「なに?これ・・・・・。」
困惑気味のエドワードに、ハボックはニヤリと笑った。
「やっぱ、初デートにこれは、お約束だろ?」
ヒラリヒラリとエドの前に差し出されたのは、
二枚の映画の招待券だった。
「なっ!!なんだよ!!初デートってのは!!」
真っ赤な顔で怒鳴るエドに、ハボックは肩を竦ませた。
「初めてデートすること。」
「んなこと聞いてねぇええええええ!!」
更に暴れ出すエドに、どうどうと宥めながら、ハボックは
首を傾げる。
「違うのか?一週間前から、大佐がウキウキしながら言っていたぞ。
『鋼のと初デートだ!!』って。」
途端、エドは頭を抱えてその場に蹲る。
「何だよ・・・・。デートって・・・・・。」
ハボックもエドの横に座り込んで、ボソボソと小声で話す。
「で、真相は?」
「・・・・・・国家錬金術師親睦会の下見・・・・・。」
心底嫌そうなエドに、ハボックは不思議そうな顔をする。
「国家錬金術師親睦会〜?なんだそれは。」
長年軍にいるが、そんな会があるとは初耳だった。
「ん〜。大総統の思いつきじゃん?大総統曰く、国家錬金術師の
親睦会を開き、いざとなった時に、円滑にチームワークを組めるように
とか何とか・・・・・。」
要は、ただ単に面白がっているだけだと言うエドの言葉に、ハボックの
脳裏には、大総統の顔が浮かび上がる。
「確かに、面白ければそれでいいって感じだよな・・・・・。」
大総統の思いつきで、大変な目にあったのは、一度や二度ではない。
お前も苦労するよな〜。ポンポンとハボックはエドの背中を叩く。
「しかもさ〜。場所がイーストシティに決まったらしくて・・・・・。」
たまたまイーストシティにいたエドも下見に借り出されるというのが、
真相らしい。お陰で一週間も足止めを食らってしまったと、
憤慨するエド。
「要するに、仕事にかこつけて、堂々と大将とデートする気って
訳か。大佐は。」
お熱いね〜。ごちそーサン。とハボックに言われ、エドは真っ赤になる。
「べ・・・別にデートって訳では・・・・。仕事だし・・・・。」
小声でゴニョゴニョ言うエドに、ハボックは苦笑する。
「んな、難しく考えるなよ。大将。」
ハボックはエドの手に映画の招待券を握らせる。
「えっ!これ!」
「実はさ、それ今日までなんだよ。俺今日残業だし。」
しかも、一緒に行く相手もいねぇ・・・・と、ハボックは
がっくりと肩を落とす。
「少尉・・・・?」
恐る恐る声をかけるエドに、ハボックはガバッと顔を上げると、
エドの肩をガシッと掴む。
「いや!俺のことは気にするな。それよりも、この券を使え
よ!!そんじゃあな!!」
言うだけ言うと、ハボックはまるで逃げるように、走り去っていく。
「何なんだよ・・・・・。」
そんなハボックに、呆気に取られたエドは、茫然とその後姿を
見送った。
「ご苦労。ハボック少尉。」
角を曲がると、壁に背中を預けたロイが、にこやかに立っていた。
「命令通り、大将に券を渡しました。」
敬礼しながら報告するハボックに、ロイは満足そうに頷いた。
「・・・・ところで、国家錬金術師親睦会って、本当なんッスか?」
胡散臭そうに、ハボックはロイを見る。
「そんなの、嘘に決まっているだろ?」
あっ、やっぱり、という顔をするハボックに、ロイはにこやかに
笑う。
「そうでも言わなければ、何時までたってもデート出来ないでは
ないか!!」
大総統になったあかつきには、全ての女性にミニスカートを
履かせると、力説した時と同じくらいに、ロイは背中に焔を
背負って力説する。
”大将も大変だな・・・・・。”
よくこんな大佐と付き合う気になったものだ。
そっとエドに同情しつつ、ハボックはそれよりも大事な事があると
ロイに確認をする。
「大佐、臨時ボーナスの件、忘れてないですよね。」
ここでもう一度念を押さなければ、大佐の事だ、忘れたの一言で
片付けられてしまう。
鬼気迫るハボックに、ロイは大きく頷く。
「ああ。もちろん、覚えているさ。」
その言葉に、ハボックはホッと胸を撫で下ろしたが、次の瞬間、
ロイは、だが・・・・・と話を続けた。
「先程、私のエディの肩を掴んだな。」
その言葉に、ハボックはギクリとなる。
「そ・・・・そ・・・・そんなことないッス〜。」
笑ってごまかそうとしても、不機嫌なロイの顔に、ハボックは
背中に冷たいものを感じた。
「私のエディに触れたら、どうなるか分かっているはずだな?」
いいえ〜。知りません〜。と、目に涙を浮かべながら、ハボックは
首をブンブン横に振る。
「私のエディに触った者は、減俸の対象になる。ということは、
プラマイゼロだな・・・・。」
フフフフと黒い笑みを浮かべる上官に、ハボックは、
こいつ、最初から払う気なかったな・・・と、恨めしそうにロイを
睨む。
「それから、この事を他人に洩らした場合、さらに減俸することを
覚えておきたまえ。」
ホークアイに言いつけようと思っていたハボックは、ギクリと
顔を強張らせる。
「・・・・・・他言しません・・・・・。」
権力に屈し、どんよりと落ち込むハボックに、ロイは満足そうに頷く。
「さて、そろそろエディの元へ行くか。」
足取りも軽く、エドの元へと歩いていく上官を、本気で殺意を抱きそうに
なった、不幸が似合う男、ジャン・ハボックだった。
「ったく・・・・。これどーしろって言うんだよ・・・・。」
無理矢理手渡された券に、エドは途方にくれる。
「こっちは仕事だっていうのに・・・・・。」
口とは裏腹に、エドの口元に笑みが浮かぶ。
「でも、今日までって言うし・・・・・。」
エドはじっと券を見つめながら言う。
「使ってあげないと・・・・・この券も可哀想だよな・・・・・。」
そこまで言って、ハッと我に返ると、エドは慌てて首をブンブン
横に振る。
「なっ・・・・・。俺は別に映画なんて見たくねーぞ!!
仕事が終わったら、直ぐにここを出発するんだから!!」
そのまま乱暴に券をコートのポケットに入れる。
「でも・・・・・。」
じっと地面を見つめながら、そっと券をポケットから取り出す。
「大佐、ランチを奢ってくれるって言っていたし・・・・。」
再びじっと券を見つめる。
「お礼に映画でも・・・・・・。等価交換で・・・・。そう!等価交換!
俺に他意はねぇ!!」
本当は、ロイと映画を見たいと素直に言えないエドは、等価交換だと、
己を納得させる。
「何が等価交換なんだい?エディ?」
クスクスと笑いながら、背後から聞こえる声に、飛び上がるように
驚いたエドは、慌てて券をポケットにしまうと、後ろを振り返った。
「やぁ。待たせてすまないね。エディ。」
ロイは、にこやかに微笑むと、ギュッとエドの身体を抱き締める。
「ちょっ!!大佐!!」
こんなところで!と暴れるエドに、ロイはエドの耳元に口を近づけて
囁く。
「愛しているよ。エディ・・・・・。」
「・・・・・・・俺もだよ。ロイ・・・・。」
真っ赤になって大人しくなるエドの頬に、軽く口付けると、ロイは
エドの背中に腕を回す。
「さぁ、まずはランチでも食べに行こう。」
「・・・・・ところでさ、何で大佐は私服なんだ?」
仕事なのだから、てっきり軍服で来ると思っていただけに、初めて
見るロイの私服姿に、内心エドはドキドキしていた。
「今日は、非番なんだよ。」
にっこりと微笑むロイに、エドは首を傾げる。
「非番なのに、仕事?」
「あぁ。そうでもしなければ、なかなか時間が取れなくてね。」
その言葉に、エドはピタリと足を止める。
「エディ?」
俯くエドに、ロイは訝しげに顔を覗き込む。
「・・・・・・ランチはいい・・・・。」
ポツリと呟くエドに、ロイは慌てる。
「一体、どうしたんだ!エディ!!」
「・・・・さっさと仕事を終わらせよう。そして、ゆっくりと休めよ・・・・。」
エドの言葉に、ロイは一瞬驚きに目を見張るが、だんだんと笑みを
浮かべると、きつくエドの身体を抱き締めた。
「嬉しいよ。私の身体を心配してくれて。」
「ばっ!!そんなんじゃ・・・・・。」
慌てて身体を離そうとするエドを許さず、ロイはますますきつく
抱き締める。
「エディ。どうせランチは食べなければならないんだ。一緒に食べて
くれないか?」
まるで捨てられた犬のような顔のロイに、エドは一瞬躊躇ったが、
やがて、コクンと頷いた。
「では、行こうか!エディ!!」
嬉々としてエドを引き摺るようにロイは、歩き出した。
「美味しかった〜!!ごちそーさま〜!!」
満足気なエドの様子に、ロイはご満悦である。
「気に入ってもらえて良かった。さて、次は何処へ行こうか?
行きたいところはあるかい?」
嬉々として尋ねるロイに、エドは訝しげな顔をする。
「ロイ?下見に行くんじゃ・・・・・。」
「ああ、勿論行くよ。夜6時に予約を入れてある。」
その言葉に、エドの怒りが爆発する。
「ちょっと待て!!じゃあその間、どうするんだよ!!」
「決まっている。デートだ。」
フフフと黒い笑みを浮かべているロイに、先程ハボックが言っていた
言葉が浮かび上がる。
”マジ?少尉が言っていたように、仕事にかこつけて、堂々と
俺とデートする気なのか?”
「・・・・あのさ・・・・。」
呆れ半分、嬉しさ半分の複雑な表情で、何か言いかけるエドの手を
強引に握ると、ロイは有無を言わさず歩き出す。
内心、これ以上エドに疑惑を持たれて、デートが台無しになるのを
恐れての事である。
「最近出来たのだが、この向こうの通りに、ネコと遊べる場所があるのだよ。
行ってみよう。」
エドが猫が好きであることは、リサーチ済みである。案の定、ネコと遊べると
いう言葉に、エドは嬉しそうに反応する。
「ネコ!!」
目を輝かせるエドの顔に、ロイの顔も緩む。
「あぁ。みなとっても可愛いネコだよ。」
「行こう!!ロイ!!」
早く早く〜と、腕を引っ張る恋人に、ロイは幸せそうに微笑んだ。