大佐の結婚生活シリーズ 番外編

           英雄ポロネーズ

 

                序章  

 

 

 

         その日、中央司令部は、物々しい雰囲気に包まれていた。




         重厚なる扉の前に佇む1人の青年。
         「入りたまえ。」
         中からの入室を許可する声に、青年が一歩前に足を
         踏み出すと、それを見計らったかのようなタイミングで、
         扉が音もなく開かれる。
         中は暗い。
         外との明るさの違いに、一瞬、青年の眼が細められる。
         「入ってくるがいい。若き錬金術師よ。」
         部屋の奥から聞こえる、厳かなる声に、青年は無表情に
         一礼すると、部屋へと一歩踏み出した。
         床には一面の錬成陣が描かれ、その中央には置かれている
         黄金の三脚台にだけ、ライトが当てられていた。
         三脚台の前には、テーブルを挟んで、隻眼の男がじっと
         青年を値踏みするように見ていた。そして、その左右には
         数人の人物が座っており、さらに壁を取り囲むように、
         兵士達が配備されていた。物々しい雰囲気に臆することなく、
         青年は、ただじっと隻眼の男だけを見つめていた。
         「掛けたまえ。君が真の英雄であるならば、椅子は拒まん。」
         その言葉に、青年はゆっくりとした足取りで三脚台に近づくと、
         何の躊躇もなく座った。
         「では、証拠のものを・・・・・。」
         その言葉に、後ろに控えていた側近が男の眼の前にある
         テーブルの上に、3つの箱を置き、再び後ろの闇へと姿を消す。
         男は、ゆっくりと3つの箱の蓋を取ると、感嘆の声を上げる。
         「アームストロングの手甲。ロイ・マスタングの手袋、そして、
         エドワード・エルリックの右腕の機械鎧。確かに本物だな。」
         男は、視線を青年に移す。
         「それで?君はどのようにして、反逆者である彼らを1人で
         討ち果たす事が出来たのかね?反逆者と言っても、彼ら
         三人は国家資格を取るほどの錬金術師。容易であったとは、
         思えんのだが・・・・・。」
         男の言葉に、それまで、無表情であった青年の口元が
         歪められた。
         「勿論、錬金術で、です。ひとり、ひとり・・・・。」
         男のたった一つの目が細められる。
         「ほう・・・・。では、その経緯を詳しく話しなさい。」
         「・・・・判りました。」
         そう言うと、青年は再び表情を消して、語り始めた。
         「ロイ・マスタングとエドワード・エルリックが、互いに愛し合う仲で
         あることは、大総統もご存知であるかと・・・・。」
         その言葉に、隻眼の男・・・・大総統は大きく頷いた。
         「ああ・・・。承知している。」
         「それでは、ここ一年、2人が反目しあっていたという事実は?」
         青年の言葉が意外だったのか、大総統の目が大きく見開かれる。
         「いいや。一年だと?何故だ?」
         「そもそも、事の発端は、アームストロングとエドワードの一夜の
         過ちを犯したことです。そうと知った、マスタングが嫉妬に狂い・・・・。」
         「なるほど・・・後は推して計るべし・・・ということか。」
         まさかあの2人が・・・信じられんと溜息をつくが、直ぐに大総統は
         青年に鋭い視線を送った。
         「だが、そんな話は聞いた事がない。初耳だ。」
         「これは、彼らの側近のみが知る、重要事項。苦心して手に入れた
         極秘の情報です。」
         大総統は頷く。
         「そうか・・・・。我が軍を離反する前にも、アームストロングのエドワードに
         対する抱擁は、凄まじいものがあったからな・・・・。そうか・・・あの2人
         が・・・・。」
         「はい。そこで、私はそれを利用させてもらいました。エドワードとマスタングを
         討つには、まずアームストロングから倒さねばなりませんでした・・・・。」
         大総統の目がキラリと光る。
         「・・・なるほど、僅かだが、君のやり方が見えてきたぞ。」
         「流石は大総統。ご聡明であらせられます・・・。」
         大総統は、ニヤリと笑う。
         「で?どうやって、アームストロングを倒したのかね?私には全く理解
         出来ぬが・・・・・。」
         対する青年もニヤリと笑う。
         「・・・・勿論、錬金術で、です。」
         青年は、淀みなく詳細を語って聞かせた。
         「流石は、元国家錬金術師でした。戦闘は数時間にも及ぶ、大変凄まじい
         ものでした。ですが、戦っているうちに、私はある弱点を見つけたのです。」
         「弱点・・・だと!?」
         驚く大総統に、青年は大きく頷いた。
         「アームストロングは、己の肉体に絶対の自信を持っております。あの、
         『我がアームストロング家に代々伝わりし錬金法・・・・』と言いながら、
         マッスルポーズを取った後に繰り出される、多種多様な錬金術。敵ながら
         素晴らしいと思いました。しかし、そのマッスルポーズこそが、彼の唯一の
         弱点だったのです。」
         「何?弱点だと?」
         青年の言葉に、大総統は驚きの声を上げる。
         「はい。彼はマッスルポーズを取った後に、錬金術を繰り出す。つまり、
         マッスルポーズを取っている間、彼は無防備となっているのです。私は
         その無防備状態の時に攻撃をして、倒す事が出来たのです。」
         青年の言葉に、大総統は関心したような声を出す。
         「なるほど・・・確かにそれは盲点だった。我が兵は、皆あの
         マッスルポーズを見ると、引いてしまって、戦意を喪失してしまうから
         な・・・・。そうか。そうだったのか・・・・・。」
         深い溜息をつくと、大総統は、チラリとロイの手袋と、エドワードの機械鎧に
         視線を走らせた。
         「アームストロングの事は、わかった。しかし、マスタングとエドワードは、
         どうやって倒せたのだ?あの2人の強さは、恐らく大陸一だ。君は、
         本当に、あの2人よりも優れた錬金術師なのか?」
         「まさか。」
         青年は答える。
         「では、何故倒せたのかな?」
         まるで全てを見透かすような大総統の眼光にも恐れず、青年は
         ふと微笑んだ。
         「彼らの無敵の強さの源は、その深い結びつきにありました。
         彼らを倒す武器として、私は2人の絆を逆手に取る事にしたんです。」
         大総統は、腕を組むと、眼を閉じてじっと耳を澄ませた。青年の言葉を
         一字一句聞き漏らさぬように。
         「・・・・用心深い彼らは、正体を隠して暮らしているらしく、見つける
         事が困難でした。苦心の末、漸く彼らが住んでいるところを、突き止める
         事が出来たのです。」
         「それで、彼らはどこに?」
         大総統の問いに、青年は一言呟いた。
         「・・・・ダブリスです。」
         シンと静まり返る部屋には、ただ青年の声だけが静かに流れ出した。
        

         

                                            【紅の章】へ続く。