、貧しい身なりの男が、両手いっぱいのシロホトトギスの花束を
      持って、二人の前にやってきた。
      「ご苦労だった。褒美を取らせよう。何が望みだ?」
      領主の言葉に、男は一言言った。
      「この村の村長の娘が欲しい。」
      その言葉に、領主は激怒した。
      「身分不相応な物言いだ。牢屋へ入れろ!!」
      兵士達が男を取り囲んだその時、娘が慌てて
      男の元へと走る。
      「おやめ下さい。領主様。私は言ったはずです。シロホトトギスを
      持って来た方の妻になると。
      あなたは、私の為に山へ入り、シロホトトギスを探してはくれなかった。
      それに、あなたは、シロホトトギスを持って来た者に、
      何でも好きなものを褒美を与えると言ったのでは、ありませんか?
      あなたに、彼を牢屋に入れる権利などない!!」
      毅然とした娘の態度に、領主は言葉を無くした。
      領主たるもの、公約は果たさなければならない。
      こうして、二人はいつまでも幸せに暮らしたそうだ。
      それ以来、二人にあやかろうと、二人が結婚した日に、
      恋人達は、ホトトギスの花と共に、愛を確かめ合うように
      なったそうだ。・・・これが祭りの由来だよ。」
      「へぇえええ。だから、秘祭なんだ・・・・・。」
      確かに、内容が内容だから、大々的な祭りにはならないな。
      というエドに、ロイは微笑む。
      「あぁ。花屋にシロホトトギスの造花が売られるくらいで、
      日常とほとんど変わらないよ。でも、この町の人達は、
      この祭りを心から愛しているんだ。」
      その言葉に、エドは昨日の事を思い出した。町の人達の、
      暖かい祝福に、エドは心の中が暖かくなるのを感じていた。
      「・・・・いい町だよな。ここ・・・・。」
      うっとりと呟くエドに、ロイは真剣な顔をすると、湯船に浮かんでいる
      ホトトギスをほとんど取り出すと、何時の間に書いたのか、
      錬成陣の上にばら撒く。
      「ロイ?」
      行き成りのロイの行動に、エドはキョトンとなる。
      練成反応が収まると、練成陣の上には、シロホトトギスの花束が
      置かれていた。
      「それって!!」
      驚くエドに、ロイは花束を手に、エドの顔を覗き込む。
      「今の話は、実話なんだよ。彼は錬金術師でね、
      シロホトトギスの花を練成したんだ。」
      「錬金術師!!それよりも、何でそんな事をロイが知ってるんだよ。」
      ただの昔話だと思っていたエドは、一瞬全部ロイの作り話かと
      疑ってしまう。
      「答えは簡単さ。彼らの子孫が、私だからだよ。」
      「なっ!!」
      驚くエドに、ロイは真剣な顔で花束をエドに差し出す。
      「エディ。愛している。この花に誓って。」
      白い可憐な花に、エドの顔が綻ぶ。
      「嬉しい・・・・。ロイ。俺も。ロイが好き。愛している。」
      思わずロイの首に抱きついたエドだったが、次の瞬間、
      慌ててロイから離れる。
      「ごめん!ロイが濡れちゃう!!」
      「構わないさ。おいで。エディ。」
      手を広げて自分を待つロイに、エドは躊躇するが、ホトトギスの香りに
      背中を押されるように、ロイの腕の中に、飛び込む。
      「ロイ〜!!」
      「・・・エディ。ホトトギスの花言葉を、教えてあげようか?」
      ロイはそう言うと、耳元で囁く。





      「・・・・・永遠にあなたのもの・・・・。」




      ロイはそう囁くと、エドの唇に己の唇を、深く重ね合わせた。