「・・・・・・・・。」
無言のままで静かに自分を見つめる青年に、
大総統は、ニヤリと笑った。
「私は、エドワード・エルリックという人物を良く知っている。」
大総統は、少し身を乗り出す形で、テーブルに両肘をつくと、
両手を組んで顎を上に載せる。
「彼の高潔な魂をな。」
大総統はニヤリと笑う。
「君が私に語った話は全て偽りだ。そうではないかね?
エドワード・エルリックの弟、アルフォンス・エルリック君?」
大総統の言葉に、青年の表情は一ミリも動かなかったが、
握り締めている拳に僅かに力が入った。
「君がエドワード君の弟であるならば、話は簡単だ。
三人は、業と君に倒されたのだ。君を私の前に送るために。」
そこで大総統は、一旦言葉を切ると、じっと青年を見据えた。
「私を暗殺するためにな。」
その言葉に、回りの人間がハッと息を呑む。
「・・・・・・君は、アームストロングを倒した後、あの2人に
言ったのだ。どちらかの命が欲しいと・・・・・。」
大総統の言葉に、青年、アルフォンスは、肯定も否定もしなかった。
ただ大総統にのみ向けられた視線は、鋭さを増す。
「あの2人は・・・・・。」
大総統もじっとアルフォンスの眼を見つめながら、静かに
語りだした。
「・・・・眠れないのかい?エディ?」
腕の中で眠っているはずのエドの溜息を聞き咎め、ロイは
エドの髪を弄んでいた手をエドの顎にかけると、そっと
顔を覗き込んだ。
「んー。寝ちゃうの、ちょっと勿体無いかなぁって・・・・。」
儚い笑みを浮かべるエドに、ロイは優しく微笑むと、
そっと唇を重ね合わせる。
「愛している。エディ・・・・。」
まるで小さい子に言い聞かせるように、ロイはエドの顔中に
キスの雨を降らす。
「オレも好き・・・・。ロイ・・・・。」
うっとりと眼を瞑るエドに、ロイは幸せそうに微笑むと、
深く口付けた。
「君と出会えて良かった。」
じっとエドを見下ろすと、ロイはエドの前髪を掻き分け、
そっと額に口付けを落とす。
「オレを愛してくれてありがとう。」
エドはロイの首に腕をかけ引き寄せると、そっと耳元で
囁いた。
「いつまでも一緒だよ。エディ・・・・。」
ロイはエドをきつく抱きしめると、ゆっくりと眼を閉じた。
「行くぞ。エディ。」
「ああ。ロイ。」
2人は、そっと口付けを交わし合うと、並んで歩き出した。
アルフォンスとの約束の地へ向かう途中、ロイは
さり気なくエドより半歩後ろに下がった。
エドの背後で、ロイの手がゆっくりと胸のポケットに
ある錬成陣が書かれた紙を取り出そうと動いた瞬間、
振り向きざま、エドが右腕をナイフに練成して、
ロイに斬りつけた。
「!!」
「ロイ!!」
崩れ落ちるロイの身体を抱きとめながら、エドは急いで
自分が着ている赤いコートを引き裂くと、ロイの腹に巻いた。
「・・・・君の勝ちだな。」
微笑みながら、ロイはエドの顔を撫でる。
「ごめん!こんなに深く斬りつけるつもりはなかったんだ。
ただ・・・ロイが少し動けなくなればって・・・・。それでいいって
思ってたのに・・・・・。」
ポロポロと流れるエドの涙を、ロイは優しく拭う。
「私が行くべきなんだ。死ぬのは、私1人でいい・・・・。
最初から、そう決めていたんだよ。エディ。」
「俺も同じ事を考えていた・・・・。死ぬのは、俺1人でいいって。」
エドは手早くロイの止血をすると、にっこりと微笑んで、ロイから
離れようとするが、その前にロイの腕がエドの身体を拘束する。
「私が行く。」
ロイの言葉に、エドは静かに首を横に振った。
「無理だ。第一、ロイはもう歩けない。」
エドは切なげな表情でにっこりと微笑んだ。
「俺の最後の我侭聞いてよ。俺、ロイに生きていて欲しい。
ずっと生き続けて・・・・・・。」
「君を失って、どうして私が行き続ける事が出来るんだっ!!」
ロイは怪我を気にせずに、きつくエドの身体を抱きしめた。
「ロイ。お願いだから・・・・誓って?俺の為にこれからも
生き続けるって・・・・。」
エドの言葉に、ロイは首を横に振り続ける。そんなロイの
両頬を両手で優しく挟むと、エドは、じっとロイの眼を見つめた。
「お願いだ。ロイ。俺の目を見て誓って欲しい。」
2人は涙で濡れた眼で、お互いを見つめ合った。
やがて、ロイは力なく頷いた。
「判った・・・・・。約束しょう・・・・。」
その言葉に、エドは嬉しそうに微笑むと、そっとロイの
頬に口付ける。
「もう時間がない。そろそろリザさんが追いついてくるはずだ。
・・・・・俺、行くよ。」
「エディ!!」
そっとロイから離れるエドを、ロイは手を伸ばすが、空しく
風を掴むだけだった。
「エディ!行くな!!」
あらん限りの声で叫ぶロイの声に、エドはクルリと
振り返った。
ロイが最後に見たエドは、太陽の光を受けて、黄金の髪を
靡かせ、幸せそうに微笑んだ姿だった。
約束の地で待っていたアルに、エドは先制とばかりに、
攻撃を繰り出す。間一髪でエドの攻撃を逃れたアルは、
地面に転がりながら、両手を合わせると、地面に手を
置く。眩い練成の光が辺りを包んだ瞬間、エドの足元から
突起物がエドに襲い掛かる。アルの攻撃に、エドは横に
飛んで避けようとしたが、何時の間にかアルがエドの背後に
忍び寄っていてエドを羽交い絞めにする。
「アル。次の攻撃で仕留めてくれ。」
アルにだけ聞こえる声で、エドは言う。
「兄さん・・・・。」
途端、泣きそうになるアルに、エドは優しく微笑んだ。
「後は任せた。」
エドは、アルの腕を取ると、足払いをかけて、投げ飛ばす。
地面に仰向けに倒れたアルに向かって、エドの身体が
宙に舞う。そこを見計らったかのように、アルは両手を
合わせると、地面に手を置いた。
次の瞬間、地面から鋭い突起物がエド目掛けて
襲い掛かった。当然避けきれずに、エドの身体を突起物が
貫くのだった。
「エディ!!」
1人残されたロイが後を追ってきたホークアイの助けで
エドの後を追ったが、全ては終わった後だった。
軍が撤退した後には、エドの亡骸だけが残されていた。
「エディ!」
ロイは冷たくなったエドの身体をきつく抱きしめると、
何度も何度も愛しい人の名前を呼ぶ。
だが、エドは二度と眼を開く事はなかった。覚悟をしていた
とはいえ、ロイの悲しみが薄れる事はなかった。
唯一の救いは、エドの死に顔が、とても安らかだったこと
だけだった。
「・・・・・・・そうして、エドワードは目的の為、お前の
錬金術に命を捧げたのだろう。」
大総統は言った。
「そして、君はマスタングとも闘ったのではないか?
と言っても、生死をかけた闘いではない。もっと、
別の次元のものだ。そう、例えて言うならば、
エドワードの為の一種の弔い合戦のようなものであった
だろう。恐らく君とマスタングは、思念の中で戦ったに
違いない!!」
以前、エドワードとアルフォンスが修行をしていたと
いう無人島に、ロイはエドの亡骸と共にいた。
まるで鏡を見るような凪いだ湖面の上に、
浮島のような東屋が建てられており、エドの亡骸は、
その中に安置されていた。エドの髪は生前と同じに
まるで光を編んで作られたかのように、輝きを
失ってはいなかった。可憐な唇は、直ぐにでも
息をし始めるのではないかと思うほどに、瑞々しさを
放っており、しっとりとした肌は、死人のそれではなく、
まだ透き通るような白さを誇っていた。
湖面に映る山々の碧や朝靄が、その場の雰囲気を
一層の幽玄の世界へと見るものを誘うかのようだった。
そんな一種神秘的な湖面の上では、既にロイと
アルフォンスの対決は始まっていた。
2人の闘いは、熾烈を極めたが、そこに殺気や物々しさは
感じられない。死闘というよりも、むしろエドワードに対しての
葬送の儀式のようにも見える。
彼らにとって、湖面は鏡面と同じであった。
2人は水面を縦横無尽に走り、錬金術で闘った。
ロイの操る焔は見事であった。
指先から放たれる焔は、まるでそれ自体が生きているかの
ように、アルフォンスに襲い掛かる。
アルフォンスは、水の盾でこれを防ぐが、ロイの扱う焔は、
ただの火ではなく、水で出来た盾すらも破壊する力を
持っていた。両者の戦いが凄まじくなっていくにつれて、
もはや両者の間にあるのは、【無心】の一言だけであった。
そんな中、アルフォンスが水を使った攻撃をロイに向けると、
ロイは焔でそれを撃破したが、水が砕けた瞬間、たった一粒の
水滴が、東屋に向かう事に気づいたロイが、慌てて
東屋へと引き返した。その様子に、アルは訝しげに思いつつ、
ロイの後を追う。
「!!」
東屋に入った瞬間、アルは驚いて立ち尽くした。
先程の水滴が、エドワードの頬を濡らしており、ロイはその
水滴を愛しそうに拭っていたのだ。
もはや、ロイの頭の中にはアルとの闘いなどなかった。
ロイの瞳は、ただエドワード1人に注がれていた。その様子は、
まるでこの世に存在するのは、エドワード1人だけだと
言わんばかりであった。
そこにいるのは、ただ愛する人の亡骸を守る一人の男の
姿だった。
エドワードを失ったロイに、もはや闘う意味などなくなっていた。
弔いの儀式は終わった。
アルフォンスは、そっとロイに頭を下げると、静かに東屋から
立ち去った。
どれくらい歩いただろうか。アルは黙々と中央への道を
歩いていた。
アルの背中に背負っている袋の中には、その命と引き換えに
託したアームストロングの手甲とエドワードの右腕の機械鎧が
入っている。
ふと、行く手に人影が見えた。近づいてみると、それは、
ホークアイだった。
彼女は、長方形の小箱をアルフォンスに差し出しながら言った。
「マスタング元准将からあなたにと。」
ホークアイから受け取った箱を開けると、そこには、ロイの
発火布で出来た手袋が入っていた。
「リザさん!?」
驚くアルに、ホークアイは、泣きそうな顔で微笑んだ。
「准将は、この手袋をあなたに託し、エドワード君と共に
大総統暗殺の手助けがしたいと言いました。二人は
一緒です。心も武器も・・・・。必ず大総統を倒してください。」
ホークアイの眼が涙に濡れている。
もしかすると、ロイはエドワードの元へと旅立ったのかも
しれない。ロイが手袋を手放したというのは、恐らくそういう
ことなのではないか。
アルフォンスは、涙で濡れる頬を拭おうともせずに、静かに
背負っていた袋から、エドワードの義手が納められている
箱を取り出すと、中にロイの手袋を入れた。
エドの手を両手で包み込むような形で、ロイの手袋を入れると、
アルは静かに蓋をして、再び袋の中に入れた。そして、一度
グイッと腕で乱暴に涙を拭うと、ホークアイに一礼して、
ゆっくりと中央へと歩き出した。
「・・・・・私の話はどうだね?アルフォンス君。」
ニヤリと笑う大総統に、アルはゆっくりと口を開いた。
【終 章】へ続く。